安藤家の秋

 
 安藤家住宅を訪れたのは、11月の中旬であった。
 「晩秋」という言葉で表現されるような季節だ。
 そこから1.7kmほど離れた「RVパークやまなみの湯」のオープンセレモニーを取材し、その足で、国の重要文化財だといわれたこの古い館を訪ねたのだ。

 予備知識も持ち合わせていなかったので、「やまなみの湯」のスタッフから「江戸期に建てられた豪農の家です」と教えられただけでは、どんなたたずまいの屋敷なのか、イメージが湧かなかった。
 「蝋人形でも飾ってあるテーマパークのようなものなのだろうか … 」
 私の乏しい想像力では、そんなことぐらいしか思いつかない。

 カーナビを頼りに、のどかな田舎道を進む。
 「重要文化財安藤家住宅 駐車場」の案内板を見つけて、車を止める。
 

 
 周囲には、典型的な日本の農村風景が広がっている。
 駐車場の前方には、南アルプス。
 道路を隔てた反対側には、うっすらと雪化粧を始めた富士山。
 朝晩は、冬の気配が立ち込める季節となったが、お昼時のわずかな時間帯だけは、陽射しも明るく、空気もぬるい。

 赤く色づいた柿の実を見ながら、ゆるやかな坂を上がる。
 火の見やぐらを抱えた古い町並みが現われる。
 正午の光がぼんやりと漂う路上には、人の姿が見えない。


 
 ―― 火の見やぐらで火災を発見したり、警鐘を鳴らしたりした時代というのは、いつまで続いていたのだろう。
 車を降り、歩き出したときから、いつの間にか「時間」が止まっていたことを知る。


 
 どこまでも続く、黒い板塀。
 その奥に、安藤家住宅が広がっているのかもしれない。
 だとすれば、そうとう広大な敷地を持つ建造物のようだ。
 今どき、こんな長い板塀を持つ屋敷などなかなか見ることができない。いったいどの時代に建てられたものなのか?
 意識が、平成から昭和へと巻き戻され、さらに明治から江戸へと、止まった「時間」が、今度は少しずつ過去に逆流し始める。
  

  
 茅ぶき屋根を持つ表門に到着。
 それをくぐると、もう「歴史」の中だった。

 正面に、古式豊かな意匠を持つ中門が見える。
 散り始めた樹木の葉が、中門前の地面を黄色い絨毯(じゅうたん)のように覆っている。
 その絨毯の上に、高くそびえた木々がくっきりと濃い影を落としている。
 正午を回ったばかりだというのに、晩秋の庭には、早くも夕暮れの気配がまぎれ込んでいる。
 
 受付けに座る女性に、入館料を払うついでに、この屋敷の由来を聞いた。

 建てられたのは、宝永5年だとか。
 西暦でいうと、1708年。
 江戸史をゆるがす「宝永の大地震」の翌年であるらしい。
 館の持ち主である安藤家は、この地の名主であったというが、元は武田信玄に仕えた家臣として、「小尾」姓を名乗っていたという。
 その小尾氏が、武田家滅亡のあとに帰農して、母方の「安藤」姓を名乗り、名主としてこの地を管理していたとのこと。
 
 「現在の敷地は1300坪(4400平方m)ですが、その昔は、国道52号線で1時間くらい走った場所まで、安藤家の敷地だったんですよ」
 と、受付けの女性が教えてくれる。
 あまりにも広すぎて、想像力が追いつけない。


 
 それにしても、建物内の作りや家具調度のなんという格調の高さ !
 一枚のケヤキ板から削り出された戸板。
 頭上に張りめぐらされた骨太の梁。
 そのどれにも、300年という年月が「塗料」となって黒々と染み込んでいる。
 新建材を組み合わせたテーマパーク風のディスプレイには見られない “本物の手触り” をはじめて知ったような気になった。
 
  
 
