徳大寺有恒氏 死去

 
 自動車評論家の徳大寺有恒氏が逝去された。
 2014年11月7日のことだという。

 お台場キャンピングカーフェアの取材の後、懇意にさせてもらっているビルダーさんたちと新橋で飲んでいたときのことだ。
 同席していたキャンピングカー評論家の渡部竜生さんが、それを教えてくれた。
 「ひとつの時代が終わりましたね」
 と、彼は言った。
 まさに、その通りだと思った。

 自分も60余年生きてきて、多くの著名人の訃報に接してきたけれど、「ひとつの時代が終わる」という感想を持った人はそう多くはない。1980年にジョン・レノンが死んだとき、そんなふうに感じた。
 1996年に司馬遼太郎氏が亡くなられたときも、そう思った。
 
 だけど、徳大寺さんの場合は、少し違う。
 生きているときの “温もり” のようなものが、まだ自分の心の中に巣食っているからだ。
 一緒に仕事をさせてもらったときの思い出が “濃い” のである。 
 彼の「代表作」とは言い難いのかもしれないが、一部の読者からはとても評価されている 『ダンディー・トーク』 という本を発行する仕事に、編集者として携わることができたからだ。

 実は、まだ私の手元に、その 『ダンディー・トーク』 をまとめる際に、口述筆記という形で残してくれた数編の章が残っている。とりとめもない “雑談” に近いものだったので、本のボリュームが増えすぎることを懸念して割愛してしまったが、逆にいうと、そういう部分に、くつろいだときの徳大寺さんの本音があらわれていたようにも思う。

 「徳大寺さんのようなモノを書いていきたい」
 それが、私のモノを書くときの原点にある。
 彼は、自動車評論を、文学の視点で、アートの視点で、歴史の視点で、ファッションの視点で書ける人だった。
 自動車という無機質な物体に、「心」を入れられる人だった。
 その旺盛な知識欲と、深い見識は、若い私から見ればまぶしいほど魅力的だった。
 
 その徳大寺さんが、『ダンディー・トーク』という作業の終了まぎわに、「あなたは自動車評論が書ける人だ。今度は自分で書いてごらん」と言って、万年筆をプレゼントしてくれたときの思い出は、自分の生涯の “宝” になっている。

 自分が携わっていた雑誌で、塩野七生さんと徳大寺さんの対談を企画したことがある。
 イタリア史に新しい光を当てて、常にベストセラーを刊行し続けた塩野さんに対し、対談の場所にかけつけた徳大寺さんは、モーニングのような礼服に近いスーツで現われた。
 目を見張るようなダンディーぶりで、さすがの塩野さんも惚れ惚れするような表情で徳大寺さんを見つめていたときの印象が、いまだに記憶に刻まれている。

 とにかくお洒落な人だった。
 ファッションセンスもピカイチだったが、本当の「お洒落」とは、内面の輝きから生まれるものだということを、よく御存じの方だった。
 生きていらっしゃったら、まだまだ学ぶことがたくさんあったように思う。
 なんだか、自分の中の “芯” となるようなものが抜けてしまったような心細さを感じる。

 冥福を祈りたい。
   
  
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参考記事 「塩野七生 × アントニオ・シモーネ 『ローマで語る』 」
 
 

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徳大寺有恒氏 死去 への14件のコメント

  1. ムーンライト より:

    私は、徳大寺有恒さんの訃報を昨日知りました。
    「あ~」と思いました。
    何が「あ~」だかわかりませんが。

    大木トオル・クリスマスディナーショーの会場で徳大寺さんを何度かお見かけしたことがあります。
    オークションのハーレーダビットソンに小走りに向かう姿。
    「もう乗ってみた?」と聞くわくわくした声。

