青い海の下

 
 休日の午後。
 昼間からぬるめの湯に浸かって、のんびりくつろぐことにした。
 近所の犬の鳴き声も聞こえず、子供たちの笑いも途絶えた静かな午後だ。

 湯船の窓から、庭木の葉を通して、昼下がりの陽光がちらちらと踊っているのが見える。

 気がかりな仕事も前日に終わらせ、心はいたって平安。
 「幸せとは、こういうものを言うのかもしれない」
 と、独りごちて、目をつぶる。

 いつの間にか、うたた寝をしたようだ。
 目の前に、病室らしい光景が広がっている。

 部屋の真ん中にベッドが置かれ、そこに一人の少女が背を起して、私を見ている。
 どうやら、それは私の子供のようだ。

 「パパ … 」
 と、少女は私の方を向いて語りかけてくる。
 「パパ、これからK子の見た夢を見せてあげるね。送るから、いい ? 」

 少女は無邪気に笑う。

 「夢は他人には見えないものだよ。送ってくれるのはうれしいけれど、魔法を使わないとダメだね」
 と、私はK子に言葉を返す。

 「大丈夫。私には夢を送ることができるの。だから …」

 だから “目をつぶって”  と言うのかと思ったら、逆だった。

 「私の目をしっかり見つめて。ゆっくりと私の目を見るの。パパ、いい ? 」
 「いいよ。じゃ、夢を送って」

 そう言葉を返して、私はK子の目に、自分の目を近づける。

 真っ青な水をたたえているような光が、K子の瞳に溢れる。

 … はて、この娘の目の色は青だったかしら ?
 私は、少し意外な気持ちになりながらも、なおも目を近づけていく。

 少女の目の中の海は広がり、その先に、水平線までもが、しっかりとした輪郭を取り始める。
 そのあまりものリアルさに、思わず声をあげる。

 「これ夢なのかい ? 」

 K子の返事はない。

 やがて、私の目線が水面に近づき、その下半分から、海面下の映像が見えてきた。
 まるで、水中カメラが、海面から海底に降りて行くときの映像みたいだ。
 そのカメラが、徐々に海面下に沈んでいく。

 海の下は、暗い。
 緑色の藻のようなものが、わずかに漏れてくる水面の光を受けて、頼りなさそうに揺れている。

 それ以外のものは何も映ってこない。
 なんだか息苦しい。
 どうなっていくんだろう ?
 私はだんだん怖くなる。

 遠くで、声が聞える。

 「あなた、それ以上はダメ ! その子は、あなたの子供ではありませんよ」

 どこかで聞いたことのある声。
 … そう、あれは女房の声だ。

 自分はどこにいるのだ ?
 ここはどこだ ?

 「あんまりお風呂に入っている時間が長いから」

 気づくと、風呂のドアが開いていて、女房が覗きこんでいる。

 「寝てたの ? 鼻の下まで潜ってしまって … 。もう少し潜ったら、あなた死んでたところよ」
 
 
創作 ライトホラー 「手を拾う」
   
創作 ライトホラー 「邂逅 (かいこう) 」

創作 ライトホラー 「CRY ME A RIVER」

創作 ライトホラー 「最終電車」

創作 ライトホラー 「幻の女」

   

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青い海の下 への2件のコメント

  1. スパンキー より:

    久々のショートショートですね。
    日常に潜むホラーとでもいうのでしょうか?
    どんなに平和な生活にも、死の影はちらついていて、
    ひょんなところから、その正体をあらわす。

    実際、私は風呂でこのような体験をし、
    あわやというところでお袋に発見され
    助かったので、とても他人事とは思えない
    話です。

    あ~怖っ!

    • 町田 より:

      >スパンキーさんようこそ
      お風呂って、ついつい寝てしまいますよね。
      特に、昼ごろに入る “ぬるめの湯” 。

      お風呂の中では、どうもベッドや布団のなかで見る夢とは、少し違った夢を見るような気がします。
      気のせいかもしれないけれど、頼りなく揺れている夢とか、引き込まれそうになっていく夢とか。
      なにか、身体の不安定さが反映されるんでしょうかね。

      お風呂のなかの眠りは、スパンキーさんがおっしゃるように、もっとも “平和な生活の中に浮上してくる死の影” かもしれませんね。
       

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