「昭和残侠伝」は何を描きたかったのか

 
 ある雑誌に、高倉健主演の映画の追悼上映会に集まる人々のルポが載っていた。
 昨年11月に高倉健が亡くなった後も、これらの追悼作品を上映する映画館では観客が途絶えることがなく、DVDのレンタルなどでも人気の勢いが止まらないという。

 それらの高倉健主演映画に関心を示すのは、「白髪混じりの団塊世代」。
 年齢でいうと60代以上で、女性もいるが、大半はシニア男性であるとか。

 そして、上映館では、名セリフが決まった時には、必ず「健さん、最高 !」という掛け声がかかり、スクリーンに「終」の文字が浮かぶやいなや、万雷の拍手が湧き起ると報告されていた。

 これらの観客を湧かす映画の大半は、東映が得意とした任侠ものであり、敵対するヤクザ組織からの嫌がらせや暴力に耐えた健さんが、最後にドスを抜いて憂さを晴らすというパターンが受けているようだ。

 作品でいうと、1965年から1970年ぐらいにかけて制作された『日本侠客伝』、『昭和残侠伝』、『網走番外地』などのシリーズが中心となる。

 このあたりの任侠映画シリーズについてWikipediaでは、
 「70年安保をめぐる混乱という当時の社会情勢を背景に、高倉健が演じる主人公は、寡黙のまま、鍛えられた体の背筋をピンと伸ばし、敵方の不条理な仕打ちに耐え、言い訳をせずに筋を通し、ついには復讐を果たす。この主人公の姿が、若いサラリーマンや学生運動に身を投じていた当時の男性の熱狂的な支持を集めた」
 と説明している。

 実際、70年代の初期に、私も、全共闘運動に身を投じていた先輩たちが、「夕べは高倉健の2本立て映画をたて続けに見て、空気が入った(やる気が出た)」などと語り合っている情景に何度も遭遇している。
 現在の高倉健追悼上映会に集まってくるのも、おそらくそういった世代の人々なのだろう。

 だが、私は、この時代の高倉健シリーズを観たことがなかった。
 東映のヤクザ映画にハマったのは、むしろその後の『仁義なき戦い』シリーズからであり、人から聞いた話やポスターなどから感じた高倉健の任侠モノは、ヤクザ映画というよりは、“時代劇” のように思えた。 
 
 だから … というわけではないが、高倉健にオマージュを捧げていた全共闘の先輩たちの心情は、故意にアナクロニズムを装ったギャグのようにも感じられた。

 自分がようやく高倉健の存在感の大きさに気づいてファンになったのは、その時代の任侠モノではなく、『駅 STATION』、『幸福の黄色いハンカチ』、『あなたへ』などの後期の作品からである。

 では、60年代中頃から70年代初期にかけて、当時の若者たちを熱狂させた高倉健の任侠映画とは何だったのか?

 遅ればせながら、BSテレビで放映された『昭和残侠伝 死んで貰います』を最近ようやく観る機会を得た。

 映画が始まり、主人公の高倉健がその恋人役となる藤純子と出会うシーンまで観て思ったことは、「これは映画ではなく歌舞伎だな」というものだった。
 登場人物たちのセリフ、表情、衣装。
 何から何まで徹底した様式美に貫かれていて、まるで日本の伝統芸能を観ているような雰囲気なのだ。

 確かに、藤純子という女優は美しい。
 いやぁ、こんな美人女優は、後にも先にも出てこないのではないか。
 そう思える外形上の美しさを保ちながら、彼女のセリフ回しや演技は、明治期に確立された新派の舞台か、女形(おやま)の演じる歌舞伎のように型にハマっていた。

 その様式化された演技を通す藤純子に惚れられた健さんが、すがる恋人を別れを告げて、敵対するヤクザの事務所に切り込むときの歩き方は、歌舞伎の花道で大見得を切る役者である。

 『仁義なき戦い』のリアル・バイオレンスの映像に慣れた人間の目からすると、なんとまぁ情緒的美意識に貫かれた世界であることか。
 同じ東映のヤクザ映画といっても、両者に共通するものは一つもない。

 『昭和残侠伝 死んで貰います』では、セリフ回しにも古典芸能の匂いが漂う。
 藤純子が縫った着物を着て、高倉健と藤純子がデートに出かけるシーンがある。
 その二人を送り出す元ヤクザの長門裕之が、彼らの背中に「道行きだね」と声かける。
 
 「道行き」とは、浄瑠璃や歌舞伎で、男女が連れ立って旅経つ場面に使われる言葉だ。
 しかし、この作品が映画館で上映された当時において、果たして、そういう言葉を知っていた若者がいただろうか。

 さらに長門裕之は、高倉健の着流しの姿を見て、「相変わらず、兄貴はいなせだね」という。

 “いなせ”。
 「粋」という言葉に近い。
 現代用語でいえば、「ダンディー」というところか。

 この言葉づかいも、日本の伝統文化になじみがないと、そう簡単に口をついて出ない。
 おそらく、当時のテレビで放映されていた時代劇においても、もうこういう言葉は使われていなかったのではないか。

 この映画の制作陣は、いったいどういう世界を作り上げたかったのだろう?

