スマホは新しい人類史の幕開けか

 
 … なんて大げさなタイトルを掲げたほど、たいしたことを考えているわけではないのだ。
 ただ、僕のような電車通勤をしている人間から見ると、通勤電車の光景がガラリと変わった、ということだけを言いたい。
 みんなスマートフォンを覗き込んでいる。

 たとえば、7人がけのシートの全部に通勤客が座っているとしようか。
 すると、完全に居眠りをしている人が 1人。何を考えているのか分からないが、取りとめもない表情で中空に視線を漂わせている人が 1人。あとの5人は、たいていスマホを覗き込んでいる。

 たまに本を開いている人を見かける。
 しかし、そういう人が7人がけシートに座っていると、 “取りとめもなく中空に視線を漂わせている人” の姿が今度は見えない。
 東京・中央線の場合は、どんな状況においても、だいたい 「スマホ5 : それ以外2」 という比率は変わらないようだ。

 僕はこのスマホ全盛の時代に、あいかわらずガラケーユーザーにとどまっているため、スマホ族がどんなコンテンツを楽しんでいるのか、よく分からない。
 LINEとかフェイスブックを使って情報交換をしているのだろうか。
 イヤホーンに接続している人も多いので、そういう人は音楽を楽しんでいるんだろうな。
 あとは、ゲームに興じている人も多いのかもしれない。

 しかし、そうやって、公共空間の中で自分だけの楽しみに没頭できる人が増えている光景を見ると、「人類史は新しい時代に突入した」 という気がなんとなくするのである。

 なんていうのか …。小さな端末を手に持つだけで、目の前に広がるリアル空間を一気に超えた、それこそブラックホールのような闇の彼方に広がるネット空間に接続する感覚というのを、人類ははじめて手にしたのではないのかな … と。
 ま、ものごとを大げさに考えるのが好きなたちなので、ついそんなふうに想像してしまう。

 たぶん、あと50年ぐらいすると、このスマホ普及時代を振り返って、「あのとき人類の感覚世界が変わった」 なんてことを言い出す批評家が出てきたりするかもしれない。

 個人の感覚世界が変わるということは、社会意識が変わるということである。
 スマホがどれだけ人々の社会意識を変えているのかといえば、「スマホ依存症」 などという言葉が生まれ、それが各種のマスコミに取り上げられるようになったことからも分かる。

 たとえば、 “歩きスマホ” で、駅のホームから転落してしまった人が年々増えているとか、歩道を通行中に他の通行人にぶつかってしまう人が増えたとか。
 あるいは、スマホのオンラインゲームにハマって寝不足になったり、会社を無断欠勤する人が増えているとか。

 どんな流行についても共通して言えることだが、そういうネガティブな現象が取り沙汰されること自体、もうそれが人々の精神世界の奥深いところまで浸透していることを物語っている。

 スマホに気を取られ、駅のホームから転落してしまった人がいるということは、すでにその人にとって、駅のホームという現実空間は意識から遠のいているのだ。
 それよりも、スマホのアプリがもたらす世界の方が、より “リアル” に感じられているということなのだ。

 こんな話がある。
 この9月末、アメリカのサンフランシスコで近郊の通勤電車で、30歳の男が銃を発射し、20歳の学生が死亡するという事件が起こった。
 
 この様子は、車内の監視カメラの映像においても、克明に記録されていた。
 しかし、捜査員が頭を抱えてしまったのは、銃を振り回している男の存在に、他の乗客が一人も気づいていないことが明らかになったからである。
 つまり、事件が起きる前の様子を証言する目撃者が、一人もいないのだ。

 電車はほぼ満員状態。
 映像を見ると、容疑者ははっきりと銃を人々に突きつけ脅しにかかっている。
 なのに、それに振り向いた乗客が一人もいない。
 全員がスマートフォンかタブレットの端末を覗きこむことに夢中で、銃を振り回す男の存在に全く関心を払っていなかったという。

 笑い話のような話だが、本当のことらしい。
 すでに、人々にとっては、スマホ的空間が体験させてくれる世界の方が切実で、それと逆比例する形で、現実空間のリアルさがどんどん失われているという社会が生まれつつあるような気がする。

 僕たちはすでに、10年か20年ぐらい前だったら 「SF」 といわれるような世界を生き始めているのかもしれない。
 
 

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