ムード歌謡の真実

 
 「ムード歌謡」 という歌謡曲のジャンルがある。
 これが何だかよく分からない。
 どういう人が、どういう気分のときに聞く音楽なのか。
 それが今ひとつピンと来ない。

 もっとも、こういう歌は、テレビではナツメロ番組でしか流れないし、カラオケ・スナックでも65歳以上のオジサマしか歌わない。
 時代遅れのジャンルなのだろうけれど、たまに聞くと、けっこう生々しいので、いつまでも耳に残ってしまい、ついつい無意識のうちに口ずさんだりする。

 実は自分でもカラオケ・バーに行くと、『中の島ブルース』 や 『そんな女のひとりごと』 、『宗右衛門町ブルース』 なんてよく歌う。
 カウンターの向こうに年配のママさんがいて、トイレから帰ってくるたびに温かいおしぼりを出してくれるような店だと、ベタベタな 「ムード歌謡」 がけっこうしっくり来るのだ。

 それにしても、こういう歌が生まれてきた背景がよく分からない。
 歌われている世界は、その大半が 「酒場」 。
 それもミラーボールがキラキラ輝くキャバレーかナイトクラブ。
 そこで客を待つホステスさんの気持ちを歌ったものが大半。
 だから、「女言葉」 で歌われる曲が多い。

 … とはいっても、歌っているのはだいたい男性ボーカルグループで、ソロ歌手の後ろに4~5人の男性が並び、「ワ、ワ、ワ、ワ … 」 とコーラスを入れるのだけれど、そういうバックの人たちがなぜ存在するのか、それが分からない。

 ま、もともとはバンドだったグループが多いので、突っ立って 「ワ、ワ、ワ」 と歌う前は、それぞれ楽器を弾いていたのだろうけれど、楽器を弾かないのなら、なぜあれほどの人数が必要なのか、メンバーを維持するコストを考えると、割が合わないような気がする。

 もっと不思議なのは、あのサウンドだ。
 扇情的なスティールギター。
 むせび泣くテナーサックス。
 そして、歌のパートはファルセットボイス。
 つまりは、 “恋のムード” を高めるためのサウンドなのだろうけれど、こういう音から生まれる 「恋」 ってものがいったいどんな恋なのか。自分の感覚にはないものなので、いつも不思議な気分になる。

 ムード歌謡は、どのようにして生まれてきたのか。
 もとは1950年代に、アメリカ進駐軍を相手にベースなどで活躍していたバンドが、やがて場所を銀座、赤坂などのキャバレーに移し、日本人向けの曲作りに方針転換したのが 「ムード歌謡」 の原点と言われているけれど、米軍相手の歌と日本人向けの歌の間があまりにも飛躍しすぎている。
 
 ムード歌謡には、どこにも洋楽っぽさがない。
 元はハワイアンバンドだったというグループが多いようだが、スティールギターとファルセットボイスを除くと、ムード歌謡にはハワイアン的要素もない。

 かといって、いわゆる 「演歌」 とも微妙に異なる。
 「演歌」 の一大要素である “恨み節” の要素が 「ムード歌謡」 にはないのだ。
 演歌の大半が、フラれた人間の愚痴をテーマにしているのに比べ、ムード歌謡は恋の高ぶりを訴える催淫剤的な歌が多い。

 で、面白いのは、カラオケ・スナックなどで、このムード歌謡を歌う65歳以上のオジサマたちは、演歌系の歌をちょっぴりバカにしているように思えることだ。
 「オレは泥臭い演歌じゃなくて、こういう “洒落た歌” を歌えるんだぞ」
 という得意げな顔つきでマイクを握っている人が多いように感じられる。

 ああ、不思議だ !!
 これはいったい、どういうニーズに応えた歌なのだろう ?
 少なくとも自分が知っているかぎり、「ムード歌謡」 を歌うオジサマに欲情する女というのを見たことがない。

