老人がおかしくなってきちゃった

 
 最近、なんだか老人の犯罪が増えているような気がする。ストーカー殺人事件みたいなものもあったし、怨恨による殺人もあったように記憶する。ついこの前だったか、老人による強盗もあった。
 市長が、市の女性職員にセクハラしたり、学校の元校長が未成年の女子相手に買春したりしたするなんて話もニュースをにぎわせた。

 年齢を確かめると、みな60歳代中頃か後半。
 要するに「爺さん」だよ。
 昔なら、縁側に座って、「今日は昼飯に何を食べたんだろう …」 なんてぼんやり考えながら、庭の雀なんか一日中見ているような人たちだよね。

 その爺さんたちが、最近はやたら殺気立ったり、色気づいたりしている。
 「騒音を出すな」って隣の家に怒鳴り込んだり、接客態度が悪いといって店員を叱ったり、若者みたいに惚れた女性のストーカーをやったり、元気というか生臭いというか、一言でいうと、「迷惑ジジイ」になりつつあるんだな。

 なんで、そうなっちゃってきたのかな。

 強盗系の犯罪が増えてきたのは、老人の間に大きな経済格差も生まれてきたことも挙げられるかもしれない。
 裕福な老人も多いけれど、そうじゃない老人たちは、経済的に困窮しているといわれている若者たち以上に悲惨な感じもする。

 性的な犯罪が増えてきたのは、年とって自分の欲望をコントロールする能力が衰えてきたことを意味するようにも思える。
 昔より食い物が良くなって、体力だけ維持できるようにはなったけれど、残念ながら、精神を制御する力が肉体に追いつかなくなっちゃうんだろうね。

 ま、いろいろな理由があるんだろうけれど、全体的な傾向としては、今の時代の変化が早すぎて、老人たちには「世界」が見えなくなってきたのだろうと思う。
 
 自分がまさにそうなんだけど、今年65歳になる俺なんか、だんだん「世界」が見えにくくなってきたように感じる。

 たとえば、自分よりも下の世代がなじんでいるネットコミュニケーション。
 「LINE」などを通じて、1日中画面を見ながら誰かと交信しているという感覚になじめない。
 そういう “つながり” が楽しいのか。常に誰かとつながっていないと不安になるのか。
 そのへんの “気分” のようなものがよく分からない。
 
 だいたい人間というのは、二十歳ぐらいまでに培った感性を一生引きずって生きていくものだけど、今の65~66歳ぐらいの老人が青春を送った時代と現代を比べると、同じ日本といってもまったく違った国になっている。
 政治や経済はもとより、文化も、風俗も違う。
 1960年代当時と、2010年代とでは、江戸時代と明治時代以上に差が大きい。

 まず、スピード感が違う。
 60~70年代というのは、鉄道網が整ったり、高速道路ができたりしたけれど、基本的に19世紀に誕生した蒸気機関車のスピード感とそれほど違わない生活感覚に染まったまま生きられたのだ。 
 しかし、ネット社会の情報流通のスピード感は、地上を走る乗り物に譬えられるスピード感を軽々と超えた。

 老人たちの暴走は、激しい時代の波に呑まれ、自分たちが培ってきた(と思っている)“常識” が通用しなくなってきたという苛立ちにも遠因がある。
 
 時代の変化は、人間のコミュニケーションルールも変えた。
 接客業だって、昔は訪れる客の風体や表情から、その人が何を求めているかをすばやく察知し、それに合わせて対応するスキルが確立されていたけれど、今は効率を優先したマニュアルどおりの対応で終始するから、それを味気ないと感じる老人だって出てくるだろう。

 レストランなどで、メニューの渡し方が悪いとか、水を入れたコップをぞんざいに置いたとか。そんなことで店員を怒っている老人がいるけれど、それは彼らが攻撃的になっているというよりも、戸惑いから来る怒りなのだ。

 聞いた話だけど、近所の公園に大型犬をリードから解き放って遊ばせている老人がいるという。
 近所の人が、「子供に噛みついたら危ないので、リードぐらい付けたらどうですか」と注意したところ、「お前はこの公園の管理人か? 管理責任者でもない人間がエラそうなことを言うな !」と逆ギレされたらしい。

 これだって、飼い犬をリードなしで散歩させておいても誰も文句などいわない時代があったことの名残りだといえなくもない。
 彼らは、他人に対して非寛容な態度を取るけれど、きっと心の中では、「なんでこんな息苦しい時代になってしまったんだ?」という戸惑いを抱えているはずだ。

 そういう戸惑いが、感情表現の乏しい人の場合は、周囲に対する八つ当たりになる。
 体感的にいうと、そういう人々が多そうに思えるのは、60代の後半あたり。
 いわゆる “団塊の世代” の中核に位置する人たちだね。
 私も、かろうじて団塊世代の終わりの方にしがみ付いている人間だから、心情的にはこの世代と同じ気持ちを共有しているけれど、でも、やっぱ団塊の中軸となっている人たちを見ていると、自分とはどこか違うものを感じる。