    「徳大寺さんだ!」と思いました。
    「車が大好きなんだなぁ・・・」と。

    今年もショーのチケットは購入したのですが、家庭の事情で行けなくなるかもしれないのです。
    「その場合、町田さんにチケットをプレゼントしたら」と考えていたのです。
    ショーの会場で町田さんと徳大寺さんがバッタリ出会う・・・いいなぁ。
    そんなことを夢想している時に訃報に接しました。

    徳大寺さんは、私の記憶の中では、「車が大好きな少年」です。
    一度もお話したことはありませんが、素敵な方でした。

    心からご冥福をお祈り申し上げます。

    • 町田 より:

      >ムーンライトさん、ようこそ
      >>「車が大好きな少年」
      ……まさに、言い得て妙ですね。徳大寺さんは、最後まで車に関しては、少年のような好奇心をずっと保ち続けていらっしゃいましたね。
      「少年」というのは、分別のついた大人と違って、貪欲なものです。ある意味でわがまま。
      でも、その一途なわがままこそが、壮大なロマンにたどり着くんでしょうね。

      昔、『NAVI』 というカー雑誌で、編集長の大川悠さんと、自動車評論家の舘内端氏と3人で「ナビトーク」という鼎談を連載されていたことがありました。徳大寺さんは、そのときのことを振り返って、
      「あの大川という男はねぇ、本当に車好き。彼はねぇ、惚れた車が出てきたときは、毛布を持ち込んで、その中で一晩過ごしちゃうような男なのよ。それだけ車に惚れやすい性格なんだね」
      と、楽しそうに語っていらっしゃったことがあります。

      それを聞いていて、「あ、ご自分のことをおっしゃっているな」と思いました。徳大寺さん自身が、「惚れた車が出てくると、毛布にくるまって一晩過ごしちゃうような人」だったんですね。

      大木トオさんのディナーショー、せっかく毎年楽しみにしていらっしゃるのですから、“家庭の事情”であきらめなくてすむように、お祈りしております。それでも、どうしても都合がつかないようでしたら、またご連絡ください。
       

  2. 佐藤旅宇 より:

    町田さま 

    こんばんは。大変ご無沙汰しております。
    編集ライターの佐藤旅宇です。

    さまざまなメディアで徳大寺さんの訃報に接するたび、改めてその存在の大きさを感じている次第です。おこがましいことですが、私も徳大寺さんのような物書きに憧れ業界の門を叩いた一人でした。

    昨年、町田さんにもご協力いただいた「徳大寺有恒特集号」の取材で初めて憧れの徳大寺さんにお会いしました。場所はザ・キャピトルホテル 東急のダイニング。

    初めて買ったゴルフのこと、寿司屋のアルバイトで乗り回したビートル、元町のポピー、川奈ホテルの伊勢エビカレー・・・『ダンディー・トーク』などで繰り返し読んだ大好きなエピソードを直接伺える夢のような時間。僕のような小僧がこんなことを言っては失礼かもしれませんが、クルマのことを語っている時の徳大寺さんは本当にいい笑顔をされるんですよね。ああ、きっと若い頃からまったく変わらない情熱をお持ちなんだな、と。

    『ダンディー・トーク』は人間、徳大寺有恒の魅力をもっとも引き出した代表作だと思います。未発表の原稿もぜひどこかで本にできるといいですね。

    ご冥福をお祈り申し上げます。

    • 町田 より:

      佐藤旅宇さん、ようこそ。
      ご無沙汰しております。『NAVI CARS』 の徳大寺特集では、たいへんお世話になりました。ありがとうございました。

      あの特集は、ほんとうに徳大寺さんの総集編として、素晴らしい完成度を誇っていたと思います。きっとプレミアム商品になることでしょう。
      今から思うと、徳大寺さんがお元気のうちに、あの雑誌を手に取ることができて、ほんとうに良かったと思います。

