ナッツRV感謝祭 2014

 
 ここのところ年に1回、静岡県の富士ふもっとぱらキャンプ場で開かれるナッツRVのユーザー感謝祭も、今回で11回目。
 過去3回お声をかけていただいたので、今年も取材に行った。


 ▲ イベント翌日の午前中は快晴 

 天気予報では、当日と翌日は雨。
 その予報を聞いたユーザーからだいぶキャンセルの連絡があったらしく、当初の400台という申し込みよりも減りそうだとスタッフは話していたが、それでも最終的には340台が集合。
 うぉー !
 前回の感謝祭よりもさらに増えた。
 参加者も、北は北海道から南は九州に及び、全国のナッツファンがここに集結したという感じ。まさにナッツ車の人気の高さが分かろうというものだ。

 なにしろ今の日本で、同一メーカーのキャンピングカーが300台以上も集まるキャンプイベントというのは、ほかにない。
 340台集まったユーザーの中には、シニア夫婦もいれば子供の多いファミリーもいる。特にナッツユーザーにはファミリーが多いから、1台が平均3人家族で構成されていると計算しても1,020人。4人家族ならば1,360人。
 これもすごい数。

 取材陣の数も多くて、「オートキャンパー」、「キャンプカーマガジン」、「ガルヴィ」、「カーアンドレジャーニュース」、「キャンピングカースーパーガイド」などのキャンピングカー専門メディアやアウトドア専門メディアがこぞって参加。この大会が報道ネタとしても十分な価値があることを示唆しているようだ。

 ▼ 1,000人以上の家族が集まった集合写真

 小雨が降り続く中での開催ではあったが、雨なんかにもめげない元気なユーザーが集まってくるのも、このイベントの特徴。
 開催に先立ち、ナッツRVの荒木社長 ( ↑ 左) がステージに登場。
 「新しい遊びの提案と、出会いの場を提供することが、この会の目的です」
 という挨拶のあと、すぐに、場が盛り上がるジャケン大会 (↓) が始まった。

 なにしろ、このイベントの景品の量と豪華さはハンパない !
 キャンピングカー乗りには必需品であるサイドオーニング、ソーラーパネル、サブバッテリー。10万円を軽く超えるような商品でも取り付け工賃込みで、ジャンケン大会や抽選会、ビンゴゲームなどでふんだんに振る舞われる。
 子供たちを喜ばせたのは、プレステ4HDDやニンテンドー3DSのような人気ゲーム機。
 さらに、キャンピングカー旅には欠かせないクーラーボックス、発電機、各種自転車、アウトドア用チェア。
 ほかに、ビール詰め合わせ、ラジコンカー、プラモデル、ぬいぐるみ、お菓子類、お米、Tシャツ、タオル……。
 最低でも、1家族に1品の割合で当たるほどの景品が用意された。

 ▼ 自転車を射止めた奥様

 ▼ オークションを楽しむ参加者たち

 この感謝祭の特徴は、“大人も子供も楽しめる” こと。
 ジャンケン大会 (↑) や抽選会、ビンゴゲーム、オークションなどには大人向け商品と同時に、子供向け商品が豊富に用意され、さらに射的、輪投げ、ヨーヨー釣り、ダーツなどで遊ばせてくれる “縁日” (↓) には毎回長い列ができる。 

 1,000人を超える参加者たちの食事の世話もたいへんだ。
 ステージ横には、軽食コーナー・フードコーナーのテントが並び、焼きそば、豚汁、から揚げ、コロッケ、ポテトフライ、ポップコーン、ドリンクなどが行列をつくるユーザーたちに手際よく配られていく。
 

  
 ▼ アウトドア専門誌の「ガルヴィ」もおでん作りで応援
 

 ▼ ナッツ荒木社長も先頭に立って、カレーライスの提供にいそしむ

 ▼ フードコーナーの裏舞台を覗くと、まるで火事場のような大騒ぎ。それでも大量の食材が、ナッツスタッフの手で、見事なほど手際よく調理されていく。


 
 開催2日目の朝は、恒例のカレーサービスがあるのだが、前日の雨のせいか、自分のサイトで朝食を作る人が減ったため、途中でカレーが足りなくなるという事態が発生。
 このときの対応も鮮やか。
 荒木社長の号令のもと、一度きれいに洗われて運搬車の奥に仕舞い込まれたカレー鍋や食材が再び持ち出され、調理担当のスタッフが急いでカレールーやご飯の準備を再開。
 ものの40~50分で、参加者全員に行き渡るほどの追加カレーが用意されたのだ。
 そのスタッフたちの集中力、参加者に喜んでもらうための誠意。それらの徹底ぶりには目を見張るものがある。


