オトナのコード学だって !! 亀田音楽専門学校

  

 またもや亀田誠治さんの名講演に聞きほれた。
 Eテレ (NHK) の 「亀田音楽専門学校」 。
 この人は音楽家なのに、言葉で人の心をとろけさせるのが、実にうまい。

 まず、メジャーセブンス (maj 7th) コードを 「オトナのコード」 ってネーミングする感覚がすごいよね。

 大人。
 要は、酸いも甘いも噛み分けた、複雑なニュアンスを理解できる人間のコードっていう意味なんだね。 

 それを受けて、相棒の小野文恵アナウンサーが 「罪つくりのコード」 って返しているのが絶妙。
 この小野アナ。「なんも分かってないのよ」 風のボケをかまして、見事にテーマの本質を引き出すんだから、亀田センセイとの呼吸はぴったしだな。

 で、メジャー7thが、なぜ 「オトナのコード」 なのか。
 亀センセイは、うまいことを言う。

 「単純なメジャーコードだと、ピーカンの青空みたいな、あっけらかんとした音になる。
 けれども、メジャー7thになると、その青空に一点だけ、雲がかかる雰囲気が生まれる」

 要するに、平和で健康的な青空に、一点だけ、不安を感じさせるニュアンスが付け加えられるというわけ。
 が、そのことによって、逆に、青空の貴重さとか、青空の爽やかさもより強調される … と。
 だから、メジャー7thコードは、一人の人間に、哀しさとも爽やかさともつかぬ、どっちつかずの感情をもたらすという、というのが亀センセイの見立て。

 これを楽曲的に分析すると、4音で構成される一つの和音に長調と短調の両方の音が混じるということ、… らしいんだ。 
 小学校の音楽の時間で学んだことの一つに、「明るい長調」 と 「悲しい短調」 ってのがあったけど、その両方が一つの和音に混在しているんだよな。

 で、社会経験も積んで、人の辛さも哀しみも分かってくると、物事を単純に 「白」 か 「黒」 といえなくなっちゃうことがある … と。
 だから大人は、人に向けて笑顔を浮かべながらも、正直な気持ちを言いよどんでしまうことがある。 
 「君の恋心はうれしいけれど、実は、僕にはほかに好きな人がいて … 」
 みたいな状況ね。
 だから、小野アナは 「罪つくりなコード」 といったわけさ。

 で、このコードがかもし出す雰囲気で、亀センセイもゲスト講師の秦基博氏も言っていたことで、重要に思えたのは、
 「シティー感覚」 … もしくは、
 「アーバンな匂い」 。
 つまり、すっごく都会的に聞こえるということなんだよね。

 なぜ、メジャー7thが、都会的な響きを持つのか。

 ここから先はオレ様の独断なんだけど、文字通り 「都会で生まれた音」 だからよ。
 このメジャー7thを、最初に、意図的に戦略的に取り入れて音楽を作ったのは、エリック・サティだと言われるのね。

 19世紀の半ばに生まれ、20世紀の初頭まで生きた人だけど、主に世紀末に活躍した音楽家でね。
 で、1888年に、Gmaj7 → Dm7 という和音進行を繰り返す 「ジムノペディ」 を作曲する。


 
 明るいようで、暗いような。
 どこか、空中を取りとめもなく漂っているような。
 こういう音は、たぶんそれまでクラシック音楽ではあまり使われなかった音だと思うんだ。
 音楽に詳しくないので、素人の独断で言っちゃうけれど、これこそ、「都会」 という生活空間を手に入れた近代人の音なんだよね。
 都会という人工空間に漂う新しいメランコリーを表現した音が、メジャー7th。

 亀田音楽専門学校で、ゲスト講師を務めた秦氏がいってたけど、メジャー7thのもたらす音感には、「透明感」 があるという。
 それを受けて、亀センセイも、独特の 「空気感」 があるという。

 この 「透明感」 と 「空気感」 というのは、まさに、昼が夜に移り変わっていくときの、夕暮れの情景がもたらすものだと思うのよ。
 人の心が、昼と夜の境界をさまようときに感じる 「空気感」 。

 昼ともいえず、夜ともいえず。
 昼の 「明るさ」 や 「爽やかさ」 と、夜の 「暗さ」 と 「寂しさ」 が、淡水が海水に交わるように交差する瞬間。
 それこそ、長調と短調の両方の要素を合わせ持つメジャー7thの音がもたらす空気感なのね。

 で、都会という空間が生まれるまで、人間がその手の空気感に触れるのは、文字通入り、「夕暮れの一瞬」 だったわけ。
 ところが、近代的な都市空間というものが誕生するようになって、街の照明が 「いつまで経っても終わらない夕暮れ」 を出現させたんだよね。
 
 エリック・サティが 「ジムノペディ」 を作曲したのは、1888年。
 その翌年に、彼が暮らしたパリでは、万国博覧会が催されるようになる。
 このとき、「電気館」 というパビリオンが登場し、なんと電気を使った 「動く歩道」 なんかも登場し、電気照明に照らしだされた噴水は、万華鏡のような光をまき散らしたとか。

 パリの街にガス灯が登場したのは、1830年代らしいけれど、19世紀末には電灯も登場し、それこそ街には 「永遠に終わることのない夕暮れ」 が生まれたわけ。
 エリック・サティは、その人工照明に照らし出された新しい空間を、音で表現したと思うんだ。

 絵画では、ちょうど印象派が登場した時代だしさ。
 彼らも、空中を漂う光の動きを光学的に捉えた絵を描き始めたわけでね。
 19世紀末というのは、「世界の空気が変わったように感じられる時代」 だったわけ。

 都会というのは、人々が撒き散らす喧騒がしょっちゅう渦巻いている世界。
 だけど、そこに集まる人々は、農村のような共同体から切り離されたときの孤独感やら寂しさも味わうことになったわけで、そういう新しい人々の感性を表現する音が、メジャー7thという和音が生まれるまではなかったんだよね。 
 というか、この手の不協和音を “心地よい” と感じる感性を、それまでの人は持っていなかったんだろうな。

 で、「ジムノペディ」 。
 騒々しさの割れ目を、そぉっとぬうように流れてくる孤独感やら不安感。
 それを表現したのが、メジャー7th。
 だから、そこには都会の開放感もあり、お洒落感もあるんだけど、代わりに、帰るべき故郷を失った都会人の寂寥感も表現されている。

 メジャー7thの 「シティー感覚」 というのは、まさにそれなんだよね。

 いやぁ、亀田音楽専門学校。
 本当に、いろいろなことを考えさてくれる番組だよな。
 
 ちなみに、下はブラッド・スェット&ティアーズの演じるサティの 「ジムノペディ」
 
    
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参考記事 「 『空気感』 の正体」
 
   
 

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