5のつく年は、何かが起こる

  
 日本の現代史を振り返ってみると、西暦で末尾が「5」で終わる年に、不思議と、時代の流れを変えるような象徴的な出来事が起こっている。

 たとえば、太平洋戦争が終わったのが1945年。
 戦争が終わり、戦場から復帰した夫たちと妻たちが子づくりに励むようになってベビーブームが到来。
 それ以降、毎年260万人から270万人の赤ちゃんが産まれるようになり、団塊の世代が誕生する。

1955年

 東西陣営の冷戦がスタートして、日本においても、それに呼応した戦後政治の枠組みができたのが1955年。
 この年、ソ連は東欧の社会主義国家を糾合して、西側のNATO(北大西洋条約機構)に対抗する「ワルシャワ条約」機構を発足。
 同じ年に西ドイツはNATO入りを表明。これによって、社会主義国家と自由主義国家が水面下で暗闘を繰り広げる “冷戦” がスタートする。
 日本では自由党と民主党が合併した自由民主党(自民党)が誕生。以降、自由主義経済を標榜する自民党と、それに異を唱える社会党が対立するという、いわゆる「55年体制」が始まる。

1965年

 アメリカがベトナム戦争を開始し、それにともなって世界中に反戦闘争が広がり、日本においても「ベ平連」などの活動が開始されたのが1965年。
 当時の若者文化を象徴する言葉はエレキギター、ヒッピー、フーテン、アングラ、フォークソング。日本のみならず、世界中に「若者文化」というものが生まれ、「ヤング・マーケット」という市場が形成されるようになる。
 この年、日本では名神高速道路が開通。インフラ整備も行き届くようになった日本経済は、ますます速いスピードで活性化されていくようになる。

1975年

 そのベトナム戦争が終わったのが、1975年。
 学園における政治闘争のなくなった静かな大学キャンパスには、「シラケ世代」と呼ばれる政治にも社会にも無関心な層が登場し、学生運動に代わってサークル活動が活発化し、キャンパスの娯楽化が始まっていく。
 連合赤軍による浅間山荘銃撃事件と、それに続くリンチ殺人が起こったのは1972年だったが、それの余波が思想的な領域まで広がってきたのもこの頃で、連合赤軍の掲げていた「共産主義」が “虚妄の理想” であったことが露呈したために、その後は一切の左翼的言論が退潮していく。

1985年

 日本とアメリカの間でプラザ合意が成立し、日本がバブル経済に突入したのが1985年。
 プラザ合意によって、一気に円高が発生。それに悲鳴を上げた輸出産業を助けるために、政府は低金利政策を断行。それが日本全体にカネ余り現象が生じさせる。
 円高により、それまで高価なものと見なされていた輸入品の価格が下がって、グッチ、エルメス、ヴィトンのような海外ブランドが爆発的に売れるようになったのもこの頃。
 カネ余り現象を反映して、金融機関も不動産産業への貸し出しを増やしたため、地上げによる不動産買収が活発化し、お金を儲けたバブル紳士たちが高級車を乗り回して、若い女の子を相手にピンクのドンペリをがぶ飲みするようになる。
 この年、「男女雇用機会均等法」が制定される。
 それによって、女性の職場における地位も安定するようになり、女性の社会進出が積極的に奨励される。
 力を得た若い女性たちの消費活動が活発化し、男をしのぐ遊び方をする女性たちも続出。ジュリアナ東京のお立ち台では、ワンレン・ボディコンのディスコ・クィーンたちが日替わりヒロインとして大活躍。アッシー君やミツグ君という男たちをはべらせて、わが世の春を謳歌する。

1995年

 日本中を震撼させた阪神大震災とオウム真理教の地下鉄サリン事件が起きたのが1995年。
 1980年代に顕著になったバブル経済は1990年には早くも崩壊の兆しを見せはじめ、リストラ、事業所閉鎖、希望退職などという言葉が日本中の企業で飛び交うようになり、日本全体が「失われた10年」に突入していく。
 そのような日本の地盤沈下を象徴するような出来事が、1995年の阪神大震災とオウム真理教の地下鉄サリン事件であり、それ以降、日本中がいいようのない不安に包まれた “失われた10年” がスタートする。
 この1995年を境にして、携帯電話がにわかに普及し始める。阪神淡路大震災を経験した人々は、固定電話のインフラでは災害時にはあっけなく役に立たなくなることを痛感。災害があっても個人間の連絡がとりやすい携帯電話に移行し始める。
 この年、サブカルチャーの転機を象徴するような『エヴァンゲリオン』が登場。その大ヒットを背景に、それまでネガティブなイメージが勝っていた「おたく」が、カジュアルな意匠をまとった「オタク」に変貌して、日本文化の一角を完全に占めるようになる。

2005年

 小泉純一郎が率いる自民党が、衆議院選挙で圧倒的な勝利を収め、現在の安倍政権へとつながる自民党優位の政治状況をつくる地盤を固めたのが2005年。
 この時代、1980年代のバブル空気が、いっとき日本にも復活し、日経平均株価は13,000円の値をつけ、(一時的だが)世は不景気時代から脱却したようなムードに包まれる。

