ピケティの資本主義分析

 
 トマ・ピケティの著書『21世紀の資本』(みすず書房)が、あちこちで話題になっている。
 ついに、「週刊朝日」でも、1月23日号で特集が組まれた。
 この本は、昨年の12月に日本語訳が出て以来、書店で驚異の売上げを記録し、現在12万部を突破しているとか。

 なにしろ、資本主義社会の構造とその未来予測に言及した硬い学術書である。
 ページ数は原著で700ページ近くあり、値段も5,940円。
 それが、書店で売れているだけでなく、アマゾンのベストセラー・ランキングで1位なんだとか。

 いったい、どういう読者が買うのか分からないが、売れ行きに火が付いたのは、「マルクスの『資本論』の正しさが実証された !」という触れ込みが先行したからだといわれている。
 
 どこかのテレビ報道だったか、この本がマルクスの “資本論”の再来ならば、いっそのこと『21世紀の資本 “論” 』というタイトルを付ければよかったのに、という話が出たことがあった。
 それに対して、解説者が答えて、いわく。
 「もともと、マルクスの資本論も、タイトルには『論』が付いていなかったんです。しかし日本語の翻訳を出すときに、『資本』だけじゃカッコ悪くねぇか? という話が出て、あえて学術書風に『論』を付けたんですね」

 だから、ピケティの書籍タイトルも、『21世紀の資本』といい切った方が、マルクスの原典のニュアンスに近くなるとのことだった。

 もっとも、このピケティの“資本論”は、マルクスの『資本論』とはほとんど関係ないらしい。
 ピケティ自身も、「マルクスの『資本論』はちゃんと読んだことがない」と言っているという。

 ただ、世界20ヶ国の税務統計を過去200年以上わたって集計・分析した結果、たまたまマルクスが追求した「資本主義の構造分析とその未来予測」と同じような結論になったという。
 要は、これからの世の中は、資本蓄積によって資本家がますます豊かになり、資本主義がグローバル化するにつれて、経済格差はさらに広がっていくというもの。
 そのことを、マルクスの時代には手に入らなかった最新データを駆使して展開したわけだから、「マルクス」という言葉にノスタルジーを覚えていた人たちの中には、この本の登場で溜飲を下げた人もいるかもしれない。

 「週刊朝日」では、ちょっともったいぶって、記号を使ったりしてピケティ理論のさわりを紹介している。

 r>g

 なんのこっちゃ? であるが、「r」というのは資本収益率」を表し、「g」というのが、経済成長率を指すのだという。
 で、「r>g」という記号の意味は、経済成長率がいくら上がっても、それ以上に資本収益率の方が上がっていくのが資本主義経済の常であるから、資本や資産を持っている富裕層と一般人との格差が縮まらないということを示すものらしい。

 この「r」と「g」の関係は、現在はどうなっているのか。
 今の世界の平均的利益率(r)は4~5%。
 一方、経済成長率の恩恵として受け取る一般人の所得の平均伸び率(g)は1~2%程度。(← この数字がどこから出てきたのか週刊朝日の記事だけでは不明)。
 
 (でも、この数字をうのみにすれば、)大きな利益を得るのは相変わらず富裕層だけであり、一般人との経済格差は、今後も広がり続けていくことになる。
 この本が脚光を浴びたのも、たぶん、そういう学術的な裏付けを把握することで、今の自分の置かれている生活の辛さを納得する人たちが多いからだろう。
 問題が解決しないまでも、問題の構造が把握できるだけで、人はふっと息を抜くことができるからだ。
 
 ま、このように脚光を浴びているトマ・ピケティと『21世紀の資本』だが、この著作にいち早く注目し、すでに1年ほど前から自分のブログで紹介していた経済評論家の池田信夫氏はこういう。

 「ピケティの分析は、けっきょくマルクスと同じようなものになったが、精度においてはマルクスの方が緻密であり、ピケティの予言には疑わしいところがある」

 また、別のブログ記事では、次のようにも。
 「マルクスが予言したとおり、グローバル資本主義は拡大を続け、その恐るべき破壊力で非ヨーロッパ世界を飲み込んでいる。なぜそれが、これほど大きなエネルギーを持つのかということを、資本による支配構造から解明した点で、彼(マルクス)は現代の経済学よりはるかに進んでいた。
 グローバル資本主義の暴力的な本質を、もっとも的確にとらえていたのはマルクスであり、それは今も変わらない。彼の予言は早すぎたのだ」

 池田氏は戦後左翼的な考え方には厳しい人で、かつてはマルクスの経済学や哲学の限界をさんざん語っていたと思うのだが、ものすごい勢いで加速していくグローバル経済の流れを見据えていくと、ポストマルクス主義の経済学や哲学ではうまく説明できないことも出てきてしまい、そのたんびにマルクスの先見性に気づくということなのかもしれない。

 私はマルクスの原典も読んだことがないので、ピケティの分析にもマルクスの予言にもこれ以上責任を持って語ることはできない。 

 でも、マルクスの話や、ピケティの話は知的好奇心をそそる。
 なんだかんだ言いながら、結局我々は資本主義の運動の中から抜け出ることができない以上、資本主義を考えることは、自分自身を考えることと同じだと思うからだ。
 
 
参考記事 「資本主義の終焉」

参考記事 「超マクロ展望 世界経済の真実」
 
 

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