 それは、「男の美学」。
 しかも、その時代の日本には存在しない “美学” 。
 さらにいえば、古典芸能の言葉を借りて、江戸期や明治期にはあったように見せかけているが、実は制作者たちの頭の中でしか存在しない幻の「男の美学」であったと思われる。

 確かに、「道行き」とか「いなせ」というのは、歌舞伎から来た概念である。
 しかし、歌舞伎の「道行き」が、近松門左衛門が描くような “道ならぬ恋” に陥った男女の駆け落ち、ないしは心中というニュアンスを帯びていたの対し、この映画では、愛し合う男女の切なさは描かれない。 

 では、この映画で描かれた「男の美学」の本質とは何か?

 それは、ナルシシズムである。
 健さんは、藤純子の演じる芸者と心を通い合わせるが、そこには「恋愛」がない。
 自分に惚れてくれる女に向かって、「俺のことを忘れてくれ」と背中を向ける健さんの心には、自分のカッコよさに対する愛しかない。
 
 確かに、男の心の奥底には、惚れた女に別れを告げて、自分の生きる道を孤独に突き進む男を “カッコよく演じたい” という願望が潜んでいる。
 しかし、それは普通の男にはなかなかできない芸当だ。
 惚れた女が、自分を好きだと言ってくれれば、もうそれだけで幸せ。
 そういう女を捨てて、刑務所行きを覚悟し、命を張った大立ち回りを演じるなんて、幸せをドブに捨てるようなものだ。
 それが「カッコいい」というのは、倒錯した美意識である。

 任侠映画は、そういう男の隠れた願望を見事にくすぐる。
 でも、それは、男の脳内だけで展開するナルシスティックな幻想にすぎない。

 物語の終盤。
 自分が敬愛するヤクザの親分が、敵対ヤクザの手によって殺される。
 ここでようやく健さんは日本刀を持ち出し、復讐のために、相手の事務所に対する討ち入りを決意するのだが、そこで描かれるのは悲壮感の美しさだけ。
 相手の親分を殺して刑務所に行くことによって、健さんを愛してくれた恋人がどうなるのか、残された身内がどうなるのか、という事後の心配や不安はきれいさっぱり消去されている。

 健さんが演じる任侠道を生きる男は、徹頭徹尾、自分をカッコよく見せることしか念頭に置いていない。
 これをもし「男の美学」というのであれば、この健さん像に自己を仮託して熱狂する団塊世代の “美学” というのも、しょせん男のナルシシズムの称揚でしかなかったような気がする。

 私が、同じ高倉健の映画でも、この任侠シリーズのあとに制作された『幸福の黄色いハンカチ』のような映画が好きなのは、男のナルシシズムが一度ペシャンコに押し潰され、その挫折を経た後の「男の再生」がテーマになっているからだ。

 『幸福の黄色いハンカチ』においても、健さんは、ナルシスティックな “男の美学” を貫く男として登場する。
 しかし、そのつたない男の美学は、彼の女房の「あなたって勝手な男ね」という容赦ない言葉によって、見事に崩される。

 『昭和残侠伝』の健さんは、恋人の藤純子から、「引きとめはしません。しかし、生きて帰ってきて」と泣いてすがられる。
 しかし、『幸福の黄色いハンカチ』の健さんは、女房の倍賞千恵子から、「勝手な男ね」と吐き捨てられる。

 それは、ナルシスティックな自分に酔えていた男が、はじめて「女」という “他者” に触れた瞬間だ。
 自分とは異なる原理を内に宿した「女」という生き物の存在に気づいた瞬間といってもいい。

 遺作となった『あなたへ』という映画も、基本的にはこの延長線にある。
 ここでも健さんは、長年自分と連れ添ってきた妻が、自分とは異なる原理で生きてきたことを知り、謎の遺言を残して去っていった妻の本心を探るべく、キャンピングカーの旅に出る。