      昨日、お台場のキャンピングカーショーに行っていて、やはり車好きのキャンピングカーショップの人と徳大寺さんの話を交わしました。あと数か月で還暦を迎えるという方でしたが、「ひとつの時代が終わった。さびしいなぁ」ということでした。車好きの人たちにとっては、やはり「徳大寺」という名前は、車に情熱をたぎらせた青春時代を回顧するときのシンボルだったのでしょうね。

      ところで、『ダンディー・トーク』は、ヤフオクで、12,800円の値がついていましたね。amazonでも、6,000円でした。
      徳大寺さんの過去の本がこのように評価されているというのは、ご本人が知ったらうれしかったでしょうし、担当編集者としても編集者冥利に尽きます。
       

  3. スパンキー より:

    私の古巣でもある出版社からの最大のヒットは、やはり町田さんの手掛けた
    「ダンディートーク」だと思います。いまでも響く良書です。
    後年、「NAVI」を毎月買い、徳大寺さんのページは、特に慎重に読んでいた記憶が蘇りました。もう、あの語り口は、そうそうできる人はいないと思います。
    合掌

    塩野七海さんも町田さんは好きだし、贅沢な対談でしたね。ぜひ、再編集していただきたいものです。残しましょう!

    とにかく、残念でなりません。

    p.s

    お台場、行かれませんでした。スイマセン!
    また、スケジュールがあったら話しましょう。

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      ありがとうございます。
      「ダンディー・トーク」の頃は、ご一緒できませんでしたけれど、もし一緒に携わっていたら、スパンキーさんのアイデアもいただけたろうから、さらに面白い企画になっていたかもしれませんね。

      『NAVI』誌に連載されていた「ナビトーク」も、徳大寺さん、舘内さん、大川さんらが最もノッていた80年代の“ハイソカーブーム”の頃がいちばん面白かったような気もします。あの時代、「自動車ってのがどうなっていくんだ?」という、今までの切り口では語りきれないものに変貌し始めたときでしたよね。端正なたたずまいを見せる輸入車に対し、シーマやらマークⅡやらの日本車がバブル的膨張を開始して、化け物みたいになっていくときで。
      そんな変貌しつつある日本の自動車を、徳大寺さんたちは、説得力のある面白い切り口で語っていらっしゃったように思います。

      塩野七海さんとの対談のときも、ちょうど塩野さんのご子息が車を運転できるような年になっていられた頃で、はじめての車として何が適切なのかということを、しきりに徳大寺さんに聞いておられました。外車の話が中心だったので、国産車のPR誌という宿命上、その部分は割愛してしまいましたが、聞いていて、こちらも勉強になるような話でした。

      お台場ショーのことは気になさらずに。
      キャンピングカーイベントはこれからも多く開かれますので、お時間が合いましたら、またご案内いたします。
       

  4. マンダリン より:

    町田 様

    本ブログ何時も楽しませて頂いております。
    実は、徳大寺さんに昨年246沿いのレストランの入り口で
    杉江先生ですね、と声掛けさせて頂いて2〜3分間でしたが
    挨拶させて頂いたもので訃報に接し、本当にビックリしております。
    まだまだ頑張って頂きたかったと思いながら御冥府をお祈り申し上げます。

    • 町田 より:

      >マンダリンさん、ようこそ
      はじめまして。
      たとえ2~3分でも、やはりひとつの世界を極めた方とじかにお話をされる機会を持てるということは、ファンにとってはうれしいものですね。
      お気持ち、よく分かる気がいたします。

      >>「まだ頑張って頂きたかった」という思いは、マンダリンさんと同じように、私もまたもっています。

      246沿いというのは、徳大寺さんにとってはフランチャイズのようなものではなかったのでしょうか。そこから遠くないところにお住まいをお持ちでしたから。
      何度か家に招いていただいたことがありましたから、環八、246あたりの土地には、いまだに徳大寺さんの匂いが残っているような気もします。
       

  5. クボトモ より:

    以前、町田さんがこのブログで取り上げていらっしゃった徳大寺さんの言葉。

    「ダンディズムとは、野暮から粋へ至るまでの、
    そのプロセスの中にあり、またプロセスの中にしかない。
    常に、いまだ中途半端な状態でしかないという意識が、
    逆に不断の緊張感を生み、美しい姿勢を保たせるからである」

    この言葉が私の、弱い意志の支えであり理想になっています。
    本当に残念です。心よりご冥福をお祈りいたします。

    • 町田 より:

      >クボトモさん、ようこそ
      同感です。
      >>「ダンディズムとは、野暮から粋へ至るまでのプロセスの中にしかない。……中途半端な状態でしかないという意識が、不断の緊張感を生み、美しい姿勢を保たせる……」
      私もまた、素晴らしい言葉であるように感じました。
      このフレーズは、「ダンディズム」という言葉だけでなく、いろいろな言葉を受け入れ、ひとつの普遍に至るような深みがありますね。

      「誠意とは、不実から誠実に至るまでのプロセスの中にしかない…」とか、
      「感動は、虚無から歓喜へ至るまでのプロセスの中にしかない…」など。

      徳大寺さんは、常に「人間の生」を固定的に見ることを避け、とどまることのない流れの中で見据えようとされていた方なのではないか…という気がいたします。
      まるで、JAZZのインプロビゼーションのように。
      だからこそ、人の意表を突くような鋭い洞察力を手に入れられたのではないかな、などと思っている次第です。
       

      • クボトモ より:

        町田さんが置き換えた二つの言葉に気付かされました。
        徳大寺さんのこの言葉には、こんな深いものが秘められていたんですね。
        お恥ずかしい。私は漠然とこの言葉に惹かれていただけでした。
        こんな素晴らしい気付きを与えて頂き、心より町田さんに感謝です。
        ありがとうございます。

        • 町田 より:

          >クボトモさん、ようこそ
          こちらこそ、丁寧なご返信までいただき、ありがとうございます。

          徳大寺さんとのお付き合いは、それほど長いというものではありませんでしたが、ご一緒させていただいた頃は、ほんとうに薫陶を受けました。
          そのエキスが、まだ私の体内に残っていたのかもしれません。

          自分が関わるキャンピングカーの領域で、なんとか徳大寺さんが残された業績に近づきたいと思っているのですが、まだまだ遠い道のりです。たぶん、一生無理なような気もいたします。
          しかし、目標を得られたという幸せだけは噛みしめています。
           

  6. かたなねこ より:

    とても残念です・・・
    自動車雑誌大好き少年だった自分にとって
    徳大寺さんの文章には多大な影響を受けました。
    その中でも「おしゃれ」という言葉、
    当時は大人の男性が使う言葉ではなかったと思うこの言葉を、
    自動車評論でも良く使われていて、自分も訳も分からず真似して使っていました(笑)

    日曜日、町田さん号は確認したんですがお会いできなかったですね!

  7. 町田 より:

    >かたなねこ さん、ようこそ

    お台場キャンピングカーショーの会場にいらっしゃったんですね。
    こちらもお会いできなくて、残念です。
    当日は、取材よりも各担当者との打ち合わせの方が多く、どちらかというとテント奥に引っ込んでいたたせいかもしれません。

    徳大寺自動車評論のキーワードは、確かに「おしゃれ」でしたね。
    私も、最初自動車にこのような評価軸を設ける意味がすぐに分からず、少し戸惑いました。
    でも、イギリス車の話、イタ車の話などをうかがっているうちに、だんだん呑み込めてくるようになりました。

    やはり、「おしゃれ」という感覚を自動車評論に持ち込んだところが、徳大寺さんの新しさであり、美しさだったのでしょうね。

    車のハードの部分にどちらかというと弱かった私も、その視点のユニークさで自動車というものに引き込まれたという経緯があります。
    だから、徳大寺さんは、それだけ自動車に関心を持つ人々の層を広げたという言い方もできるかもしれません。
     

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