Good Time Charlie

   
 基本的に、黒人系の音楽が好きだ。
 しかし、年に数回、白人系の音であるカントリーミュージックを無性に聞きたくなることがある。
  
 カントリーミュージックというと、明るく陽気な曲調を誰もが予想する。
 しかし、なかには、とてつもない淋しさを宿しているものがある。
 その淋しさを、のんびりとしたおおらかな音で包むのがカントリーミュージックの本質だ。
 
 たぶんそれは、ヨーロッパから渡ってきた白人たちが、はじめて目にした荒涼たる大地の印象から来たものだろう。

 水の豊かな森の民族たちが目にした新大陸の風景は、心を慰撫するものが何もない不毛の大地に思えたかもしれない。

 だからこそ、彼らは家族同士・仲間同士が肩を寄せ合うように、(時にはジョークで場の空気をなごませながら)、粗末な幌馬車に揺られ、荒涼とした大地を進んで行ったのだ。
 カントリーミュージックには、そういったように、「淋しさ」を陽気な音で紛らわせる悲しい知恵が感じられる。 

 ここでは、最近気に入ったカントリーミュージックを二つ紹介したい。
 1曲目は、エディ・ラビットの「Pour Me Another Tequila」。 
 次の曲は、ダニー・オキーフの「Good Time Charlie’s Got The Blues」。
 両者とも、明るい曲調のなかに「淋しさ」、「切なさ」、「やるせなさ」がそこはかとなく漂う曲だ。
  
 まずは、エディ・ラビットの歌う「Pour Me Another Tequila」。

 エディ・ラビットは1941年生まれのカントリー系シンガーソングライター。日本ではあまり知られていないと思うが、70年代から80年代にかけて、アメリカではかなりのヒット曲を飛ばした中堅どころの歌手らしい。

 実は私も、この歌を FM だったか FEN だったかで偶然拾うまで、まったく知らなかった。
 でも、のんびりしたミディアムテンポで繰り返される「Pour Me Another Tequila(テキーラをもう一杯)」のフレーズにエキゾチシズムをくすぐられた。
 カントリーフレイバーがかかっているにもかかわらず、「テキーラ」という言葉の響きにメキシコの色彩も加わって、ラテンの香りもかすかに漂う。
 暮れゆく南の国の太陽が、田舎酒場の磨き上げられたカウンターに最後の光を反射させているというような情景が浮かんでくるのだ。

 歌詞をたどると、実際に酒場の情景が歌われているようだ。

 タバコの煙がたなびく古びた酒場。
 去っていった女を思いながら、テキーラを煽る男。

 「ヘイ、ジョー。バンドに悲しい歌はやめろと言ってくれ。あの女のことを思い出して辛くなるからよぉ」
 
 男はそう言いながら、
 「俺のグラスに新しいテキーラを注いでくれ」
 と頼む。
 「今まで飲んでいた酒じゃ、あいつを思い出してしかたがねぇからよ」

 英語が堪能ではないので、正しい訳かどうか分からないけれど、たぶん …… そんなような歌だと思う。
 
 
 もうひとつ。
 これも、のどかさの中に、そこはかとない切なさがにじむ曲。
 ダニー・オキーフの「Good Time Charlie’s Got The Blues」。

 ダニー・オキーフも70年代初頭に活躍したカントリー系のシンガーだが、やはり日本人にはあまりなじみがないかもしれない。
 私も、名前だけは昔から知っていたが、曲を聞いたことがなかった。
 この 「グッタイムチャーリーズ・ゴット・ザ・ブルース」 という曲も、オリジナルより先に、チェット・アトキンスとアル・クルーのインストルメンタル曲で知った。

 でも、聞き比べてみると、オリジナルのダニー・オキーフのバージョンの方が切なく響く。
 歌詞が入っているせいかもしれない。

 「ああ、みんなLA(ロサンゼルス)がいいといって、この町を離れていく。
 確かにシケた町だぜ、雨ばかり降ってよ。
 俺も、このままじゃいけねぇとは思っているよ。
 俺はまだ本気出してないだけ。
 でもさ、どうしたらいいんだ ? 」

 そんなような歌だ。

 この歌のキーとなるのは、「Good Time Charlie」。
 これは、チャーリーという人の名前というわけではなく、その言葉自体が「遊び人野郎」といった意味らしい。
 ネットの自動訳を試みたら、「快楽追求型のチャーリー」という訳が出てきた。

 つまり「Good Time Charlie」というのは、日本で言えば、「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで身上をつぶした小原庄助さん」みたいな人のことをいうのだろう。

 その “庄助さん” が、「Got The Blues」。
 … つまり、ふさぎこんでいる、という意味らしい。

 この「Blues」という言葉は、黒人の “嘆き節” であるブルースと掛け合わせているとも考えられるので、「お気楽野郎も、ついに嘆き節を口ずさむようになったぜ」というニュアンスがあるのかもしれない。
 日本語に訳せば、
 「小原庄助さん、演歌にむせぶ」
 といったところか。

 「ボヤキ」と「愚痴」と「自嘲」の世界だが、それをカラッと爽やかに歌い上げてしまうところに、この歌の妙味がある。

 この歌が、はたしてカントリーミュージックといえるかどうか分からないけれど、なんとなく白人的な哀切感があって、私は好きだ。
 
 
参考記事 「どうにかなるさ」(日本語のカントリー)
  
  

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