「悪役」 が好き (チャーリー・プリンスの魅力)

  
 「悪役」 が好きだ。
 なぜだか知らないが、小さい頃からそうだった。
 勧善懲悪モノの映画やテレビドラマなどを観ていても、いつの間にか、主人公より悪役の方に魅せられている自分がいたりする。

 悪役の特徴は、どんなドラマにおいても 「悪役」 として登場するかぎりは、主役を超えられないところにある。
 たとえ、その悪役が、主役に勝る能力や美貌に恵まれたとして、それらの美質が冴えわたれば冴えわたるほど、逆に観客の恐怖感や嫌悪感は増幅していく。

 そこに悪役の 「悲劇」 と 「栄光」 がある。

 多くの悪役は、「あいつが最後に死んでスカッとしたね」 という観客の鬱屈をはらすためだけに登場し、せいぜい、「あの悪役はけっこう怖かったね」 という程度の賛辞 ( ? ) を送られ、やがて主人公より早く忘れられてしまう。

 悪役とは、なんと割に合わない存在であろうか。
 「観客に好かれてナンボ」 のはずの役者が、「嫌われる」 ことによって観客の関心をつなぎとめなければならないというのだから。

 しかし、その理不尽こそが、役者の闘志を燃やすのではないか ?
 悪役の輝きが増すときというのは、実はその役者が、もっともピュアな役者精神を発揮した時ではないのか ?

 小さい頃からそこまで思っていたわけではないけれど、カッコいい悪役は、時に主人公を喰うほど魅力的だということには気がついていた。

 そういう悪役が登場すると、まず画面が “締まる” 。
 言い知れぬ緊張感が漂う。

 この、画面に登場するだけで空気を変えてしまうほどの悪役に魅せられてしまうと、私にとっては、どんな “正義の味方” も二流の脇役になってしまうのだ。

 概して西部劇に、こういう魅力的な悪役が多い。
 最近の西部劇では、『3時10分、決断のとき (3:10 to Yuma) 』 (2007年のリメイク) で 「チャーリー・プリンス」 を演じたベン・フォスターが強く印象に残っている。

▼ ベン・フォスターが演じるチャーリー・プリンス

 この映画でベン・フォスターは、ラッセル・クロウが率いる強盗団の副リーダーとして登場し、ボスであるラッセル・クロウ以上の冷酷さと残忍さで、強盗団の一番荒っぽいところを引き受ける。


 
 ボスの方のラッセル・クロウも、金のためなら人殺しだってためらわずに実行する人非人なのだが、彼は聖書の記述にも精通しているインテリであり、時に、人間味溢れる温かい一面も見せる。

▼ ラッセル・クロウが演じるベン・ウェイド
 

 それに対して、ベン・フォスターの方は、ボスのラッセル・クロウ以上に冷酷非情で残酷。罪もない人間を殺すのに何のためらいも持たない。
 他人に銃口を向けるときの無表情な怖さ。
 淡々と引き金を引くときの無慈悲な冷徹さ。

 もちろん現実社会においては、ただの殺人鬼のようなものだが、しかし、「映画」 の中に閉じ込めて見る限り、この男、ファッションにせよガンさばきにせよ、けっこうカッコいいのである。
 昔の南軍の将校が着ていたようなダブルのコートに身を包み、人を撃った銃をくるくると回してストンとホルダーに収める仕草を決めたときなんぞ、惚れ惚れするくらいの “悪のオーラ” がにじみ出る。

 ベン・ファスター。
 なんとも不思議な俳優である。
 けっして美男子でもなく、顔の造作は地味。
 この映画でも、どちらかというと、 “子分その他大勢” の中に埋没してしまうような印象の男である。
 なのに、視線の配り方、身のこなし方などを見ているうちに、次第に色気のようなものが感じられてくる。
最初は、怖い、いやな男と思っていが、映画が終わる頃になると、ほとんどこの男の姿ばかり追っていた。
  

 上の動画を見ていても、ほとんど人を殺すシーンしか出てこない。
 しかし、この 「人の命などどうとも思わないような男」 が、自分のボスに対してだけは、絶対的な忠誠を誓う。
 そこには、まぎれもなく 「愛」 がある。

 保安官に捕らえられたボスを救出するために、彼はグズる子分たちの尻を叩き、誤送されていくボスの後を執拗に追いかける。
 他の子分たちは、「ただボスを救出するだけ」 という金にならない仕事から逃げようとする。
 そんな仲間に向かって、ベン・フォスター演じるチャーリー・プリンスは一人で吠えるのだ。
 「お前たち、ボスの恩義を忘れたのか ! 」

 そう叫ぶ瞬間、ベン・フォスターは “主役” のラッセル・クロウすら喰ってしまう。
 実際、YOU TUBE で 『3:10 to Yuma』 を検索してみると、このベン・フォスターが登場する画像がやたらとピックアップされている。
 まるで、「ベン・フォスターこそ本当の主人公だ」 といわんばかりのベストショットを並べたようなものが目立つ。
 
 そして、それぞれがベン・フォスターに焦点を合わせたプライベートムービーのようなものを作り、そこにお気に入りのBGMを入れたりしている。
 たぶん、この映画を観た人たちの中に、私と同じような気持ちを抱いた人がいっぱいいたのだろう。


