小谷野敦 「評論家入門」

   
 「文芸評論家とか、エッセイストとか、フリーライターとか、ものを書く仕事をしたいという若い人が増えている。昔なら小説家を目指していたような人たちが、評論、エッセイ、ルポルタージュ、ノンフィクションのようなものを書きたいというふうになってきているようなのだ」

 … という感じで、この本は始まる。
 小谷野敦(こやの・あつし)さんが書かれた『評論家入門』(平凡社新書) という本だ。
 奥付を見ると、刊行されたのは2004年。すでに10年以上経過している。
 買ったことを忘れていたのだ。
 この前、書棚を整理していたときに見つけ、電車の中などで少しずつ読み始めた。

 で、この本によると、とにかく、もの書き志望の若者は、最近どんどん増えているのだが、特殊な才能が要求される小説より、ちょっとした知識とひらめきがあれば誰にでも書けそうな評論やエッセイの方が仕事にありつく率が高そうと判断する人たちが多くなっているとか。

 ま、刊行されてから10年経っているため、その観察がどれだけ現在にも通用するか分からない。私の直感では、エッセイや評論を書こうとする人たちよりも、あいかわらず小説家志望の若者の方が多いような気がするが、この当時はそうだったのかもしれない。

 で、(その当時)その手のもの書き志望の若者が増えてきた理由を、小谷野さんはこう述べる。

 「30年前なら、そこそこの大学を卒業して企業に勤めていれば、結婚もできたし、家も建てられた。
 しかし、今は社会が停滞期に入っているため先が見えないし、希望もない。人員整理があれば残った者の仕事量は増える。
 そういう社会で、若者が、企業で働くことに見切りを付けて、もの書きになろうと思うのはやむを得ないように思う」

 だから、小谷野さんは、
 「組織の歯車になってあくせく働きたくないという若者は、どんどんもの書きにチャレンジすればいい」
 と勧める。

 「ただし …」

 そうなんだよなぁ …。こういう言い方は、「ただし … 」の後にキビシイ言葉が続くことが多いんだよなぁ。

「ただし、もの書きで食べていくのは大変なことだ。素人というのは、成功例を見て、自分も同じ道をたどると考えるものだが、本というのは、売れず、話題にならないのが、普通なのである。
 雑誌に、論文か評論を一本出したところで、何も起こらない。
 評論やエッセイを書く場合は、よほどの幸運に恵まれない限り、どんなに頑張っても、年収500万円がいいところである。(普通は300万円以下)。
 もし裕福そうな評論家がいるとしたら、ほかに事業をやっているか、親が金持ちか、である。もの書きの世界では、1人の成功者の影に100人の失敗者がいる」

 予想どおり、キビシイお言葉。
 でもそう言いながら、小谷野さんは、その厳しさを覚悟のうえで、ものを書いて生計を立てようとする若者が、どんどん輩出してくることを期待しているようだ。

 で、この本は、そういう意欲に燃えた若者だけでなく、ちょっと評論家を気取って、ブログなどで「自己満足記事」を書いている(私のような)シニアオヤジが気をつけなければならないことにも触れている。

 たとえば、素人が評論家を気取るとき、たいてい地道な学術論文を書いている専門学者をバカにするけれど、「それはとんでもない思い違いだ」という。

 小谷野さんは「評論」と「学術論文」の違いを、こう述べる。

 「評論は、思いつきの産物である。著者が直感をひらめかせ、鮮やかに見える手ぎわで謎を解き、それを飛躍した文章で読ませるから、読者にとっては楽しい。読んでいて、はっと胸が躍り、目からウロコが落ちた気分になる。しかし、それは厳密な実証性に乏しい。
 一方、学術論文は、先行研究を調べて検討し、資料を整理し、縫い物でもするかのように、地を這うように書かれている。
 たとえば、徳川時代の浄瑠璃なになにを書いたのは誰で、初演はいつで、といった地味な事実が追求されている。そこには飛躍はないが、書かれた範囲における情報の精度は高い。
 しかし素人の読者には、そこが面白くない。
 そこで大方の読者は、学者さんより、評論家の言うことの方を支持する」

