映画『エリザベス』

 
 歴史映画のだいご味は、主人公たちが、自分の「運命」を知らずに悩んだり、狂喜したりする「現場」を、歴史を知っている我々が覗き込むところにある。
 
 現代を生きる私たちは、当然彼らの「運命」を知っている。 
 誰がその時代の勝者になり、誰が敗北していくのか。それを既定の事実として眺めている。

 だが、歴史の中を生きた当人たちは、自分の “未来” など知らない。
 彼らが知りようもないその未来を知っている我々は、いわば「神の視点」を手に入れているようなものだ。

 けっきょく歴史映画の面白さというのは、この「神の視点」を手に入れた現代の観客が、過去の人間の不安や懊悩を “覗き見” するときの意地の悪い快感によって保証されているといってよい。

 イギリス映画の『エリザベス』と、その続編の『エリザベス ゴールデン・エイジ』。
 この二つの作品で、観客はイギリス王族を代表するエリザベス女王の “素顔” をかいま見ることになる。

 歴史の教科書では、イギリスの黄金時代(ゴールデンエイジ)を用意したとされる完全無欠の英君も、時に恋を失う辛さに泣き、ライバルに嫉妬し、戦争を遂行しながらも、その敗北の惨めさを想像して恐れおののく弱い女の一人でしかない。

 彼女が臣下を遠ざけ、愛する男への思慕を断ち切るために一人で泣く姿や、迫りくるスペイン艦隊に対する恐怖に身もだえする姿は、同時代を生きた臣下たちは誰も見ることができない。
 観客だけが、透明人間となってその時代にタイムトリップし、女王の密かに懊悩する姿を覗き見することができる。
 それが歴史映画の面白さだ。

 私は、BSテレビのWOWOWシネマで放映されたこの二つの映画を録画しておいて、つい最近観た。
 1998年に撮られた『エリザベス』は、エリザベス1世が紆余曲折の果てに英国の君主として即位し、その地盤を固めていくまでの話。
 その続編として2007年に制作された『エリザベス ゴールデン・エイジ』は、彼女の治世における最大の難局といえるスペイン無敵艦隊を遠征を水際で迎撃し、勝利を勝ち得るまでの話。

 どちらも見せ場をふんだんに用意したストーリー展開だが、ある程度、この時代のイギリスにおけるカソリックと新教(イングランド国教会)の分裂や、スペインとイギリスの確執、エリザベスの父に当たるヘンリー8世のキャラクターやら家族関係に対する基礎知識がないと、ここで繰り広げられる “陰謀劇” の凄まじさを十分に楽しめないかもしれない。

▼ ヘンリー8世の肖像画。エリザベスのお父さん

 そういった意味で、“観客を選ぶ映画” でもある。歴史にさほど興味のない人には、映画の中で何が起こっているのか、にわかに分かりづらいところがあるだろう。
 しかし、ヨーロッパの近世史に興味を持っている人には無類に面白いはずだ。

 特に、ヨーロッパ大陸の文化から取り残された辺境の島国であるイギリスが、この時代に、大陸との弧絶を逆手にとって、未知なる海に活路を求めていこうとする雄大なビジョンが描かれるシーンを見ると、胸のすくような痛快さを味わえる。

 2作目の『ゴールデン エイジ』では、アメリカ大陸に渡ったことがある海賊のウォルター・ローリーから、エリザベスが新大陸の様子を聞くシーンが出てくる。
 大西洋をさまよい、陸地から切り離された航海が続く恐怖を克服し、ようやく水平線の彼方に大陸の影を遠望するウォルター・ローリーの言葉はまさに詩人の言葉であり、エリザベスでなくても、観客はその美しい言葉に想像力を刺激される。

▼ ウォルター・ローリーを演じるクライヴ・オーウェン。2作目の『ゴールデン エイジ』に登場するエリザベスは、野性的な彼に惹かれるようになる

 エリザベスは、そのウォルター・ローリーの言葉にインスピレーションを受け、海洋国家というヴィジョンを構想していくことになるのだが、史実はどうであれ、映画的には説得力のあるシーンになっている。

