じぇじぇじぇドラマには、なじめなかった

 
 パラパラと新聞をめくっていたら、紙面の下段に週刊誌の広告が並んでいた。
 そのすべてに、NHKの朝ドラ 『あまちゃん』 の特集が組まれていた。

 「 『あまちゃん』 は永遠に終わらない !! 」
 「 『あまちゃん』 の名シーン、名セリフ」
 「もうじき終わる 『あまちゃん』 。その後に訪れる “あまちゃんロス症候群” にどう対処するか」
 …… みたいなタイトルが、どの週刊誌の広告にも踊っているのだ。
 それを見ても、メディアと視聴者が一体となった 『あまちゃん』 ブームのすごさが伝わってくる。


 
 その 『あまちゃん』 に、自分はどうしてもなじめなかった。
 放映が始まった最初の回から、「あ、このドラマは自分の生理とは合わない」 と直感的に思った。
 『ゲゲゲの女房』 とか 『カーネーション』 などは好きだったので、見損なってもいいように、わざわざハードディスクにバックアップまで取ったりしていたが、『あまちゃん』 は回が進んでも、一向に気持ちがノッて行かない。それで、途中から観なくなった。

 こう書くと、すぐにでも 「非国民」 呼ばわりされそうな気がしてくる。
 これほど国民的な人気番組になると、それに楯突くと袋叩きに遭いそうだし、blogだったら炎上しそうな雰囲気もあるけれど、このドラマがどうして国をあげての大ブームとなったのか。自分には今ひとつ解せない。(誰か分かりやすく解説してくんない ? )

 そんな自分の戸惑いとは関係なく、 『あまちゃん』 ブームは日本中を席巻し、一般のファンのみならず、著名人たちからもたくさんのオマージュを捧げられるようになった。

 ある音楽家は、「テンポがスピーディーで、演出が研ぎ澄まされている。配役も絶妙」 という。
 「10年に 1本の傑作」 という大学教授もいれば、「源氏物語のような古典文学が不滅なように、ドラマとしてずっと語り継がれていく秀作」 とすごいことを言う政治家もいる。

 そういう談話があちこちで紹介されるたびに、それが同調圧力になって息苦しくなってくる。

 で、自分がこのドラマになじめない最大の理由は、演出なのだ。
 女たちが浮かれて 「ジュリアナ東京」 のお立ち台で踊っているような狂騒状態になっちゃうと、まずついていけない。
 女同士の 「盛り上がっているわよ~」 のサインはハイタッチ。
 男たちは、驚くと、ズッコケて、喜ぶと、飛び上がる。

 全体的に、コミックやアニメをなぞったような、スラップスティックな演技にあざとさを感じてしまう
 特に、北三陸駅の駅長役をやっている杉本哲太のおどけたり、あわてたりして、白目をむく演技のわざとらしさが鼻につく。

 こういう演出に接したときの自分の違和感を、いったいどう伝えれば分かってもらえるのか。
 たとえば、あわてて駆けつけたパーティー会場がすでに一気飲みの真っ盛りになっていて、知っている顔にジョッキを渡され、「遅いぞ ! 駆けつけ3杯だぁ」 と背中を叩かれ、息をつくひまもなくハイテンションになることを要求されるときの感じ、… といえばよいのだろうか。

 自分も時には経験してきた、あの80年代的狂騒の匂い。
 「こんなに楽しいところで、お前なにシラッとしているの ? 」
 と、トイレの順番を待っているだけなのに、仲間にそう言われたときのような、あの一方的に “ノリ” を強要される気づまり感。

 『あまちゃん』 の老若男女が集団で浮かれているシーンなどを見るたびに、そこに入って行けず、かといって、シラッとしているわけにもいかず、どんな笑顔を作ろうか … と悩むような気分にさせられるのだ。

 実際、飲み屋なんかで、日頃は挨拶ぐらいしか交わしたことのない常連のご夫人が、たまたまカウンターで隣りに座った縁で話しかけてくると、「あまちゃん」 の話になったりする。
 「あの、あまちゃんご覧になっていらっしゃると思いますけど」

 …… 思いますけど。

 う~む。この世には、自分が好きでしかも評判になっているドラマは、話題に出しても絶対大丈夫と信じて疑わない人がいるようだ。
 これが、昔、深夜番組でやっていた 『勇者ヨシヒコ』 みたいなドラマだったら、「ご覧になっていらっしゃると思いますけど」 という言葉は絶対に出てこない。
 国民的なブームを起こしたドラマというのは、そこが違うんだな … と妙に納得したりする。