 だけど … と、小谷野さんはクギを刺す。
 いま人気のある評論家たちが、どれほど「正しい」ことを言っているのかどうかは保証の限りではない、と小谷野さんは論旨を進めていく。

 小谷野さんに言わせると、評論家たちの人気著作には、根拠のない「トンデモ本」で多く混ざっており、やがて読者からあっさり無視されてしまうようなものがかなりあるという。

 一例を挙げると、たとえば、フロイトの著作。
 われわれにとっては、フロイト博士は精神分析学の創始者で、それこそ立派な「学者」さんの方に入るのではないかと思うけれど、小谷野さんにとっては、思いつき、ひらめきだけの、いい加減な評論家の最たるものらしい。
 「もう少し時代を経れば、フロイトは “中世の錬金術師” のような存在でしかなくなるだろう」という。

 つまり、中世の人々は、いつかは錬金術士たちが金を生み出すだろうと期待していたが、それに応えた錬金術士が一人もいなかったように、精神分析もやがて化けの皮が剥がれて、消えていくだろうというのだ。
 精神分析では、「心の解明」などできっこないどころか、フロイトは実際の患者の治療に関しても、医師としてほとんど無力だった … とも。

 この精神分析批判は、フロイトの後継者たちにも及び、「ユングなどはただのオカルト」。ラカン、クリステヴァもインチキだと手厳しい。
 当然、「フロイトを斜めに読んで」大衆的な人気を集めた日本人の岸田秀などにも批判が及ぶ。

 「岸田秀は、最初読んだときは熱狂した。90年代半ばまで岸田秀はいいと思っていた。しかし説得力はあるが、実はインチキという格好の例で、面白ければいいという人にはいいだろうが、厳密に学問的訓練を受けると、駄ボラに見えてくる。彼は行動主義心理学というものをまるで理解していない」

 こういう言い方に、私なんかはハラハラしてしまう。
 小谷野さんは、きっと「論争」が好きな人なのだろう。
 この本においても、熱狂的な信徒が多い「教祖様」たちに遠慮なく切り込んでいく。教祖の信者たちから猛反発を食らうだろうに … などというこちらの心配も屁のカッパ。

 たとえば、ちょっと前の時代に「文芸評論家の神様」として評価されていた小林秀雄。

 「小林秀雄は文芸評論家の代名詞みたいな存在だが、しかし、いいとは思わない。よくないのは、その文章の多くが論理的に読めないからということに尽きる。
 感性の鋭い若者を呪縛する名文といわれる例で、
 『美しい “花” がある。“花” の美しさという様なものはない』
 というのがある。
 いかにも深遠なことを言っていそうで、その実、何のことだか分からない。
 よく “日本人は非論理的だ” などと言われるが、日本人の書くものが非論理的になったのは、小林秀雄が “飛躍と断定” をもっぱらとする評論・エッセイを書くようになってからである」

 同じように、1960年代、団塊の世代を中心に熱狂的な支持を集めた吉本隆明に対しても、容赦呵責ない評価が下される。

 「吉本隆明が1960年代出したの『共同幻想論』や『言語にとって美とはなにか』は、インテリの若者たちに衝撃を与えた。
 ずっと後になって読んだが、読みにくい本だったし、ついに何を言っているのか分からなかった。
 『共同幻想論』の通俗版といわれた『ものぐさ精神分析』を書いた岸田秀の方が、はるかに文章はうまい。
 吉本隆明は、マルクス主義を信奉している者との論争には勝てても、それを信じていない者との論争には、ついに勝てなかった。この人がなぜ(今でも)あんなに崇拝されているのかよく分からない」

 1980年代から90年代にかけて、飛ぶ鳥を落とす勢いだった批評家・柄谷行人に対しても、手厳しい。

 「文芸評論家・柄谷行人のカリスマぶりは凄かった。しかし、彼が『近代日本文学の起源』で触れた『病という意味』はスーザン・ソンタグの『隠喩としての病』を日本近代に当てはめたものだし、『児童の発見』は、すでに現在では否定されているアリエスの焼き直しに見える。
 柄谷行人は評論家として優れており、マスコミ的にも有名だが、学者としては疑問符がつく人だ」

