Good Time Charlie

   
 自分の身体の中には “アフロ・アメリカンの血” でも流れているのか、黒人系の音楽が好きだ。
 ブルースあるいはR&Bといったアフタービートに自分の「耳の波長」がセッティングされているらしく、そういう音が周辺で鳴り始めると、条件反射的に心臓の鼓動がアフタービートに切り替わり、腰が左右に揺れ始める。

 しかし、年に数回、白人系の音であるカントリーミュージックを無性に聞きたくなる。
 黒人系のSoul Music とかR&B というのは、基本的に都市の音楽で、都会のネオンと相性がいい。その昔、南部のコットンフィールドで働いていた黒人奴隷たちが、やがて都市に流れ出し、都市労働者として生活し始めるようになって形を整えていった音楽だからだ。
 ということは、音楽そのものが、新緑の鮮やかさ、小川のせせらぎ、星空の輝きとは切れてしまっていることを意味する。
 
 その点、カントリー系の音は、土や草むらの匂いとか、焚き火の匂いと相性がいい。

 で、いま、焚き火を楽しむときに、そばで静かに流れていると心地良い曲を集めたオリジナルの音楽ソースを編集しているのだけれど、自然とカントリー中心の選曲となった。

 といっても、軟弱な自分はコテコテのカントリーはやっぱり苦手なのだ。
 “カントリーもどき” というのだろうか。
 カントリーがかったロック、もしくはポップスになってしまう。

 だから、CSN&Yのアルバムからは 「Teach Your Children Well」 とか、Eaglesからは 「Tequla Sunrise」 、Ry Cooderでは 「Across The Borderline」 などといった選曲となる。
 
 カントリーミュージックというと、明るく陽気な曲調を誰もが予想する。
 しかし、なかには、とてつもない淋しさを宿しているものがある。
 その淋しさを、のんびりとしたおおらかな音で包むのがカントリーミュージックの本質だ。
 
 たぶんそれは、ヨーロッパから渡ってきた白人たちが、はじめて目にした荒涼たる大地の印象から来たものだろう。

 水の豊かな森の民族たちが目にした新大陸の風景は、心を慰撫するものが何もない不毛の大地に思えたかもしれない。

 だからこそ、彼らは家族同士・仲間同士が肩を寄せ合うように、(時にはジョークで場の空気をなごませながら)、粗末な幌馬車に揺られ、人の気配の耐えた大地を眺めていたのだ。
 カントリーミュージックには、「淋しさ」を陽気な音で紛らわせる悲しい知恵が感じられる。 

 そんなオリジナル音源を集めていたときに、気に入った曲を二つ紹介したい。
 どちらも、厳密な意味での「カントリーミュージック」とは言いがたい。
 もちろんトラディッショナルなものではなく、70年代に活躍したシンガーソングライターが作った曲だ。

 でも、これがいいんだな。
 明るい曲調のなかに「淋しさ」、「切なさ」、「やるせなさ」がたっぷり歌い込まれている。
 
 最初はエディ・ラビットの歌う「Pour Me Another Tequila」。

 エディ・ラビットは1941年生まれのカントリー系シンガーソングライター。日本ではあまり知られていないと思うが、70年代から80年代にかけて、アメリカではかなりのヒット曲を飛ばした中堅どころの歌手らしい。

 実は私も、この歌を FM だったか FEN だったかで偶然拾うまで、まったく知らなかった。
 でも、のんびりしたミディアムテンポで繰り返される「Pour Me Another Tequila(テキーラをもう一杯)」のフレーズにエキゾチシズムをくすぐられた。
 カントリーフレイバーがかかっているにもかかわらず、「テキーラ」という言葉の響きにメキシコの色彩も加わって、ラテンの香りもかすかに漂う。
 暮れゆく南の国の太陽が、田舎酒場の磨き上げられたカウンターに最後の光を反射させているというような情景が浮かんでくるのだ。

 歌詞をたどると、実際に酒場の情景が歌われているようだ。

 タバコの煙がたなびく古びた酒場。
 去っていった女を思いながら、テキーラを煽る男。

 「ヘイ、ジョー。バンドに悲しい歌はやめろと言ってくれ。あの女のことを思い出して辛くなるからよぉ」
 
 男はそう言いながら、
 「俺のグラスに新しいテキーラを注いでくれ」
 と頼む。
 「今まで飲んでいた酒じゃ、あいつを思い出してしかたがねぇからよ」

 英語が堪能ではないので、正しい訳かどうか分からないけれど、たぶん …… そんなような歌だと思う。

 もうひとつ。
 これも、のどかさの中に、そこはかとない切なさがにじむ曲。
 ダニー・オキーフの「Good Time Charlie’s Got The Blues」。

 ダニー・オキーフも70年代初頭に活躍したカントリー系のシンガーだが、やはり日本人にはあまりなじみがないかもしれない。
 私も、名前だけは昔から知っていたが、曲を聞いたことがなかった。
 この 「グッタイムチャーリーズ・ゴット・ザ・ブルース」 という曲も、オリジナルより先に、チェット・アトキンスとアル・クルーのインストルメンタル曲で知った。

 でも、聞き比べてみると、オリジナルのダニー・オキーフのバージョンの方が切なく響く。
 歌詞が入っているせいかもしれない。

 「ああ、みんなLA(ロサンゼルス)がいいといって、この町を離れていく。
 確かにシケた町だぜ、雨ばかり降ってよ。
 俺も、このままじゃいけねぇとは思っているよ。
 俺はまだ本気出してないだけ。
 でもさ、どうしたらいいんだ ? 」

 そんなような歌だ。

 この歌のキーとなるのは、「Good Time Charlie」。
 これは、チャーリーという人の名前というわけではなく、その言葉自体が「遊び人野郎」といった意味らしい。
 ネットの自動訳を試みたら、「快楽追求型のチャーリー」という訳が出てきた。

 つまり「Good Time Charlie」というのは、日本で言えば、「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで身上をつぶした小原庄助さん」みたいな人のことをいうのだろう。

 その “庄助さん” が、「Got The Blues」。
 … つまり、ふさぎこんでいる、という意味らしい。

 この「Blues」という言葉は、黒人の “嘆き節” であるブルースと掛け合わせているとも考えられるので、「お気楽野郎も、ついに嘆き節を口ずさむようになったぜ」というニュアンスがあるのかもしれない。
 日本語に訳せば、
 「小原庄助さん、演歌にむせぶ」
 といったところか。

 「ボヤキ」と「愚痴」と「自嘲」の世界だが、それをカラッと爽やかに歌い上げてしまうところに、この歌の妙味がある。

 この歌が、はたしてカントリーミュージックといえるかどうか分からないけれど、なんとなく白人的な哀切感があって、私は好きだ。
 
 
参考記事 「どうにかなるさ」(日本語のカントリー)
  
  

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