益田ミリ 『沢村さん家』の不思議な空気感

 
 週刊文春に益田ミリの『沢村さん家のこんな毎日』という漫画が連載されている。
 これが、なかなか味のある漫画なんだなぁ。
 見開き2ページ。
 コマ数としては、タイトルも入れて16カットぐらいなんだけど、そのページを開いただけで、もうその「沢村家」のリビングにスゥーッと誘い込まれてしまう。

 40過ぎた独身OLの一人娘(ヒトミさん)と、70歳になるそのお父さん、69歳のお母さん。その3人の日常生活を中心に描かれる “ホームコミック” といえばいいのだろうか。
 サブタイトルに、「平均年齢60歳」と書かれているのは、その3人の年齢を足して、3で割ったものだ。

 このサブタイトルが微妙なものを含んでいる。
 40を過ぎても、彼氏もできず、独身のままでいるヒトミさんの複雑な心境がそこに反映されているからだ。

 しかし、ヒトミさんは婚活をしている様子もない。
 デートに誘ってくれる男性を探している感じもしない。
 会社から帰れば、優しい両親が迎えてくれる温かい家庭が待っているからだ。
 彼氏なんかいなくても、快適な日常生活が約束されている家にいると、「ま、いいか … 」と、まったりすることができる。

 だから、ヒトミさんも家族水入らずの団らんが嫌いではない。
 そこでは、とりあえず「今日一日」の安らぎが保証されている。
 テレビの事件報道を見ながら、家族で議論し、バラエティーに笑い転げ、楽しくおやつを分け合う平和な日々が過ぎていく。

 どんなに連載が進んでも、事件らしい事件はほとんど起こらない。
 気の利いたオチというものも、特にない。
 押しつけがましいテーマもギャグもなく、全体を通して漂ってくるのは、ほのぼのとした脱力系の笑い。
 … というか笑いの形を取る前の、“かすかな微笑ましさ” が込み上げる瞬間で寸止めされている感じ。

 この抑制の効いた家族の交流が、なんともいえない独特の空気感をかもし出していて、そのあまりもの平凡さが、時にシュールに思えるときすらある。

 たまたま手元にあった2015年新年特大号を見ると、こんな感じだ。

 このように、家族間に多少の感情のさざ波が広がるときもあるけれど、概して日々平穏な時間が流れていく。

 でも、安らぎに満ちたこの家庭には、どこか一抹のさびしが感じられる。
 そのさびしさとは、「この家族、いつまで元気にしていられるのだろうか?」というかすかな不安がかもし出すものだ。
 70歳という父と、69歳の母。
 そしてヒトミさんは40歳。

 絵には決して描き込まれることのない「老い」への予兆が、コマの中の空白の奥に、ひっそりと塗り込められている。

 たぶん、読者がこの家族の老いた姿を見ることはないだろう。
 でも、連載が終了したその先には、このほのぼのとした団らんが続いていないことが確実に分かる。
 足腰が立たなくなり、車椅子生活に移行する父。
 その介護に疲れて、軽口を叩く余裕すら失う母。
 きっとヒトミさんは、自分の旦那さんを見つけることもかなわず、二人の介護で一生を終えるのだろう。

 家族の未来に思いを馳せるときの切なさが、逆に、現在の温かい交流を貴重なものとして浮かび上がらせる。
 そう思うと、ここに描かれている沢村さん家は、「一瞬の今」を美しいままに封じ込めたユートピアなのだ。
 そうはっきり伝えられていないのに、読むとそれが伝わってくるのが、この作者の上手いところかもしれない。

 どの連載作品を見ても、人々の会話がものすごく生きている。
 普通の人々が日常的に交わす話題が上手に拾い上げられていて、誰もが、「あ、うちの朝の話題もこれだった」と、思わず膝を打つようなリアル感に溢れている。

 定年生活に入り、スポーツジムに通うことと自分史を書くことを趣味としているお父さんは、世間のどこにもいそうな感じがするし、ヒトミさんが会社で独身アラフォーの仲間と話し合う内容も、どこかの喫茶店で耳に入ってくる会話のよう。
 どこを切り取っても「あ、こんなこと、ある、ある !」という既視感に満たされた世界が繰り広げられる。

 うんざりするくらい、何事も起こらない日常。
 実はそれこそが、家族がうまくいっているという証しでもある。

 でも、それは人生の一瞬を凍結させた “幻” のユートピアにすぎない。
 この漫画を読んだあとに、かすかに立ち上がってくるしみじみとした哀切感は、ほのぼのとした家庭の温かさと、そのはかなさが同時に描き込まれているところに由来するのかもしれない。
  
 

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益田ミリ 『沢村さん家』の不思議な空気感 への2件のコメント

  1. スパンキー より:

    私もときたま文春を買いますが、手元にある最新号の『沢村さん家のこんな毎日』も、なんというか切実な内容ですよ。

    有名な俳優さんとかが亡くなると親ががっくりしている、という様を、
    ヒトミさんが職場の仲間と話しているシーンなのですが、
    こうした感情はいつか自分たちも味わうのだろう、と…
    思っている訳です。

    一応、マンガの締めとしては、
    生きている印として「早くあったかいおぞば食べよ!!
    という台詞なのですが、
    若い人には全く分からない、
    中年以上からヒシヒシと伝わるリアリティがなんか憂鬱なんですよ。

    町田さんの言われる「一瞬の今」って、
    確かに閉じ込めることもできないし、
    時間って容赦のないものと改めて思いますよ。

    もう仕事なんかしていないで、
    いっそのこと、
    冬キャンプでも行って遊びましょうかね!

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      私も、読みました。
      ヒトミさんとその会社の同僚が、「早くあったかいおそば食べよ !! 」と言って終わる話。
      確かに、二人の会話の前半は、自分たちの親の世代が、その同時代に生きた俳優たちが死んでいくことにガックリしているという展開でしたね。

      そういう親たちを見て、「いつかは自分たちもそうなるのね」というシンミリ感が二人の心に訪れる。
      こういう感覚、確かに若い人たちにはまだ分からないかもしれませんね。

      結局、益田ミリさんの『沢村さん家』という漫画には、「老い」に向かい合うというテーマがいつも作品の底に沈んでいるんですよね。
      さびしくても、それを静かに受け入れていくしかない、という諦念が、この連載漫画に独特の哀切感を漂わせる秘密になっているのかもしれません。

      いやぁ、冬のキャンプ !
      行きたくなりましたね。
      私たちも、やがて迫り寄ってくる「老い」をテーマに語り明かしましょう。
       

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