 で、長年 「ムード歌謡」 には、こういう疑問を持っていたのだけれど、昨日、駅近くのショットバーに入って、いろいろなことが分かった。

 昔からある店だったが、入ったのははじめて。
 ドアを開けると、強烈な音で 「ムード歌謡」 が鳴っていた。 
 客は誰もいない。
 
 カウンターの奥には、私よりさらに年上の感じの (つまりオバアさんの) ママさんが一人。
 私が店に入ると、とたんに音楽が切り替わり、ビリー・ホリディーがかかった。
 確かに、スタンダードジャズなどが流れていても違和感のない雰囲気の店で、普段はジャズをBGMに使っているのだろう。

 だけど、ドアを開けた時に鳴り響いていた 「ムード歌謡」 があまりにも鮮烈だったので、ママさんにお願いして、BGMを歌謡曲に戻してもらった。
 流れてきたのは、ロス・インディオスの 『コモエスタ赤坂』 。
 うん、やっぱりご年配のママさんがいるバーは、こういう曲の方が似合う。

 カウンター越しに、ママさんと 「ムード歌謡」 の話題で盛り上がった。
 彼女曰く、
 「50年代から60年代にかけての日本は、とんでもない裕福な時代だったのよ。80年代のバブルなんてもんじゃなかったの」
 
 つまり、高度成長の恩恵を受けて、事業を一気に軌道に乗せた新興成金の紳士たち。そして土地成金の坊ちゃんたちがワァ~と地面から湧き出たのが、50年代後半から60年代にかけて。
 東京の銀座、赤坂には、そのような大富豪のボンボンを相手にするキャバレー、ナイトクラブが雨後の竹の子のように乱立した。
 
 「その人たちのお金の使い方なんて半端じゃなかったのよ。一晩で100万とか200万とか。バブルの時代と違って、みんなお坊ちゃんだったから、お金の使い方が下品じゃないのよね」
 と、ママさんが語る。

 「だから、そういう男たちを相手にする水商売の女の人も夢を持てたの。もちろん男からお金をしぼり取ることだけに必死だった娘もいるけれど、それ以上に “白馬に乗った王子” を夢見る女の子もいっぱいいたわけ。だから酒場には “恋” もあったの」

 つまり、そこに 「ムード歌謡」 が生まれる下地があったのだという。

 「だって、そういうところで遊ぶ男は、みな若い頃の石原裕次郎や赤木圭一郎みたいな雰囲気を持っていたんだから。
 水商売の女だって、お客に本気になっちゃう娘がいっぱいいたのよ」

 要するにキャバレー、ナイトクラブというのは、その当時さほど裕福でもなかった女性たちが、自分の美貌と才覚だけを頼りにお金持ちの男と結婚する “婚活の場” でもあったというわけだ。

 なるほど … 。
 ようやく 「ムード歌謡」 が生まれてくる背景というのが少し見えてきた。
 やっぱり年齢的に、自分はその時代を知らないということが大きかったようだ。

 「酒場女がお客にホレる」
 現実的には、とてもそんなことがあるようには思えなかったが、『昔の名前で出ています』 (小林旭) 的なシチュエーションというのは、「100%ウソ」 でもなかったのかもしれない。

 しかし、70年代に入り、オイルショックを機に高度成長が一段落し、お金持ちお坊ちゃんたちのキャバレー遊びに歯止めがかかる。
 さらに音楽的にも、この時代になると、若者の聞く音楽が歌謡曲からロックやフォーク、ニューミュージックに移っていく。
 そうなると 「ムード歌謡」 は、一気に、旧体制に属するオジサンの歌になっていく。
 それに伴ない 「情緒」 、「気分」 、「雰囲気」 を意味した “ムード” という言葉も死語化していく。
 
 かくして、ムード歌謡は遠くになりにけり … となったわけだけど、ショットバーで大音量で聞いたムード歌謡には、なかなか迫力があった。
 なんだかんだといっても、「ムード歌謡」 の歌手には歌のうまい人が多い。
 昭和の歌謡曲の王道はやはり 「ムード歌謡」 であったのだな … と思い直した年末の一夜だった。
  
