持てる者は誰かを傷つけている 映画 「ゆれる」

 
 私にとって、面白い映画とは何か。
 それは、一言でいうと、“考えさせてくれる映画” である。
 言葉を変えていえば、「映画の<外>に結論がある」ような映画。

 つまりは、観ている段階では、監督が何を訴えたいのかよく分からなくて、答を探すために、その結論を自分で文章化しなければならないという強い衝動を喚起するような映画。
 それが自分にとって、 “面白い映画” 。
 そんな映画のひとつに、WOWOWで観た西川美和監督の『ゆれる』があった。
 

 
 2006年の作品で、内外でかなりの評判を取った作品だという。
 あらすじは次のとおり(Wikipediaを参考に意訳) 。
 ※ 未見の人で、先入観なしにストーリーを追いたい人は、次の※※※※ … までは読まれない方がよいかも。

 故郷を離れ、東京で写真家としてそれなりの成功を収めている青年(オダギリジョー)が、母の法事で帰省する。
 故郷には、家業のガソリンスタンドを継いでいる兄(香川照之)と、そのガソリンスタンドで働いているオダギリジョーの昔なじみの女性(真木よう子)がいる。

 オダギリジョーは、兄の香川照之が真木よう子を密かに慕っていることを薄々感じながらも、都会のプレイボーイの習性で、真木よう子を誘惑し、一夜を過ごす。
 そして、翌日は何食わぬ顔をして、3人で渓谷に遊びに行く。

 そこで事件が起こる。
 オダギリジョーとの再会によって恋心に火がついた真木よう子は、3人で遊びに行っても、香川照之の存在をほとんど無視。ジョーの後を追って、腐りかけた吊り橋を渡り始める。
 「危ないから」 と心配してよう子の腕をつかもうとする香川照之に、彼女は「近づかないで」と嫌悪感をあらわにした表情で後退り。
 これほど露骨な拒否を見せられたら、たいていの男は殺意を持つかもしれない … という演技を、真木よう子は上手にこなす。
 そして、案の定、彼女は橋から落下。

 兄に殺意があったのか。
 それとも事故か。
 後半は、その真相を明らかにするための法廷闘争へと流れ込む。
 オダギリジョーは、吊り橋から離れた場所でその一部始終を観ているのだが、兄をかばうために親戚の弁護士を雇い、兄の無実を訴えるために奔走する。

 だが、監督はずるいことに、女が落下するシーンをあえて省くのだ。
 だから、真相は観客の前ではシークレットにされる。
 そのため、殺人なのかそれとも事故なのかという結論は、一方的に観客の手に委ねられることになる。
 そして、刑期を終え、服役してきた兄と弟は、そこで和解できたのかどうか。
 それも観た者の解釈に委ねられる。

 『ゆれる』というタイトルは、法廷闘争を通じて、微妙に揺れ動いていく兄と弟の不安定な心のゆらぎを意味すると同時に、何が真相なのかわからないまま “藪の中” (芥川龍之介)状態に置き去りにされる観客の心をも意味している。

 しかし、監督のマスターベーションで終わることの多い「不条理ゲージュツ映画」ではない。
 よくできたパズルを与えられたような、読み解く面白さが、観客には残されるのだ。
 「うまい映画だ !! 」
 と、その作りの巧妙さに舌を巻く思いだった。

 現代の邦画は、こんなところまで来ているのか !!
 遅まきながら、ようやく邦画の面白さに目覚めた気がする。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 それにしても、役者がすごい。
 映画監督の是枝裕和は、「映画の8割はキャストで決まる」 と言い放ったが、この映画をスリリングなものにしているのは、まさにオダギリジョーと香川照之の演技力にほかならない。

 実直で、家族に優しく、他者への気配りが行き届いた兄。しかし、その内面には、本人にも制御できない怪物性が巣食っている。
 そんな複雑な人物を、なんと香川照之は見事に演じきったことか。この人は当代ピカイチの芸達者ではあるまいか。

 一方、とりたてて気張らなくても才能がにじみ出てしまう憎い「チャラ男」を、またなんとオダギリジョーがうまく表現したことか。
 女に対して、ある意味不誠実。
 生活全般もだらしない。
 しかし、この弟は、努力しなくても仕事をこなす才能に恵まれ、そこそこ世の評価を受けてしまう。

 そういう男が美貌に恵まれていれば、ある種の女にとっては、不誠実さがミステリアスなものに感じられ、だらしなさは優雅なアンニュイに映るだろう。
 そういう美しい男の邪悪な蜜の甘さに触れてしまった女は、真面目だけが取り柄の男から言い寄られるだけで、鳥肌が立ってしまうのだ。

 この映画の面白さは、その対照的な男の生き方を見比べるところにあるとも言えそうだ。

 映画を見終わった後、ネットのレビューをいろいろ読んでみると、実に優れたものが多い。観た人にそれなりのインパクトを与えた映画であったことが、そこからも伝わってきた。
 面白いのは、兄と弟のどちらに感情移入したかということで、感想が分かれたこと。

 自分よりも常に他人の立場を考えざるを得ないがゆえに、不器用な人生を歩んでしまう兄の方に感情移入をすると、奔放に生きている弟は、うらやましくも思える反面、自分の存在基盤を揺るがす目障りな存在にも感じられる。
 逆に、弟の持つ自由人の「軽さ」を評価すれば、兄は、田舎の因習にとらわれすぎて、自分の心を解放できない「面白みのない人間」にしか思えない。