 このように、その後10年ほど続く「時代の空気」のようなものをつくった事件は、みな西暦の末尾が「5」で終わる年に発生している。

 そして、2014年暮れの衆議院選挙では、自民党の圧倒的勝利に終わり、2015年の政治状況を作り出す年がスタートしようとしている。
 私は、今の政治状況が、2005年に小泉自民党が圧勝した“郵政選挙”の時代に近いものを感じる。
 あのときも、小泉純一郎率いる自民党は、衆議院選挙で269議席を獲得。野党は軒並み議席を減らし、民主党は時の代表であった岡田克也が即日辞任を表明したくらいだった。

 2005年の “郵政選挙” が行われた時代は、ミニバブルが発生した時代で、富裕層が興隆し、レクサスなどを中心とした高級車ブームが訪れた一方、国民の経済格差・社会格差が進行して、「勝ち組」「負け組」などという言葉が生まれていた。

 なんだか似ている。今の時代に。
  
 さて、2015年は、どんな年になるのか。
  
 

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5のつく年は、何かが起こる への2件のコメント

  1. ようこ より:

    こんにちは 町田さん

    2015年は早過ぎましたが、何が起こったでしょうか?

    そうは思わない人も多数いると思うけど
    私は現在の日本の国民健康保険の在り方はとても良いと思う。
    先日少しふれたTPPです、安部政権はどこまで緩めるのか ?

    TPPによる 医療の規制緩和と民営化が始まると
    世界の市場においては 比較的富裕に属する日本の国は
    その高齢化によって莫大な利益をうむであろうと標的にする。

    米国では病院や医療法人は人口の多い地区に集中しています
    救急やや小児科など利益の低い科は少なくなり
    心療内科や循環器科などを中心の病院は増設されているとか。
    南部の片田舎などに住む低所得者層は、21世紀の今でも
    病院に行く事がありません。

    実際に私の住む町でも安価な保険加入者は受け入れてくれる病院が少ない。
    歯科のシステムは流れ作業のように分轄されていて
    通常のクリーニングをする医院、麻酔を扱う医院、矯正等をする医院
    神経を扱う医院、彼等は互いに扶助し紹介しあいます。
    患者は門を叩く毎に自腹で初診料を払わなければならない。

    日本のあるリウマチ医師が自身のブログで
    『国家戦略特区法』で指定された東京・大阪の学校や病院の
    株式会社経営や、医療の自由化、混合診療解禁などの取りくみ方に
    とても危惧をいだいていました。

    特効薬等の高額薬品を扱い、安全性よりコスト削減を優先し
    国民健康保険加入者の患者は診ない。
    声を大にして年金や医療の未来を危ぶむ政権です、
    上記のような医療は、あり得ないとは考えにくいのです。

    • 町田 より:

      >ようこさん、ようこそ
      アメリカの医療事情、および保険制度などの詳細なレポート、ありがとうございました。
      今回のような、実際にアメリカで暮らしていらっしゃる方からの直の報告というのは本当に貴重であるように思います。
      メディアが取材しても、こういう具体的な例まで踏み込む余力はないでしょうから、この報告は、こんな小さなブログのコメント欄だけの閉じ込めておくのはもったいないような気もします。

      とにかく、TPPが農業生産物や工業製品だけに関わる問題ではなく、広く医療問題、著作権など幅広い分野に影響を及ぼすことは分かっています。ただ、日本の国内メディアはそこのところまで深く踏み込んでいませんね。
      そのため、私自身も非常に不勉強な状態であることは事実です。

      ただ、医療薬品の領域における規制緩和に言及したネット情報で、かろうじて次のような指摘を読んだことがあります。
      すなわち、近年のうつ病患者がものすごい勢いで増加している理由は、とかく “現代社会のストレス増大” という現象と結び付けて語られがちですが、実は、「うつ病だと診断する基準がゆるくなって、うつ病の判定が昔より広がってきたから」だというのですね。

      そして、それは、グローバル薬品メーカーが開発・製造している「抗うつ剤」を大量販売するための戦略で、患者が増えれば増えるほど薬品メーカーが儲かるという体制が確立されてきたからだというのです。

      近年、日本でも「メンタルヘルス」を手掛けるクリニックがやたら増えてきましたけれど、その背景にも、「うつ病だと診断できる患者数を増やして薬を大量に売る」というシステムが関係しているという話もあります。

      要するに、「うつ病は風邪みたいなもの。だから深刻に考えず、お早目の対応を」と優しく呼びかける医療側のCMには、裏があるということなのかもしれません。

      それでもまだ国民健康保険が整備されている日本に住む我々は、それなりに幸せなのでしょうね。
      アメリカ南部の片田舎に住む低所得者の人々は、病院に行かずに、どのように病気と向き合っているのでしょうか。
      よその国のことながら、心配になってしまいます。
       

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