 ―― 日本建築の美学とは何だろう?
 ふと思った。
 それは、障子、畳、飾り棚などが織りなす “四角形” の変奏曲の美しさなのではなかろうか。
 一見、無機質な縦軸と横軸が単純に組み合わされているように見えて、そのどれもが同一の面積を持たない。
 複雑に埋め込まれた “四角形” の組み合わせの妙。
 それは幾何学的な正確さに裏打ちされながらも、人を幻惑する魔法の糸を紡ぎ出す。

 庭園の見える母屋の奥にたどり着く。


 
 外から差し込む「光」と、内側を覆う「影」が、渡り廊下のところで混じり合っている。
 屋外の「自然」と、建物の「人工物」が溶け合う不思議な空間。
 このような異空間を、欧米の建築物に見ることはない。
 
 「うつろい」という意味を表す言葉が英語にはないという話を、どこかで聞いた。
 意識したときには止まっていながら、意識しないときに、いつの間にか過ぎ去ってしまう「時間」。
 そのような感覚を「うつろい」というのであれば、それは、「光」と「影」が一つの空気となって溶け合う日本建築の空間から生まれてきたに違いない。


 
 茶室の廊下から、用意されたサンダルを履いて、庭に立つ。
 樹齢350年といわれる老松が、名工の手によるオブジェのように大地に根を張っている。
 ここまで年月を重ねた樹木となれば、もう「アート」なのか「自然」なのか区別もつかない。
 庭の鉢に活けられたススキも、同じように自然と一体となって、「庭」なのか、「荒野」なのかも定かではない異空間に漂っている。

 見上げると、木の枝から離れた枯葉が空を埋めているのが見えた。
 静かな晩秋の一日を、無心に遊ぶかのように、虚空を舞う枯葉の群れ。
 それは、冬の気配を漂わし始めた秋の最後の饗宴のように思えた。
  

 
 
安藤家住宅 インフォメーション

所在地:山梨県南アルプス市 西南湖4302
開館時間:午前9:00~午後4:30
入館料:大人300円/子供100円
休館日:毎週火曜日(祝日の場合は開館、翌日が休館)、年末年始(12月27日~1月7日まで休館)
問い合わせ電話:055-282-7269(南アルプス市 教育委員会)
  〃    :055-284-4448(安藤家住宅)
 
  
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安藤家の秋 への4件のコメント

  1. Take より:

    樹芸文化が廃れたと聞きます。ここで言う樹芸文化とは、「仕立物」の松や槇など枝を曲げ、剪定をして形を整えたものの事です。
    こうしたものは、障子を閉めても影絵のように楽しめるという発想だけれど、近年洋風建築になり外と中を隔てるのは紙ではなくガラスになった時、影絵のように形を楽しむ文化から樹木の持つ色を楽しむ文化に変わったと聞きました。
    クリプシーやヨーロッパゴールドと呼ばれる黄色いコニファーからスマラグやゴールドコーンと呼ばれる緑のコニファー、ブルーカーペットのようなエメラルド色したもの、多くの(1年を通して葉が茂っている)針葉樹が流行っています。
    そしてその色は、白や単色の淡い色の外壁に似合うのです。
    光と影という畳に写り込む影の美しさとか、時間によって伸び縮みする影の造形美、家の中も和紙を通して柔らかくなった光…こうしたものは流行らなくなったのかもしれませんね。
    でも、後半のお写真はすべて、影がうまく写真を引き立たせてくれているのを見ると、町田さんも流行らなくなった「和」の文化の魅力に取りつかれているのかもしれませんね。

    • 町田 より:

      >Take さん、ようこそ
      恥ずかしながら、「樹芸文化」という言葉さえ知りませんでした。ましてや、それが衰えたという話も、はじめて聞きます。
      いろいろ勉強になりました。

      確かに、>>「松など枝を曲げ、剪定を前提として形を整えたもの」…盆栽などがそうなのでしょうね。…それが、今までの障子を中心とした和風建築には合っていても、洋風建築にはなじまない…という見方が生まれるのもよく分かります。