 
参考記事 「本当はエッチな昭和歌謡」
 
 

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ムード歌謡の真実 への6件のコメント

  1. 小野K より:

    自分もやはり昭和の人間なのでしょうか、当時の歌謡曲は世相がそのまま歌になり情景が自分と重なり生活と重なり、当時のフレーズを聞くと生活環境が脳裏に蘇るのは年のせいもあるのかと。町田さんのようなブログに会えてよかったな。今になって20も30も下の女性たちとデートするのだが、ムード歌謡風にならないところがまた悲しくも笑える。未だに女心を汲めない男である。そのうち殴られそうだー
    ”馬鹿ねー”

    • 町田 より:

      >小野K さん、ようこそ
      昭和歌謡全体を振り返ってみると、けっこう 「泣くの」、「死ぬの」 と深刻な歌もけっこうあるんですよね。特に藤圭子の系列に属する演歌は、陰々滅々たる “恨み節” が多いように感じます。
      でも、そういう歌が流行っていた頃、けっこうそれを別に気にしなかった … というか、「世の中そんなもんだろ」 と聞き流していたように思います。
      逆にいうと、あの時代はそれだけ余裕があったということなんでしょうね。
      なんだかんだいいつつ、世の中 「右肩上がり」 の感じでしたし、「死ぬ」 と言葉が含まれた歌詞の深刻さを 「情緒」 として楽しんでいた感じすらします。

      そう思うと、「愛」、「希望」、「絆」、「勇気」、「元気」 が溢れる今の歌が流行る今の時代の方が、切羽詰まった時代なのかもしれませんね。

      >>「女心を汲めない男」 … 。
      それもいいのではないでしょうか。
      むしろ、「女心を汲んでいる」 と思い込んでいる男性の方がよほど外しているかもしれないですしね。

      コメントありがとうございました。
      良いお年を。
       

  2. しっぽだ より:

    こんにちは
    私はずっと「演歌は日本の心」と言われる度に本当か?と考察してたのですが
    そもそも戦前も戦後も演歌歌手なんていかなったし
    70年代になって「美空ひばりに憧れた」ような歌手が歌うのが演歌ってジャンルになったようです(60年代までは流行歌にジャンルはなかった)
    じゃあムード歌謡はどこから来たか?

    ・ラテン音楽を取り入れた最先端オシャレ音楽だった
    ・舞台は夜の繁華街か港、昼とか朝の海とかリゾートはおよびでない
    ・石原裕次郎こそムード歌謡のイメージリーダーで演歌は全く歌ってない
    ・ひとりで歌うのが演歌、コーラスがあるのがムード歌謡(必ずじゃないけど)
    ・白のスーツが基本、着物は着ない
    ・オカマ要素ないオッサンが全編女口調で歌っても不自然じゃないのがムード歌謡
    ・植木等の「ハイそれまでよ」の前半はムード歌謡

    というように演歌とムード歌謡は昔は別々だったはずなのに今はもうグチャグチャになってますね
    演歌が日本の心ならバックにギターとかおかしいはずなのに・・・
    こないだの紅白でも五木ひろしが歌ってたのがどう考えてもムード歌謡でした
    でもファンが怒った、なんて話はなく演歌好きはムード歌謡も好きなようです
    よくわかりませんね

    • 町田 より:

      >しっぽだ さん、ようこそ
      返信遅くなりまして、申しわけございません。
      おっしゃるように、「演歌は日本の心」 というのは、比較的最近作られた概念ですね。演歌の歴史は意外と浅いというのが通説のようです。
      特に、演歌というものが国民の間にドラマチックな歌と捉えられるようになったのは、五木寛之が藤圭子の歌にインパイアされて、「恨歌」 という造語を使って本に仕立ててからではないでしょうか。

