ホームレスのいたベンチ

 
 毎日通勤の途中に見ていたホームレスの老人が、(たぶん) 死んだ。

 老人 … といっても、年齢 (とし) は分からない。
 いつもフード付きのコートで体をすっぽり覆い、顔も、半分は目深にかぶったフードの下で隠れているため、頭髪の状態を見ることはなかった。

 くちヒゲと、あごヒゲだけは、見えた。
 そのヒゲが、褐色に近い顔とは対照的に真っ白に染まり、しかも胸の辺りまで垂れていたので、かなりの 「老人」 に見えたが、実際の年齢は案外若かったかもしれない。
 あるいは、逆に、見た目よりもっと年寄りだったかもしれない。

 その老人が、「公園」 ともいえないような、狭い植え込みが広がる歩道に住みつき始めたのは、昨年の晩秋、木々の葉がどんどん黄色くなり、さらにそれが次々と細い枝を離れて、地面に舞い散るようになった頃だった。

 歩道の奥まったところには、木のベンチが3脚並び、老人はその一番外れのベンチを独占して、自分の生活圏を確保した。

 商店街の酒屋がビールケースなどを運ぶときに使うような台車が二つ。
 傘が数本。
 あとは、コンビニなどで配られるおびただしいレジ袋。 
 それが、2台の台車の取っ手のところにヒモで結ばれ、壁のようなものを作っていた。
 レジ袋の中には、さらに丸められた小さいレジ袋がたくさん詰め込まれ、その奥に潜むものを隠していた。

 袋の奥の方には何が詰まっているのだろうか。
 遠目に眺めながら通り過ぎていく私には、中味まで確認することができなかった。
 もしかしたら、その “袋の山” 自体が、彼の生存権を寒風から守る防御壁だったのかもしれない。

 朝、そこを通ると、老人はたいていベンチに身体を横たえている。
 木のベンチには、半円状に曲げられた鉄パイプが埋め込まれている。
 埋め込まれたパイプは、座って休む人のために、1人分スペースを区切る標識のようにも見えるが、ホームレスがベンチで寝るのを妨げるために埋め込まれたものであると、容易に想像できる。
 
 しかし、老人はベンチ製作者の意図を知ってか知らずか、身体を不自然な形に折り曲げ、腰の部分を大きく外にはみ出すような格好で寝ていた。
 夜、同じところを通ると、今度はベンチに腰掛けたまま、身体を前に折り曲げ、ほとんどの膝の上に頭を付けるような姿勢で、微動だにせずうずくまっていた。

 老人の座っているベンチからは、日本を牽引する大手企業たちの高層ビルが見える。
 そのうちの一企業の業績がアップダウンするだけで、日本の経済が大きく揺れそうな企業群が居並んでいる。
 しかし、常に自分の膝に顔をうずめている老人に、それらの建物を眺める時間はあったのか、なかったのか。
 あったとしても、ガラスで覆われた “石のかたまり” に過ぎなかったかもしれない。  

 秋が終わり、冬が来た。
 老人は、雨の降る日は、薄いビニールのレインコートで身を包み、顔の部分には傘を差して過ごしていた。
 雪の降っている日も、老人はどこかのビルの軒下に入ることもせずに、同じベンチに腰掛けたまま、膝に顔をうずめ、傘で頭を覆い、雪に耐えていた。

 この界隈の警察、保健所は、この老人をこのまま放置して平気なのだろうか。
 近所の住民は、彼の代りにSOSを発してやらないのだろうか。
 ときどき、そんなことを思って、短い間立ち止まることもあったが、では 「お前は何かしてやれるのか ? 」 と自問すると、自分にも妙案が浮かばない。

 寒い夜、何か温かくて安い弁当でも買って、近づいてみようか … などとも夢想したこともあったが、けっきょく踏ん切りがつかなかった。

 そういう思いが頭を去来しても、「それはこの次に」 と、自分自身をそこから遠ざける非情な声がする。
 老人の前を通り過ぎる通行人の数は多いが、そのほとんどは振り向きもしない。
 憐憫もなければ、不快感を催す様子もなく、好奇心すらないようだ。

 その通行人たちの姿を眺め、
 「まだ老人の存在を意識しているだけ、自分はマシか … 」
 などと、奇妙な言い訳を頭に浮かべてみるものの、もとよりそんな自意識は免罪符にすらならず、重く切ない無常観がどろりと流れ出す。