      ただ、Takeさんもご指摘されているように、>>「光と影という畳に写り込む影の美しさ、>>「時間によって伸び縮みする影の造形美」、>>「和紙を通して柔らかくなった光」などが、今は流行らなくなっても、それなりに美しいものであるというのも確かですね。

      やっぱり、文化と風土というのは、密接に結びついていて、Takeさんがおっしゃるように、ヨーロッパというのは針葉樹の文化なんですね。それに対し、日本は広葉樹の含めた雑多な木々の文化。
      この違いは大きいのかもしれませんね。

      中世の北ヨーロッパから広まっていったゴシック教会の建築などは、やはり形象的に、鋭角的に天を志向していく針葉樹文化から生まれてきたように思います。

      >>「一年を通して葉が茂っている」という針葉樹の特徴も、四季がめぐり、樹木の葉が散っていく様子を見て、「輪廻」を連想する日本の風土とは異なる世界観をヨーロッパの人たちにもたらしたとも言えそうですね。

      それはやはり、「最後の審判」に向かって、時間が直線的に進んでいくキリスト教的な世界観と密接につながっているのかもしれません。(こういう話はTakeさんの方がお詳しいように思いますが…)。

      いろいろなことを示唆してくれる貴重なコメント、ありがとうございます。
       

  2. Take より:

    和風庭園が流行らなくなったのは、関心がなくなったという理由だけではないとは思います。どうしても年に2度の職人さんの手入れがないと整わない和風庭園は維持費がかかります。
    コニファーや常緑の垣根材は、それこそ画一的にバリカンでバッサリ刈ってしまえば済む。日曜の庭いじりの世界で誰でも出来る=お金をかけなくてもきれいだ、という要素も大きいのでしょう。
    大きな家、立派な庭(もっと言えば御別荘)という庶民の見えるところにお金をかけるのがステータスだったお大尽がいなくなってしまったのでしょうね。
    垣根材には面白い考えがあります。日本は天端(植木の上の線)をそろえるけれど、欧米は底(下)端をそろえる。というもの。これは日本は猪とかの獣が外から庭に入らないように地面まで密集した植木を植えることが垣根の役割であることに対して、欧米は狩猟に出る時に犬が出入りする通路であるから犬の大きさまでは揃えて開けてあげることが大切なお役目、だというのです。
    そうしてみると欧米と垣根と日本の垣根の作り方は大きく違っていて、地域(仕事)と家の作りの密接さに感嘆させられます。
    日本の多くの家に神棚があってその部屋の上には部屋を作らない、という風習などを見てもそうですが、町田さんの仰る通り宗教とのかかわりも密接なのでしょうね。

    • 町田 より:

      >Take さん、ようこそ
      面白いですねぇ。
      日本庭園と欧米流の庭園の垣根材の構造を、野生動物の侵入を防衛する和風庭園と、狩猟に出かける犬の出入りを確保する洋風庭園の生活風習の違いから説明するという論法は新鮮でした。

      また、和風庭園が流行らなくなった理由を維持費の問題として捉えるというのは、なかなか現実的な視点であるように思いました。
      確かに、年に二度ほど職人さんに手入れをしてもらわないとならない和風庭園が廃れてきたのは、 >>「見えるところにお金をかけるのがステータスだったお大尽がいなくなってしまった」ということも影響しているのでしょうね。

      ただ、そうであるならばなおのこと、現在広く社会に公開されている和風庭園を管理し、それを維持していく作業も大事になっていくのではないでしょうか。
      日本人の文化や日本的美学が結実した和風庭園をこのまま廃れさせていくというのは、少しさびしい気もします。
      コスト的要請によって、個人所有の和風庭園を維持するのが困難な時代が来ていることは分かりますが、歴史的な建造物ともなれば、やはり自治体などが積極的に庭園維持のために尽力しなければならないようにも思います。

      そして、Takeさんが試みられているように、文化圏ごとに異なる庭園の構造を、その現実的要請や宗教的関わりのなかで読み解いていく作業もますます大事になっていくことでしょうね。
       

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