歩いても歩いても、本気出してないだけ

  
 邦画鑑賞の一日。
 テレビのハードディスクに録画しておいた是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』と、福田雄一監督の『俺はまだ本気出してないだけ』を立て続けに観る。
 たまたまだが、両方とも音楽はゴンチチが担当していた。
 
 冷めた抒情 … というか、さらりとした感傷というか、両方の映画に表れる “チョイとだけしんみりした” 人間同士の触れ合いを、ゴンチチのギターワークが巧みに表現していた。
 それが、「まさに邦画だなぁ …」 と思わせる日本の空気感みたいなものを鮮やかに演出していた。

 『歩いても 歩いても』(2008年)は、この映画が撮影された現場を見ている。ここに登場する「横山医院」という建物は、うちから歩いて100mぐらいのところに建っている。
 もちろん名前は変えてあるけれど、その「横山医院」の向かい側にある家は、実名のままの表札が出てくる。
 通りの全貌がかすかに現われるシーンがあるが、その先に、まるで私の家が映っていそうに見えた。

 しかし、映画ではその道はすぐ坂道に続いており、さらに林に囲まれた階段を降りると、海が見えてくる。
 映画だから、シーンは自然につながっているが、その近辺の地理を知っている自分はなんとも奇妙な世界に引きずり込まれた。
 「あれ、こんな坂道なんかないよな … 」
 と、思わずつぶやいた。

 映画のストーリーは紹介するまでもない。
 というか、ストーリーがない。
 あえて設定をいえば、主人公の阿部寛とその家族が、お盆休みに実家に帰り、老いた父(原田芳雄)と母(樹木希林)と対面するという話。
 そこに、阿部寛の姉(YOU)の家族もやってきて、3家族の一日の団らんが描かれている過ぎない。
 実に、“何も起こらない” 映画。
 ただ、恐ろしいまでの日常性がそこに横たわっている。
 ほとんどの観客は、自分が透明人間にでもなって、見知らぬ人の家に上がり込み、ひたすら彼らの脈絡のない日常会話を聴いているという気分になっただろう。

 だが、その “さりげない日常” には、きわめて微妙なノイズが混入している。
 阿部寛と父の間には、スムーズな会話が続かない。
 阿部寛の妻と、姑の間には、かみ合わないファスナーを無理やり引っ張っていくような、かすかな不自然さが生まれていく。
 それは、ともに、この映画にはまったく登場してこない二人の “死者” が関係しているからだ。

 阿部寛にとっては、事故で死んだ自分の兄。
 嫁にとっては、阿部寛と再婚する前に失ってしまった最初の夫。
 画面に登場しない二人の死者が、この一見平和な家族たちの間に割り込んで、黙ってそこに座っているという、かすかな恐ろしさと悲しさが、この映画の通奏低音として流れている。

 父と母から見れば、本来なら家業の医者を継ぐはずだった長男を失い、その長男の代わりを務めるはずだった二男の阿部寛は、家業を継ぐどころか、家を飛び出し、妻の前夫の連れ子を伴って実家に戻ってくる。
 父と母には、血の通った孫を可愛がる予定だった家族関係が、そこでいったん断ち切られているという思いが、言葉に出さずとも心の底にわだかまっている。

 一方、阿部寛と再婚した妻(夏川結衣)は、いまだ亡くなった前夫のことを忘れられない。阿部寛と一緒にいるときは、むつまじい夫婦の関係に収まっているが、前夫の連れ子と一緒にいるときは、今は亡きその子の父とのつながりを大事にしている。
 
 しかし、そういったぎくしゃく感は、このストーリーの流れを変えるまでには至らない。
 あくまでも、「空気のよどみ」として描かれるに過ぎない。
 表面的には、父と母と息子夫婦のなごやかな団らんが続く。
 最後まで続く。
 
 映画全般を貫く、その微妙な “空気の流れ” みたいなものを面白く感じられるかどうかによって、この映画の評価は変わるだろう。
 私は、すごいと思った。
 事件らしい事件がまったく起こらないのに、ましてや人間同士の対立や葛藤など何ひとつ描かれないのに、人と人の触れ合いと、そこで生じるかすかな摩擦をこれほど繊細に描いている映画をほかに知らない。

 監督の手腕もさることながら、芸達者の役者をそろえたということに尽きる。
 特に、圧倒的なくらいの日常性を生きる女に潜む “恐ろしさ” みたいなものをさらりと見せる樹木希林の演技には、鬼気迫るものがある。
 こういう芸達者たちの洗練された芸を見せつけられると、テレビドラマに出てくる演技指導も十分にできていない役者たちがかすんで見えてしまう。
 
……………………………………………………………………………… 

 『俺はまだ本気出してないだけ』(2013年)は、青野春秋の漫画を福田雄一監督が映画化したもの。
 さしたる動機もなく会社を辞めてしまった中年男が、だらだらした日常生活に区切りをつけ、漫画家として再起を図るというストーリーなのだが、こちらは一貫して、主人公のオーバーアクションによってコミカルに話を引っ張っていくという設定になっている。
 演出は、まさに漫画・アニメ的。是枝監督の 『歩いても 歩いても』 の対極にあるような作りといえよう。

