老人性症候群の進み具合チェック

 
 私も今年の4月で65歳になろうとしているわけだけど、昔からつきあっていた友人たちも、だいたいそんな年頃だから、たまに会うと、話がジジ臭くなる。
 老いの兆候が現われてきたことに対する情報交換になりがちなのだ。

 「あ、お前もそうなの? 最近、俺もモノの名前がすぐ出てこなくてさぁ」
 「ボケが始まったのかもな。カミさんとの会話なんか、あれ、これ、それ … だけになっちゃった」
 … ってな会話が増えるのである。

 こういうのを “老人性症候群” といってもいいのかもしれない。

 「老人性症候群」とは、医学的にいうと、「認知症」、「徘徊」、「転倒」、「尿失禁」などを指すらしい。(いやな言葉が並んでいるなぁ … )
  
 ま、そこまでいかなくても、「認知症」や「転倒」などは、少しずつ経験するようになってきた。
 とにかく、人の名前とか新しい商品名みたいなものが、覚えたと同時に記憶のかなたに飛んでしまう。

 そうかと思えば、酔っぱらって、舗道の段差を踏み外して転倒するとかさ。
 イメージでは若い頃と同じように体を動かしているつもりでも、肝心の体の方が、イメージ通りには機能しなくなっているのだ。
 まさに、“老人性症候群” 。

 でも、それって、進み具合をチェックする方法あるのだろうか?
 自分なりに考えてみると、次のような症状が出たきたら、要注意だ。
 
 
  すぐ物をなくす。
 5分ほど前に見ていた身の回りの物が、5分後にはなくなっている。
 「あれ、今さっきここにあったのになぁ … 」
 と、探し物が多くなる。
 大事なものから先に、どんどん目の前から姿を消していく。

 たぶん、大事なものだから、すぐ見つかるように “目立つ” ところに置き直したりしているのだ。
 しかし、そのことを忘れて、結局いつも置いてある場所を探す。
 当然、ない !
 パニックになる。
 パニックになると、新しく置き直した場所などまったく視野に入ってこない。

  人の名前が、どんどん頭の中から消えていく。
 だから、街中などで、偶然知った顔に出会ったときに困る。
 名前が思い出せないから、なるべくその人の名前を口に出さないような会話になる。
 無難なのは、「お元気ですか?」などという挨拶か、天候の話。
 毒にも薬にもならない会話が増える。
 そういうことを繰り返しているうちに、人の付き合いもだんだん淡泊なものになっていく。

  床に落ちた物を拾うだけでも、大変な努力を要するようになる。
 腰をかがめるのが、億劫になるのだ。
 だから、地面に落ちた10円玉を拾うだけのことでも、吹雪の日に防寒着を着こんで野外に出るくらいの大げさな覚悟が必要になる。
 そのため、知らず知らずのうちに、
 「ドッコイショ」
 「ヨイショ」
 という言葉が口をつく。

  些細なことで、怒りやすくなる。
 レストランなどで、ウェイトレスのメニューの渡し方がぞんざいだったとか、水を入れたコップを乱暴に置いたとか。そんなことだけで、ちょっとムカっとしたりする。
 「昔の店員と違って、最近の若い者は接客態度がなっていない !」
 と怒るわけだが、要するに 「年寄りは世の中の “余計者” に見られている」というヒガミが、そういう気持ちをあおり立てるんだろうな。

  スポーツ選手などを比較するときに、同世代の選手を比べるよりも、昔の選手と比較することが多くなる。
  「○○選手は “記録” を残すタイプではなく、長嶋茂雄のような人々の “記憶” に残るタイプだよな」
 … とか人に話すんだけど、例に出す選手の名前を知っている人がだんだん少なくなっていることに気づかない。 

  I Tの革新スピードに付いていけなくても平気になる。
 ネット・コミュニケーションがだんだん億劫になってくるのね。
 だから、ツィッターとフェイスブックの違いもよく分からない。ましてや「LINE」って何こと?状態であるが、別にそれで困らなくなる。

  身の回りのゴミがやたらと増えていく。
 片付けるのが面倒くさくなっているのだ。
 最初は机の周りがゴミだらけになり、やがて床がゴミだらけになり、最後はゴミ屋敷になる。

  同じ年ぐらいの老人と、ついつい自分を見比べてしまう。
 で、相手の頭髪の濃さとか、腹の出具合とか、足取りの状態などを比較して、「勝ったな !」とつぶやくことが多くなる。
 で、たいていの場合、「負けたな !」と思うことはない。(負けそうな相手は、無意識のうちに比較することを避けている)

  (男の場合)若い女の店員や看護師などから、ちょっと優しい言葉をかけられるだけで、すぐさま「俺に好意があるのかな?」と勘違いするようになる。 
 女を狙うときの “男としてのハンター能力” が鈍ってきて、現状認識が甘くなるからだ。

