旅の帰りに


 
 週末、相模湖のキャンプ場に遊びに行った。
 古い友人と、その長男。
 そして私。

 3人とも家庭がある。
 いわば、カミさん抜きで男3人が集まったむさぐるしいキャンプだ。
 しかし、そういうシチュエーションだから、語れるような話題がある。

 男から見た「家庭」。
 男から見た「家族」。
 一般論に収まりきらないような、具体的な手触りを持つ“男の家族論” 。
 そういう話題は、女子供が混じっていると、なかなか交わせない。
 
 男の家族論というのは、同時に仕事論でもある。
 友人は、商業メディアの分野で活動する独立系クリエイターだから、仕事を維持するということは、自分の心と身体を切り売りしていくようなものだ。
 当然、年老いてくると、身体の不調があちこちに起こる。
 その不調によって、仕事が中断されるだけでなく、モチベーション自体が低下する。
 しかし、それを押して、自分で自分をムチ打っていかなければ死活問題にかかわる。
 だから、「ここで働けなくなったら、うちの家族はどうなるんだ?」 という不安との戦いになる。

 友人の長男は、ずっと父のもとで働いているから、結婚して世帯を持ったといっても、父の苦労を見つめ続けている。
 食べていくことの苦しさを肌で感じながらも、そこには、両親に対するいたわりがあり、そこで培われた優しさが、他人に対する繊細な気づかいにつながっていく。

 「いい親子だな」
 焚き火にあたりながら、二人の会話を聞いていて、そう思った。
 ふと脈絡なく、今の時代が強いる孤立感、孤独感からかろうじて人間を支えているのは、親子という “絆” だけなのかもしれない … という気がした。

 台風前だというのに、サイトにはテントを張って、小さな子供たちを遊ばせている何組かの家族がいた。

 大型台風が関東を直撃するというニュースがすでにあちこちで流れていた。
 天気は土曜日の夜まで持つかどうか。
 すでに、空を流れる雲は、不穏な動き方を見せている。

 私がテントキャンパーだったら、キャンプ場の予約は現地に来る前にキャンセル。
 土曜の夜から風雨の激しさが増してくることが分かっているのに、撤収に苦労するテントを担いでキャンプ場に行くなど、愚の骨頂だと思う。

 しかし、テントを張っている親子たちは、それを承知で、きれいに張ったテントをペグで固定し、タープを取りつけ、行儀よく並べた椅子とテーブルに食器類を広げている。
 「きっと、難しい日程をやりくりして、ようやくこの土曜日に休みを取れた人たちなのだろう」
 私はそう思った。
 「せめて土曜日の1日だけでも、雨が降らない限りは、子供たちを自然の中で遊ばせてやりたい」
 親たちのそういう思いが、丁寧に作られたテント周りのたたずまいから伝わってくる。

 いつもなら、面倒くさいテント張りから解放されるキャンピングカーをありがたいと思っていた自分も、彼らの一生懸命さを見ていて、少しうらやましくなった。

 明け方近くから、風雨が厳しくなった。
 テーブルや椅子も夜のうちに引込め、オーニングも出さなかったので、撤収は簡単。
 車内でコーヒーを沸かし、友人の親子と軽い朝食を取ったあと、「お互いに土石流や冠水の被害に遭う前に家に戻ろう」 ということで、さっさとキャンプ場を後にした。

 こういうときはキャンピングカーのありがたさが身に沁みる。
 そのサイトからの脱出は一番早かった。
 しかし、雨の中、子供たちにカッパを着せて、濡れたテントの撤収を手伝わせている親子たちと、どっちが幸せなのか。
 子供たちは、暴風雨のなかで親のテント撤収を手伝った記憶を後生大事に心にとどめていくかもしれない。
 親子の思い出として。

 雨に煙る中央高速を、一人で家路に向かう。
 ワイパーが規則正しく揺れる音が、車内にまで響いてくる。

 ラジオを付けると、二人の女がしゃべっていた。
 一人はシンガーソングライター。
 女性アナウンサーが、その彼女の活動の近況をあれこれ尋ねている。
 名古屋出身の歌手らしい。
 