      で、ムード歌謡についててすが、まさにしっぽださんが分析されたとおりだと思います。
      >> 「白のスーツが基本。着物は着ない。オカマ要素のないオッサンが女口調で歌っても不自然ではない」 というのは、言い得て妙だと思いました。そのとおりですね。
      私はけっこうムード歌謡グループも好きで、クールファイブ (中の島ブルース・長崎は今日も雨だった) とか、平和勝次とダークホース (宗右衛門町ブルース) なんかは、いまだに風呂場でよく歌っています。
       

  3. くどう より:

    「ムード歌謡」とその他の「歌謡曲(これも時代によって範囲が恐ろしく異なりますが)」の区別もよくわからなくなってしまっている昨今ではありますが、
    (あるいはむかしからごちゃごちゃだったのか)
    「ラテン音楽を取り入れた最先端のおしゃれ音楽だった」というのは、ムード歌謡の本質をついていて興味深いと思います。

    ロックンロールやロカビリーが日本に入ってくる以前は、
    タンゴが最もおしゃれな音楽だったというのをどこかで聞いたことがあります。
    ジャズはバンドをやっていた人達にとっては刺激的だったかもしれませんが、
    一般大衆にしてみたら難しかったように思います。
    その点は、マイナー系のメロディラインで単純なリズムだけどアクセントがはっきりしたタンゴは大衆的と言えたかもしれません。
    (歴史的考証は全くせずに単に印象だけで書いてますので事実と違っててもご容赦を(汗))
    まあでもロックが輸入されて以降は、ロックの分かり易さ・明るさ・エネルギーに駆逐されてしまったのも何となく肌で理解できます。

    以下はちょっと主題と離れてしまって恐縮ですが、
    昔の日本の歌謡曲では「○○ブルース」という題名の曲が多いですが(それこそ戦前から)、
    これがいわゆるアメリカ黒人音楽の一形態(?)としてのブルース(「ブルーズ」といちいち指摘する人もいるけど自分はその呼び方嫌いなので使いません)とは直接関係なくて、
    ムード歌謡におけるある種のキーワードのように使われていた感じがします。
    なんというのか、日本語の「哀愁」的な感情を異国情緒風にきどって言ってみたようなかんじでしょうか。

    • 町田 より:

      >くどうさん、ようこそ
      ムード歌謡というのは、確かに洋楽をルーツにしているようなところがありますね。それも、欧米というより、ラテンの系統ですね。「黒沢明とロス・プリモス」、「ロス・インディオス」、「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」といったように、ラテン系のグループ名を名乗るバンドが多いことからも、そのことが伝わってきます。おそらく、戦後のダンスホールで活躍していたバンドが多かったからでしょうね。

      おっしゃるように、なかでもタンゴは、ものすごいブームになったことがあるようです。年齢的にいうと、現在70歳前後の人たちのなかに、熱烈なタンゴの愛好家が多いような気がします。

      日本の歌謡曲が変化したのは、60年代に入ってからでしょうか。
      やはり、ビートルズの影響が大きかったように思います。それに刺激されて、60年代からは「和製ポップス」とか「グループサウンズ」といったリズム主体の歌謡曲が生まれてきましたね。

      くどうさんが気にされている “日本のブルース” というのも、興味深い存在です。はたして、米国の黒人ブルースと関係あるのかないのか。曲調やコード進行においては、黒人ブルースとはまったく共通性がないにもかかわらず、日本で「ブルース」といった場合、多くの日本人はたいてい歌謡ブルースをイメージしたような時代が続きました。

      この歌謡ブルースに関しては、ダンスのステップとしての「ブルース」が起源であるという説もあるようです。チークダンスを踊るときのステップだそうです。
      これに関しては、私も興味を持って、少し調べたことがあります。
      もし、お時間がありましたら、下記の記事もご笑覧ください。

      「歌謡ブルースの謎」
      http://campingcar.shumilog.com/2010/11/20/%e6%ad%8c%e8%ac%a1%e3%83%96%e3%83%ab%e3%83%bc%e3%82%b9%e3%81%ae%e8%ac%8e/
       

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