目白美術館で、桐野江節雄展を観る

 
 わが国で、最初の国産キャンピングカーによる海外旅行を体験した画家の桐野江節雄さんの絵画展が、東京・豊島区の「目白美術館」で開催された。
 同美術館のオーナーである高島穣(たかしま・じょう)さんに招待状を送っていただいたので、さっそく鑑賞にでかけた。

 招待状をいただいたきっかけは、高島さんがネット検索で、桐野江氏の記事を書いた当ブログを見つけてくださったから、とのこと。
 ありがたいお話である。 
 

 
 その高島氏が営む「目白美術館」は、山手線目白駅より徒歩1分。駅を出て横断歩道を渡り、ほぼその向かい側に位置している和菓子屋「寛永堂」ビルの8階にある。


 
 この7月にオープンしたばかりの新しい美術館だが、黒を基調としたモダンデザインで統一されたお洒落なインテリアが特徴。
 ビルのワンフロアだけというこぢんまりとした規模だが、なかなか落ち着いた空気に満たされていて、都心にぽっかりと浮かび上がった清冽な “オアシス” という雰囲気がある。

 オーナーの高島穣氏( ↓ )に、桐野江節雄展を催した経緯などを聞いた。
 

 きわめて、個人的な動機だったという。
 「私の実家が、たまたま桐野江先生が住んでいらっしゃた家に近いところにあったのです。父は趣味で絵をやっていましたから、自然と桐野江さんと親交を重ねることになったんですね。
 だから、私の家には桐野江さんがキャンピングカーでアメリカやヨーロッパを回っていたときに描かれたスケッチなどがありました。それを子供のころから眺めていましたから、桐野江さんの絵が空気のように家庭環境のなかにあったんです」
 
 そんなことがきっかけとなり、お父様から間接的に “桐野江さんのキャンピングカー道中記” などを聞いて育った高島氏。キャラクター的にも、桐野江さんが魅力溢れる個性の持ち主であることを知り、親近感を感じるようになっていた。
 それが縁で、
 「桐野江さんの絵を買い集めるようになりました」
 とのこと。
 だから、今回出展された30点ほどの絵は、その大半が高島氏の個人所有なのだという。

▼ 桐野江節雄 作 『自画像』

▼ 桐野江節雄 作 『雲映える日の出』

 ちなみに、高島氏のメインのお仕事は何なのか。
 「大学受験塾を経営しているんですが、昔から絵を集めるのが趣味で、ネットなどのオークションを検索しながら、コツコツと絵を集めてきました」
 
 その数は、小品、スケッチなども含めて約400点。絵のコンディションを保つための施設も用意し、コレクションの数も充実してきた。

 「そうなると、一人で眺めているのももったいないと思うようになり、多くの皆様にも観ていただくために、この美術館を開設することにしたんです」

 作品の多くは、日本の近代美術。昭和から平成初期に描かれたものが中心となる。
 それを作家単位の「企画展」として、随時公開していくとのこと。
 今回の桐野江節雄展の前には、日展などで活躍した刑部人(おさかべ・じん)の企画展が開かれ、今後は楢原健三、鈴木千久馬(すずき・ちくま)といった画家の特集を組んでいくという。
 
 「今回の桐野江さんのように、すごい実力を持ちながら、まだまだ一般的な評価が広まっていない絵描きさんが日本にはいっぱいいらっしゃるんですよ。生前は人気作家だったのに、今はだんだん忘れられつつある方もいらっしゃいます。
 そういう実力のある画家の業績を一人でも多くの人に伝えたい、というのが、この美術館の趣旨ですね」

 今回の企画展に選ばれた桐野江氏の絵の特徴とは何か。

 「やはり、いちばん有名で評価が高いのは、日の出を描いたものですね。桐野江さんが描かれる日の出の情景には、この人でなければできない独特の色使いがあって、観ているだけで網膜に朝焼けがしみこんでくるような迫力があります」
 と、高島さんは語る。

▼ 『港の朝』

 “桐野江朝日” に宿っている迫力を一言であらわすと、
 「臨場感です」
 と、高島さんはいう。

 桐野江氏は、日の出前に絵を描くための準備を進めておいて、陽が昇り始めると、一気呵成に描いていく。
 時間との勝負。
 紫色の空に赤みが差し、雲も海も刻々と変化していく様子を、すべて一枚の絵のなかに、精魂を込めて圧縮する。
    
