夢の途中

 
 どこでも寝られるというのが、私の特技である。
 ほんのちょっと座れる場所があれば、それがホームのベンチだろうが喫茶店のシートだろうが、あっけなく眠ってしまう。
 眠る時間は、せいぜい10分程度なのだろうが、その短い仮眠によって、覚醒後の意識はそうとうクリアになる。

 昼食後、ときどき通う定食屋を出て、食後のコーヒーを飲むために隣の喫茶店に寄った。
 備え付けのマガジンラックに挟まれていた読売新聞を取り出し、つらつらと読んでいるうちに眠くなった。
 いつもの習慣で、私は新聞を手に持ったまま眠ってしまったらしい。
 
 夢の中の私は、店に勘定を払い、外に出て会社に戻ろうとしていた。
 いつものように、私鉄の踏切に向かう。
 それを超えると国道に直面し、その国道沿いに100mも歩けば、自分の会社にたどり着く。

 その踏切の手前に、新築されたマンションがそびえ立っている。
 「分譲計画」 でも始まるのだろうか、不動産関係者のような男が二人、マンションを見上げながら話し込んでいる。

 二人とも、黒いスーツに身を包んだ油断ならない顔つきをしている。
 私が通りすぎようとすると、男たちの会話が止まった。

 「あ、もし … 」
 次の瞬間、彼らの一人が私を呼び止めた。

 「このマンション、どうですか ? 」
 その男が愛想笑いを浮かべて近づいてくる。

 「どうですか? と言われても、僕はマンションなど買う気もないし、買うお金もないですよ」
 そう答えたが、相手は 「それは分かってますよ」 と言わんばかりに、馴れ馴れしく私に肩を並べ、
 「いやね、そういうことではなくて、私らも困っているんですよ。そこで通りがかりの人の意見も聞いてみようと思ったんですわ」
 と、声を潜めて耳打ちしてくる。

 「いったいどうされたんですか ? 」
 と尋ね返すと、二人はお互いに顔を見合わせ、一瞬言葉を飲み込んだ。
 お互いに、「言うべきか言うまいか」 と迷っているような目つきだ。

 やがて、上司っぽい男が意を決したように向き直り、
 「お時間は 5分でけっこうです。ちょっと見てもらいたいものがあるんです。もし時間がありましたら、ぜひ協力していただけないでしょうか」
 という。

 「何を見ればいいんですか ? 」
 「とにかく、ちょっとだけ 5階のフロアにある一室だけ覗いていただけませんか」

 半ば強引に、それこそ背中を押されるような勢いで、私はエレベーターに乗せられた。

 5階のフロアまで来て、エレベーターの戸が開く。
 床も天井も、汚れ一つなく、ぴかぴかに光っている。

 一部屋だけ、ドアが開いていた。
 「こちらです」
 と言われて、中に入った私は、
 「ああっ !! 」 と息を呑んだ。

 大きな窓ガラスの向こうに、それこそ 「アルプス」 とか 「ヒマラヤ」 といった山々を連想させる巨大な雪峰が迫っているのだ。
 まるで映画館のスクリーンを見るような大迫力。
 しかも、まばゆいばかりの銀色だ。
 朝日を跳ね返す時間帯なのだろうか。
 眩しくて、目を開けていられないほどの輝きだ。

 もちろん、ふだんは大都会のビル群しか見ることのできない場所だ。そんな身近なところに山があることなどあり得ない。

 言葉を失っている私に、部下らしい方の男が近づいてきた。
 「やはりあなたにも見えるんですね ? あの山々が … 」

 「いったいこれは ? 」
 私も尋ね返す。

 「私らも最初は、誰かのいたずらによって、壁に映写機のようなものが仕組まれていると思ったんですよ。
 しかし、調べると、そんな操作が行える仕掛けはどこにも見当たらない。
 まず第一、そんないたずらを仕掛ける人間に心当たりがない」

 上司っぽい男が部下の言葉を継いで、説明を続ける。
 「で、このマンションを売りだす前に、密かに専門家を雇って、調べさせたんですよ。そうしたら、窓ガラスを通る光の屈折率が ××××× … ということで、××万km先の映像が ×× の層に乱反射して ×× してくるんだそうです」

 夢の中の私は、専門用語などまったく分からないくせに、一応その説明を聞いて、うんうんと首を振り、頷いている。

 上司らしい男が言う。
 「つまり、あなたがご覧になっている山は、ちょうどダウラギリの東側寄りから見上げたヒマラヤなんですよ」

 「だとしたら、それはすごい !! この部屋はたいへん貴重な部屋になるわけで、高く売れるんじゃないですか ? 」
 私がそう言っても、二人ともニコリともしない。

 「売り物となると、話は別なんですよ。つまり、日常感覚ではあり得ないことだから、誰も不気味がって買わないんです。そのことによって変なウワサが立ち、マンション全体の価値が暴落することが怖い」
 「そんなふうに思っているなら、なぜ見ず知らずの私に “見てくれ” … などと言ったんですか ? 」