 どう言えばいいのかな … 。
 よくいえば、彼らはロマンチストであり、理想主義者。
 … つまりは妄想家で、融通の利かない原理主義者。

 で、こういう人たちは、たいてい理屈好きで、政治に対しても社会に対しても一家言を持っていたりする。
 彼らの言動は、基本的には “反権力・反体制” で、自民党が政権をとっても民主党が政権をとっても、批判的である。
 永遠の “反抗する若者” なのだ。
 
 昔、「赤軍」という左翼組織があった。
 70年代初期に、よど号ハイジャック事件や、イスラエルのテルアビブ空港乱射事件などを起こしたグループである。
 そのときの赤軍メンバーであった重信房子が現在68歳、岡本公三が67歳、奥平純三が66歳、坂東国男が68歳。
 彼らがよど号を乗っ取り、機長に北朝鮮へ行けと脅しながら、メディアに訴えた言葉が、「我々はあしたのジョーだ」(ちばてつやの漫画)というものだった。

 当時、私は彼らの言葉を「ロマンチックだなぁ !」と思った一方で、そんな漫画的理想主義で “革命” を目指していくということの “危うさ” に、うすら寒いものを感じた。

そういう人々を、「原理主義者」っていうんだろうな。

 「原理主義者」っていうと、政治思想や宗教の基本原理を厳密に守る頑固者というイメージがあるけれど、現代の日本の原理主義の根幹にあるのは、漫画とかアニメとか、そういったエンターティメントのなかの出来事を現実化しようという心の動きだと思うんだ。
 オウム真理教の世界が、まさにそれだったものな。

 こういう “原理主義 症候群” に罹った人は、けっして現実化されない理想社会との対比で、現在を語る。
 老人にとっての “理想社会” とは、後戻りできない「自分の若い頃に体験した世界」のことを意味し、ゆえに彼らは、ずっと現代社会を呪詛することになる。
 その怒りの激しさが、敵対する他者を許さないようになる。

 つまりは、謙虚さがなくなるわけ。 
 謙虚ってのは、自分以外の人間やら世の中の動きを冷静に見つめるところから生まれる。
 その視線の透明性を、「謙虚」という。
 謙虚であることを忘れた「居直り老人」には、たぶん痴呆が訪れるのも早くなるのではないか。
 これ、実は自分に対する自戒の言葉でもあるんだけど … 。
  
 
関連記事 「困ったおじさんたち」

参考記事 「困ったおじさんはなぜ生まれてきたのか」

参考記事 「老人性症候群の進み具合チェック」

参考記事 「いたずらジジイ(暴走老人)」
  
 

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老人がおかしくなってきちゃった への9件のコメント

  1. スパンキー より:

    元気というか、生臭い爺さんが増えたのは確かですね。

    いつも公園を独占しているゲートボールのグループがいるのですが、
    先日、爺さん同士がなんだか争っている。と、チラチラ見るに分かったのは、
    少し若めのおばさんの取り合いらしいんです。

    バイパスの真ん中をチャリでジグザグに走る爺さんもよく見かけます。
    これは危ないです。抜いていくクルマ一台一台に文句をつけていました。

    イトーヨーカ堂のレジで、やたら偉そうに女の子に説教、いや怒鳴っていた爺。

    とにかく、みんな置き去りになってしまった人達です。
    時間軸がずれているように思います。

    タイムマシーンで戻してあげたくなります。

    実は私もそれに乗りたいのですが…

    ムカシはムカシ、いまが見えないのではないのでしょうかね?

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      >>「ゲートボールの爺さんたちが、少し若めのお婆さんを取り合っている」 !!
      ああ、そういう事例は最近よく聞きます。
      母の介護で、私も時々老齢者の介護施設に見舞いに行きますが、それに近い情景をときどき見かけますね。

      でも、それって、最近の高齢のご夫人方がきれいになってきたからかもしれませんね。
      テレビを観ていると、… 特にBSなんか、ドキュメント仕立てのアンチエイジングのサプリのCMばっかり。
      で、白髪頭でシワだらけのお婆さんが、そのサプリを服用した結果、40代の若さを取り戻して、“美魔女” に変身 ! みたいなものばっかり流れてきます。

      そういうCMばかり観ていると、世の中の婆さんたちも、「まだまだ現役でやれるわ !」と元気づくのでしょう。
      そのような風潮が、世の婆さんたちの若さを取り戻して、いつまでもきれいな外観を保たせているのかもしれません。

      高齢の男は年齢を加算された分、外観も正直に老けてしまうものですが、女たちは違う。
      そのアンバランスさが、最近の爺さんたちの胸騒ぎを掻き立てるのでしょうね。