 結局、世界に先駆けて近代国家への道を切り開いたイギリスの成功の秘訣は、「海を制した」ことに尽きる。

 それまで、「帝国」を名乗る国家として、大洋を支配した民族はいなかった。
 古代のカルタゴや、中世のヴェネチアのような例はあるけれど、いずれもその活動域は地中海に限定される。
 大西洋という、今でいえば宇宙圏のような広大な領域を支配下に治めた国はイギリスしかない。
 
 最初にアメリカ大陸に進出し、中南米を征服したのはスペインであったが、この国は基本的に陸軍国家であった。
 彼らの “海軍” というのは、陸上戦闘隊を乗せて移動する輸送船団に過ぎなかったからだ。

 イギリス征伐に向かったスペイン無敵艦隊(アルマダ)の基本戦略もイギリス本土に上陸して、陸上戦でロンドンを支配するというもので、そのため彼らは巨艦に大量の陸兵や馬なども乗せて、イギリスに向かったのである。
 さらにいえば、無敵艦隊を統率するシドニア公は、名門出身の武人ではあったが、海戦の経験がなかった。
 スペインが最初から海上で戦うということに重きを置いていなかったことが、それからもうかがえる。

 それを迎え撃ったのは、フランシス・ドレイクらの海を知り尽くしたイギリス海賊たち。
 勝敗は最初から分かっていたような戦いであった。

 だが、戦端が開かれるまで、エリザベスは勝てるとは思っていなかったらしい。
 合理主義精神の持ち主であった彼女も、この戦いの前には占い師の助言に頼るほど精神を疲弊させていた。
 一時は、スペインに敗れ、異国の地で宗教裁判にかけられる自分の姿さえ想像したりする。
 そういうシーンを観ることも、歴史映画の面白さだと思う。

 戦闘の結果は、歴史に記されたとおり。
 スペイン無敵艦隊は、イギリスに上陸することもかなわず敗走し、ヨーロッパ最強の陸軍国家は、それを機に衰退への道を進み始める。

 スペインの世界制覇への野望をくじいたイギリスは、それから20世紀まで続く繁栄の道を突き進み、世界に先駆けて、資本主義国家の骨格を整えていく。
 
 無敵艦隊を破ったのが、実際にイギリスの海賊たちであったことは、偶然ではない。
 海賊。
 すなわち世界の富を暴力的に強奪することこそ、資本主義の本質なのだから。
 スペインに代わって、イギリスが新大陸で奴隷を使って収奪した富が、その後の400年にわたる資本主義の本源的蓄積となった。
 この映画では、そこまで言及していないが、歴史に興味のある人間にとっては、世界史の大転換の現場に立ち会ったという感慨を抱けるかもしれない。
 
 エリザベスの役にケイト・ブランシェットという女優( ↓ )を配したのは成功している。

 この女優は、顔立ちも肖像画に描かれたエリザベス( ↓ )に似ている。

 肖像画を見る限り、エリザベスという女王は、お世辞にも美人であるとは言い難い。性格も、ぎすぎすした神経質な女であったことを想像させる。
 女優のケイト・ブランシェットは、肖像画が伝えるエリザベスの面影を上手に再現しながらも、“見方によっては、ひょっとして美人かも … ” と想像させるうまい表情をつくる。
 
▼ 愛したロバート・ダドリー卿(右 ジョセフ・ファインズ)には妻がいて、エリザベスは嫉妬に懊悩することになる

 映画そのものは、史実に忠実ではない。
 エリザベスをとりまく複雑な人間関係は、大胆に省略され、(多少ややこしさは残っても)、観客にとって話の流れがスムースに頭に入るように脚色されている。
 恋愛シーンに重きが置かれているのも、エンターティメントとしての計算だろう。 
 
 なによりも、登場人物たちのコスチュームが素晴らしい。
 製作費2,500万ドルのうち、なんと2,000万ドルが衣装代だという。
 フランス、スペインの大使たちが着る衣装の一つひとつに、それぞれの国柄が偲ばれるのも一興。
 きらびやかな衣装が伝える当時の宮廷風俗を眺めているだけで楽しい。
  
  
参考記事 「超マクロ展望 世界経済の真実」(イギリスの資本主義)
 
 

カテゴリー: 映画&本   パーマリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">