 
 ベン・フォスターの演じるチャーリー・プリンスの魅力とは何か。

 たぶん、その目なんだ。
 はじめて会う人間を値踏みするときの、疑り深い目。
 殺意を感じたときの、相手を射すくめるような目。
 人を殺す時の無慈悲な目。

 ところが、そんな殺伐とした精神を感じさせる男のいったいどこに潜んでいたの分からないような、イノセンスな美しい目がときどき現れる。
 その目は、満たされない愛を求めて、泣く寸前の少年の目である。
 西部劇 ( … とは限らず広くエンターティメント系映画) の魅力というのは、悪役の魅力であるのかもしれない。

 「悪役が主人公を喰ってしまう」 映画で、私の観たものの中で、ほかに印象に残っているものがあるとしたら、西部劇でいえば 『ヴェラクルス』 (1955年) のバート・ランカスター。
 この映画では、ゲーリー・クーパーとバート・ランカスターの2人がともに “主役” となり、仲間ともライバルともつかない人間模様を繰り広げながら、最後は対決に至るわけだが、断然魅力的だったのがランカスターの方。  

 ヨーロッパ的な教養を身につけて紳士然としたゲーリー・クーパーに対し、バート・ランカスターの方は、まともな教育も受けず、教養もなく、礼儀作法も知らない野人だが、狡猾さと、度胸と、反射神経の鋭さで強盗団のボスになっているという役柄。
 いかなるときでも、歯をむき出して、相手を冷笑するような笑みを浮かべ、相手を油断させて必ず裏をかくという、食えない男を演じて 「見事 ! 」 の一言に尽きる。


 
 そのランカスターのさらなる裏をかくゲーリー・クーパーのクレバーさが、この映画を面白いものに仕立てあげているのだけれど、キャラクター的な妙味でいえば、ランカスターの方に軍配が上がる。

 悪役が、主人公を喰って、映画の中心に居座ってしまう例として際立っているのが、『第三の男』 (1949年) のオーソン・ウェルズ。

 この映画も、最後は 「正義の勝利」 に終わるのだが、その “勝利” をほろ苦いものに包んでしまうほど、オーソン・ウェルズの悪役が光り輝く。
 昔の映画には、本当に魅力的な悪役がいっぱいいたような気がする。
 
 
関連記事 「3時10分、決断のとき」
 
参考記事 「 『第三の男に』 に描かれたウィーン」
 
 

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「悪役」 が好き (チャーリー・プリンスの魅力) への4件のコメント

  1. Take より:

    最近の子ども向けのヒーローものは、主人公がヒールになったり、悩んだりするとか聞いたことがあります。ゴジラも何作か前はゴジラが壊した建物か何かに両親がいてなくなってゴジラを憎む少女がヒロインだったような…。
    動画コンテンツから有名になった「秘密結社 鷹の爪」も心優しい秘密結社団員と「正義の味方」の戦いですが、どちらがどうなんだ?と感じさせる動画です。
    クレヨンしんちゃんの新之助君のセリフにも「正義の反対は別の正義」だったって?がありましたね。
    感性を育てる時代の子ども向けの番組があまり複雑になってこんがらがるのはいいのか悪いのかわかりませんが、善悪の判断は徐々に変わってきて、ヒーローだから善の図式はなくなってくるのかもしれません。

    でも、主人公が敵役より先に死ぬのは後味が悪いと思ってしまう僕は頭が固い人間なんでしょうね(笑)

    • 町田 より:

      >Take さん、ようこそ
      クレヨンしんちゃんの >>「正義の反対は別の正義」 という話は、確かにTakeさんから教えていただいたように思います。
      この言葉の出典はほかにもあるようですが、しんちゃんのセリフをTake さんから教えてもらい 「ほんとうにその通り ! 」 と感心した記憶があります。

      概して、アメリカ製の娯楽映画やドラマなどは、「白」 か 「黒」 かというグレーゾーンのないハッキリした 「勧善懲悪」 を描くことが多いのですが、現実的には、立場を替えてみれば、どっちが悪か、にわかには分からないようなこともありますよね。

      古典研究では、叙事詩のようなものの場合、しばしば 被征服者たちの文化や民族性、宗教などが、征服した民族から見た 「悪」 として描かれることが多いとか。
      そういう定説から見た 「悪」 を語ってみることも、なかなか面白いかもしれません。
       

  2. わたなべたつお より:

    自分が悪人顔だからって訳じゃありませんが…悪役大好きです。ブレードランナーでルトガー・ハウアー演じる脱走レプリカントのリーダーのカッコイイこと!悪役がいてこそのヒーローなんじゃないですかねぇ。宇宙怪獣侵略してこなければウルトラマンなんて失業だし、バイキンマンが姑息なことを考えなければアンパンマンなんてカビてく一方ですからね。

    • 町田 より:

      わたなべたつお さん、ようこそ

      いやぁ、何たる感じ方の一致 !
      びっくりしました。
      実は、この記事は、『ブレードランナー』 のルトガー・ハウアーを枕にして始まる記事でした。
      わたなべさんがおっしゃるように、あれは私にとっても、最高の “悪役” でした。
      今でもあの映画の本当の主役は、ハリソン・フォードではなく、ルトガー・ハウアーだと思っています。

      しかし、『ブレードランナー』 の悪役にまで言及してしまうと、話のまとまりがなくなるように思い、アップする直前に削除しました。
      でも、そのまま書いておけばよかったのかな …。

      宇宙怪獣とウルトラマンの話、バイキンマンとアンパンマンの話。
      面白いですねぇ。
      笑ってしまいました。
      相変わらずの健筆、恐れ入ります。
       

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