      爺さんたちは、ますます世に取り残されたような心境に陥っていく。
      レジの店員を怒鳴り付けたりする爺さんは、そのやるせない思いを八つ当たりで発散しているのかもしれません。
       

  2. 木挽町 より:

    たいへん興味深く読ませていただきました。たしかに。全く同感です。自分が子供の頃の当時の高齢者と今の高齢者ではたしかに違いがあります。今日より明日が豊かな時代から、明日が不安な時代に変わったからでしょうか。生活不安を感じている高齢者が増えたのが原因でしょうか。自己の存在価値を求めているのでしょうか。考えさせられます。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      今は、「若い人が生きにくい時代だ」などとよく言われますが、シニア層も同じではないでしょうか。
      老人も “二極化” してきて、孫たちに囲まれて幸せな老後を送っている人たちがいる一方で、家の冷暖房費を節約するためなのか、1日中ショッピングモールのベンチに座っていたり、スーパーのタイムサービスの食品が出るまで、じっと待っていたりする人がどんどん増えているように感じます。

      それは社会が悪いのか、それとも、時間の潰し方を自分で探せない個人の貧しさの問題なのか。
      なんともいえない複雑な気分になりますね。
       

  3. ばあこん より:

    日本人は昔 さむらいだったし、一分を持っていたんですよね。
    それをなるべくいつの歳でも、忘れない様生きていたいものです。
    コラム面白かったです…

    • 町田 より:

      >ばあこん さん、ようこそ
      一分(いちぶん)というのは、含蓄のある言葉ですよね。
      凛とした響きがあります。

      確かに、昔のサムライ精神を持っていた男たちは、歯を食いしばっても惰弱な精神に溺れない、という意志の力を持っていたようですね。
      本当は辛かったのでしょうけれど、「それをやっちゃったら、おしまいよ」というギリギリのところで踏みとどまる。
      (私も含めでですが)、現代の老人たちは、そこが甘いんでしょうねぇ。
      コメントありがとうございました。
       

  4. 通りすがり より:

    私は団塊Jr.世代ですが、団塊世代以降に当たる今の初期の老人方が、それ以前の時代の老人方(すなわち団塊世代の親世代や団塊世代頃まで)とは質的に大きく変わったと見られていることに関して同感を抱いています。
    団塊世代の親世代は、日ロ戦争、日清戦争、第一次、第二次世界大戦と長らく続いた戦争の実体験が人生に大きく影を落とし、わざさび的な哀愁を漂わせておられました。
    しかしながら、今の団塊世代以降の方々にはそのような苦労をした経験がなく、高度経済成長時代を経験して生きてきた為、良くも悪くも自信家で “不良老人”が多い世代と見られているようです。(因みに、高度成長の礎は団塊世代以前の世代による功績であり、以降の方々にはバブルに踊って”失われた20年”を生み出した世代と言っても過言ではない印象しかありません。要は”虎の威を借る狐”のような存在です。その反動を受けた今の若者世代は意外と苦労しているのではないでしょうか。)
    上記のような老人方が反骨精神と言っても違和感があり、ただ見識にも乏しく我が侭なだけのように思えます。公園で犬に鎖も繋がずに注意されて逆ギレするような人を理想主義者とは言いません。ただのモンスター老人です。

  5. 通りすがり より:

    (訂正)団塊の中軸の方々が理想主義者、と書いておられますね。勘違いしましたので訂正しておきます。

    • 通りすがり より:

      年代特定は微妙ですが、団塊世代の方々は1947-49年生まれ(以下参照)とありますので、今現在68-70歳辺りの年齢になりますね。もう少し上の年代の方かと思っていました。
      とすると、1991年頃のバブル崩壊時には40歳過ぎの働き盛りであったということにもなります。どうやら、団塊世代を買い被っていたようです。(最訂正致します。訂正の必要はなかったようです。)
      ついでにもう一言申し添えさせて頂きますと、バブルの生成と崩壊は意図的に企てられたものであり、その目的は団塊世代並びに団塊Jr.世代叩きとする見方もあるようです。天変地異と人災は異なります。

      団塊の世代(だんかいのせだい)とは、日本において、第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた世代。第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)~1949年(昭和24年)に生まれて、文化的な面や思想的な面で共通している戦後世代のことである。第一次ベビーブーム世代とも呼ばれる。日本経済においては第二次世界大戦後の高度経済成長、バブル景気を経験している。この用語は堺屋太一の小説、「団塊の世代 (小説)」に由来している。(Wikipediaより一部抜粋。)

      バブル崩壊(バブルほうかい)は、日本のバブル景気後退期または後退期末期から景気回復に転じるまでの期間を指す。
      内閣府景気基準日付でのバブル崩壊期間(平成不況(第1次平成不況)や複合不況とも呼ばれる)は、1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月までの景気後退期を指す。
      バブル崩壊により1973年(昭和48年)12月から続いた安定成長期は終わり、失われた20年と呼ばれる低成長期に突入した。(同上)

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