 ニューアカブームで人気の出た中沢新一も、ケチョンケチョン。

 「中沢新一というという著者が、なぜ人気があるのか、よく分からない。『チベットのモーツァルト』、『雪片曲線論』、『悪党的思考』、『森のバロック』を読んだが、別に面白くない。
 カルロス・カスタネダのインチキ報告に依拠したり、南方熊楠のマンダラ論を鶴見和子から借用したり、叔父さんの網野善彦の論理を書き直したり、よく盗作で訴えられないものだと思う」

 このように小谷野さんが、「世間的には有名だが作品レベルはお粗末!」と判定した著者や著作のたぐいは数知れず。

 私自身は、以上列記した人たちに対する評価で、必ずしも小谷野さんの意見に与するものではない。小谷野さんのような緻密な議論はとてもできないが、直感的に違うな、と思うこともある。

 しかし、小谷野さんの本を読んで一つ分かったことは、評論家のいうことを何でも鵜呑みにしてはいけないということ。
 評論家のなかには、ひらめきや思いつきだけで理論を構成し、いかにも自分は立派な体系を立てたとオツに入っている人が大勢いるが、その道の専門学者から見ると、噴飯モノが多すぎるらしい。(私自身は面白ければそれでいいと思うこともあるけれど … )

 また、「大きな視点」をやたら強調する評論家にも用心した方がいいらしい。
 「日本文化の本質は … 」
 「ヨーロッパ文化にはこういう特徴があり … 」
 などと例証もなく、いきなり大風呂敷を広げ、ひとつの民族や文化に、時代を超えた一貫性があるようにまとめる議論は、まず俗論だ、というふうに小谷野さんは考えているフシがある。
 
 「日本文化の例でいえば、万葉記紀の時代以降、奈良時代から室町時代頃までは、宮廷文化というものがあり、鎌倉時代以降は武士の文化、徳川時代からは町人の文化といった形で、日本の文化には歴史的な変遷があり、階層による違いもある。
 同じように、西洋はキリスト教文明だから、5世紀から現代まではキリスト教的な本質を一貫して持っていた … などとも一概にいえない」
 と、小谷野さんはいう。

 学者者たちは、それぞれの時代の、それぞれの固有の文化を専門的に掘り下げるが、専門分野から外れたことには、口をつぐむ。
 それは学者たちが “奥ゆかしい” からではなく、知識の厳密さを重んじるからだ。
 ところが、学者が専門以外の領域から出てこないことをいいことに、評論家たちは、「時代を超えた普遍的な真理がある!」などと声高に叫んで、学者たちをあざ笑う。
 読者は、「時代を超えた真理」の方が面白いから、当然、評論家たちの肩を持つ。
 しかし、「それはいかんぜよ」と、真の意味での評論家を目指す小谷野さんは、そのことを憂う。

 う~む … 。考えさせられた。
 「学者がそんなにエラいのかね?」とも思うが、おおむねは、賛同できる。
 ま、これは80年代のニューアカ批判なんだろうな。

 で、読んだ後、かすかだけど、小谷野さんの考え方と、自分の思うことにはちょっとズレがあるようにも思えた。

 それは、「学者」だろうが「評論家」だろうが、基本的に小谷野さんが、「モノを書く少数のエリート」 → 「それを読む多数の読者」という、一方向的で古典的な構造のなかで、読書というものを捉えていることだ。

 彼は「もの書きになるのは大変なことだ。本というものは、売れず、話題にならないのが普通だ」と書きながら、一方では「ブログや自費出版などで満足せずに、商業出版にチャレンジしてほしい」ともいう。
 つまり「ハードルは高いけれど、それを乗り越えたアカツキには、真の意味での評論家の座が待っている」ということなのだろう。

 だけど、それって、一部の「知的エリート」が、マスとしての「読者」を啓蒙するという、今までの「論壇」の図式をそのままなぞっているだけではなかろうか。
 そのような既成のマスメディア的「論壇」は、今やネット社会で交流する新しい「論壇」に取って代わられようとしている。
 … というか、もう「論壇」という考え方自体が古くなっている。

