ハリウッド超大作映画の終焉(明日に向かって撃ての凄さ)

 
 この夏 (2013年) に上映されたハリウッド映画の超大作 『ローン・レンジャー』 がアメリカの興行では大コケになってしまったらしい。

 公開後2週間後の興行収入は8千ドル (約80億円) 。
 この数字だけ聞くと 「大儲け」 のように思えるが、どうやら、それだけでは制作費として費やされた2億5千万ドルを回収できないのだとか。

 8千ドルの興行収益といっても、その半分は劇場の取り分となり、制作サイドはさらに、その残りの分から数千万ドルの宣伝費を引かなければならない。

 映画というのは、興行制作費の3倍のお金が回収されてやっとトントンと言われている。
 そうなると、『ローン・レンジャー』 は世界市場で7億ドル稼ぐ必要があり、アメリカで1億ドルに達しないようでは、それも不可能だとか。

 以上は、映画評論家の町山智浩さんのレポートである。

 町山さんは、こういう最近のハリウッド大作映画の在り方に、たいへんなリスクがあることを指摘する。

 「ハリウッド大作の予算は年々膨れあがっている。中規模の映画より超大作の方が作りやすいからだ。資金を出す人たちは、 “小さな船よりも大きな船の方が安心だ” と思う。だから、大作になると、小さな国の国家予算並みの資金が集まる。
 しかし、それを回収するとなると、大きな市場が必要になるので、お子様も見られるようにレベルを下げなければならない。
 そうなると、大人向けの映画、考えさせる映画、政治的な映画は予算調達が難しくなり、似たようなSFX超大作ばかり並ぶようになる。
 しかし、大きな船でも、沈むときは沈む。沈めばそれこそタイタニック級の大惨事になる」

 それが 『ローン・レンジャー』 では現実のものとなり、さらに同時期に公開された 『ホワイトハウス・ダウン』 も、制作費1億5千万ドルの半分も稼げていないとか。

 町山さんによると、このハリウッド映画大ゴケの連続は、すでにスティーブン・スピルバーグによって予言されており、スピルバーグは、(ローン・レンジャーなどが公開される前に) 、 「このままでは、超大作映画は失敗を繰り返すだろう。そして、映画産業は内部崩壊するかメルトダウンする。ハリウッドは一度破綻して、パラダイム転換するしかないだろう」
 と述べたという。

 私自身は、『ローン・レンジャー』 も 『ホワイトハウス・ダウン』 も観ていないので、この町山さんの指摘そのものを論評する立場にはいない。
 ただ、両者の映画CMは、この夏、テレビでもさんざん流されたので、その映像を見たかぎりでは、町山さんの言わんとしていることは感覚的に理解できた。
 なぜなら、その両者のCM映像を見てしまったら、逆に映画館に足を運ぶ気がなくなってしまったからだ。

 暴走する列車が谷底に落ちる。
 アメリカ議会の議事堂が、爆発して吹っ飛ぶ。

 両者とも、基本的に、パニックの頂点ともなる大惨事を見せ場とする映画という感じで、その映像に感応しなければ半分も楽しめないだろうという印象を受けたのだ。
 で、さまざまな映画で、大惨事の映像をさんざん見てしまった自分には、もうそういう場面に感応するための感受性が鈍麻している。
 今の自分には、むしろ 『ニーチェの馬』 のような、最初から最後まで何も起こらない、恐ろしいほど退屈な映画の方がスリリングですらある。
 
 ▼ 『ニーチェの馬』

 で、たまたまなんだけど、この前BSで、『明日に向かって撃て』 (ジョージ・ロイ・ヒル監督作品) という西部劇を観た。
 1969年の作だという。
 アメリカン・ニューシネマの “傑作のひとつ” といわれる作品だけに、もちろん私もこの映画の存在は若い頃から知っていたが、スルーでゆっくり観たのは、実ははじめてのことだった。

 アメリカを追われて、南米のボリビアに逃げる銀行強盗のコンビを描いた作品で、サム・ペキンパーの 『ワイルドバンチ』 にも似た設定なのだが、音楽を担当したバート・バカラックのお洒落で都会的なメロディーが随所に流れ、それまでの西部劇とはかなり趣 (おもむき) を異にしていた。

 ▼ 強盗コンビのブッチを演じるポール・ニューマン (右) と、サンダンスを演じるロバート・レッドフォード (左)