 しかし、そんなうしろめたい気持ちも、50mほど遠ざかったところで薄れ、老人の存在さえも意識から消える。

 老人は冬を生き延びて、春を迎えた。
 桜の開花もウワサされるような陽気になり、老人の座るベンチ周りにも温かい空気がたなびくようになった。

 しかし、その頃になると、ベンチに屈み込んで座っていた老人が、コンクリートの歩道の上に、直に寝るようになった。
 「あ ! 」 と思ったが、ひだまりの中で、満足そうに口をムニャムニャと動かしていたので、「暖かくなったため、石の上で寝るのも辛くなくなったのかな … 」 などと思ったりもした。

 だが、やはりそれは最期が近づいていた 「しるし」 だったのかもしれない。
 土日の休みを挟んだ後の月曜日。
 2日ぶりの通勤の朝、老人が占拠していたベンチ周りからは、台車も、台車に結び付けられたジレ袋の山も片付けられ、妙にこざっぱりした空間が戻っていた。
 もちろん、老人の姿はなかった。

 はじめて、老人が座っていたベンチのそばまで近づいてみた。
 木のベンチは、「さびしい清潔さ」 に満たされていた。

 ふと見ると、緑の植え込みの間に、白いユリの花が咲いていた。
 不思議なところに咲くもんだなぁ、とさらに近づくと、それは飲み終えた缶コーヒーのプルトップの穴に差し込まれた花だった。
 老人が死んだことが分かった。

 誰が活けたのか分からないが、老人の死を弔う人がいたことを知り、わずかだけ心が和らいだ。
 その場に立ち尽くし、30秒ほど合掌した。
 
 

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ホームレスのいたベンチ への16件のコメント

  1. Take より:

    孤高の最期なのでしょうか。
    僕も少しこの問題にかかわっていますが、「生活保護」の提案をしても自分の力で生きていけるからと断り、無理をする方が多いです。
    税金も払わないで…と苦虫をつぶす発言があることは知っていますが、義務を果たせていない後ろめたさから意地を張っている姿は、どうしても「孤高」とか「武士は食わねど高楊枝」の姿を思い出します。
    でも同時にそうまでせざるを得ない社会に少し不信感もわきます。

    • 町田 より:

      >Take さん、ようこそ
      >>「孤高の最期」。
      そんな気もします。
      この老人も、物乞いをするわけでもなく、じっとうずくまって、ひたすら時間が過ぎることに耐えているという印象でした。

      彼の心のなかに、どんな 「時間」 が流れていたのか。
      それは知るよしもありませんけれど、ただただ、今は冥福を祈るばかりです。
       

  2. スパンキー より:

    彼岸に亡くなるって、なにかあるのでしょうね?

    震災以降、死というものが私たちに身近になっています。

    死は他人事でもなく、誰でも経験するもの。
    なのに誰も知らない世界。

    この話に寂しいと同時に、そういうもんなんだと思ってしまう自分が悲しい。

    病んでいるのかな?

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      なんでこのホームレスの老人のことを書く気になったのか。
      自分でもよくわからないのです。
      ただ、彼の姿がベンチから消えたとき、少なからずショックを受けました。
      そのショックの正体もよくわからない。
      自分でも整理のつかないものに触れたという気持ちです。

      それは、何もしてやれなかったという悔恨なのか。
      見てみぬふりをする通行人たちへのいきどおりなのか。
      日本の繁栄の陰に消えていく弱者への憐憫なのか。
      …でも、そんなものでもないような気もするし……。

      ただ、むき出しの 「悲しさ」 がゴロっと転がってきたという感じでした。
      それはいったい何なんだ ?
      「観察する人間」 が負わされる “宿題” のような気もします。
       

  3. 林 孝信 より:

    私は一度、弁当ではありませんがコーヒーを差し入れたことがあります。
    少し話をしようと思い、缶コーヒーを2本買い、一本を渡しました。
    すると、その方はお前ものもよこせとばかりに手を伸ばしてきました。
    自分の分も渡すと、その方は缶コーヒー2本をすぐには飲まずに懐にしまいました。

    場所は駅の入り口で、人通りは多く、すぐ近くには交番もあります。
    それでも誰もが見て見ぬふりをしていました。
    行動のきっかけは、その方を助けたいというよりは、見て見ぬふりをする大勢の連中と自分は違うんだと思いたかっただけです。

    • 町田 より:

      >林 孝信さん、ようこそ
      缶コーヒー2本。
      たとえ、>>「見て見ぬふりをする大勢の連中とは違うと思いたかっただけ」 にせよ、そのホームレスの人は、きっとその後に、喉を潤して 「おいしい」 と感じただろうと思います。

      ホームレスであろうとなかろうと、普通に生活しているただの行きずりの人であっても、人が 「おいしい」 と感じるであろうものをプレゼントすることは、素晴らしいことのように思います。