 だから、小谷野さんが、小林秀雄や吉本隆明を相手に切り結ぶのを見ていると、あいかわらず古典的な “旧論壇内の果し合い” を見ているような気分になる。
 そういう果し合いは、知的エリート同士の遊戯としては面白いかもしれないが、
 「それが何か?」
 と突っ込まれたら、あまり有効な反論もできないのではなかろうか。

 …… と、いちおうオチをつけたが、これ以上の展開は、正直私の手に余る。
 つぅか 脳の運動がそこで息切れしてしまった。

 とにかく、いろいろなことを考えさてくれる、知的な刺激に満ちた本であったことだけは間違いない。
  
 

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小谷野敦 「評論家入門」 への8件のコメント

  1. よしひこ より:

    おじゃまします。

    小林秀雄というと、自分の大学入試の頃、現代文の読解問題として流行していたので、あんまり印象よくありません。(苦笑)
    吉本隆明というと、その思想は結局時代の文脈に深く関わっていたがゆえに、時代を超えて読み継がれるかというとちょっと疑問です。
    柄谷行人はどうだろう。80年代のポストモダンブームの頃、20代の自分は結構熱心にニューアカ思想家をチェックしてました。でも柄谷は著作は読まずに、対談やインタビューを読んで分かったような気になってたな。(苦笑)

    話は変わりますが、今はネットコミュニケーションの主な舞台はフェイスブックやツイッターとなり、もはやブログは見るだけのものになっているような感じがします。なので自分もコメントするのもされるのも最近は皆無に近いのですが、ブームが終わった後もちゃんと更新継続されてるブログもありますから、何かしら反応を伝える方が良いのかなあと個人的には思い直してきたところです・・・。

    実は改めて調べて、町田さんは「吉祥寺にある大学」の先輩であることを発見しました。私は文学部ですけど。年齢は9歳下です。

    町田さんは、(アウトドアとインドアの)「文武両道」であるところが、基本的にインドア人間の自分にとっては驚異的なのです。残念ながらキャンピングカーは全く分かりませんが、これまでの文化系の記事に共感・納得することも多かったので、これから過去記事にコメントすることがあるかもしれませんが、どうぞよろしく。

    • 町田 より:

      >よしひこ さん、ようこそ
      確かに、小林秀雄は、現国のテキストではいろいろ取り上げられることが多い思想家ですね。今はどうなんでしょうか? 内容は解読できないまでも、美しい文章の例として生き残ってくれるとうれしいですね。

      吉本隆明は、原理論的な著作は難しい文章で書きますが、この人も詩人としての側面を持っているので、淡々とした日常を綴るエッセイなどでは印象に残る文章を残した人のように思えます。

      岸田秀には、小谷野さんではないですが一時完全にハマりました。「編集者」の “特権” を使って、直接ご本人の家に押しかけ、原稿をもらったこともあります。
      一連の著作を読みあさっていた頃は、「これで世界の構造はすべて解き明かされた !」と思い込んだぐらいでした。
      しかし、あまりにもスタティックな「世界モデル」というのは、そのうち信奉者にも退屈になってしまうんですね。人間って、不均衡でも、どこか動的なダイナミズムがない思想には心が揺さぶられないのかもしれません。ある日、突然に岸田秀さん的な世界像がスゥーッと消えていくのを感じました。

      柄谷行人は、文体がきれいですね。レトリックのうまさを感じます。特に文学評論を手掛けていた若い時代のものは、彼の評論自体が “文学” であったように思います。
      「学者としては疑問符が付く人だ」と小谷野さんは言いますけれど、人を幻惑させるような言い回しには、やっぱりシビれるものを感じます。

      中沢新一は、やはり一連の著作がブームになった頃は、けっこう面白いと思ったことがあります。しかし、フランス哲学のボキャブラリーを多用した(当時としては新鮮な !)表現方法が、いま読み返してみると、もう古色蒼然としたものに見えて、再読に耐えないように感じました。「新鮮な言葉ほど、時が過ぎると陳腐化する」というひとつの例であるかのように思えます。

      ところで、よしひこさんも、あの “吉祥寺にある大学” に通われていたんですか?
      奇遇というものを感じます。どうかこれからもよろしく。

      キャンピングカーというのは、ある意味、「究極のインドアだ」という人もいます。
      それだけ、自然の中で停めていても、車内の “自己完結性” が高いんですね。
      だから、その中で好きな音楽などを聞いていると、かえって家の中で聞くよりも集中できます。そういう状況で酒など飲んでいると、ほんとうにあの狭い空間が脳内の別世界につながるような感覚があります。