 なにしろ、この映画の挿入歌として大ヒットした曲が 『雨にぬれても』 。
 当時、この曲がラジオからさんざん流れていた頃、私は 「現代人の洒落た都会生活」 を描いたポップスだと思い込んでいた。
 西部劇のなかで流れる歌であることを知ったのは、それからかなり経ってからである。

 そういった意味で、この作品は、これまでの西部劇とは一線を画すものであり、異端のハリウッド作品であったかもしれないが、それでも 「西部劇とはこういうふうに作ればいいんだぜ ! 」 というジョージ・ロイ・ヒルの芸に圧倒された。

 それが、ネットなどで語り継がれている、あの有名なラスト・シーン 。(ネタバレ !! )
 ボリビアで銀行強盗を繰り返すブッチとサンダンスは、ある日立ち寄った田舎町で、馬の尻に押された烙印から正体がバレ、地元の警察隊に取り囲まれる。
 
 名うての拳銃使いと喧伝されているサンダンスの腕を恐れた警察隊は、さらに軍隊まで呼んで、500人~1,000人規模で二人が身を潜めた建物を包囲する。
 周囲の建物の屋上をびっしり埋め尽くす、ライフルを装備した兵士たち。
 それを知らないブッチ&サンダンス。

 最初の銃撃戦で傷を負った二人は、それでも 「ボリビアの警察隊だけなら大したことはない」 とタカをくくり、「今度はオーストラリアに行って、一儲けしようぜ」 とのんきな夢を語り合ったまま、ピストルに弾を装填して建物から飛び出す。

 観客は当然、軍隊の一斉射撃により、無数の肉片をまき散らしながら、虚空で死のダンスを踊る二人の姿を想像する。

 しかし、その決定的な瞬間は、永遠に訪れることがない。
 なぜなら、ストップモーションにより、建物を飛び出した二人の映像が、そのまま凍結してしまうからだ。

 動かない一枚の 「写真」 になってしまった二人の画像に、ボリビア兵の上官の声だけがかぶさっていく。
 「Fire ! Fire !  Fire !  (撃て、撃て、撃て) 」
 二人の倒れるシーンを描くことなく、映画は終わる。

 ああ、なんと洒落た終わり方なんだろう。
 ため息が出た。

 銃を撃ちながら飛び出す二人の動きが止まったとき、その銃口はどこに向かったのか ? という問が生まれる。
 そのとき、『明日に向かって撃て』 という邦題が意味を持つ (原題は Butch Cassidy and the Sundance Kid) 。

 いちばん見せ場となるシーンを、「これでもか ! これでもか ! 」 と強調する最近のハリウッド大作映画。
 いちばん見せ場となるシーンを描かずに終わる 『明日に向かって撃て』 。

 後者では、肝心のところを描かないからこそ、逆に観客の想像力を刺激する。
 それが、そのまま映画の “奥行き” となって鑑賞者の記憶に残る。
 
 好みの問題でしかないが、私は絶対的に、後者の方を支持する。
 
 
参考記事 「町山智浩 ・著 『ブレードランナーの未来世紀』 」
 
参考記事 「映画 『ニーチェの馬』 」

参考記事 「国境の南 (ワイルドバンチの夢) 」
 
 

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ハリウッド超大作映画の終焉(明日に向かって撃ての凄さ) への8件のコメント

  1. スパンキー より:

    B・Jトーマス、懐かしいです。
    私もこの「雨に濡れても」は、都会の街角の様子を歌ったものだと思っていました。
    この映画はあまりに有名ですが、そういえば私も観ていませんでした。
    ああ、町田さんのラスト、読んでしまいました。

    ツタヤで借りようと思っていましたが、ネタバレ!
    若きポール・ニューマンと、ロバート・レッドフォード、ホントにカッコイイですね。
    他、クリント・イースト・ウッド、スティーブ・マックィーンなどなど、
    次々に思い出しましたゾ。

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      『明日に向かって撃て』 のネタバレ … 申し訳ないです。

      でも、仮にラストシーンが分かってしまったにせよ、お時間があれば一度ご覧になるのもいいかもしれません。
      なにしろ、派手なドンパチ、スリリングな逃走シーンなど正統派西部劇の緊張感をしっかり維持しつつ、随所に洗練された笑いが散りばめられているんですね。
      ある意味で、「西部劇コメディ」 でもあります。

      そこに新しさを感じました … というか、古い映画なのに現代的な面白さが先取りされていた … というのかな。

      ジョニー・デップも好きな俳優ですが、『明日に向かって撃て』 の笑いは、ジョニー・デップ的な少しブラックがかった “笑い” とは一味違って、あっけらかんと健全な笑いになっています。でも私には、それが楽しかったです。
       