   
 初日のユーザーイベントが終了し、フードコーナーや縁日のテントが片付けられた後、荒木社長がスタッフと報道陣を慰労するためのささやかな集まりを開いた。
 缶ビールなどを開けて一日の疲れをねぎらう気楽な宴であったが、驚いたのはスタッフたちの仕事にかける熱い情熱。

 きさくな飲み会のノリでいいはずなのに、私の横に座ったスタッフの二人が、営業の心得のようなものを議論し始めたのだ。
 私は、別の人と会話しながらも、そちらの議論にも興味が働いて、つい盗み聞きしてしまった。 
 彼らの話は、単に営業戦術のノウハウを交換するような話ではなく、テーマはビジネス哲学。一種の人間論。
 まさに、今のこの会社のパワーが、そんなところにも象徴されているのかもしれない。 

 翌日の午前中には雨もさっぱりとやんで、帽子のような雲をかぶった富士山のシルエットも顔を見せるようになった。
 富士ふもっとぱらキャンプ場の景観を特徴づける池 (↓) にも、明るい陽射しが跳ね返る。

 カメラを片手に、ユーザーのサイトを覗く。
 とにかく、これだけのユーザーが集まると、個性のある車を披露する人たちの数も増える。
 会場のサイトを歩いてみると、人気漫画のキャラクターなどを外装にあしらったユーザーの車 (↓) も目立つ。 

 ペットの数と種類もたいへんな数 (↓) 。まるでドッグショーの会場にでも入り込んだような気持ちになるエリアもあった。

 地面がぬかるんだため、人気の綱引き大会などは中止となったが、来年はキャンプ場の許可をとって、キャンプファイアの周りでフォークダンス大会をやりたいと、閉会式の挨拶で社長は語った。
 盛大な花火大会を催した回もあったし、プロの歌手を呼んでのコンサートもあった。このイベントのアトラクションは、常に新しい意匠を盛り込んで参加者を楽しませている。
 
  
関連記事 「ナッツRV感謝祭2013 富士ふもとっぱら」
  
  

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ナッツRV感謝祭 2014 への13件のコメント

  1. 北鎌倉 より:

    人間一生物見遊山、そう思っていたのが江戸の人々でした。生まれてきたのは、この世のあちこちを寄り道しながら見物するためだと。せいぜいあちこち見て友達を増やし、死んでいけばいいと。ものに価値を置くのではなく、生きている時間を買います。火事が日常だったのでどれだけものに執着しても一晩で灰になってしまう。そんなのはつまらない。旅にたっぷりお金をかける人、無銭で旅に出ることもできました、大家さんに一筆書いてもらって、通行手形をだしてもらえば全国どこにでも行けます。無銭の旅は各宿場で、皿洗い、布団たたみして、すこし稼ぐと次の宿場に行きます。もし死んだらあり合わせの所に埋めてください。亡骸を戻す必要はありません。と手形に必ず一筆書いてあります。生きるも死ぬも自分の判断、他人のせいにしない。逆に、抜け参りから戻ってきた娘さんのお腹が膨らんでくることがあります。そんなときは、神様から授かったのだからと、町内で大切に育てます。
    現代の文明の重さを、解除する視点が江戸にはあります、西洋の物資文明がやってきて便利になり、医学も発達したけど、生きていくことがどんどん重くなった。ウツや心身症は、時代の病だと考えた方がピッタリきます。

    • 町田 より:

      >北鎌倉さん、ようこそ
      キャンピングカーのイベントをレポートする記事にコメントをいただいたのでびっくりしましたが、内容を熟読して納得です。
      「旅」に対する現代人と江戸期の人々の見方の違い。こういう比較は、旅の本質を探るためにはとても必要なことに思われます。
      行き当たりばったりに、きままな旅を許すキャンピングカーというのは、少しだけ江戸期の人の心情に近づいた部分があるのかもしれませんね。

      江戸的な発想で、現代社会を眺めてみると、いかに人々の暮らしがしんどくなっているのか、ほんとうにそれがよく見えてきますね。
       

  2. 北鎌倉 より:

    私の旅は、上京して電車に乗るだけの、日帰りのつまんないものです(笑)。

    中央線の朱色の電車が入ってきて、小さな女の子が、若い両親と手をつないでいました。幸せそうに見えました。
    ドアが開いたとき、両親は右と左に分かれてドアに向かいました。その時、小さな女の子の手を二人とも離していました、一瞬ホームに取り残された子供。
    母親はあわてて舞い戻ります。子供は何も言わずに立っていました。泣きもせずまっすぐ前を向いているのでした。母親もみず、父親もみず。
    ひっそりと、からだ全体で運命を受け入れている、ような気がしたのです。

    今でもあの時の少女を、ときどき鮮明に思い出します。

    • 町田 より:

      >北鎌倉さん、ようこそ
      印象的な話ですね。
      いろいろなことが読み取れそうなエピソードです。
      両親の手から一瞬離されて、ホームの真ん中に立たされ、まっすぐ前を向いて立っていた少女は、その目で何を捉えたのでしょう。
      それまで疑いもしなかった両親の庇護というものが、実は何の根拠のないものであったということを見抜いた瞬間かもしれないし、この世に対して、いつかは独りで立ち向かっていかなければならないことを悟った瞬間かもしれない。
      いずれにせよ、その少女は、ひっそりと “世界” というものを受け入れたのではないかという気がします。
       

  3. 北鎌倉 より:

    少女って侮れないですよね。
    「もう別れましょう」総武線に乗り込むなりその人は言った。私にではなく誰かに。「もう別れましょう」「おじさん」「もう中野には来ないでちょうだい」「おじさんわたしのことが嫌いになったんでしょう」「もう別れましょう」おじさんはひらかない扉に寄りかかっているのだろう、小さな声で「うんうん」と言っている。千駄ヶ谷で扉が開いて、小さな声で「じゃあ」降りようとした。「おじさんい行かないで」その人は言う。降りようとするおじさん、けれど行かないでというその人、その人の素足が見えた、ところどころ搔きむしられた赤い跡があった、虫に刺されたのだろうか、ペッタンコのサンダルはさっきまで庭があれば庭に出ていたというふうだった、二つに束ねた肩までの髪はまっすぐに伸びていた、少女だった。「いかないでおじさん」私はおじさんを見た。おじさんは、少女から見れば、ほんとうにおじさんなのだった、「行かないで」少女のその目をみてしまった。少女は誰も見ていなかった、おじさんだけを見つめていた、笑ってなどいない、真剣そのものの目。夕暮れどきの総武線はそれでもラッシュには少し間があるのだった。それでも立つ人もいるぐらいの混みようだった。少女は真剣だった。おじさんは寡黙だった。私は泪がでそうになった。

  4. 北鎌倉 より:

    電車は新宿について、私は降りなければならなかった。
    だけど私はホームに立ったまま少女を見てしまった。
    少女は空いた席に座る。しばらく少女の前に立っていたおじさんも、少女の席の隣に座る。さっきまでの二人を知っている人はほとんど降りてしまった。そんな気がした。いまは幸せそうに見えるだろう。
    二人を乗せて総武線は静かに走り出した。中野へと。
    私はそれをホームで見届けずにはいられなかった。

    • 町田 より:

      >北鎌倉さん、ようこそ
      まるで、短編小説を読むかのようなエピソードですね。
      … というか、この二つの連続したコメント自体がもう掌編小説になっていると思いました。

      庄野潤三という作家の短編に「五人の男」という作品があります。芥川賞をとった「プールサイド小景」という作品集に収められた一篇です(新潮文庫)。
      「五人の男」というのは、作家(らしき一人称の語り手)が、自分の生活のなかで記憶に残った5人の男たちに関する短いエピソードを集めた小品ですが、そのなかの一つの話に、語り手がバスの中で偶然居合わせた男女の会話を聞いてしまったという話が出てきます。