 で、「 … 思いますけど」 などと話しかけられると、 「いやいや、けっこう見逃しているシーンも多いんですよ (汗) 」
 などと予防線を張りつつ、愛想笑いを浮かべたりしなければならない。

 とにかく、いま自分は ( … 自分だけかもしれないけれど) 、『あまちゃん』 に対してネガティブなことをいうと不愉快がられるという空気の中で生きている。

 「とりあえず、朝は明るく笑って、気持よく出勤できればいいじゃん」
 と、『あまちゃん』 を楽しむ人たちはいう。
 「別に、ああだこうだと、小むずかしく評論するようなドラマじゃないんだし … 。違和感があるなら観なきゃいいじゃん」
 
 こういう表現がネット上の “あまちゃん賛歌” なんかには溢れているけれど、そういう言い回しの中に、「ファンじゃなかったら出て行けよ」 という、ノリきれない者を排除しようとする、無意識のうちに醸成される集団心理を感じる。

 実際に、アイドル集団のイベントでも、ドラマでも、国民的な盛り上がりを見せるほどのブームが形成されると、ある時点から批評性を排除しようとする力が働くようになる。
 批評的な言動は、「興を削ぐもの、ウザいもの」 と嫌われ、それに代わって 「感動した」 、「泣けた」 という単純な言葉がピュアな感情の発露として歓迎されるようになる。

 で、思うのだけれど、『あまちゃん』 にすんなり入って行ける人と、そこにのめり込めない人との差というのは、「80年代文化」 にどう接したかという体験が関係しているのではないかという気がする。
 基本的に、『あまちゃん』 は、80年代半ばぐらいから90年代初期あたりのテレビ文化にノスタルジーを感じている人たちの心を突いたドラマだったのではないかと思うのだ。

 ドラマのキャストを務める小泉今日子や薬師丸ひろ子が、実際に現役のアイドルとして歌番組やドラマを華麗に彩った時代。
 つまり、日本が 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」 といわれ、「花の金曜日」 という言葉が生まれ、トレンディードラマが脚光を浴び、ジュリアナ東京がオープンした時代。
 その時代の空気を、小学生か、中学生か、高校生という多感なときに吸い込んだ世代が、このドラマにことのほか共感しているような気がする

 年齢でいうと、40代~50代くらい。
 脚本を担当したクドカン (43歳) が、まさにその年齢だ。

 その世代あたりから始まって、今やドラマやバラエティにも蔓延してきた 「みんなで盛り上がっていこうぜ !! 」 という時代の空気に、どうしてもなじめない自分がいる。

 薬師丸ひろ子が演じる鈴鹿ひろ美が、和服を来て仲間内のステージに立ち、はじめて “影武者” を使わず、自分の地声の歌を披露するシーンがある。
 ひろ美の歌う姿に感動して、観客たちがうっとりし、同じテンポで、同じ角度で、同じ笑いを浮かべて、同じ方向に肩をゆする。

 …… ああ、もうダメだ、と思った。
 この種の “善意を信じて疑わないような人々の一体感” に、自分の生理がついていかないのだ。
 自分は、ドラマを観ていても、『半沢直樹』 に出てくる大和田常務のような悪役が好きだから、悪人が出てこないドラマそのものが死ぬほど退屈なのだ。

 これは理屈ではなくて、もうまったく気分の問題。
 『あまちゃん』 に出てくるような善意の人々の輪の中に自分がいたら、たぶん引きつった笑いを浮かべたまま、みんなに悟られないように、ただひたすら時間が過ぎるのを待っていると思う。

 『あまちゃん』 を語ることは、自分にとっては、弾き出される者のさびしさを語ることである。
 「あまちゃんに共感できないなんて、お前も哀れだな」
 と、背中でつぶやく、もう一人の自分の声が聞こえる。
 
 

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じぇじぇじぇドラマには、なじめなかった への4件のコメント

  1. スパンキー より:

    私は、後半になって割と楽しく観ました。

    が、前半は違和感がありました。

    それは、ふたつ。

    ひとつは、アイドルというものに、自分が全く興味がないこと。

    で、これはアイドルドラマかと思ったことです。

    結果、最後までその臭いは消えませんでした。

    あと、地方というか、いわゆる田舎なのか分かりませんが、

    その閉鎖性が見えてしまったからです。

    町田さんの言われるように、あのノリと騒ぎは、

    確かに80年代のバブルの頃を彷彿とさせます。

    加えて、私がこの仲間にもし入れなかったらとか、

    話が合わなかったら、田舎って辛いなと感じた訳です。

    田舎の人間関係の裏を探ってしまった訳です。

    私自身は、田舎志向ですが、付き合いに於いては、自信がないですね。

    しかし、震災を挟んで、勘九郎が描いた後半は、明るいながらも、

    ドラマとして、しっかり震災とそこに生きる人たちを描いている点は、

    さすがと思いました。

    世代という違いもあります。が、勘九郎の明るい世界が、

    私と町田さんには眩し過ぎるのかな?