      ネットなどを見ると、「ホームレスに食料を渡すことは、自立支援にならないからよくない」 という意見を述べる人もいます。
      「くせになるから」、「つけあがるから」 という意見もあるようです。
      私には、そういう意見が正しいのかどうか、それすらも分かりません。
      ただ、缶コーヒー2本を渡した林さんの気持ちには、素直に寄り添える気もします。
        

  4. ようこ より:

    町田さん こんにちは

    ホームレスの事を書いていました
    書くのに長い時間をとったからか
    送信したら消えてしまいました、 ムッ 今日はやめて
    そのうちに機会があったら書きましょう。。。と

    米国は薬物でホームレスになる人が多いです
    クラック経済とマクドナルド
    http://headlines.yahoo.co.jp/ted?a=20150605-00000029-ted

  5. ようこ より:

    TEDはわりとよく見る番組です
    珍しく和訳文がついているのを 今朝見つけました。

    2007年からここまで ↑
    キャンピングカーの記事はすっ飛ばして読んできました
    読む記事がなくなったら 読むかも知れないです 汗)

    町田さんはアメリカも旅していらっしゃるんですね
    米国の道路事情はいかがでしたか ?

    テレビやラジオへのご出演、さもありなんです
    お顔も拝見いたしました、さあ もう逃げられませんぜ !笑)

    • 町田 より:

      >ようこさん、ようこそ
      >>「2007年からここまで ↑」 … ということは、キャンピングカーの記事以外のアーカイブをすべてご覧いただいたということなんでしょうか !?

      ひやぁ … !
      びっくり。
      ありがたい という気持ちも半分。あとは、いい加減な記事もあるので、恥ずかしいという気分も半分。
      でも、それほどまでに熱心にご愛読いただけるなんて、もう本当に管理人冥利に尽きる思いです。

      TEDの番組は面白そうですね。リンクを張っていただき、ありがとうございます。

      ホームレスの記事は、ショックが大きくて、思いもあまりまとまらないまま、書いてしまいました。

      薬物の依存からホームレスになってしまう人が多いということは、なんとなく分かるような気もします。
      生活苦やら過度な精神的苦痛を感じたとき、人間は一瞬でも自ら「思考停止」状態の中に飛び込んでしまいたくなることがありますよね。
      そういったとき、確かにドラッグは、安易にそれを助長させてくれるモノなのかもしれません。
      気付くとホームレス。さらには廃人。
      一度負のスパイラルに入っていくと、立ち直る契機はなかなか生まれないのでしょうね。怖い感じもします。

      アメリカには、二度ばかり出かけています。
      最初は、日本では当時買えなかったソウルミュージックのレコードを手に入れるための渡米。二度目は、レンタルモーターホームの旅でした。

      アメリカの原野を走ったことは、いい体験になりました。
      昔、片岡義男のナレーションが入るパイオニアの「ロンサムカーボーイ」(カーステレオ)のCMに、アメリカの荒野を貫く一直線の道の映像が使われていましたけれど、あのCMが心に残した荒野への憧れは終生持続しています。
       

  6. 木挽町 より:

    昭和15年生まれで小学校入学が終戦の年。生みの母が脳溢血で半身不随。離婚し実家に。東北の寒村で5人兄弟で父子家庭。父親は再婚し子持ちの後妻継母に育てられる。継母は自分の連子の教育だけに懸命で前妻の子供はほったらかし。食べるものもほとんど無し。教育も受けられない。1年遅れで小学校に入学したところで同年の子供たちからはいじめられ学校に馴染めず。結局学歴は一切無しで日雇いの土木作業員。懲役も経験。請負の現場作業員として一生を。もちろん無年金。現在75歳。とにかく働き者。日払い仕事があるときはその日に稼いだカネでサウナ暮らし。70歳を過ぎたころから日雇いの仕事にもあぶれるようになってブルーシート。新宿区役所がみかねて。住民登録も無し。戸籍も不明。ある日の夜、本人の記憶に頼って社会福祉士とふたりで急に。現在は北関東の小さな町で生活保護。本人はまだ働きたいと。字も読めない無学なのに。生みの母親に一度も抱かれたこともないのに「オレが死んだら母親と一緒の墓所に」と。恵まれた時代に育ったオレが絶対に責任果たします。

    • 町田 より:

      木挽町さん、ようこそ
      このお話、もしかして、木挽町さんの係累の方(ひょっとしたらお父様?)のお話ですか。
      拝読し、胸が詰まりました。
      日本が60年代から70年代の高度成長の恩恵にあずかり、狂らんバブルの浮かれた生活を楽しめたのも、こういう陰で支えてくれた人たちの力があったからこそですよね。
      たぶん、私が見たのも、このような人生を送ってきた方なのでしょう。

