ワイルドサイドを歩け

トラッドロック夜話 14
 
 物憂げに重低音を響かせるベースライン。
 静かにストロークを刻むサイドギター。
 アタックを抑えて、どこか不安げなテンションを維持するドラムス。

 曲全体が、都会のネオンを避け、裏町を忍び足で歩く夢遊病者の影を追っているように聞こえる曲。
 「Walk On The Wild Side (ワイルドサイドを歩け) 」 を聞いたのは、新宿あたりの地下のバーだったか。

 その店で、連れの女が 「ルー・リードよ。知ってる ? 」 と、顔が半分隠れる髪をかき分けて、私に話しかけた。

 「知らない。だが、いい曲だ」
 私は、終電が過ぎても、あいかわらず人が溢れる店内を見回しながら、答えた。

 「舞台はニューヨークのね、荒れ果てた裏町なの」
 女は、マッチを擦って、くわえた煙草に火をつけながら、上目遣いに私を見る。

 「一晩飲み明かしてもいいのよ」
 と言ったくせに、女の目の前にあるバーボン・ソーダの中身はコップの半分も減っていない。

 考えてみると、その店に入ってから女が私に話しかけたのは、その二言だけだった。

 何をしている女なのか。
 パーティーの席上で、女が話しかけてきたとき、私はてっきり私の友人の職場に勤めているイラストレーターかデザイナーの一人だろうと思っていたが、会場を出て、二人で駅の方向に歩き始めたときの話では、彼女は友人のことなどまったく知らないと言う。

 「では、なんでこのパーティーに来たの ? 」
 そう尋ねた私に、「入り口の前を通りかかったら、にぎやかだったから、そのまま入ったの」
 と、女はあっけらかんと答える。

 「よくそのまま入れたね」
 「みんな酔っぱらっていたから、どうでもよかったんじゃない」

 お茶目を気取って女は唇を歪めて笑ったが、本当に楽しいのかどうか、女の笑いは乾いていた。 

 「もう少し飲むか ? 」
 駅の灯りが見え始めたところでそう尋ねると、女はするりと私の腕に、自分の腕を絡ませてきた。
 
 女の目的が分からない。
 
 ロングコートの下は、超ミニ。そして長いブーツ。
 私の友人の事務所によく出入りしているモデルとも衣裳コーディネーターともつかない、浮き草稼業に身をやつしている女たちと同じに見えたが、よく見ると、その女からは生活の匂いがしなかった。

 「で、誰だっけ ? 」
 地下のバーで、煙草をふかしている女に、私は尋ねた。 
 「え ? 」
 「いま流れている曲の歌手」
 「ルー・リード」

 「好きなの ? 」
 「よく知らないのよ。でも、この歌は好き」
 「なんていう曲 ? 」
 「Walk On The Wild Side」

 なめらかな発音だったが、声はしゃがれていた。
 煙草の吸い過ぎか。風邪でもひいているのか。

 「どういう意味なんだろう ? 」
 「淋しい通りを歩け」

 「淋しい …… ? 」
 「ヤバい道を進め、ってこと」 

 女は、また髪をかき分けながら、ようやくバーボン・ソーダを一口すすった。
 細面の美人だが、顔の半分が髪の影に隠れるので、その全貌が見えない。
  
 「いい曲名だな」
 「そう思う ? 」
 「思う」
 「なら、おカネ出す気ある ? 」

 唐突に女が言い出した言葉の意味が分からない。
 「俺と寝るってこと ? 」
 「そういうと思ったわ」
 「違うのか」
 「私の店に来ない ? 」
 「最初から、そう言えばいいのに」
 「非番だったから、一人で飲んでいようと思ってたんだけど … 」

 私は、女を連れて、店の外に立った。
 不夜城。
 点滅するネオンの下を流れる酔客たちの群れ。
 その群れに、そおっと声をかける呼び込みの男や女。

 「ぼったくりはいやだぜ」
 「健康的なお店よ。素人の娘 (こ) ばっかり。アジア人だけどみんなきれいな日本語をしゃべるわよ」
 「君もそうなのか」
 「国籍は日本よ」

 私は、腕を絡ませた女に誘われるままに、路地から路地へと進んでいく。
 ビルを彩るネオンの量が少しずつ減るとともに、色だけはますます毒々しくなっていく。
 
 「お兄ちゃんたち、いい娘いるよ」
 そう呼び止める中年女に、
 「まさか、あんたが相手じゃないだろ ? 」
 と笑うサラリーマンたちの声。
 喧騒の中に、ときどき、聞きなれぬアジア語が混じる。

 晩秋だというのに、ねっとり絡みつく熱帯のような空気。
 私の腕を押さえる女の手に、少しずつ力がこもる。

 ふと、人影が途絶えた。
 見上げると、真っ黒なビルに両サイドが囲まれている。
 空き缶やペットボトルの残骸が転がる石だたみの隅で、破れたゴミ袋の残飯をあさっていた猫が、私たちの足音を聞いて、後ずさる。

