真夏の快楽

 
 つくづく自分は快楽主義者だなぁ … と思う。
 「心地よいこと」 や 「見栄を張ること」 が大好き。

 昔は、よく大型客船を貸し切りにして、フランス・イタリアのトップモデルの女の子を40人ほど連れ、エーゲ海の諸島を回ったものだった。
 ディナーショー会場のステージは、船中たった一人の男である私のワンマンショー。
 飛び交う女たちの歓声。
 それを身に浴びることの快楽。
 毎晩、船内はリオのカーニバルか、阿波踊り状態。
  
 そのときは、ヨーロッパでも高級ホテルの秘密のバーにしか置いていないという 1 本500万円のシャンパンを私だけこっそり味わって、女の子たちには 1 本10万円のワインを振舞った。

 アメリカで暮らしていた頃は、当時ハリウッドの美人スターともてはやされた女優の豪邸にお忍びで通い、縦5m×横2mのキャブコンサイズのベッドの上で彼女のシルクのような肌に抱かれ、毎晩甘い時間を共有した。
 その家にはワインで満たしたプールがあって、朝からそこに飛び込むのだけれど、さすがに泳ぐだけで二日酔いになった。

 ま、信じるか信じないかは読者にお任せするとして、そのようなこの世の快楽のすべてを知っている私は、断言する。

 この世の本当の快楽はひとつしかない。
 それは熱中症で倒れるくらいに暑くなった 「盛夏」 を味わい尽くすことだ。
 
 厳密にいうと、その夏の暑い日盛りを避けて、木陰に入り、木々の間を通るときに冷やされてくる天然クーラーの風を味わうことだ。


 
 あの木陰を渡る甘い微風には、金を積んでも得られないほどの価値があると思っている。
 その風の心地よさに比べると、豪華客船も、500万円のシャンパンも、5m×2mのベッドも、ハリウッド美人女優も、ワインのプールも、みな一気に色褪せる。

 会社の昼休み。
 木漏れ日が地面に揺れる公園のベンチに陣取り、270円の 「のり弁」 を食べ、ペットボトルのお茶で乾きをいやし、食べ終わって、木陰の風を浴び、青い空に浮かぶ白い雲を眺める。
 これが、この世の最高の時間。最高の贅沢。最高の快楽。

 だから、家にいるときだって、微風が入ってくるならば、部屋のエアコンをすべて切って窓を開ける。
 別に省エネとか、 “エコロジーの思想” などにとらわれているわけではない。
 その方が 「贅沢」 だと思うからだ。

 とにかく、夏が好きで、年をとり、夏を乗り切るような体力も失せてきているというのに、相変わらず 「燃えるような夏」 が好き。

 もちろん、誰にでも好きな季節というものがあるはずだ。
 一説によると、その人にとって 「好きな季節」 というのは、誕生日からだいたい3ヶ月ぐらい後の季節であるらしい。
 つまり、7月生まれの人は10月頃。
 12月生まれの人は3月頃。
 
 それには理由がある。
 人間が母親の胎内から外に出るということは、どうやら想像を絶する苦痛を味わうことになるらしいのだ。
 それはそうだ。
 最も適切な温度に守られ、栄養は自動的に供給され、この世で最高の生存環境を整えられた “母胎” で暮らしていれば、その環境から切り離される 「出産」 は、人間が 「世間の過酷さ」 を知る最初の体験となるわけだから。

 ま、そうはいっても、赤ん坊もシャバの空気を吸っているうちに、徐々に新しい世界になじんでいく。
 不安と不快に満たされた周りの環境を脱し、次第に周囲に適合しようとし始める。

 その慣れるまでの期間がだいたい 3ヶ月。
 3ヶ月経つと、その子供にも自分を包んでいる室温、窓からこぼれる光、母親の身体から伝わる体温などがようやく意識されるようになり、子供の心身に深く刻印される。

 つまり人間にとって、生後 3ヶ月ぐらいに感じた世界というものは、その人間が、最初に知覚した 「世界」 なのだ。
 
 最初に知覚した 「世界」 は、一生を左右する。
 それは、自分を生んだふるさとであり、死するときに還るべきところでもある。

 そして、そのとき自分の周りを包んでいた 「季節」 は、その人間の感受性の原点ともなりうる印象深い季節となる。

 私の 「夏好き」 は、生まれが4月28日であることから来るものだといえる。
 その3ヶ月後といえば、7月28日。
 盛夏だ。
 1年のうちに、いちばん幸せな季節がやってくる。
 
 
 
 
好きな夏の歌 「竹内まりや 『夏の恋人』 」

好きな夏の歌 「夏なんです」
 
 

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真夏の快楽 への2件のコメント

  1. Sora より:

    貸切大型客船から始まって、この世の最高の快楽は、夏ののり弁の結論になってしまいましたか。庶民感覚の妙味、論理展開の巧みさ、さすがです(笑)。
    私は、夏の生命感みたいなものに惹きつけられます。町田さんは、盛夏の下でのエアポケットみたいに生まれる、空っぽ感じゃないですか?
    今年の夏も、夏エッセーを楽しみにしてます。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ
      北海道の旅を楽しまれているようですね。あいかわらず写真も素敵です。

      それにしても、Soraさんのコメントは、いつもこちらの書きたかったことを、ワンフレーズだけ補足してくれます。
      今回のワンフーズは 「盛夏の下でのエアポケット」。
      まさに、ここではその “エアポケット” のことを言いたかったのですが、その 「エアポケット」 という言葉が見つかりませんでした。
      指摘されて、その 「そのとおり!」 だと思いました。

      そして、その 「エアポケット」 の内実を 「空っぽ感」 と表現されたことも言い得ていらっしゃる。

      なんか、“空っぽの感じ” が自分は好きなんでしょうね。
      夏は特に、その空っぽ感を涼しく感じます。
       

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