       

  2. Sora より:

    私はこの映画「明日に向かって撃て」は69年か70年に観ましたよ。この映画は、当時観た「Vanishing Point」という映画と、どこか残されているイメージがダブるので、Wikiで今検索してみました。ああ、やはり。どちらもニューシネマと当時よばれる流れの映画らしいですね。反体制の若者を描く流れ。

    どちらも、クルマで逃げ回る時の高揚感、でも最後は警察の銃弾で殲滅(Vanish)されて終わるのが共通してました。そうすると、観終わったあと、ぽっかり心に穴があいたままの心持ちになるのでした。そして、ぼやーっと考えてしまうんですよね。この映画なんだったのだろうと。それが、町田さんの指摘された「奥行き」感とつながるのですけどね。

    私は「ローンレンジャー」とかいう超大作はCMも見ていませんが、私も観たくないですね。破壊の場面を金をかけてリアルに描いても、みたかないですね。自分のアタマの中も壊れるだけでしょ。
    つまり、どちらも破滅・破壊は共通しているのでしょうが、その破滅感が我々の深い虚無的な部分と連関があると、普遍性を得て、共感的余韻を呼ぶのだと思いますが、単に物が大規模に壊れるだけではねー、余韻も残らんでしょう。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ
      ネット情報を見ると、『明日に向かって撃て』 が日本で劇場公開されたのは70年だったということです。つまり、Sora さんは本当にリアルタイムでこの映画に接しられたわけですね。

      ある意味でうらやましい。
      もし当時、自分もリアルタイムで観ていたら、どう感じたか。
      たぶん、このブログで書いたようなものとは違った感想を持っていたかもしれない。… その時代の空気を反映した感想になっていたかもしれないと思います。
      そう思うと、「あの時代に一度観ていてもよかったかな」 という気もします。
      … というのも、『イージー・ライダー』 も封切りの頃に観たときの印象と、後になって、DVDで観たときの印象はガラッと変わりましたから。その違いから、あの時代の “空気” を逆に読み取ることができました。

      『バニシング・ポイント』 もそうとう後になってDVDで観ました。これもリアルタイムで観たら、どう思ったか。ちょっと興味があります。
      この映画に関しては、中年になってはじめて観たときの印象は、「やたらアメリカ中西部の寂しい風の吹く、ガランとした光景ばかり撮った映画だな」 … というものでした。そのアメリカ内陸部のがらんとした空虚感を、破滅に進む主人公の気持ちの置き換えて観ていたような気もします。
      これも、もしその当時観ていたら、「権力 vs 反体制の若者」 という図式的な解釈しか思い浮かばなかったかもしれません。

      >>「単に物が大規模に壊れるだけの映画では、余韻が残らない」
      もう、これはおっしゃる通りですね。
      昔、ジェームズ・キャメロンの 『タイタニック』 (1997年) を観て、がっかりしたときのことを思い出しました。あの頃から、自分はハリウッド大作から遠ざかり始めたのかもしれません。
       

  3. クボトモ より:

    町田さん、こんにちは。
    つい先日、高校生の娘に「おすすめの映画ある?」と聞かれました。
    20年以上もまえの作品ならいくつか挙げられたのですが、
    ここ10年の映画においては妻とともにしばし考え込んでしまいました。
    最近は印象的な映画無いねと、話は映画批評に発展。
    リアリティのない演出。個性を感じられないセリフ。すでに見飽きたCG。
    あらゆる映画を例にあげながら酷評が続きました。そして
    観客を引き込もうと考えていない映画ばかりだよね、という結論に達しました。

    今回、町田さんのブログを読んで納得。
    観客を見ていない映画作り・・つまり見ているのは興行成績。
    資金の都合で作れる物を決めて、多種多彩、個性的な作品にはお金が回らない。
    これが衰退の実情なのかも知れません。

    すると邦画はどうなんだろう、なんて考えてしまいます。

    • 町田 より:

      >クボトモさん、ようこそ
      >>「すでに見飽きたCG」
      そうなんですねぇ。やはり映画制作のこの10年を振り返ってみると、CGの驚異的発達が、逆に作り手と鑑賞者の感性を鈍麻させてしまったのではないか、という気がしてなりません。
      CGに頼りすぎてしまったがゆえに、人間の心理のアヤを突いて驚かせたり、怖がらせたり、感動させたりするという初歩的なテクニックがおろそかになってしまったように思います。

