祭りは楽し

 

 この前の日曜日は、わが町の八幡大社のお祭りであった。

 これが好きなんだ。
 毎年、この日が楽しみで、カメラを肩に下げて必ず出かける。

 なにしろ、わが町の神輿(みこし)は、日本でも有数な大きさを誇る神輿であるとか。
 その重量たるや約1.3トン。乗用車1台分くらいの重さになる。
 それ以上重い神輿もいろいろあるらしいが、あまり重すぎると、けっきょく担ぎきれない。作ったはいいけど、ただの飾りにものになってしまうわけだ。

 で、わが町の神輿は、担ぎ神輿としては自慢できるくらいに、そうとう大きくて、重いらしい。
 当然、100人~130人くらいの担ぎ手がいないと持ち上がらない。

 だから、少し練り歩いては、休憩。
 沿道には、担ぎ手に麦茶などを配るテーブルが並ぶ。
 
 その間、神輿を担ぐ若衆は地べたに座って、麦茶なんか飲んでいるけれど、お囃子部隊と大太鼓は、休むことなくフル稼動。

 ピ~ヒャララ、ピ~ヒャララ …
 ドーン !! ドーン !!

 特に、周囲1kmぐらいまでは響きわたると思われる大太鼓の音には、何度聞いても興奮させられる。

 この太鼓も大きさが並みじゃない。
 ちょっと前までは、全国で2番目の大きさを誇っていたとか。
 一時は、全国一を誇っていたこともあるらしい。
 今でも、一本の木から枠を作り出した太鼓としては、全国一だという人もいる。皮も、アフリカに生息する一番大きな牛の皮を特注で取り寄せたんだそうである。
 
 そんな大太鼓だから、叩き方にも要領がある。
 足を「ハ」の字に開いて、腰を落とし、バチを大きく後ろに反らしながら、全身を一本のムチのようにして振り切る。

 このとき、軸足をしっかり地につけて、ビクともブレさせないのがコツ。
 そうしないと、上半身だけに力が入り、太鼓の反発力に弾き返されて、のけぞることになる。
 太鼓を打ったときの反発力たるや、相当なものだ。
 ヘタをすると、バチなど、あっという間に手を振りちぎって、後方に飛んでしまう。
 だから、太鼓が叩かれている間は、周囲を綱で囲んで、聴衆が近づかないようにしなければならない。

 バチを思いっきり振りきったときに響き渡る太鼓の音は、まさに “雷鳴” のごとし。
 近くで聞いていると、鼓膜が破れそうな感じ。
 だけど、この迫力に魅せられると、そう簡単にそばを離れることができなくなる。

 休息が終わり、神輿が立ち上がる瞬間が、またステキだ!
 「木が入りま~す !! 」
 と、指揮を執る人の声が響き渡る。
 「木が入る」とは、拍子木が打たれるという意味。スタートの合図だ。
 
 神輿の周りに、にわかにものものしい空気が流れる。
 くつろいでいた担ぎ手と、沿道で見物していた人々の顔に緊張が走る。
 あわただしく隊列が整い、神輿を載せた台座が取り払われる。

 一呼吸おいて、神輿が持ち上げられると、もうあたりは奔流するエネルギーに包まれ、まるで「爆発」が起きたようになる。
 「静」から「動」の鮮やかな転換だ。

 

 なにしろ、1.3トンの大神輿である。
 コントロールを失うとどこに暴走するか分からない。
 そのため、スピードが出てくると、反対側に押し戻す力が必要となる。
 前に進もうとする力。
 それを食い止めようとする力。
 神輿全体が微妙なコントロールによって支えられていることが、その揺らぎ方から推測できる。
 
 夕暮れが迫る頃、いよいよクライマックスの宮入り。
 警察官が20人ほど交通整理にあたり、すべての交通を遮断して、神社へ向かう神輿と大太鼓の通り道を確保する。


 
 大通りの交通が遮断されるということは、いわば非日常の実現。
 神輿の “ご威光” というものが燦然と輝き出す瞬間だ。

 小回りの利かない大太鼓と神輿が、交差点をほぼ全面使いきるように大回りして、神社の門を目指す。
 太鼓のバカでかさが、その上に立って指揮を執る人間の頭が信号機に触れそうなことからも分かる。
 
 神輿の群が近づくと、門の前に店を広げていた露天商たちが、店をあわてて奥に引っ込めて、通路を確保する。
 
 観客に注意をうながす警備員の怒号。
 それでも、好奇心をまる出しに前に進もうとする観客。
 “音だけ拾う” と、まるで戦場のようだ。
 
 門から本殿までの距離はほぼ100m。
 その間の道幅はわずか2mだ。
 両脇には、たこ焼き屋、射的屋、金魚すくいなどの屋台がびっしり。
 そこを入っていくのだから、交通整理の先導隊も、神輿を担ぐ人間たちも神経を極限までにつかう。
 もっとも緊張が高まる瞬間。
 
 大太鼓が神社の門をくぐった瞬間は、地鳴りのような人々の足音と太鼓の響きで、門が揺らぐようだ。

 「神さま、神輿に降り来たりて、民を祝福せんとす」
 実際に、そう思える瞬間がある。
 西日を浴びて、黄金色の神輿が、ひときわ燦然 (さんぜん) と輝くとき、
 確かに、「神様が訪れたな」と感じることがある。

 祭りはいいな。
 血が騒ぐ。
 
 

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