 「名古屋って、とっても大きな都会だと思い込んでいたんですよ。こんな大都会って、近辺にはそうないから。しかし、東京に出てきて、びっくり !! 名古屋の10倍くらい広い。こんな街が日本にあったんだ !? 衝撃で言葉が出ませんでした」
 シンガーソングライターの女は、屈託なく笑い転げる。
 明るい性格の女性のようだ。
 つられてアナウンサーも大笑い。

 「私、音楽をやる前、歯科衛生士になる勉強をしていたんです」
 と、その歌手が語る。
 「おやまた、それはなぜ?」
 「うちの母が歯科衛生士だったんですよ。母は歯科衛生士の仕事をしているときは本当にハッピーなんですよ。だから、私も、歯科衛生士になれば、自動的に幸せが転がりこんでくると信じて疑わなかったんです」
 「あ、ははは、楽天的 ! 」
 「そうなんです、はははは」
 
 今どきの若者らしい会話が続く。
 「でも、コンサートのときは、泣きだすファンが続出するとか …」
 と、アナウンサー。
 「そうなんです。もう私がステージに立っただけで、泣いてくださるお客様も多くて … 」

 この会話には違和感を持った。
 簡単に泣く。
 簡単に感動する。
 簡単に「絆」を称揚する。

 … 軽薄な風潮だな。
 と、この手の安っぽい “感動” に辟易(へきえき)としていた私は、そこでラジオのスイッチを切ろうと思った。

 が、手が止まった。
 ファンたちが泣き出すという自作の歌を、その歌手がピアノで弾き語りをするという。
 ―― 少し聞いてみようか、という気持ちになった。

 自分の父と母に手紙を送るという歌だった。

 「♪ お父さん、お母さん、今日まで私を大切に育ててくれて、ありがとう」

 というフレーズが、シンプルなピアノの旋律に乗って、車内が流れた。

 演奏もシンプル。
 メロディーもシンプル。
 アレンジもシンプル。
 そして、歌詞の内容もシンプル。
 すべてストレートで、ひねりも、陰影もない。

 このようなシンプルな歌が、なぜ若者たちの “泣き” を誘うのか?
 私は、最初違和感でいっぱいだったが、よく考えると、今の若者たちは、このシンプルでストレートな家族賛歌にすがる気持ちでしがみついているのかもしれない、という気がしてきた。
 
 それは、現状の厳しさの “うらっ返し” ともいえそうだ。
 おそらく、われわれが “若者” だった頃などに比べて、今の若者はとてつもないプレッシャーの中で生きているのだ。
 社会の過酷さは、団塊の世代たちが過ごした時代などの比ではない。
 会社、学校、地域共同体。
 そのどれもが、真綿のように若者を管理して締め付けるか、もしくは冷酷に引き離す。
 友達からだって、いつ虐められるか知れたものではない。
 
 そのとき、最後の拠りどころとなるのが、「両親」。
 そして、「家族」。

 両親に従順すぎる若者が増えていると、老人たちは嘆くが、
 「あんたたちが青春を過ごした時代とは違うんだよ」
 と、今の若者は、無言でそう言い訳しているような気がする。

 老人たちは、
 「今の若者は “夢” を持たない」
 とも非難する。
 それも違うような気がする。
 夢を持てない時代に、それでも夢を見ようとするならば、それはシンプルでストレートな形を取るしかないのだ。
 なにげない親子の触れ合いに涙する、というような … 。

 この記事の前のブログで、自分は是枝裕和の『歩いても、歩いても』 という映画にいたく心を奪われた、と書いた。
 あの、愛憎こもった家族間の心のヒダを描き切った監督の手腕に脱帽した。
 そして、シンプルな家族愛を描くドラマなどを見下す気持ちになっていた。

 しかし、今の若者たちにとって、あの『歩いても、歩いても』で描かれる家族像というのは、深刻過ぎて、やりきれないのかもしれない。
 若者たちは、あの映画の “繊細な表現” を理解できないのではない。
 むしろ日常的すぎるから、息苦しいのだ。
 家族間にシミのように広がっていく “断絶の気配” を見るのが切ないのだ。

 シンプルでストレートであることが、ときにもっともデリケートな心映えを反映することがあり得る。
 旅の帰りに、クルマを一人で運転しながら、ふとそう思った。

▼ 藤田麻衣子(↑) 「手紙 ~ 愛するあなたへ」

 
 