      過去記事に対するコメント、もし、いただけるようならうれしいです。
      優れた批評眼をお持ちのよしひこさんの目に触れるとなると、若干緊張もいたしますが … 。お手柔らかに。
       

  2. よしひこ より:

    キャンピングカーは「究極のインドア」というのは、自分には思いつかない視点で面白いなあと思いました。

    優れた批評眼・・・(汗)自分のメモは「感想」でしかないと、よくよく自覚しております。

    思想家について感想を追加すると、岸田秀は確かに面白かったですね。人間は本能の壊れた動物で全能の幻想に捉われていて自我の幻想を維持するために四苦八苦する・・・恐ろしく明快です。自分は岸田秀を友達に教えてもらったのですが、そいつと一緒に和光大まで講義を聴きに行ったこともありました。有名人では伊丹十三、来生たかおが唯幻論の信奉者ですよね。

    まあポストモダン、ニューアカというと浅田彰になりますけど、彼は我々シラケ世代の象徴的な秀才だと思います。そして浅田彰、岸田秀を生み出した当時の三浦雅士編集長の「現代思想」は凄かったなと改めて思うのです。

    • 町田 より:

      >よしひこ さん、ようこそ

      ここで挙げられた方々の名前が出るような話題を交わしたのは、実は、もう何十年ぶりという気がします。だから、少し懐かしい気もします。

      よしひこ さんではないですが、以上のような方々の著作に接する機会を得たのは、まさに三浦雅士さんからでした。『ユリイカ』から『現代思想』に移られた頃ぐらいだったでしょうか。雑誌のあとがきに寄せられた文章が、あまりにも美しく、かつ深い思考をうながす力を秘めていたため、一時はそのあとがきの全文を筆記したりしていました。そのあと、『私という現象』、『幻のもう一人』、『主体の変容』、『メランコリーの水脈』ぐらいまでは、むさぼるように読みました。(面白かったのはそのあたりまででしょうかね)。

      岸田秀や柄谷行人を知ったのも、すべて三浦さん経由です。
      特に、岸田さんと伊丹十三の対談集として出された『哺育器の中の大人』は夢中になって読みましたね。もうページを繰るだけで、“目からウロコ”状態で …(笑)。

      浅田彰の『構造と力』からは、新しい語彙というのを学びました。これも刺激を与えてくれた本でした。
      だから、その頃レーシングカーの取材記事を書くときも、「ツリー構造の厳密さが要求されるエンジンスペックデータの中で、○○車の設計思想の中にはリゾーム的な …… を見据えながら、逃走の補助線を引いて …… 」みたいな文章を書いていて、いま思うとホント恥ずかしいです(汗)。

      やがて、そういう言語体系が恥ずかしく感じられるようになってから、ニューアカ的な言説空間がだんだん色あせて見えるようになりました。時代的にも、ニューアカは退潮期に入っていましたしね。

      ただ、いま当時の思考の枠組みを取っ払い、さらに現在の日本を覆っている言説空間と対比しながら初期ニューアカ本流を読み返してみると、ひょっとして別の面白さが感じられるかもしれないな … という気もしています。(読み返すような時間もないですけどね)。
      少なくとも、その後にニューアカの洗礼を受けながらそれを総括・批判しているような若手たちよりは、断然面白いように思えます。
       

  3. よしひこ より:

    自分もこういう「現代思想」話を人様と遣り取りするのは、何十年ぶりかという感じです。
    三浦雅士のあとがきを筆記する気持ちは僭越ながらとてもよく解ります。自分もあの編集後記には、やられたというかシビれたというか深く突き刺されたというか。
    「神が存在しない以上は、思想はすべて、趣味の問題にすぎない」
    これですよ。重いことをさらりと言い切る。若い頃の自分には衝撃でした。編集後記集である『夢の明るい鏡』は今も本棚の片隅に置いてあります。