      映画の観客動員も、テレビCMを使った大量宣伝に頼るばかり。
      そして、その批評も、試写会などに来た素人の 「泣きました」 「感動しました」 という即物的な印象批評に任せるだけ。
      それでは、映画文化はやせ細るだけのように思います。

      クボトモさんは、素晴らしい写真を撮られる方なんですね。
      やはり、映像に関心の深い方の映画の捉え方は核心を突いているように思いました。
       

      • クボトモ より:

        写真ご覧頂きましてありがとうございます。過度な賛辞、お恥ずかしい限りです。
        だけど嬉しいです。ありがとうございます。

        >>CGの驚異的発達
        まさにそう思います。技術のおかげでかつては撮影が叶わなかった映像まで
        自由に作りあげることができるようになりました。
        しかしそれが諸刃の剣となってしまったようです。
        「感じさせたい、考えさせたい」ことまでも具現化できてしまう。
        作者の意図をそのまま表現してしまう。
        それは誘導に他ならない。観客は考える必要が無くなってしまいました。

        ところで、今日たまたま町山智浩さんが、今話題の「風立ちぬ」について
        解説されているインタビューの書き起こしを読みました。

        【町山智浩さんが映画『風立ちぬ』の解説】NEVERより
        「最近の日本映画って特にそうですけど、主人公たちが全部自分の思っていることを言って、ディスカッションするんですよ。そういう映画ばっかりなんですよ。」
        http://matome.naver.jp/odai/2137713216734546901

        感動させるための初歩的なテクニックが損なわれたのは、
        どうもCGの功罪だけとは言えないようです。
        お時間がある時にでもご一読頂けたらと思います。

        • 町田 より:

          >クボトモさん、ようこそ
          町山智浩さんの 『風立ちぬ』 のインタビュー読みました。
          お教えいただき、ありがとうございます。

          いい解説でしたね。
          自分の知り合いの中にも、この映画を観て 「いまひとつの出来だなぁ …」 と述べている人がいましたけれど、そういう感想が生まれてくる理由と、宮崎駿が作りたかった世界との関係が、これを読んでいてクリアに浮かんできました。

          実は、ついさっきまでBSで、偶然ですけど、宮崎駿がこの映画を完成させるまでのドキュメンタリーをやっていて、それをずっと観ていました。
          そのなかで、「何を考えているのか、よく分からない」 という主人公をつくり上げるために、宮崎駿がさんざん悩んでいる様子が描かれていました。

          「何を考えているのか分からない」 という人物を造形するために、あえて声優に、素人の 『エヴァンゲリオン』 の庵野秀明を起用する。絵コンテでも、主人公の茫洋とした表情を捉えるため、何度も書き直す。
          そういうふうに、考えぬかれた上に出来上がった 「どう捉えたらいいんだろう ? 」 という作品らしいのです。
          そのことが、町山さんの解説からよく伝わってきます。

          「分からない」 からこそ、観客は考える。
          それぞれ、映画館を出たあと、帰り道に空など見上げたりして、印象に残った場面を思い浮かべながら、映画のテーマを考える。
          それって、ほんとうは 「楽しい行為」 のはずなんですよね。

          たぶん、これは今のハリウッド大作映画では、ぜったい通らない企画でしょうね。

          話は飛びますけど、昔 … 1995年かな。
          茨城県の龍ケ崎飛行場で開かれた航空ショーで、本物の零戦が飛ぶ姿を見たことがあります。
          私は、飛燕やムスタング、スピットファイアみたいな水冷エンジンの飛行機の方がカッコいいと思い込んでいましたが、翼を広げて空を舞う空冷の零戦の姿を見て、「なんと美しいんだろう !! 」 と衝撃を受けました。
          主翼と、胴体と、尾翼のバランスが完璧なんですね。

          「人を殺す兵器なのに、それが美しい」
          この矛盾。
          人間の心には、そういう “訳の分からない” 矛盾した感情が沸き起こることがあるんですね。町山さんも言っていましたけれど … 。

          たぶん、零戦開発者の堀越二郎という人は、そういう矛盾を見つめて沈黙を守った人なのだろうし、宮崎駿は、そういう人間の心の奥底に降りていこうとしたのだろうし、町山さんはその宮崎駿の真意を読み取ったのだろうし、そもそも映画というのは、そういうようにして、作り手と観客が結ばれていくものなんだろうな、と思います。

          コメント、ほんとうにありがとうございました。
           

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