 そこからは、兄と弟という関係を離れ、どんな人間関係にもおしなべて見られる「軋轢の構造」が浮かび上がってくる。
 
 人間には、誰に与えられたものでもないのに、生まれたときから何かを持ってしまう者がいる。
 たとえば容姿。
 あるいは才能。
 それを持てる人間は、持てない人間が意識的に努力して身につけた「気配りの心」とか「誠実さ」、「優しさ」をいとも簡単に踏みにじって、自分の欲しいものをあっさりと人から取り上げる。
 しかも、持てる人間は、自分でそのことに気づかない。
 自分のしたことが、誰かを傷つけているということに気づかない。
 
 この映画は、持てる男すなわち “モテ男” のオダギリジョーが、最後にそのことに気づくという話になっている。
 しかし、それは兄も恋人も失うという、取り返しのつかない代償を支払って、ようやくたどり着いた境地でもある。

 最後のシーン。
 7年の刑期を終えて、故郷を離れるためにバスに乗る兄を、オダギリジョーは必死に呼び止める。
 涙目で、「いっしょに家に帰ろうよ」と叫ぶ。

 車道を隔てて、ようやく自分を呼び止める弟の存在に気づく香川照之。
 チラリと浮かぶ笑顔。
 しかし、その笑顔の意味を明らかにする前に、駅に向かうバスが二人の間を遮る。
 そこで、映画はストンと終わる。

 兄はバスに乗ったのか。それとも乗らなかったのか。
 兄の笑顔は、弟の申し出を受け入れる意味を込めたものだったのか。
 それとも、惜別の笑顔だったのか。
 その答は観客に委ねられる。
 実に巧みに計算された、冴えわたるラストシーン !!

 香川照之は、笑顔だけ残して、そのままバスに乗って行ったのだろうと、私は思う。
 なぜそう思うかというと、笑顔が浮かぶまでに、時間からすれば数秒。何を考えているのか分からない、不思議な(ある意味で不気味な)表情が香川照之の顔に浮かぶのだ。
 それは、自分の身の処し方を、瞬時に選ばなければならなくなった男の顔だ。

 その能面のような顔が、微妙な笑顔に移って行くときの、香川の “顔芸” は秀逸。 
 そして、数秒のうちに、香川照之は獄中にいたときから心に決めていた故郷と肉親との決別を選びとった( … と私は解釈している) 。
 それは、持てる者であったオダギリジョーが、ようやく「失うものがある」ことに気づく瞬間でもあった。
 この映画は、そういうことを描いた作品であると思っている。
  
   
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持てる者は誰かを傷つけている 映画 「ゆれる」 への6件のコメント

  1. クボトモ より:

    昨夜、夜遅くに放送してました。
    あぁやっぱり面白い映画だったんですねー。
    香川照之が桟橋の上で、真木よう子の服(腕じゃなくて服)を
    掴むところをチラと見て何かがありそうな演出だなと感じましたが
    見続けずに寝てしまいました。残念。
    町田さんの映画の着眼点に僕も共感するところが多いので、
    是非WOWOW再放送をチェックしたいと思います。

    • 町田 より:

      >クボトモさん、ようこそ
      けっこう評判のいい映画なので、きっとまたBSかWOWOWで再放送されると思います。
      私は、今まであまり邦画というものを観なかったのですが、BSやWOWOWと契約するようになって、かなり観るようになりました。… といっても、たまたまチャンネルを合わせたら 「やっていた」 という “交通事故 ? ” 的な出会いが多いんですけど(笑) 。
      今はもう少し古い時代の映画が観たくなっています。
      モノクロでもいいから、過去の名作というのを放映してほしいと思っています。
       

  2. mw より:

    大変共感できる考察でした。
    この映画、薦められて見たのですが、なんだかもやっとした感情が残っただけでしっくりせず、検索していたところで、こちらにたどり着きました…。「持てる者は誰かを傷つけている」…このタイトルだけで、腹に落ちるものがありました。

    あまりにもしっくり来て共感してしまったので、コメントさせていただきました。
    他の映画の感想も拝見させてもらいますね!!

    • 町田 より:

      >mw さん、ようこそ
      返信が遅くなり、申しわけございませんでした。
      >> 「持てる者は誰かを傷つけている」 といっても、たいていの人は自分自身が“持てる者” だとは気づいていませんよね。当たり前過ぎて。
      しかし、何かを持っている者は、今度は別のものが欠けている。
      だから、たいていの人は 「持てる者」 をうらやんだり、ねたんだりしながら生きていくように思います。
      この映画は、そんなことを気づかせてくれた映画でした。
      つたないレビューにご賛同いただき、ほんとうにありがとうございました。
       

  3. ジョジョママ より:

    こんにちは、長崎に住んでいますジョジョママです。一昨日映画ゆれるを遅ればせながら見て、余りにも心がザワツキまして、ネットで感想を見ておりましたがピントきません…今朝、こちらにたどり着きやっと納得できました。映画の感想の他にも色々な興味深い記事がありこれから時々覗かせて頂きます~(^O^)それでは股☆☆

    • 町田 より:

      >ジョジョママさん、ようこそ
      管理画面が出るまでモタモタと時間のかかる旧ブログの方にわざわざお越しいただきまして、ありがとうございます。

      この『ゆれる』という映画は、ほんとうに印象に残る作品でした。
      ジョジョママさんの心が「ザワツク」のも十分理解できます。
      私にとっても、最近の邦画はレベルが高いな … と思い直すきっかけとなった映画の一つです。
      人間の心模様をさりげなく描いた地味な感じの映画ですけど、画面に現われない闇の部分に人間の怖さが滲んでいるような、凄みのある作品でしたね。

      思い浮かぶままに取りとめもないことを綴っているだけのブログですが、お時間のあるときにでも、またお越しください。
      コメントありがとうございました。
       

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