    最近、柄谷行人と栗本慎一郎が世界史絡みの著作を出しているのは、とても興味深いです。グローバルヒストリーという概念もありますが、とにかく冷戦終結以降、世界史を考えなきゃいかんのだな、というのは個人的にも切実な感覚があって。

    昨夜もNHKEテレの吉本隆明の番組を眺めておりましたが、思想家の思考の軌跡を辿ることは、同時代を生きた人々には何かしらの感慨を呼び起こすものだろうと。もう30年も前、ポストモダンの主役だった柄谷や栗本の思考の帰結が世界史であるというのは、自分的にはなるほどね、という感じです。

    • 町田 より:

      >よしひこ さん、ようこそ
      三浦雅士さんの語録は、確かにカッコいいですよね。人を酔わせる力があります。ただ、いま読み返してみると、やはり1980年代のパラダイムの内側に閉じ込められているという気がしないでもありません。
      しかし、それでもレトリックの魔術は感じます。理論としてはすでに成り立たないとしても、勢いのある表現というのは、それだけでもひとつの「思想」を形成しているような気もいたします。

      冷戦終結以降、知識人たちに歴史への関心が深まっているというのは、グローバル経済が世界を覆うようになってきて、コジェーブやフランシス・フクヤマたちが言っていたような「歴史の終わり」的状況が世界を覆い始めていることと呼応しているのではないかと、ふと感じました。

      もちろん、今後も人類の歴史は続いていくのでしょうけれど、それは産業の効率化を図るための “テクノロジーの歴史” であって、かつての人文系の人々が考えてきたような “人間の歴史” ではないのではないか。
      かつてのポストモダン系言論人が「世界史へのまなざし」を持ち始めてきたのだとしたら、それは、そういう流れに抵抗するという意味合いがあるのかもしれないと思いました。

      Eテレの吉本隆明特集は、私も観ました。
      相変わらず、吉本さんに対する評価というのは、私の手に余るという気がいたしました。
      かつては気合を入れて、『共同幻想論』、『言語にとって美とはなにか』、『心的現象論序説』などには挑戦してみたこともありましたが、私の粗雑な頭では理論的に理解できなかったということ以上に、どうも自分とは生理の違う人だなぁ … という妙なもどかしさを払拭できませんでした。

      吉本さんは、徹底的に理系の人で、しかも優秀で、自分のような数学テストで100点満点の2点しか取れなかったような人間とは頭の構造が違うように感じます。

      理系の人というのは、歯を食いしばっても、研究対象に肉薄していけば最後は必ず一つの明確な答が出るという信念を持っているように感じます。自分にはその粘り強さがないために、「答を出すことよりも、その前の謎の美しさを感受した方がいい」みたいな逃げを打ってしまい勝ちです。
      そういう人間が、吉本さんを評価するなど、とてもおこがましくてできないという気がいたしました。

      いつも刺激に満ちたコメントありがとうございます。勉強になります。
       

  4. よしひこ より:

    刺激に満ちた・・・(汗)それは町田さんのコメントがいろいろ感じさせるものがあるからでありまして・・・同じエントリでコメントを何度も遣り取りするのもどうかなと思いつつ、余り整理しないまま思いついたことを、もう少し記します。

    1980年代のパラダイム、ということで思うのは、あの頃の「現代思想」は過剰に言語主義だったかなと。
    でも、ヴィトゲンシュタインの「私の言語の限界が私の世界の限界を意味する」というフレーズは強烈でした。まさに目からウロコとはこのことかと。

    柄谷行人は「歴史の終わり」に触発されて考え続けたことが、「世界史の構造」に結実したと書いてました。フランシス・フクヤマといえば、なぜか正月の日経新聞にインタビュー記事が載ってました(ネットでも見れます)。特にどうということはない話だなという印象でしたが。

    吉本隆明というと鮎川信夫が思い出されます。二人の対談はまあまあ読んだ覚えがあります。自分は詩は全く分かりませんが、鮎川の晩年のコラムは本当に達意の文章だと思われました。二人ともいわゆる「戦中派」で、皆が賛成することには疑いの目を向ける姿勢は共有していた感じです。でも吉本が自身の戦争経験だけから、反「反核」、反「反原発」を唱えたとしたら、違うよなあという気もします。