 「ここよ」
 女が立ち止まった場所に、店の灯りは見えない。
 真っ黒な闇を抱えた階段が、ずっと下まで伸びている。
 何の音も聞こえない。

 「店はどこ ? 」
 「この下」

 女は慣れた足取りで、暗闇の底に向かって降りていく。
 
 「どうしたの ? 来て」
 女の手が、私の腰に伸びた。
 そのまま壁に押し付けられるように、もう一方の腕が私の首に絡みついた。

 ねっとりした女の舌が、私の唇に割って入った。
 「おカネはいいわ。 …… したい」
 私の股の間を触った手が、今度は私の手を取り、それを自分の股の間に誘導する。

 「あ …… 」
 スカートの上にこんもりと盛り上がった突起物が、私の手に触れた。
 それはすごい勢いで、天にまで伸びそうに膨れ上がってきた。

 「そういうことだったのか」
 私は “女” の手を振りほどき、階段の上から差し込むかすかな光を頼りに、その顔を見つめた。

 “女” は、上目遣いにテレ笑いを浮かべ、「バレたわね」 と言った。

 「悪いが、そういう好みはないんだ」
 私がいうと、
 「いいわよ。私の方が悪かった。でも、ノンケが趣味なの」
 “女” は、悪びれた様子もなく、バッグから煙草を取り出して、火をつけた。
 髪で半分隠れた顔の片側を、その火が照らした。
 美人ではあった。

 その地下へ向かう階段の下に、本当にその “女” の店があったかどうか、今も分からない。
 別れぎわに、 “女” がマッチの裏にボールペンで書いた電話番号がどこに通じる番号なのか。それもかけたこともないので、分からない。

 “女” が好きだと言っていた、「Walk On The Wild Side」 が、ニューヨークの裏町でやさぐれているオカマたちを歌った唄だということは、後で知った。

 「ヤバい道を進め」 … か。
 女の訳した曲名だけは、妙に記憶に残っている。

 30年以上も前の話だ。
 歌ったルー・リードは、この10月27日に死んだ。
 
 
トラッドロック夜話 「Had To Cry Today (泣きたい気持ち) 」 
 
トラッドロック夜話 「枯葉の池でボートを漕ぐ」
 
トラッドロック夜話 「オールドマン」

参考記事 「場末」

 
参考記事 「日本の都市から消えた “裏町” 」
  
参考記事 「オカマバーの一夜」
 
     

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ワイルドサイドを歩け への4件のコメント

  1. スパンキー より:

    かつて新宿のオカマにモテたスパンキーです 笑
    怪しい話とルー・リード、更に怪しいですね?
    というか、どこか懐かしささえ感じる、
    昭和の都会の裏の臭いがぷんぷんします。

    横浜とちょっと違う、が、渋谷ではない。
    池袋ともちょっと違う。

    やはり、かつての新宿の裏。
    ミニにロングブーツと残飯と野良猫。

    これは間違いなく、
    昔、町田さんが飲んだくれていた
    新宿だ!

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      上記のエントリーは、ルー・リードが亡くなったというニュースを聞いて思いついた全くのフィクションです。
      でも、ご指摘のとおり、部分的に、深夜の新宿の飲み屋街の印象とかオカマバー体験みたいな思い出も加味されているかもしれません。

      新宿って、確かに渋谷や池袋と違った、独特の猥雑さが漂っていた町でしたね。
      渋谷・池袋と違って、人間の 「欲望」 がストレートに爆発している町という感じで … 。

      オカマバーというのは面白くて、ある意味、男の知性と度胸が試されるような場所でもありますよね。なにしろ、“ママ (マスター ?) ” にはマツコ・デラックスとかミッツ・マングローブみたいな人がいっぱいいるわけで。
      そういう人たちにモテたスパンキーさんも、なかなか隅に置けない人ですね (笑) 。
       

  2. guchi3 より:

    町田さん、
    私もこの歌はずっと気になっていました。2コードだけの何の抑揚もない歌い方が、妙に心に引っ掛かりました。亡くなったことを知って、i Tuneでダウンロードして聞いてみましたが、曲調の割には、変なドライブ感があって好きですね‼
    ところで、今日京セラドーム大阪の、ポール・マッカートニーのショウに行ってきます。
    前の来日時にも見たのですが、その時は「もう、いいわ。」っていう感じでしたが、最後の来日かもわからないということなので行ってきます。
    今度お会いした時に、お話ししますね‼

    • 町田 より:

      >guchi3 さん、ようこそ
      >>「変なドライブ感」 …… まさに言い得て妙ですね、この 「ワイルドサイドを歩け」 。
      ルー・リードのパフォーマンスや、歌に描かれる情景などはけっこう退廃的なのに、歌そのものは爽やかなドライブ感を持っていますよね。だから、歌詞の 「Take a walk
      on the wild side」 という言葉の響きが、ポジティブな印象を伴って耳に残ります。
      そこが、この歌の人気の秘密かもしれません。

      ポール・マッカートニーのライブに行かれるのですか。
      ぜひ、お会いしたときにご感想をお聞かせください。
      早死したジョン・レノンやジョージ・ハリスンはそれなりに伝説を残しましたが、ポールのように70歳を超えて現役を貫き通す人も、やはり 「伝説の人」 としてずっと語り継がれていくはずです。
      ポールには、「ビートルズの未来形」 として、ぜひとも頑張ってほしいです。
       

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