年を取るほど時間が早く過ぎていくのは何故 ?

 
 ちょっと前まで、「正月が来た」と思っていたら、もう 1ヶ月が過ぎようとしている。
 最近やたら、時間が経つのが早く感じるようになった。

 今朝も道を歩いていて、
 「あ、この前降った雪がもう溶けちゃっている!」
 なんて感心したけれど、考えてみれば、東京に雪が降ったのはもう10日以上も前なんだから、溶けているのが当たり前だよなぁ。

 じゃ、「その10日間何をしていたんだろう ? 」とか思うと、ほとんど何にも思い出せないのよ。
 まぁ、仕事の方は(徹夜が重なるほど)超忙しかったんだけれど、この10日間を振り返ってみると、時間だけが淡々と流れていった感じでさ。
 “忙しかった” ことへの疲労感も乏しい代わりに、そこから抜けたときの達成感もない。
 ただ「感覚」として残っているのは、 “まるで10秒程度の10日間だった” という思い。

 脚本家の内館牧子さんによれば、人間が 1年の早さをどう感じるかというと、それはその人間の年齢を、「あたかも “時速” に換算したような感覚で過ぎていく」ものらしい。

 つまり、10歳の人間にとって、時間が過ぎていく感覚は、まさに「時速10km」。
 18歳なら、時速18km。
 53歳なら、時速53km。
 75歳なら、時速75km。
 どんどん加速していくわけだ。
 
 もちろん、これはただの主観的な目安に過ぎないけれども、年を取れば取るほど、1年が過ぎ去っていく早さは、そんなように体感されるらしい。
 
 「加齢とともに時間が早く過ぎる」という感覚は多くの人たちに共通したものらしく、その理由を説明する理屈には諸説ある。

 有名な説として、「ジャネの法則」というものがある。
 これは、
 「10歳の子供にとっての1年間はそれまでの人生の10分の 1であるが、50歳の人間にとっては、自分が経験してきた人生のわずか50分の1。だから年をとるにつれて、時間は短く感じられるようになる」
 というような理屈を説いたもの。
 ふぅ~ん … と納得してしまいそうになる話だが、あまり科学的な感じがしない。
 
 もう少し科学的な匂いのする説明によると、
 「新陳代謝のスピードが違うからだ」という解釈もあるようだ。
 つまり、子供は新陳代謝のスピードが早く、短期間でグングン成長する。
 この細胞の成長の早さが、時間感覚に関係していて、成長スピードが速いと、時間は遅く長く感じられるようになる、… とか。
 … と言われても、どんなものをイメージすればいいのか。
 新陳代謝の早さと時間感覚の因果関係が、イマイチ頭に入らん。

 比較的、納得がいきそうに思えたのは次のような説。

 「年齢を重ねていくと、体の動きが緩慢になるだけではなく、モノを見て判断するのにも時間がかかるようになる。
 そのため、 “まだそれほど時間は経っていないだろう” と感じていても、実際には時計が刻む1分、1秒に、その人の時間感覚が追いつかなくなってしまっている。
 だから実際の時間の方が早く過ぎていくような錯覚に陥り、それが “あっという間に時間が経つ” という感覚をもたらす」

 なるほどね。
 要は、単純な心身の衰えなんだね。
 自分ではあくせくと頭と体を動かしているように思っていても、実際にはスローモーになっているということなんだろうな。

 大人と子供の「時間感覚の差」を話題にしても、美人の哲学者だった池田晶子さんがいうと、とたんに格調が高くなる。

 「子供の時間が、なぜあれほど濃密なのかという理由は、じつは子供の時間が 『無時間』 だというところにある。人間が 『時間』 を意識するようになるのは、記憶が蓄積されるようになってからだ。
 ところが子供はといえば、思い出すほどの記憶を重ねていない。
 大人は、一昨年、去年というように、記憶をたどることで、少しずつ死に向かって流れる時間の中に自分がいることを確認する。
 しかし、子供には『現在』しか存在しない。つまり永遠の時を生きている」

 美しい言葉だ !
 だけど、ちょっと文芸的過ぎるかな。

 下世話な切り口では、こんな説も。
 
 「若い頃は脳細胞の分裂が活発なので、日々の出来事がすべて刺激的に感じられる。刺激に満ちた時間というのは、後から思い起こすと長く感じられるものだ」

 つまり、
 「子供の頃は、運動会や文化祭、遠足や修学旅行など、はじめて体験するようなイベントが月ごと、年ごとにある。
 そういう新しいイベントはみな新鮮であり、それが自分にもたらす意味を考える時間も長くなって、記憶も充実する。
 しかし、大人になると、すべてのイベントは経験済みとなるため、あまり記憶にとどまらない。だから、脳内に “空白” が生まれる。
 このスカスカ感が、すなわち時間感覚を短いものにしてしまう」