    しかし何だかんだ言っても、戦争の経験のある人の話は聞いた方がいいな、という感覚もあるわけです。戦争の記憶がある世代は、自分の親世代(昭和ひとケタ)まででしょうから、おそらく次の東京オリンピックの頃には、日本で戦争を知っている人はほぼいなくなってしまうでしょう。これはこれで何かまずくないか、と思うところです。(何がまずいのかよく分からないけど)

    • 町田 より:

      >よしひこ さん、ようこそ
      過分なご評価をいただき、恐縮です。
      1980年代の『現代思想』が、ヴィトゲンシュタインを積極的に取り上げるようになったのは、1986年に柄谷行人が『探求』を世に出したからではないでしょうかね。

      私は、あの本から<他者>という概念を学びました。
      「学ぶ-教える」、「売る-買う」という概念の転倒などが、あそこでは大きなテーマとして語られていましたけれど、私にとって個人的に強烈だったのは、<他者>という言葉が何を意味するのか、ということの発見でした。
      あれ以来、周りのいろいろな人が “許せるようになった” というか、ちょっと違った視点で人間を見られるようになりましたね。
      「共同体の “外” に出る」という意味が、<他者>という概念を媒介にして、ようやくつかめたという感じがします。

      柄谷行人の『世界史の構造』が、やはりフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」に触発されていたとは、よしひこさんの話で知りました。一時は柄谷さんのものもよく読んでいたのですが、NAMの運動以来、ちょっと遠ざかってしまったので、最近の柄谷さんが何をしたがっているのか、ちょっと不勉強でした。

      吉本隆明と鮎川信夫の対談集は、私も昔読んだ記憶があります。でも、何が書かれていたのか、もうまったく覚えてないです。恥ずかしい …(笑)。でも、よしひこさんが感じられた >>「みなが賛成することに疑いの目を向ける」というお二方の心意気だけは、なんとか感じられたように思います。

      Eテレの吉本隆明特集でも、反「反核」、反「反原発」を唱えるようになって、今までの彼の読者の半数が去って行ったということを言っていましたね。でも、それもこれまでの吉本さんの思考の筋道に忠実であった、というコメントを残された方々もいらっしゃったようです。
      私は、その前に、コムデギャルソンのファッショに身を包んで『アンアン』…だったかな? ちょっと忘れたけど … 、最新ファッションを着て女性誌に登場した吉本さんに少し違和感を感じました。スタイリストがいたからでしょうが、あまりにも “決まり過ぎて” いたので。
      けっして、「時代に迎合したな」と思ったわけではないのですが、そういう最新ファッションに照れている不器用な老人として登場してほしかった、という気がしたのです。あまり理屈的ではないのですけれど … 。

      次の東京オリンピックの時代になると、「戦争体験」を知らない人ばかりになってしまう、ということは、確かにさびしい気がしますね。
      でも、彼らを生き証人として語らせることは不可能になっても、彼らが脳裏に留めた精神風景は文学という形になって残っているのではないでしょうか。

      昔、小説家の桐野夏生さんが、戦争体験を持っている小説家の短編を収録した『我等、同じ船に乗り』というアンソロジーを編まれたことがあります。
      そこには、島尾敏雄、林芙美子、松本清張、江戸川乱歩、菊池寛、坂口安吾、谷崎潤一郎らの作品が収録されていました。

      それらの作品は、直接戦争体験をテーマにしたものばかりではないのですが、どれもみな生死の境を生きてきた人間たちの息遣いのようなものが濃密に流れていて圧倒されました。すごい衝撃でした。
      これらの人に、第三の新人の庄野潤三とか、あるいは吉本さんが嫌った第一次戦後派の野間宏とか椎名麟三を加えてもいいかもしれませんね。.
      そういう人たちの文学は、名もない庶民たちの記憶とは別物かもしれないけれど、「戦争というものが人間の何を変えるのか」というテーマはしっかり刻み込まれているように感じます。

      ただ、いまのメディアは、そういう世界を紹介する気もないし、その力もないようです。これは、私らのようなネットを通じて駄文を書いている人間たちの仕事かもしれないと思う次第です … なんて大言壮語を吐いて、やっぱり恥ずかしいですね(笑)。
       

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