 しかし、ここで描かれるのも、恐ろしいほどの “日常の重さ” だ。
 主人公の大黒シズオ(堤真一)は、一念発起して漫画家を目指しつつも、絶えず、さぼり病を再発する。
 老いた父(石橋蓮司)と、一人娘(橋本愛)のいる前で、食事中もサッカーゲームに興じ、娘がバイトして稼いだ金を借りて居酒屋でくだを巻き、ファストフードのバイト先では、あくびを連発して年下の上司に怒られる。
 ダラダラと過ごしてきた日常生活の鎖を、いつになっても断ち切れないのだ。

 それでいて、漫画雑誌の編集者のお情けで自作漫画を佳作に推薦してもらっただけで、もう大家になった自分の将来を妄想し、急にそれまでの知人に横柄な態度をとったりする。
 そのようなダメ男を、堤真一がなかなか上手に演じる。

 だが、そのような能天気な男にも、日常の切れ目から顔をのぞかせる闇に包まれることがある。
 「俺って、こんなことやっていて、いいのかなぁ … 」

 主人公の父は、
 「もういい加減に夢を見るのをやめたらどうだ。漫画なんてあきらめて、さっさとまともな仕事先を見つけて、再就職しろ」
 と迫る。

 彼の夢は叶うのか?
 映画は、夢が叶う日が来ることを暗示しているようで、逆にそのままの日常がダラダラと続くようで … という微妙な思いを観客に抱かせながら、ストンと終わる。
 たぶん、「終わりなき日常」は、そのまま続いていくのだろう。

 問題は、この主人公に才能があるのか、ないのかということである。
 観客には、一発でその答が分かる。
 「お前サイノーないよ。あきらめた方がいいよ」
 
 しかし、人間は自分の才能というものを見抜けないものなのだ。
 自分を悲観的に安く見積もるか、もしくはうぬぼれるか、そのどちらか。
 だから、この映画のテーマは、
 「才能のないものが夢を持つことは正しいのか?」
 … でもある。
 そして、夢を持つことの素晴らしさと、夢を持つことの愚かさが同時に描かれている。

 そのすべてを、『俺はまだ本気出してないだけ』というタイトルが見事に語りつくしている。
 なんという素晴らしいタイトル。
 言葉にならない複雑な陰影が、このタイトルに表現されている。
 
 邦画は、このようなセンシティブな表現を、いったいいつから手に入れていたのだろう。
 二つの映画を見て思うのは、そのこと。
 結論を下すのは、観客。
 観る人によって、様々な解釈や結論が生まれる。
 いわば、ストレートなメッセージを盛り込むのではなく、あえて「ノイズ」を混入し、そのノイズの乱反射によって、映画のテーマに多様な光を当てる。

 二つの映画をともに観ていたカミさんは、韓国ドラマにもハリウッド映画にもない世界だという。
 「人に話すとき、どう説明すればいいのか分からない映画だ」
 とも。
 私は、それを邦画の豊かさだと感じる。
 
 
参考記事 「是枝監督 『空気人形』 」

参考記事 「是枝監督 『そして父になる』 」

関連記事 「『歩いても 歩いても』 の映画ロケ」

参考記事 「映画のノイズ」
 
  
 

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歩いても歩いても、本気出してないだけ への2件のコメント

  1. studio Pkids より:

    大変、ご無沙汰いたしております。
    お変りありませんでしょうか?

    ちょっと、どうでもいいご報告なんですが、
    コチラの記事の文中に、
    → ”しかし、映画ではその道はすぐ坂道に続いており、さらに林に囲まれた階段を降りると、海が見えてくる。”
    とありますが、
    この、すぐ現れる坂道のロケ場所を長年追いかけていたのですが
    まさに本日、見つけ出しました(笑
    これにより、「歩いても」ロケ地、コンプリートです(爆

    この記事の事を覚えていて、確か坂道のことに触れていたなぁ~・・・
    と思いだし、どうでもいいコメントさせていただきました(笑

    医院を訪問させていただいた時、
    三浦半島にも似た住宅地があるなぁって思いました。

    半島とよく似た環境なんだと思います。
    そして、
    坂道は三浦半島に存在しました。
    ホント、似たような住環境なんでしょうね。

    是非一度、
    半島のほうへお出かけください。
    ご案内させていただきます。
    アクセスがいいため、様々な作品のロケ地になっていますので。
    そして
    この関係を成立させてくれた「歩いても」に感謝しつつ、
    ロケ地巡りしましょう。

    • 町田 より:

      >studio Pkids さん、ようこそ
      ご無沙汰ですね。
      でもお元気そうでなによりです。

      長年追い続けてこられた『歩いても歩いても』のロケ地がついに見つかったとのこと。
      まずは「おめでとうございます」と言わせていただきます(笑)。
      それが三浦半島だったんですね。
      そして、その坂道の周りの景観が、私の住んでいる住宅街の景色と似通っているとか。
      とても興味深いお話で、私もまた三浦半島まで出向いてみたいと思いました。

      三浦半島の津久井浜という駅に、昔会社の同僚が住んでいて、ときどき遊びに行っていたことがあります。古びた農家の2階に住んでいて、周囲には何も遊ぶものがないところでした。
      唯一の飲み屋というのが、駅前のスナックで、店が終わる深夜まで、そこで飲んでいたかな。

      たぶんそのあたりもずいぶん変わっているんだろうと思いますが、一度訪ねてみたいと思っております。
       

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