メランコリア

 
 かくも恐ろしく、かくも美しい映画というのは、ほかにちょっと見当たらないのではないか ?

 もう一度観たいか ?
 … と自分に問うと、実はあまり観たくない。
 この映画の恐ろしさと美しさは、この世のものではないからだ。
 それは、もっとも邪悪なものが身にまとう “美しさ” のような気がするのだ。

 真の狂気のみが描き出す、静けさに満ちた映像美。
 WOWOWシネマで観た映画 『メランコリア』 (2012年日本公開) に漂う妖気を一言でいうと、そんな表現になる。

 ネタを明かせば、ハリウッド娯楽大作によくある地球滅亡もの映画だ。
 その中でもよく有りげな、惑星が地球に衝突する話。
 しかし、ここにはパニックを前に逃げ惑う市民の姿もなく、ロケットに乗り込んで、惑星とともに自爆するという自己犠牲的なヒーローも出てこない。

 主な舞台は、まるでオペラの書き割りにも似た優雅な庭園。
 しかし、貴族たちの宴が似合いそうな庭園の上空には、この世のものとは思えないほど美しい異形の惑星が浮かんでいる。

 もうその絵柄だけでも、この映画がはらんでいる禍々しい (まがまがしい) 妖気が伝わってくる。

 「メランコリア」 (憂鬱・憂愁) には 「うつ病」 という意味もある。
 それが同時に、地球に迫る惑星の名前にもなっている。
 映画の企画自体、監督のラース・フォン・トリアーがうつ病との闘病中に思いついたものらしい。

 ヒロインのジャスティン (キルスティン・ダンスト) も、またうつ病を患っている。
 それがゆえに、周囲が祝福してくれる自分の結婚式においても、無理して作る笑顔が徐々に破綻していき、披露宴のパーティーでは、会社の上司に悪態をつき、はじめて会った男と芝生の上で交合し、挙句の果てには、新郎からも愛想をつかされる。

 招待客の前で “人生のもっとも幸せな時” を演じなければならなくなったことが、逆に彼女の神経を切断し、持ち前のうつ症状を悪化させてしまったのだ。
 だから、この映画は、メランコリア (うつ病) を抱えた主人公が、「人類全体を道連れにして生命を閉じる話」 と読めないこともない。

 そう思うと、惑星が地球に衝突することを報道するニュースなどが映画の中では一切描かれない理由も了解できる。

 要するに、この地球的規模の大惨事は、ヒロインとその姉、姉の夫、その子供、執事だけに振りかかる、極めて “個人的な悲劇” でしかないのではあるまいか ? 
 つまりは、主人公のメランコリア (うつ病) に侵食されてしまった人々の 「集団感染の悲劇」 なのではあるまいか ?
 … というような、映画の本意をひるがえすような解釈も、ここでは成立する。

 実際に、主人公家族が暮らす古城のような屋敷は、世間から孤立している。
 そして、ベルサイユ宮殿を思わせるような幾何学的な庭園には、宴の後のような寂寥感が漂っている。
 事実、結婚式の狂騒が終わった後の屋敷の中には、もう客達を見送った後のヒロインの家族しか登場しない。
 近くには村があるらしいのだが、その村の映像も出てこない。

 村にたどり着くには、小さな橋を越えなければならない。
 しかし、乗馬を楽しむヒロインを乗せた馬は、いつもその橋まで来ると、いくらムチで叩いても進まなくなる。

 屋敷の敷地から逃れられないヒロイン。
 すべては、醒めることのない彼女の悪夢を描いているだけのようにも思える。

 が、そのようなストーリー展開上の裏読みなどは、この映画では最初から問題にされていない。
 肝心なのは、夜の天空に、月が “二つ” 現れてしまうという異様な映像。
 その “月” のひとつが、昼は、地球と同じような青く輝く惑星として頭上にのしかかってくるという戦慄すべき光景。
 恐怖が 「美」 の形を取ってしまうという邪悪な仕掛けに、観客は度肝を抜かれる。

 頭上に迫る惑星は、何かを象徴しているのだろうか ?
 もちろん個々の観客は、それぞれ惑星に対して何らかの 「意味」 を付与することは可能だ。
 しかし、自分が思うに、この惑星は何も意味してはいない。
 「意味」 を超えたものの影、すなわち 「絶対的な虚無」 を示しているだけだ。

 だから、恐ろしい。
 人間は、むき出しの 「虚無」 など映像として見ることなど不可能なのに、この映画ではそれが人間を呑み込んでいくという、この世では起こりえないことが起こったときの怖さをとらえている。
 
 絵画のように静かで、きれいな映画だが、もう一度観るか ? と問われるとためらう気持ちの方が強い。
 「悪夢」 が甘く、切なく、美しく感じられる体験など、人間は二度と持ちたくないはずだ。
 それは、狂気の映像だからだ。
  
 
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