 うん、そういう理屈も、なんか分かるような気がする。
 要は、「感受性の枯渇」ということなのかしらね。

 実際、アメリカで行われたある実験によると、
 「自分にとって、国際的に重要な出来事と思えるものは何だったか ? 」 
 と問うたところ、多くの熟年たちが挙げた事例が、第二次世界大戦、ケネディ大統領暗殺、ベトナム戦争。
 要は、その人たちが20代に起きた事例を挙げるケースが非常に目立ったのだとか。
 一般的に、年齢を超えて、人は「世界を揺るがす出来事は20歳のときに起きている」と思い込む傾向があるのだそうだ。

 これも 「年を取ると時間があっという間に流れる」 という心理を説明する動機になりそうだ。
 つまり、「20代を超えてしまうと、感受性も記憶もだんだんスカスカになり、何にも起こらないうちに年をとってしまった」 という感慨をもたらすようになる、ということなのだろう。

 そうなると、いかに鋭敏な感受性を保ち続けるか。
 それが、 “濁流のように流れゆく時間” に抗するための大人の武器となりそうだ。
 難しいいけどね。

 しばらく前のことだったけれど、介護施設で暮らす義母を見舞ったときのことだった。
 冬の日。
 窓の向こうに広がる昼間の穏やかな庭を眺めながら、義母はこう言う。
 「1日が長い。退屈するほど長い。なのに1週間は、あっという間に過ぎてしまって何も記憶に残らない」
 
 この言葉を聞いたとき、老いた人の感じる「時間」というものが、少し解ったような気になった。
 同時に、「時間」というものの残酷さも感じた。
 だんだん、そういう心境になる日が近づいてきているような気もする。
  
  

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年を取るほど時間が早く過ぎていくのは何故 ? への8件のコメント

  1. スパンキー より:

    私が思うに、年をとるとなんとなく自分のタイムリミットを意識する。
    死ぬということが、人ごとではなく、現実的に迫ってくるので、
    焦りますよね。
    若い頃は、そんなことは意識しません。100㌫夢中になれた気がします。

    で、年をとると、ゴール(死)から逆算したりして、現在の自分のやっていること、
    やっていないことなどを考えたりする。と、余計に時間が気になります。

    よって、成果があがらなかったりすると、なにやっていたんだろうとなる。
    そんな感覚で過ごしていると、やはり時間の過ぎるとは早いんです。

    マラソンの選手も、ラストは必死ですものね。それはゴールがみえているから…

    そんな気がします。

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      ああ、それって分かります !
      私なんかも齢 (よわい) 60を超えると、無意識のうちに 「身体が動くのはあと何年」 「頭が働くのはあと何年」 … なんて数えていますものね。

      で、やり残したものを仕上げなきゃ … などと殊勝に力んだりすることもあるんですが、今度は、「その前にまず休んで英気を養って」 なんて考えちゃうから、さらにやり残したことが山積みになってくる。
      この悪循環から逃れられないです。

      ゴールは見えているのに、いっこうに前に進まない。
      年を取るということは、焦りばかり増えることであるような気もします。
       

  2. Sora より:

    そうですね。お義母さんの、「1日が長い。退屈するほど長い。なのに 1週間は、あっという間に過ぎてしまって何も記憶に残らない」に、全ての秘密が込められているでしょうね。

    じゃあ、歳をとっても、毎日が何か記憶に残り、生きているという日々の連続になるためには?