      男女の間にはどことなく険悪な空気が漂っています。
      語り手がそれとなく耳を澄ますと、どうやら「愛媛」という地名を男が読めなかったことで、二人の間に不都合な出来事が起こった様子が伝わってきます。

      女は、「誰だって読めるはずの漢字じゃない。教科書にも出てくるし …」
      男は、「そんなこと言ったって、俺は静岡から西へ行ったことがないのだから、分かるはずがないじゃないか」と反論します。
      バスはさびしい街並みを走り続け、その間男女は黙りこくってしまいます。

      やがて、賑やかな風景が広がる終点に着いて、男女はバスを降り、語り手も二人の後を追ってバスのステップを降ります。
      男女は、もう先ほどの険悪な空気を振り払ったのか、普通の日常会話を交わしながら、遠ざかっていきます。
      語り手(作家?)は、その様子を何の感慨も交えず、淡々と描写して、その章を書き終えます。

      この話が仮に事実だとしたら、なぜ作家はこの男女のやりとりを作品に残すことにしたのでしょうか。
      それは謎でありますが、読者は、この何の変哲もない男女のやりとりが、作家になにがしかの感興を与えたことだけは感じます。
      それがいったいどういう感興なのか。
      作者はそれを語りません。
      語らないけれど、この話は、なぜか強い印象を読者の心に残します。
      これぞ、まさに庄野潤三の作品という味わいが伝わってきます。

      北鎌倉さんがお書きになられたこの “少女とおじさん” の話も、それに近いものを感じました。
       

  5. 北鎌倉 より:

    物語が自在に作れなかった10代の頃は、庄野さんの短編のような、一瞬の違和のリアルな言葉を、起承転結のドラマに書き変える(いま思うとつまらない)修練をよくしました。

    窓の外を少年が走っている。どうしてあんなにいっしょうけんめい走っているのだろう。傘もささないで。そう思ったとき、ゆれている、空席のバスのひじ掛けで、ゆれている、ネーム札付きの黒い傘とむすびつく。
    バスに沿って走る少年は、さっきのバス停で降りた子供だ。それを知ってか、知らずか、赤信号がバスを止める。停まるバスを横目で見ながら、次の停車場まで走る少年の、黒い傘はじっと肘掛けイスでおとなしくしている。
    いっしょうけんめい走る少年に、ふさわしく見えてくる、ネーム札付きの黒い傘だ。

    • 町田 より:

      >北鎌倉さん、ようこそ
      いい話ですね。
      心が温まるような、ほっこりとした優しさに溢れていて。
      それでいて、懸命に走る少年の爽やかさも伝わってきて。
      擬人化された黒い傘が、「(少年が次のバス停で乗り込んで来るまで)おとなしく待っている」という表現がユーモラスで、可愛らしくて、ちょっとだけ切なくて、素敵です。

      ふと、詩人の平田俊子さんという方が書いた『スバらしきバス』というエッセイ集の「あとがき」のことを思い出しました。
      そこには、バスと平行して走る少女たちの話が出てきます。
      そのエッセイを紹介した歌人の穂村弘さんの引用によると、次のような話です。

       「小学校低学年の女の子たちが2人並んでバスのシートに腰かけ、仲良くおしゃべりをしていたが、2人は、いくらも乗らないうちに降車ボタンを押して降りていった。
       窓から見ていると、2人はかたわらの歩道をバスの進行方向に走り出した。
       笑いながら、バスと競争するように。
       この子たち、もしかして …… 。
       ある予感がして2人を目で追いかけた。
       環七は混んでいて、バスはのろのろ運転だ。女の子たちは歩道を走り続ける。
       次のバス停でバスがとまると、思った通り、その子たちは息を切らして、また乗り込んできた」

      この詩を引用した歌人の穂村弘さんは、次のような感想を述べます。
      「2人の(女の子の)行動は健全でも合理的でもない。でも、彼女たちは純粋な遊びの塊そのものとなり、はた迷惑な天使のように輝いている」