関連記事 「歩いても歩いても、まだ本気出してないだけ」

参考記事 「焚き火で育つ感性」

参考記事 「父親と息子の理想的な関係」
 
 

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旅の帰りに への10件のコメント

  1. スパンキー より:

    親父もお袋も逝ってしまった今になって、

    「ありがとう」とときに触れ、呟いています。

    なんで生きている間に言えなかったのだろうと、

    今更ながら後悔してますが…

    まあ、原因は独りで生きてきた気になっていた私が

    いけないのですが…

    たとえ世界を敵にまわしても、最後まで私に味方してくれる、

    親ってバカだからそういうもんだと思います。

    がもし、こんな歌を歌われても、親となったいまとなっては、

    こそばゆい歌詞ですね?

    素直といえば素直。

    本当に大事な事は口にしない…

    人って複雑です。

    来月は、お袋の3回忌です。

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      私も、今は親父も、お袋もいません。
      ただ、息を引き取る最後の時間に間に合ったということだけでも、せめてもの償いになっているのではないか、という気もします。
      ともに病院で亡くなりましたが、「もう終わりだな …」 と思いながら過ごしたあの時間は、今でも鮮明に覚えています。
      忘れられないですね。
      悲しいとか、辛いという以上に、それまで経験したこともなかったズシリと重い時間が流れていきました。
      そして、その後、何度も夢を見ました。
      どちらが出てくる夢も、そこはかとなくもの悲しい夢でした。
      でも、「幽霊でもいいから、出てこいよ」 と思っていましたね。

      私もスパンキーさんと同じく、この歌のように、ストレートに「ありがとう」と歌われると、親としては照れます。まさに「こそばゆい」という心境ですね。
      でも、どこかで、この歌に共感していたのも事実です。
      今の若者と同じように、やはり自分が若かったら泣いていたかもしれない、という気もするのです。

      照れくさいから、逃げたい。
      でも、誰も見ていないところで、一人でしんみりしたい。
      ほんと、人って、複雑ですね。
       

  2. クボトモ より:

    町田さん、こんにちは。
    私には高2の娘がいます。
    以前から娘は早く独り暮らしをしたいと言ってました。
    仲が悪い家族ではありませんが、多感な彼女にとっては
    家族すら息苦しいと感じる事があるのでしょう。
    この夏の進路相談でも、地方の大学を第一志望に挙げ、
    合格したら寮生活させて欲しいと言ってきました。

    そんな折り、8月末、娘は急性胃腸炎で救急搬送されました。
    点滴すら効かず緊急入院。彼女にとって人生初の入院です。
    4日間病院にお世話になり、退院してからもしばし自宅療養でした。
    身の回りの全てを親にしてもらう日々です。
    幼かったあの頃に戻った様だね、と親子で笑いました。

    夏の終わり。元気になった娘は、志望校を都内の大学に変更しました。
    “地方で独り暮らし”の夢をあっさりと撤回したのです。
    理由は「家族がそばに居てくれることの安心感」だそうです。

    話は変わりますが、明日、父が開頭手術を受けます。
    脳髄に付着した腫瘍のため、かなり困難な手術になるようです。
    明日は仕事を休んで、一日掛かりのそれに立ち会う予定でいました。
    それを聞いた娘は、自分も手術に立ち会いたいと言ってきました。

    家族。想い出。シンプルな家族愛。
    多感な娘を持つ身としましては、
    今回のお話、とても参考になりました。

    • 町田 より:

      >クボトモさん、ようこそ
      今回のコメント、まるで感動的なドラマでも観るような思いで拝読しました。
      娘さんが、病気になられて家族の絆に思い至る経緯、そしてお父様の手術に対して、娘さんもいっしょに手術に立ち会うと決意された経緯。
      まさに “家族愛”に貫かれた一編のポエムでも読むような深さと余韻が漂っていました。

      そして、困難な手術を乗り越えて、さらに深まっていく家族の結びつきの強さが目に浮かぶようです。
      お父様の手術が成功されることを、切にお祈り申し上げます。
       

      • クボトモ より:

        町田さん、こんばんは。
        温かい言葉をありがとうございました。
        おかげさまで父の手術は成功し、
        1週間経った今、記憶の混濁こそありますが、
        会話ができるまでに回復しました。