 「そこでお願いなんです。つまりモニターになっていただいて、この部屋に 1週間ほど泊まってみてくれませんか ?  普通の感覚の人間が、こういう景色に接しながら一定の期間を過ごしていけるのかどうか。それが知りたくて …… 」

 いきなりそう言われても、戸惑うばかりだ。
 それに、よく考えてみると、確かに不気味な話だ。
 ただ、一方では、この部屋に何が起こっているのか、興味がないわけではない。

 どうしたらいいものか …… 。
 と悩んでいるところで、目が覚める。
 気づくと、手に持っていた読売新聞は、手を離れて床に落ちていた。
 
 ママさんにコーヒー代を払って、店の外に出る。
 十字路を曲がって、私鉄の踏切方向に歩き始めると、新築マンションの前に黒服の男が二人並んで見上げている。
 夢に出てきた男たちとよく似ている。
 … というか、まさにあいつらだ。

 私が近づくと、二人の会話がふと途切れ、やがて、
 「あ、もし … 」
 と一人が話しかけてきた。
 夢の中の声とまったく同じ声で。

 さっき見たのは “予知夢” というのだろうか。
 それとも、私自身が、まだ夢の途中にいるのだろうか。
 
 
夢の話 「In A Silent Way (長瀞に行く) 」

夢の話 「夢の中の情事」
 
夢の話 「青い海の下」
 
夢の話 「夢十夜 (3) 」
 
   

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夢の途中 への4件のコメント

  1. スパンキー より:

    相変わらず面白い!

    場所は北品川。あの辺りのおばあちゃんがやっている喫茶店で、
    例のあまり美味くはないコーヒーを飲んでいましたね?
    遂に、歴史ある東海道品川宿跡も、高層化の波が来たか…

    で、この話ってさ、どうやって思いついたのですか?
    星新一風。だけど、筒井康隆のようなユーモアがいいなぁ。

    あっ、町田さん良いお年を!
    来年はミーティング、やろうね?

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      ご明察のとおりです !!
      >>「おばあちゃんがやっている喫茶店」 … というのは 『ポ × 』 のことで、隣の定食屋というのは 『北 × 食堂』 ですね。

      で、昼飯後に喫茶店に入ると、たいてい寝ちゃうんですよ。
      そんな、うつらうつら状態で妄想したのが、上の話。
      半分は本当に 「夢」 で、そこに少し脚色を加えてストーリーにしたというところでしょうか。

      来年こそミーティングやりましょう !!
      ぜひお願いいたします。

      それでは、良いお年を。
       

  2. トワイライト より:

    先日は過分なお言葉を頂き、恐縮しております。
    この白昼夢の面白さは言うまでもありませんが、「夢の途中」と言えば、来生たか生、来生えつ子姉弟の歌が一世を風靡した時代がありました。
    私は、ユーミンより来生姉弟派だったように思います。理由はいろいろあって・・・・
    しかし、彼らは時代の波に乗り切れずに、だんだんつまらなくなっていき、表舞台からは消えてしまいました。
    それに比べると、ユーミンや中島みゆきのしぶとさはすごいですね。
    時代をとらえるアンテナの感度が余程良いと見受けられます。
    ただ、中島みゆきはずっと不幸でいて欲しかった。このところ、中高年のおじさま方におもねるような「あざとさ」が鼻についてしまうのです。

    • 町田 より:

      >トワイライトさん、ようこそ
      『夢の途中』 というタイトルは、当然来生たかおさんの歌を念頭に置いておりました。
      いい歌ですね。好きな歌のひとつです。

      来生姉弟が一世を風靡した期間は、年数でいうと、2~3年でしょうか、それとも4~5年くらいなのでしょうか。
      いずれにせよ、流行歌の世界で、一時代を象徴するような歌を作り続けることはたいへんなことだということなんでしょうね。
      バート・バカラックですら、ヒット曲を連発していたのは2年程度。
      加山雄三も、20代の2年間ぐらいに作った数曲の力で、今も歌手として生活しています。
      それに比べると、確かにユーミンも中島みゆきも、活躍している年数の長さはたいしたものですね。

      ただ、「アーチストがもっともクリエイティブな精神力を維持できるのは10年」 (宮﨑駿) という話もあります。
      そういった意味で、ユーミンも中島みゆきも、もっとも脂の乗った時期は過ぎ去りつつあるのかもしれません。
       

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