 「その気迫、技法、経験。すべてが朝焼けシリーズには凝縮しています」
 と高島さん。

 同展覧会には、桐野江氏の朝陽に込める思いをつづった文章がパネル化されていた。

 「とにかく日の出は美しい。朝陽、朝焼け、その日その日で毎日違う。百回拝めば百回違うんで、おだやかに昇る日、カッと強烈に照り映える朝、霞にかすむ日、それぞれに毎回違う」
(日動画廊編 『繪』 1979年179号、桐野江節雄 「赫い雲」より)

▼ 『九十九里浜の日の出』

 さらに、次のような桐野江氏の言葉も。

 「油絵具の赤色は明度が低い。黄や青や緑では相当明るい絵の具があるのに、赤い絵の具だけは明るくないから見えたように写生しようとするとたいそう困ることになる。
 赤を明るく描こうとするなら、まわりを暗く描くか、隣に寒色を持ってきて相対的に明るさに引っ張り込むかということなんだろうが、赤い朝霞の中に赤く輝くお陽様を描け … となると、もう私には打つ手がない。
 私がずっと日の出・朝焼けを描きつづけているのも、日の出が好きだ、美しいと感激することの次に、明るくない赤絵具でどうやったら明るいお陽様が描けるだろうかやってみるのが面白い。
 やってみるけれども、出来ないから、また、描いているみるという繰り返しでもあるらしい」

 ここに、“桐野江マジック” の秘密が明かされている。
 さらに、次のような制作過程も記録されている。
 
 「夜明け間近、東の空が白んでくるころから日の出までの、約1時間が勝負。刻々と変化する対象を前にして、15分、20分 … と経過する時間の中で、絵の進行ぐあいを見て、描いていく。
 雲の細かい部分を描き込み、形を決めていく。
 色は、実際に見えるよりも強く置く。乾いてから明るい色を重ねて、柔らかくなる分だけ強く。つねに眼をクルクル往復させていることを忘れてはいけない」

 観る人の網膜にまで染み込んでくる桐野江氏の朝焼けは、このようにして生まれてきたのだ。

 もちろん、桐野江氏は日の出ばかり描いていたわけではない。
 垣根に咲くバラの花を描いた作品などは、ほんとうに薔薇が浮き上がって迫ってきそうだ。

 さらに得意だったのは、人物画だとか。
 同展覧会では、数多く描かれた人物画の代表作も展示されていた。

▼ 『婦人像』

▼ 『裸婦』

 上の裸婦は、どことなくゴヤの 『裸体のマハ』 を思わせる構図。
 スペインの巨匠といわれる画家の作品にも匹敵する日本の近代絵画の成果がここに生まれている。

 個人的に好きだったのは、オランダのマーケン島を描いた絵(下)。キャンピングカーでアメリカ、中南米を経て、ヨーロッパに渡ったときの作品だという。


 
 なにしろ、桐野江氏が国産キャンピングカーを手に入れてヨーロッパを回ったのは56年前。
 それもマツダのオート3輪を改造したものだった。
 会場には、そのときの様子を伝えるペーパークラフトや、現地で取得したナンバープレート、その旅行記を綴った著作( 『世界は俺の庭だ』 )なども展示されていた。

▼ キャンピングカー旅行の記録を綴った 『世界は俺に庭だ』 。名文 !!

▼ そのなかに登場するキャンピングカー 「エスカルゴ号」 (右側のオート3輪)

 「目白美術館」に寄った後は、1階の和菓子屋「寛永堂」で、人気の高い老舗の和菓子を食べて一休み(※ 奥に喫茶スペースがある)というのもお薦め。寛永堂は美術館とセットで、都会の中の “憩いの空間” を形作っている。

 

目白美術館
東京都豊島区目白3-14-3 8F
電話 : 03-5906-5521
HP : http://mejiroartmuseum.com/
※ 桐野江節雄展は、9月14日(日)まで 


 
 
関連記事 「エスカルゴ号の話」

関連記事 「エスカルゴ号2」
 
 

カテゴリー: アート   パーマリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">