      バスと子供というのは、どうやら詩人の心をくすぐる格好のテーマなのかもしれません。北鎌倉さんの “詩” も、上記のものと並んで、とても素敵です。
       

  6. 北鎌倉 より:

    穂村さんの理解の仕方には、看護婦を呼び続ける「純粋コール」を思い起こさせます。
    患者という「はた迷惑な天使」の行為は「健全でも合理的でもない」、「純粋な遊びの塊そのもの」。
    「純粋」という言葉の理解には、生命の全史が含まれています。
    「純粋コール」の受け止めが困難なのは、地球と生命の誕生の全歴史を、誰も簡単には辿れからですね。
    知識としては辿れても、自分の身体に生命記憶の全部が内包されている実感としては、なかなかに辿れないからです。

  7. 北鎌倉 より:

    少学4年生くらいの男の子が、私の斜め左前の席に座った。座った途端、私の左隣の男性の手元をまじまじと見つめている。その男性は腕を上げて携帯電話のメールをただ打っているだけだ。少年は異常なくらいに手元を見ていた。しばらくして少年は電車を降りようと立ち上がる。左隣の男性が立ち上がるのを逃さずぐっと近寄り、手元を見ている。今度は私の手元も見ている。ハタと気づいた。この少年は学校を遅刻していて、いま何時か知りたいのか。少年はドアのポールのそばに立ってまだなお私たちの手元を恋しげに見ていたので、左腕を上げて少年に時計を見るように手招きして呼び込んだ。少年は小躍りして私のそばに寄ってきた。そして「グランドセイコーだ、すごい!機械式?」私は、驚きと恥ずかしさで一瞬赤面した。そうか、この少年は腕時計フアンだったのだ。私が腕を差し出したことは、私の嫌味な自慢?と思わず赤面したのだが、しかしそういった自慢の(大人の)反省をかき消すくらいに少年の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。その笑顔につられて、「僕のはクオーツのグランドセイコーだけど3年間で4秒しか狂ってないよ」思わず普通に喋ってしまった。(たぶん周りの人たちに聞こえていたと思う)「グランドセイコーやっぱりすごい」ホームからの電車が動き始めた窓越しに、少年は私の方を見やりながら、「バイバイ」と言いたげに手を振っていた。

  8. 北鎌倉 より:

    周りの大人たちは、何も聞いていないかのように静まり返っていたし、身動き一つしない。普段の車中に戻っていた。私はなぜが、妙に恥ずかしくなかった。あの少年は、車中だろうが街中だろうが、いつも腕の袖口のわずかのすき間から垣間見える腕時計をのぞき込んでいるのだ。そりゃ絶対に楽しいに違いない。というか、そのわずかなすき間から時計を同定するのもまたなんとも楽しそうだ。「3年間で4秒しか狂ってないよ」なんていう超自慢をサラッと言わせてもらえた少年の純粋さに乾杯!12回分割で無理して買った甲斐があったというもの。この少年に出会うために私ははこの時計を買ったのか。
    週末の食卓で、少年は嬉々として「今日電車で僕にブランドセイコー見せてくれたおじさんがいたんだよ、すごいでしょ。かっこよかったよ、グランドセイコー」なんて言っていたのだろうか。お母さんは、その言葉をどんなふうに返したのだろうか。「よかったわねえ」と優しく返してくれたのだろうか。少年が育つのはそんな会話の中でしかない。そう思うとなんだか胸が熱くなってきた。

    • 町田 より:

      >北鎌倉さん、ようこそ
      この腕時計ファンの少年の話も感動的でした。
      北鎌倉さんは、とても素敵なエピソードをいっぱいお持ちですね。
      この話も、掌編小説として完成していると思います。
      最後の行の、想像のなかでのお母さんと少年の会話。
      「少年が育つのはそんな会話の中でしかない」
      という一言に万感こもごもの感情がこもっていて素敵でした。
      このコメント欄にいただいた記事のなかには、このように小説作品として発表できるものがいくつもありそうに思えます。
      そういう作品の下書きを試す場として、このコメント欄を活用していただくというのは誠に光栄なことと思います。
      どうか思う存分ご活用ください。
       

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