 そういう映画に登場する健さんは、心細そうで、頼りなさそうに見える。
 でも、私にとっては、そういう健さんの方がよっぽど魅力的だ。

 思えば、高倉健という役者は最後の最後まで、様々な思いを秘めたファン層に愛され続けてきた人間なのかもしれない。 
   
 
参考記事 「幸福の黄色いハンカチ」

参考記事 「高倉健主演キャンピングカー映画『あなたへ』」

参考記事 「高倉健の存在感」

参考記事 「仁義なき戦い」
 
 

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「昭和残侠伝」は何を描きたかったのか への9件のコメント

  1. Sora より:

    私もこの「昭和残侠伝」再放映で、健さんのヤクザ映画を初めて見ました。(町田さんと同じくそれ以降の彼の映画には関心がありましたから見てましたが) 見終えて、なぜこんなリアル感のないアホな映画が当時流行したのかが、よく分かりませんでした。しかし、町田さんに、自己陶酔的な倒錯的「男の美学」に寄りかかったものと指摘されれば、なるほどと思いました。

    次の論点は(私だけのかもしれませんが・笑)、この自己陶酔的美学をどう文化的に位置づけるかでしょう。男性に普遍的なものか、いや特殊・日本的なものか。

    自己陶酔に浸れる心理的理由は、もちろんカッコいいと鏡に自分を映してみて思える単純なナルシズムもあるでしょうが、やはり自分は大義を貫いているという高揚感でしょう。自分の属している弱小集団が不当に力のある大集団から虐げられているという義憤感をバネにして、ある日を契機に怒りを爆発させる、という行動パターン。忠臣蔵、大東亜戦争、全共闘、もちろんこの残侠伝のお話もつぶれかかっている料理屋を救うというお膳立ての中で、行動パターンの心理はどうも同じだと思うのです。これって、おそらく島国日本内で集団が争い続けてきた中で、特定集団が勝ち残るためには必要なDNAとして我々が育くみ称揚してきた心理なのでは、と思うものです。
    (西洋の義憤の元は、愛とか友情とか家族とか、なんとなく価値観が違うような気がするので)

    ただ、現在の日本で、虐げられた義憤を爆発させるという伝統的エネルギーは幸か不幸か弱まってきていると思いますので、「平成残侠伝」として健さんとはいえ、彼の初期のヤクザ路線映画が現在の若者にアピールすることはありえない。(あれは戦争を起こした昭和の残滓)

    しかし虐げられた日本が、議論・外交努力を尽くすことなく、自分達だけの美学に酔いしれて、突然武力行使に出るということは、それが我々のDNAであるだけに、やはり警戒していなければ、繰り返すパターンだと思いました。

    相変らず、長々とすみませんでした。やはり寡黙の健さんにはなれない。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ
      さすがに、Sora さんですねぇ !
      問題提起の鋭さに、いつも脱帽です。

      >>「(このような自己陶酔は)男性に普遍的なものなのか、それとも日本的な特殊性に根差したものなのか」

      そういうことは考えないまま書きましたが、ご指摘されたとおり、ここには非常に興味深いテーマが眠っているように思います。

      確かに、「男は(家族を捨てて)大義のもとに散る」という “美学(?)” は、大戦末期の特攻隊の精神にも似た日本的特殊性に満ちた思想であるかのように見えます。
      この映画も、虐げられた者の義憤をバネに「悪を懲らしめる」ための大義が掲げられるという構図になっていて、そこには自己犠牲的な特攻隊の精神が生きているように感じます。
      これに関しては、Sora さんのおっしゃるように、戦前からの教育の残滓ともいえなくもないでしょうね。

      ただ、私がここで注目したいのは、この映画には「女がいない」ということです。
      つまり、「女」という言葉に代表される、恋人とか女房とか、あるいは家族といったものがいない。
      Sora さんも言及されているとおり、西洋の義憤というのは、愛とか友情とか家族が危機に瀕したときに生まれるものであって、男のナルシシズムだけで成立するものではないように思います。

      しかし、この任侠映画には「女」がいない。
      「女」は、主人公の悲壮感を煽るための “装飾” でしかない。

      これはどういうことかというと、もしかしたら、あの時代に、男が女に圧迫されるような事態が出現していたのではないか? … と思ったりもします。

      『昭和残侠伝 死んで貰います』が制作されたのは、1970年です。
      実はこの年、日本ではじめてのウーマンリブ大会が開催されているんですよね。

      日本のウーマンリブは、60年代の全共闘運動のさなかにおいて、バリケードの中でも、相変わらず女は「飯炊き」とか「バリケード内の掃除」といった旧体制における差別的な役割しか与えられなかったという不満から発生しています。
      このような待遇に異を唱えた女性活動家たちの間から広まったのが日本のウーマンリブでしたが、これは当時の男性活動家たちには予想もしなかった “身内の反乱” として映ったはずです。