  (男の場合)若い女性( … たとえばAKBぐらいの年齢の女子たち)から好意を寄せられることを諦めると、今度は同世代ぐらいの熟女(五月みどり・吉永小百合たち)の色香に敏感になってくる。
 しかし実生活においては、人生の酸いも甘いもかみ分けた年齢の女性たちが、容貌も衰えた同世代のジジイに反応することはまずないので、たいていは片思いに終わる。
 その結果、老人ストーカーが増える。

  成人した子供が期待外れに終わったと思うことが多くなり、そのため、孫を見るごとに、「この子は将来大物になる」という思い込みを強くする。

  駅のホームでは、近くの階段を上がるより、時間がかかっても遠くまで歩いてエスカレーターに乗る。
 ま、年老いてきて、階段を上がる体力が衰えてきたということもあるのだろうけれど、要するに老人はヒマなのよ。
 
 
 さて、あなたはからのうち、何問当てはまりましたか?
 5問以上当てはまったら、もう “老人性症候群” だよ。

 しかし、以上のことが自覚できれば、そこを注意するだけで、まだまだ若さを取り戻すことは十分に可能。
 元気な老人というのは、みんなそうやって、老いの自覚にめげずに奮闘しているわけね。
 
 
関連記事 「『自分は若くない』」 という自覚は、どんなときに生まれるか ?」
 
 

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老人性症候群の進み具合チェック への4件のコメント

  1. レオじじい より:

    何やら当てはまる項目がいっぱいで、認知症にならないかと心配しています。
    患者数も増加してるようで、最近のTV番組でも認知症に関する番組が増加していますが高齢者人口が増加した結果でしょうか?
    高速道路の逆走なども認知症の影響があるとの事、隣に若い女性でも乗せて運転するのが良いでしょうかね。
    私は少しでも認知症予防にと、最近はTVでやっていたココナッツオイルをトーストに塗って食べたり、散歩で足腰が弱らないようにと涙ぐましい努力をしていますが。
    高血圧・糖尿病は認知症の発症率が高くなるとのことで私にとっては更に注意が必要です。

    • 町田 より:

      >レオじじいさん ようこそ
      高齢化社会の到来を前にして、マスコミでも認知症への関心が高まっているようですね。
      人の名前が覚えられない、新しい商品名などがとっさに出てこない、物忘れが激しくなる。
      そんなところから認知症が始まっていくようですが、その兆候は私などにも確実に現われています。
      だから、上記に並べた “症状” はすべて自分の体験を素にしているようなところがあります。

      >>「隣に若い女性でも乗せて運転する」
      それは、確かに効果がありあそうですね。
      男は、やはり若い女性の前では良いところを見せようと緊張しますから、少しはボケから遠ざかることができそうに思えます。

      しかし、私の場合は、あいにく “若い女性” に知り合いがいないもので、カミさん以外となると、せいぜいメス犬を隣に乗せるぐらいしか手立てがありません(-_-;) 。
       

  2. Get より:

    今日は
    男性側からの項目以外は大体当てはまってしまいました。
    まぁ、当然です。

    以前ちらっと小耳に挟んだ、老人を感じる時は?と云うライン。
    3っつとも当てはまるなら、あなたは紛れもなく老人です、でした。
    え?! と注意して聴きだした時には最初の項目は聞き逃した後でした。

    二つ目、食卓に漬物がないと “えぇ、?漬物ないんだぁ~” とガッカリする。
    3っつ目、立つったまま靴下が履けなくなる。

    まさに当たっていました。
    若さは取り戻せませんが、老人クサさは努力すれば誤魔化すことが少しはできます。
    そこそこ無理のないように。
    無理をすると筋違えやら、ぎっくり腰やらと肉体的にペナルティーが科せられます。
    この点を気を付けながら、長続きしない努力を色々やってみています。
    すぐに放り出してしまいますが、、、@#$&!!

    • 町田 より:

      >Get さん、ようこそ
      >>「食卓に漬物がないとガッカリする」
      >>「立ったまま靴下が履けなくなる」
      ああ、なんとなく自分にも当てはまりそうです。

      とにかく、肉体や精神を過度に酷使することに臆病になってきましたね。
      「今日は疲れたから休もう」とか、「急ぐ用事でもないので、明日にしよう」などと自分を甘やかす言い訳が増えました。

      老人になっても、気合は必要なんでしょうね。
      とにかく、握り拳を振り上げて、「さぁ、やるぞぉー !」と叫ぶとか、床の上で「ドスコイ」などとしこを踏むとか。

      そういう “形から入る気合”が案外大事なんだという話を聞いたことがあります。
      疲れていても、脱力状態に陥っていても、形を整えると、後から本当の気力が注入されてくるらしいです。

      反対に「疲れたぁ…」とか、「面倒くさいなぁ…」などとつぶやいていると、本当に落ち込むらしいですね。

      「元気は “形” から」ですね。
       

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