        娘が入院しなかったら、父がこうして大病しなかったら、
        また違う家族関係になっていたのかも知れません。
        こんな個人的なことをお話ししてごめんなさい。
        そしてありがとうございました。

        • 町田 より:

          >クボトモさん、ようこそ
          ずっと気にしておりました。お父様の手術。
          1週間ほど経ちましたので、成功したのだろうな … とは思いつつ、もしやという不安も払拭できませんでしたが、こうして無事成功したことをお知らせいただくと、やはり胸が安堵いたします。
          そして、この手術の成功が、きっと娘さんにとっても、父親や祖父との家族関係のつながりの温かい思い出として、生涯残っていくのではないかという気がいたします。
          ご連絡ありがとうございました。
           

  3. 檸檬 より:

    はじめまして。

    いつも楽しく、拝読させていただいております。
    つい、最近姪の結婚式に参列したばかりで
    涙腺が緩んだいたところへ
    『手紙~愛するあなたへ』
    を聞かせていただきまして、
    再度涙、涙…

    町田さんのおっしゃる通り、
    どちらかというと
    定番の歌詞、メロディーですが、

    不思議、不思議、
    このメロディーがリフレインしています。

    姪の結婚式の新郎の主賓の祝辞が
    『夫の幸福は、妻に降伏することです。』


    町田家はもうずばり、
    王道を貫いていらして、
    流石です。

    最強の奥様。
    最強のカップルです。

    小野真知子さん主演のドラマ
    『夫婦善哉』も好きでした。

    これからも町田さんのブログを
    楽しみにしています。

  4. 町田 より:

    檸檬さん、ようこそ
    コメント、ありがとうございます。
    「檸檬」という漢字、とても素敵ですよね。
    梶井基次郎の短編に『檸檬』という小説がありますが、昔、作品を読む前に、その漢字を眺めただけで、十分に心が満たされました。もちろん作品も良かったけれど。

    … で、『手紙~愛するあなたへ』ですが、聞きこんでいくと、なかなかいい歌だと思えるようになりました。とてもシンプルなメッセージなのですが、歌を作った藤田麻衣子さんの声の抑揚の付け方で、シンプルな歌詞に独特の陰影を与えているようにも感じました。

    姪御さんの新郎の言葉。
    >>「夫の幸福は、妻に降伏すること」
    いやぁ、なかなか含蓄のある言葉ですね。
    このご夫婦はぜったい幸せになるはずです。

    尾野真知子さんの『夫婦善哉』、いいドラマでしたね。
    NHKが、けっこうお金をかけて作ったドラマという感じもしました。
    ただ、相手役を演じた森山未来さんが、あまりにも現代風の若者の演技になっていて、大正から昭和にかけてのダメ男のスケール感に乏しかったかな … と。それだけが、自分にはちょっと残念でした。
    でも、ああいう浪速の “どつき女”をやらせたら、尾野真知子さんはピカイチですね。
    どつき女、好きなんです。
     

  5. 檸檬 より:

    町田さま
    お優しいお心遣い有難うございました。
    町田さんの優しいお言葉をいただいたので
    このままにしていただこうかと思ったのですが、
    『二度目まして』コメントを思うと
    穴があったら入りたい心境でおりますので
    やはり削除していただけるとありがたいです。

    こちらのブログはキャンピングカーという
    主軸がありますが、
    音楽、読書、美術、映画、旅、人生の後半戦の生き方など
    いつも楽しく、じんわりと読ませていただいております。
    またコメントでお邪魔させてください。

    p.s.三鷹の跨線橋を渡りたいなぁと思っています。

    • 町田 より:

      町田 より:

      2014年10月29日 10:21 AM (編集)

      >檸檬さん、ようこそ
      了解いたしました。
      該当するコメントは削除させていただきました。
      残しておいても、問題など何一つなかったと思うのですが、お気持ちは尊重いたします。
      また、お越しください。
      コメント、楽しみにしております。

      PS.「三鷹の跨線橋」……、具体的な地名をあえて載せなかったのですが、よく分かりましたね。
      いいところです。とりとめもないほど平凡で、でも “何かが違っている” ところです。
      きっと、檸檬さんの感性にも触れるものがあるかもしれません。
       

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