ジョルジョ・デ・キリコ 「占い師の報酬」

 
 なぜだか、昔から異様に気になっている 1枚の絵がある。
 ジョルジョ・デ・キリコの 『占い師の報酬』 という絵だ。

 タイトルと絵はあまり連動していない。
 むしろ、絵を解読される手がかりを断つために、作者がわざと鑑賞者を混乱させるようなタイトルを付けた可能性もある。

 それだけこの絵は、キリコにとって、「解読されたくない」 作品であったのかもしれない。
 彼は、「謎」 というものを、「哲学の舞い降りるところ」 として捉えていた画家だったから、人から自分の絵が安易に解釈されることを好まなかったのだろう。

 そのキリコの 「謎かけ遊び」 に加担するわけではないが、この絵は、確かに他のキリコ作品と比べても、謎の深さが際立っている。
 絵からどういう意味を読み込めばいいのか、その手がかりが得られずに、迷宮の中をさまようような気分になる。

 そんなこともあって、私にとってはずっと気がかりな絵の 1枚だったのだ。

 いったい、いつ頃から気になり始めたのか。

 「物心がついた頃から」
 といってもかまわない。

 といっても、もちろん幼児の頃は、美術全集など見る機会もなかったろうから、この絵に接したのはかなり後年になってからである。
 なのに、見るたびに、
 「記憶が形成される前に、自分は一度この世界に降り立っている」
 という不思議な感覚がこみ上げてくるのだ。

 私は東京の中野の生まれだから、自分が生まれ育った環境には、この絵に描かれているようなギリシャ彫刻もなければ、アーチ状の扉を持つアーケードのようなものもなかった。

 にもかかわらず、この絵は、私の記憶の古層に沈んでいる “何か” をたぐり寄せようとする。

 そこには、何が眠っているのか。
 私の意識は、それをすくい取ることができない。

 「記憶」 といっても、すべての記憶が鮮明に思い出せるものとは限らない。
 むしろ、大半の記憶は、意識の古層に沈殿したまま、日の目をみることなく終わる。
 人間は、一生思い出すことのないたくさんの記憶とともに死んでいくのだ。

 だが、このキリコの絵に関しては、奇跡的にも、自分の過去の記憶と結びついた一瞬があった。

 もう20年以上も前のことだろうか。

 仕事で、同僚が運転するワンボックスカーの助手席に座り、とりとめもなく輪ゴムをよじっていたときのことだった。

 輪ゴムのねじれた場所が、数珠玉のように固まり、それがだんだん大きくなっていく。
 その様子を眺めているうちに、幼年期、ヒマを持て余して、自分が同じ行為をくり返していたことを思い出した。
 
 そのとき、カチッとスイッチが入った。
 闇夜に雷光がひらめいたように、40年間一度も浮かんだこともなかった情景が、突然まぶたの裏で弾けたのだ。
 
 私は、だだっぴろい広場のようなところに立っている。
 広場では、露天商たちが地面の上にゴザを敷き、そこに子供用のおもちゃやお菓子などを並べている。
 
 たぶんお祭りなのだろうが、広場に人の気配は乏しい。
 夕暮れが近づき、人の波が引いていったのかもしれない。
 がらんとした広場の真ん中を、午後の太陽が地面に弱々しい陽射しを投げかけ、その影がどこまでも伸びている。

 その広場の背後には何があるのか。
 何もない。 (きっと宅地造成地みたいな、取りとめもない空間が広がっていたのだ) 。
 ときおり、電車が通過するときのレールのきしむ音が聞こえる。
 広場からさほど遠くないところに鉄道が走っているらしいのだが、私には鉄道と広場の位置関係は分からない。

 私はおもちゃの露天商の前にしゃがみ込み、熱心におもちゃを見ている。
 貧しい時代の貧しいおもちゃが並んでいる。
 しかし、それは今の時代の感じ方で、そこにしゃがみ込んでいる私には、そのどれもが高級で、お洒落で、贅沢なおもちゃに見える。
 
 特に、体に突き立てると刃の部分が引っ込んで、あたかも刺さったかのように見えるブリキのナイフのおもちゃに、私は特別な興味を覚えている。
 
 そのナイフをねだりたいのだが、親の姿は見えない。
 私は、広場にぽつんと取り残されていたのだ。
 おそらく親が近くで用事を済ませている間、その場所を離れないように … とでも言い含められていたのかもしれない。
 そのとき、もう二度と親とは会えないのではないかという心細さが襲った。
 
 そういう不安感がこみ上げてくる一方で、露天商の店先に並ぶ珍奇な品々の輝きに魅入られている自分がいる。
 母との別離の予感を抱きながらも、私の目は、珍奇なおもちゃに釘付けになったままだ。

 そこでまでは記憶をたどれたが、そこから先は何もなかった。
 もちろん、そこに至るまでの記憶もない。
 露天商のいる広場の情景だけが、古いアルバムに見つけた 1枚の写真のように浮かんでいる。

 それにしても、いったい、いつ頃の記憶なのか。

 遠くに電車が通っている広場となると、それは私の家が、まだ中野の中央線の操車場近くにあった頃の話となるから、年齢でいえば2歳か3歳頃。
 大半の記憶が消却されてしまう年齢といえる。

 覚えているのは、
 人気の乏しい広場。
 午後の弱い光。
 広場を横切っていく、長い影。
 遠くのレールを走る電車。

 脳裏に蘇った映像は、キリコの 『占い師の報酬』 という絵の構造とほとんど重なっている。
 絵の中央を占める不思議なギリシャ彫刻も、記憶のなかで私の目を引いた “珍奇なおもちゃ” に置き換えることもできる。
 私は、2歳か3歳のとき、まぎれもなくキリコの絵の中に立っていたのだ。


 
 私は長年、キリコの絵に漂う 「懐かしさ」 と 「寂しさ」 の正体が分からなかった。
 だが、それが幼少期に体験した、「母親との別離の予感に怯えながらの恍惚」 だとしたら、なんとなく分かるような気もしてくる。

 ただ、キリコの絵に接した人は、みな 「どことなく懐かしい」 という言葉を必ず添える。
 いったいそれはなぜなんだろう ?
 たぶん、キリコの絵から伝わってくる、あの時間が止まったような感覚がもたらすものだろう。

 幼年期の人間が感じる時間は、異様に長い。
 時はいつ果てるともなく、けだるく、物憂く、ゆったりと流れる。
 そして、ときどき止まる。
 止まったまま、永劫に動かなくなるように思えることもある。
 
 キリコの絵に漂うのは、そのような幼年期の人間にのしかかる岩のように重たい 「時」 の気配なのだ。
 そのような時間感覚を、大人はもう持つことがない。
 だから、この絵の意味が分からない。
 
 しかし、大人になってからでも、何かの些細なきっかけで、幼少期の記憶が意識の古層から噴き出すことがある。
 そのときに、誰もがキリコの絵の中に立っているかもしれない。
 
 
関連記事 「キリコの世界」
 
参考記事 「ノスタルジー」
 
 

カテゴリー: アート   パーマリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">