      だから、男性活動家のなかには、「男が革命の大義を貫くためには女は邪魔だ、黙ってろ」と密かに思った連中もいたかもしれない。
      たぶん、このような男連中の心理的要因がくすぶっていって、それが「女」が出しゃばらない東映任侠映画への共感につながっていったのではないかと。

      ウーマンリブ運動は、その後徐々に衰退していきましたが、しかしその運動を通じて、女性全般が「自己主張する」ことを覚えていきました。
      たぶんその過程で、女に軽んじられる男たちもずいぶん出てきたのではないかな。

      任侠映画というのは、女に脅威を感じ始めた男たちが、「男が天下だった時代」へのノスタルジーを吸収して成長してきたジャンルではないかという気もいたします。
      したがって、任侠映画は、好きな女に片思いしかできない男たちや、フラれた男たちに、“言い訳”を与えてくれた映画であったのかもしれませんね。
      「お前には、俺のカッコよさは分かるまい」って言い逃れするための口実として。

      任侠映画が衰退していった時期は、ちょうど流行歌においても、「女が自分の意志を持って男から去っていく」という歌が流行り始めた時期と重なります。
      そういった意味でも、この手の映画は “男の美学” が死滅していく時代を象徴する挽歌であったともいえるかもしれません。
       

  2. 木挽町 より:

    男に生まれたんだから男らしく生きるのは当たり前なこと。そういうのが無くなってきちゃったなぁ。偏差値教育で相対評価に慣れてきちゃった人が多くなってきちゃったからかなぁ。教育ママに育てられちゃう男の子が増えたからでしょうか。私は東京の下町育ちだったので、お神輿を2階から眺めていただけで怒られる環境で育ちました。カッコいいは人さまが決めることで、絶対に自分で決めることではないこと、と教わって育ちました。教育ママの小うるさいだけの躾や、商業ベースの受験にパスするためだけの点取り技術教育に育てられた男は、男ではありません。恥です。男は男の背中が育てるものだと思います。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      おっしゃるとおりだと思います。
      >>「カッコいいというのは人さまが決めること。絶対に自分で決めることではない」という言葉にとても共感いたしました。

      今の世の中から、「男らしさ」が消えていったのは、ご指摘のように「教育ママの小うるさい躾」とか、「受験にパスするための点取り技術教育」が影響を及ぼしているのは確かなことですね。

      特に、“ママ” が男の子の行く末を決めてしまうということは大きいのかな。
      母というのは、常に男の子が暴力的なもの、性的なものに染まることを極端に嫌いますものね。
      もちろん、子供がそっちの方向だけに引っ張られるのは問題でしょうけれど、男の子はその暴力的なもの、性的なものに触れながら、それと格闘することで自分を磨きあげていくというプロセスがあってこそ、社会性を身に付けるっていうことがありますものね。

      たぶん、そういう男の子からその手の格闘が消えてしまったので、どす黒い怨恨や猟奇的な快楽が自分の体内から噴出したときには、殺人にまで至るようなとめどない暴力の連鎖につながるのではないでしょうか。

      60年代末の任侠映画というのは、詳しくは知らないのですが、上記の映画を一作観たかぎりでは、「男の格闘」というのは描かれていないように思いました。
      理不尽な仕打ちに耐えに耐えた男が、最後にドスを抜いて恨みを晴らすというのは、どう考えても “格闘の結果” とは思えないんです。
      それは、男ぽっさを描いているように見えながら、意外と女々しい。

      私は、同じ東映やくざ映画でも、「男になれよ」と幹部にピストルを渡され、泣く泣く対立組織のボスを射殺して、人間の簡単な死におののいてピストルを投げ捨てて逃げ回る青年たちを描くような『仁義なき戦い』シリーズのほうに、リアルなものを感じます。
       

      • 木挽町 より:

        なるほど。そうですよね。自分との格闘ですよね。思春期の健康な男は女性に興味があって当たり前。そういう時期のガールフレンドから教わったことも多いです。映画はあまり見ないのでよく分からないんですけど、数年前に「明日への遺言」(小泉監督・藤田まこと主演)を見たときは感動していろいろと考えさせられました。戦争を肯定はしませんが、とにかく主人公がカッコよかった。男らしかった。実話ということにも驚きました。

        • 町田 より:

          >木挽町さん、ようこそ
          確かにそうですね。
          思春期の男の子にとって、人生の最大の教科書は “彼女” ですよね。
          別に片思いでも、振られてもいいんですよね。
          相手と精一杯格闘すれば。
          むしろ、そういった挫折の体験の方が、男の子を鍛えるんだろうと思います。

          『明日への遺言』という映画は観ていないのですが、木挽町さんが感動されたのだったら、きっと素晴らしい映画だったのでしょう。
          藤田まことが主演なら、きっとカッコいい主人公が登場していたのだろうと思います。
           

  3. Get より:

    今日は。
    男に生まれるという、能動態生物の女性に対する必至さが微笑ましいです。
    木挽町さん。
    ”カッコいいは人さまが決めること” これ決まってますね。
    話がそれますが、”カッコいい” という語彙は何時からのものでしょうか?
    ”カッコいい” とは石原裕次郎当たりの出現で風靡されたような気がします。
    では、それ以前に ”カッコいい” に当たる表現は何と言っていたか?
    ”粋” だったと思われます。
    それなりの年代層は、”粋だね~” なんて謳っていたんだと思います。
    私の両親(現存していれば100歳過ぎ)はあまり表現しなかったように記憶します。
    然し否定的には使っていたような気がします。
    格好が悪い、不恰好である、等々。
    ”全然” という語彙が肯定的に使われている現代では、
    ”全然” を否定的にとらえて使っていた私の年代には、全然よくない気がします。

    ”お神輿を2階から眺めていただけで怒られる”
    これも成程な~と感じ入りました。
    明神様やら何やらの神様が鎮座まします神輿。
    足下に見やるものではないと云うことですね。

    ”人さま” も然り。
    一昔前の人々は ”人さま” ”お天道様” 等と敬いが伝わってくる表現でしたね。

    言語は推移するもです。
    明治、大正頃の小説を読むと、口語が今とは明らかに違いますね。
    あんな口調で話す人はもう居ない筈です。

    「昭和残侠伝」の世界、どう解釈しても新派の世界観なんでしょう。
    私もこの種の映画は見ていません。
    私の大好きな健さんの映画は 「ミスター・ベースボール」。

    言葉が変わっていこうと、時代背景が変わっていこうとに関係なく、
    思春期の男子は一途に女性からの興味を引くために日夜奮闘を開始する訳ですね。
    男と女の生物体系、未来永劫変わることはないです。
    少し、(”アー・ユー・レディー” が混ざってきました)
    男子諸君、何時までも紅顔のままで!

    ●健さんのハリウッド映画で意外と知られていないのがこれです。

    出典
    moviefanjp.moo.jp

    MATSUMOTO Yutaka@yutakama

  4. Get より:

    追信

    大変失礼しました。
    先の ”ミスター・ベースボール” の貼り付けが間違っていました。
    これです。

    https://www.youtube.com/watch?v=uCGG-oVN4NI

    • 町田 より:

      >Get さん、ようこそ
      「カッコいい」という表現をさらにさかのぼれば、「粋」に通じる。
      確かに、その通りかもしれませんね。

      単なる「カッコいい」は、英語文化圏では「ビューティフル」、「クール」、「スタイリッシュ」、「セクシー」などという言葉で表現されるのかもしれませんが、「粋」というニュアンスはないですね。あれは日本独自のセンスを表現したもののような気がします。
      なぜかというと、「粋」という言葉には、「何かを達成するためには、何かを捨てる」という意味が含まれているように感じるからです。
      「やせがまん」とか、「武士は食わねど高楊枝」みたいな精神ですかね。

      だから、「粋」というのはストイシズムのことですね。
      そこには常に格闘がある。
      「腹いっぱい食べたいけれど、そんな欲を人様にさらすのは惨めだから、腹なんか減ってないように突っ張る」という、自分自身との格闘がある。
      こういう精神は、欲望のおもむくままに生きることが「自分の解放につながる」という今の時代精神とは合わないんでしょうね。
      今は、「Let It Go … ありのままの私に」の世の中ですから。
      私などは精神が惰弱ですから、日々“Let It Go”の毎日ですけど(笑)。

      高倉健さんのハリウッド映画「ミスター・ベース・ボール」は良かったですよ。
      映画そのものは未見ですけど、紹介いただいたシーンは納得できました。
      人に対する理解力も、優しさも持ちながら、筋を通すために、あえて厳しいガンコ親父に徹するというのは、一時的には人に嫌われることも辞さないという意味で、まさに「粋」の精神ですよね。

      映画は架空の話のようですけど、なんとなく星野仙一を思い出しました。
      私は阪神ファンで、中日時代の星野さんは大ライバルだったけれど、阪神の監督になってからはずっと応援していました。
       

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