生命の強さ

 
 一時は「危篤」といわれた義母だが、まだ必死に生きようとして戦っている。

 一昨日は、自分で呼吸ができなくなったため、酸素マスクの助けを借りなければならなくなり、病院の方から「容態の急変もありうるので … 」という連絡が入った。
 
 それを聞き、「いよいよか … 」と覚悟を決めて病院に向かったのだが、その後思ったほど容態が落ち込むことなく、一進一退を続けながらも、なんとか小康状態を保っている。

 もちろん、もう元のように回復する見込みはない。
 しかし、こちらの呼び掛けには、聞こえているかのような反応があり、目を宙に見開いて、声の主を確かめているようにも見える。

 私は、自分の母を看取る機会を一瞬のうちに逃してしまったから、なんとか義母の最期には、そばにいてやりたい。
 そう思いながらも、「ひょっとしたら …」、「もしかしたら …」という希望がないわけではない。
 仮に1%ぐらいの確率かもしれないが、このまま死地を脱して、生還するのではないかという想いも頭をもたげてくる。

 人間は弱い存在だとよくいわれるが、人間の生命力というのは、なかなか強いものだと改めて思う。
 家族の呼びかけが大事なのだという。
 家族の声が届いているかぎりは、その声にすがろうとするらしい。
 それが、必死に生きようとする気力を生むのかもしれない。

 思えば、病院に入れて良かった。
 当初、介護施設で倒れたときは、その施設に勤務する担当医から、「今日明日が山場でしょう」と言われたのだ。
 「現在、どこの病院も、死期の近い高齢者を治療するほどの余裕もなく、救急車に本人を乗せて、受け入れる病院を探すことの方が、本人にとって辛い」
 … だから、このまま静かに運命を受け入れるのを待つ方が賢明だ、というのだ。

 いったい、どういう医者なのか。
 さすがに、家内は悩んだようだった。
 その担当医の言うことの方が実情に近いとしても、家族としては、仮に1%の可能性ではあっても、再起を願って病院に搬送したいと願うのが自然ではあるまいか。

 家内は、その医師にアドバイスに逆らって、救急車を呼んでもらうことを決意した。
 そうとうな勇気が必要だったと思う。
 しかし、その決断が功を奏し、義母はまだ生きながらえている。
 そして、希望的観測にすぎないと思いつつも、万が一の奇跡を考えるぐらいの生命の強さを見せてくれている。

 命はつながっているんだな … と思う。
 連日の介護で疲労困憊のはずの家内が、母の生命の強さを目の当たりにして、気力を振りしぼる力をもらっている。
 
 

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生命の強さ への4件のコメント

  1. スパンキー より:

    「今夜が山場でしょう」
    私も3年前に、母のことで同じ事を言われまして…

    連日の疲れを察したのか、一端帰るよう医者に言われました。
    その夜、ケータイを開けてまんじりともせず本を読んでいましたが、
    朝方にケータイが鳴ってしまいました。

    病院へ駆けつけると、母のベッドの上にモニターがありまして、
    綠の線がもう波を打っていませんでした。

    数分間に合いませんでした。

    病院の外へ出るとスーパームーンでした。

    強い母でしたので、長命でした。
    以前に数回危篤になっていましたので。

    やはり生命力なのだろうと思います。

    町田さん、奥さん、心身共に辛いだろうけれど、
    ここはお母さんを見習ってくださいね。

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      コメントありがとうございます。
      やはり、私たちのような年齢になると、どうしても親との別れを否が応でも経験しなければなりませんね。
      それが人の世の常ですから、静かに受け入れるしかないのでしょうけれど、こういう別れにも、何か意味があるのではないか、と思うようになりました。

      今日、家内とずっといっしょに病院にいて、家内が母に話しかけている様子を静かに見ていました。
      いろいろな思い出話を語っているわけです。
      もちろん、返事があるわけではありません。相手が話の意味を理解しているというようにも見えません。

      「でも、いま二人は対話をしているんだ」
      と、強く感じました。

      親が元気なとき、親子の対話というのは案外ないものかもしれません。
      でも、いままでなかった対話を取り戻すように、家内が必死に語りかけている様子は、見ているのが辛い反面、何か温かいものも感じます。

      スパンキーさんのお母様が亡くなられた後に見上げた月。
      どのような月であったか、想像することができそうです。
      地球とは遠く離れてしまった月。
      でも、夜空を染め上げるような見事な光。
      きっと、それがお母様だったんでしょうね。
       

  2. クボトモ より:

    町田さん、お疲れさまです。
    今、私も同じような心情を抱いています。
    手術が成功し快方へ向かっていたはずの父でしたが、
    12月に突然の心肺停止。一命は取り留めたものの意識は無いまま。
    しかしあれからひと月半。今はしっかりと自発呼吸をしています。
    生命力ですね。
    僕らは万が一の奇跡を待っている状況です。

    • 町田 より:

      >クボトモさん、ようこそ
      そうだったのですか。
      お父様の手術が成功したといううれしいコメントをいただいたので、安心しておりましたが … 。

      でも、「奇跡は起きるものではなく、起こすもの」という言葉もあります。

      今回、私たちは義母の意識が混濁しているものと思い込んでいましたが、私たちが声をかけて励ますごとに、義母が途切れそうな意識を振り絞って応えようとしている気配を読み取りました。
      意識がつながっているということは、命がつながっているようにも感じます。

      万が一の奇跡が、起きないとは限りません。
      その日が来ることをお祈り申し上げます。
       

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