    いや、見当違いかな?

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      なるほど。
      そうですね、私もずっと続けて見ていれば、このドラマの面白さが分かったのかもしれませんね。
      ただ、私もスパンキーさん同様、「アイドル」 というものに無頓着に生きてきたので、その部分の面白さが理解できなかったということはあると思います。

      私が世間でいう 「アイドル」 として最初に認識したのは南沙織と、天地真理でしたけれど、この2人が脚光を浴びた頃、自分はテレビの中でしか存在しないアイドルより、リアル世界でどうモテるか、ということの方に必死でしたから、あまり 「アイドル」 に癒やされるという経験なしの青春を送ってしまったかもしれません。
      松田聖子、中森明菜、キョンキョンの時代は、すでに大人になっていたから、アイドルも、単なる 「社会現象」 として冷ややかに見ていたし …。
      どうも、そのへんのアイドル文化に対する冷淡さが、このドラマに対しても 「距離」 を感じる要因になっちゃったのかもしれませんね。

      あと、「田舎」 と 「都会」 で人間関係が変わるものなのかどうか。そのへんも疎いんですよ。鈍感というか。
      ただ、自分に 「都会人のニヒリズム」 があるということは自覚しています。
      モノを斜 (はす) にかまえて見るクセとか。
      みんなが熱中しているものには、やせ我慢しても加わらないとか。
      なんか、そういう性格イヤだな … と自分で思うこともありますけどね。
      >> 「クドカンの明るい世界が眩しすぎる」
      確かに、そういうことなのかもしれません。
       

  2. solocaravan より:

    朝ドラどころかTV自体ろくに見ないので、非国民というか変人扱いされそうですが、
    義理?でちょこっとだけ見てみましたが、町田さんと同じような感想を持ちました。
    盛り上がりに無理やり付き合わされるような疲労感というのでしょうか・・・ブログを
    拝見してその理由が分かったように思いました。

    やはり80年代の浮かれた雰囲気というのが背景にあるのですね。あの時代のアイドル
    たちと同世代の自分ではありますが、当時からかれらには馴染めない口だったので、
    その後のかれらが主役のドラマに違和感をおぼえるのも当然かもしれませんが。こんご
    数十年先もあのうらやましいような多幸症のなかでかれらは生きているのでしょうかね。

    • 町田 より:

      >solocaravan さん、ようこそ
      「あまちゃん」 に異を唱えると、“非国民扱い” になりそう、という気配は私も感じていましたが、考えてみると、「あまちゃん」 のトップ視聴率は、9月16日の放映分で、27.0%。平均視聴率は関東地区で20.6%。話題が盛り上がった最終回の関東地区の視聴率ですらも23.5%。
      つまり、平均すると、日本人10人のうちの 2人ぐらいしか観ていなかったということです。

      つまり、「国民をこぞって巻き込んだ大ブーム」 のように喧伝されるのは、たぶんに、メディアとネットの過剰反応といえないこともないのですね。
      だから、solocaravan さんのように、>>「違和感をおぼえる」 という方も、多くいらっしゃるような気がします。ただ、そういう方々の意見は、あまりメディアやネットには出てきませんね。

      「半沢直樹」 の場合は、最終回が42.2%という高い視聴率を誇った割には、「あんなことは現実にあり得ない」 と冷静に批評する人たちも多かったのですが、「あまちゃん」 には、 “冷静な批評” が成り立たないような空気を感じます。

      この 「あまちゃん」 の記事を書く前に、実はさんざんネットで視聴者の反応を調べてみたのですが、支持者の方々の熱い声援がものすごく多くて、記事をアップするのにためらいを感じたほどでした。
      だから、今回は、「自分が世の中のメジャーの気分から外れてきているな」、と自覚しながら書きました。

      そういうときに、solocaravan さんのようなコメントをいただき、力強く感じた次第です。
       

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