    町田さん、せっせと毎日ブログを刻み付けましょう(笑)。
    貯めこんだネタの分割出しではなく、過去旅レポの分割掲載でもなく、今日の出来事から、感動したこと、体験したことを何か見つけて表現することで、活性化を図る。これしか、ないですよ。我々が流れていく時間に、生きたという証を確かに刻んでいくためには。 (コレ、私に言い聞かせることですが・・)

    失礼しました。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ
      そうそう。日々の中に 「感動」 を見つける。
      そして、それをせっせと表現する。
      そういう行為のなかに、「自分の時間を持てた」 という確信のようなものが生まれてくるのでしょうね。

      分かっているんですけどね (笑)。

      やっぱ、頭の中だけで 「感動」 を探しても限界がありますね。
      身体感覚を通したものでないと。

      その点、Sora さんは素晴らしい。
      旅のなかで、いつも素敵な体験に出会っている。
      Sora さんの旅のブログ、面白いですよ。
      写真もいいよね。
       

  3. Take より:

    アメリカの若者の感受性の話は納得です。そして、おばあ様のコメントも非常によくわかります。オーバーラップする意見です。
    若い時はがむしゃらにできた。夢中になれた。毎日の中でそんな出来事がたくさん散らばっていました。
    が、がむしゃらすぎて、そして自分の能力の衰えを感じ無理をするのはやめようと、少しやることを減らしたら、散らばっていたはずの夢中なものが急に減っちゃった感じがします。

    夢中は、その日1日を短くさせますけれど、振り返っても楽しくインパクトの強い日でしたので1週間は長く充実したものに思えるのかもしれません。
    趣味の写真を撮る回数が減りました。1時間あったら出かけた人間が、その1時間を休みに使おうと思ってしまうようになったからです。

    でも昨日自分の誕生日に、ちょっと調べたら、秀吉は53歳で天下統一を成し遂げたそうです。清盛が徳子を天皇家に嫁がせたのも53歳。板垣退助が自由党党首になったのも53歳。いずれの時代も人生50年と言われた時代、夢中になっている人は年齢を問わず熱い毎日を過ごしたのかもしれませんね。

    • 町田 より:

      >Take さん、ようこそ
      コメントの内容、とても身に沁みました。
      >> 「自分の能力の衰えを感じて、無理するのはやめよう」 などと思うと、とたんに 「夢中になれるもの」 が拡散してしまうんですよね。
      自分も体験的に非常によく分かります。

      夢中になれるものって、意識して、気張ってみても、そんな簡単には出て来ませんよね。
      「気づいたら夢中になっていた」 と事後承諾的に出てくるものだから。
      自分の場合、どうも非生産的なことに夢中になってしまう傾向があって、ときに仕事に干渉してしまいます。
      だから、ここのところ、なるべく 「夢中になるもの」 から身を避けてきたんですが、そんなことを続けていると、本当に 「夢中になれるもの」 を見失ってしまうかもしれませんね。
      自戒しておきます。

      53歳のお誕生日を迎えられたとのこと。遅くなりましたが、おめでとうございます。
      秀吉も、清盛も、板垣退助も、53歳に大仕事を成し遂げていたんですね。
      Take さんのさらなるご活躍をお祈り申し上げます。
       

      • ようこ より:

        町田さん こんにちわ~

        若い頃より月日の立つのが速く感じられるのを
        トイレットペーパーの残量に例えた話をきいた時
        うまい事を言うなあと思いました。

        本当に老い先の事を考える様になったら、時間があっという間に過ぎますね
        還暦を迎えたあたりからは 時間泥棒されてる気分。

        したい事が増えた、でもはかどらない、焦る、気が短くなった 笑)。

        人間はまともに生きれば 200才はいくという説もありますが
        アフリカでは いまだに平均寿命が53才くらいです
        日本は長寿国ですが 将来はどうでしょうか ?

        両親が九十を越えて存命です、それはありがたい事なのですが
        長生きはすれば良いというものではないとも考えます。

        貴方が生まれてから何日がたったか ご存知ですか ?
        一生なんて 案外 短かいものだと感じますよ。
        http://calc-site.com/dates

        • 町田 より:

          >ようこさん、ようこそ
          教えていただいた “計算サイト” で、自分の生まれた年から現在までの日数を計算してみたら、23,820日でした。
          2万3千日というのが、長いのか、それとも短いのか。
          「なんとか星雲まで行くのに何億光年」みたいな感じで、にわかに実感がつかめません(笑)。
          いずれにせよ、人類が誕生したのが200万年前だとかいうわけだから、一人の人間の一生なんて、計算にも値しない程度の時間なんでしょうね。

          信長が好きだった幸若舞の「敦盛」では、♪人間50年…とか唄われるわけで、65歳になってしまった私などは、昔の人からみると、もう “人間外” になっちゃうんでしょうね。

          昔だったら、「人間としての務めは終わりましたから、あとは仙人のように悠悠自適お暮しください」というところなのかもしれないけれど、「年老いて悩み霧のように深し」というところです。
           

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