      このブログでは、政治的なこと、経済的なことに対して、それを直接批判的に書くことは避けています。しかし、内心は格差社会をどんどん広げている今の政権に対して憤りを感じています。
      「それは政権側の問題ではなくて、世界的な経済構造のせいだ」という意見もあります。でも、だったら、そういう経済構造を促進してきたものは何だったのか。
      …ま、そこまで議論を進めてしまうと抽象的になりすぎて手に余るのですけれど、自分自身がもどかしく思うのは、今の社会の不公平さや非情さを根源的なところにさかのぼって考えようとすればするほど、ホームレスのいたましさを感じる心も抽象化されてしまうということなんですね。

      生身の人間の悲惨さを感じる心と、その悲惨な状況を生み出す社会を分析するときに必要なクールな認識力とのへだたり。
      これをどう処理していいのか、自分自身にも回答がありません。

      でも木挽町さんの最後の言葉、「オレが絶対に責任果たします」という言葉にはその問題を一言で解決してしまうような力強さを感じました。
       

      • 木挽町 より:

        お察しのように係累です。冬の夜に突然チャイムが。新宿区役所の社会福祉士の方とふたりが立っていました。最後にあったのは私が小学校の頃。それでも面影だけで叔父だとすぐに分かりました。まじめで酒も飲まずタバコも吸わず。ギャンブルもキッパリと足を洗って日雇いで働いていたそうです。本人は無学なので、生活保護受給、住居の確保、住民登録、などなどを手伝いました。小学校1学年さえ普通に過ごせたなら、こんな人生ではなかったはずです。終戦直後のこととはいえ。

  7. 木挽町 より:

    この手の話は、けして特別な話ではなく、案外皆さんの身の回りのどこにでもある話だということを福祉課の方から伺いました。当時は兄弟が多いのが当たり前。順調な人生を歩んだ人もいるし、まったく順調でなかった人も多いんだとか。教育を受けられなかった人もけして珍しくはなかったでしょうし、一家がバラバラになってしまった方、財産がすべて無くなった方、などなど。そういう方々が高齢期を迎えて、核家族化の進んだ世の中で、結果的に居場所が無くなってしまうんだとか。豊かさの裏返しですね。ちょっと遠い親戚まで含めたら、どこのご家庭でも有り得る話なんだそうです。孤独死や、コインロッカーから発見されたご遺体の身元が分からないとか、身元が分かっても引き取らないとか。それが現代の厳しさなのかも。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      分かります。そのとおりですね。
      木挽町さんのような体験は、誰もが多少はしているはずです。

      まさに木挽町さんがおっしゃるように、係累に属する人たちが、みな同じ生活水準を保っているということはあり得ないのかもしれません。中国の華僑のような、家族同士の結びつきって、日本はそんなに強くないのでしょうね。

      実は、自分も昔、父の姉で、頼るべき身寄りもなく、千葉でずっと一人暮らしを続けていて衰弱していた老婦人を引き取り、千葉の病院に入院させてずっとケアしていたことがありました。(もう亡くなって久しいのですが)。伯母は認知症も進んでいたので、病院に見舞いに行っても、私が誰だかついぞ知ることもなかったようです。
      ただ、幸いなことに、性格の明るい人だったので、見舞に行くたびにニコニコと対応してくれて、病棟でもみんなに歌を披露して、その場を明るくする人気者でもありました。
      それにどんなに救われたことか。

      母方の係累も、さびしい死に方をしています。
      伯父もまた貧乏のなかで死にました。
      でも、思い出を残してくれました。

      没落していく係累の死にざまに接することは、やはり哀しい。
      でも、なぜかみな心に残っています。
      人は死んでも何かを残す。
      母方の伯父は、「砂山」という童謡を心の中に残してくれました。

      http://campingcar.shumilog.com/2012/05/02/%e4%bc%af%e7%88%b6%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%ae%e8%a9%b1/

      • 木挽町 より:

        ありがとうございます。ずっと前に、知り合いがやっている朗読劇の会で童謡「砂山」の朗読を聞いたことがあります。「さよなら」みたいな哀しい感じが良かった印象があります。いい作品ですよね。貼って頂いたリンクを拝見しようとしましたが権限外というメッセージが出て見れませんでした。ps:タバコは苦労してます。吸う場所に。本数は減っているのですが。糖尿病ですし。とはいえ、積極的にやめようと思ったことはほとんど無いです。

        • 町田 より:

          >木挽町さん、ようこそ
          リンクを張った記事が「権限外」というメッセージで出ていたことを後で知りました。
          申し訳ないです。張り直しました。そちらの方に返信いただき、ありがとうございました。

          なんとなく、木挽町さんと私は境遇が似ているような気もします。
          私もまた糖尿病です。
          ヘモグロビンA1Cが、7.いくつです。
          カミさんがタバコを吸わないので、家でも吸う場所に苦労しています。
           

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