マカロニ・ウエスタン再考

 
 実はここ数日、… というか、もう1週間ほど、毎日家に帰ってくると、YOU TUBEで拾ったマカロニ・ウエスタンのテーマ曲を聴き続けている。
 『荒野の用心棒』とか、『夕陽のガンマン』とかいったやつ。

▼ マカロニ・ウエスタンの代表作の一つ 『夕陽のガンマン』

 
 これが飽きないんだな。
 昔、ラジオでさんざん流れていた頃は、「単なるヒット曲」という程度の意識しかなかったのに、いま聞いてみるとすごく新鮮。
 もちろん映画はよく観たが、音楽がこれほどカッコいいというほどの認識はなかった。
 
 聴いたのは、たまたま偶然。
 休みの日にYOU TUBEで、昔の映画音楽なんかを探していたときに、これが引っかかったのだ。
 『世界残酷物語』の「モア」とか、チャップリンの『ライムライト』とか、昔のレストランのBGMとしてよく流れていたような、メロンソーダみたいに甘い曲が流れるなかで、『荒野の用心棒』のテーマが引っかかったときは、魚を釣っていたときに、突然サメがかかったような気分になった。
 
▼ エンニオ・モリコーネ美学に貫かれた 『荒野の用心棒』 (1964年) の 「さすらいの口笛」

 音楽を担当しているのは、エンニオ・モリコーネ。
 いま思えば、彼のスコアは、それまでの西部劇の音楽を変えた。
 当時流行り始めていたエレキギターを前面に押し出し、それに哀切感きわまる口笛の旋律を絡める。
 エレキギターの異様なテンションと、さびしい口笛の確信犯的なミスマッチ。
 それがまさに、マカロニ・ウエスタンによく登場する荒涼たる原野に吹き渡る「無慈悲な風」を連想させた。
 
 マカロニ・ウエスタンを「西部劇」と言い切ることにためらいを持つ人々もいるらしい。
 「西部劇のシチュエーションを借りた、ただのアクション映画」
 
 1960年代の中頃から70年代初期にかけて世界的ブームを巻き起こしたマカロニ・ウエスタンに対し、当時そういう批評も多かった。
 
 しかし、個人的には、衝撃だった。
 それまでの「西部劇」の思想的な衣をはぎ取ったリアルな開拓時代の実像を視たような気になったからだ。
 それは、まさに東映のヤクザ映画が、 “ヤクザの思想” を美的に形式化した任侠路線から、粗暴なチンピラたちの暴力をリアルに描く『仁義なき戦い』シリーズに移行したときの感じに近かった。
  
 マカロニ・ウエスタンでは、舞台背景も簡素化された。
 ジョン・ウェイン主演の『アラモ』や、ゲーリー・クーパーとロバート・ランカスターが共演した『ヴェラクルス』みたいに、セットにもロケにもふんだんにお金を使った豪華絢爛な映画とは違い、マカロニ・ウエスタンに登場するのは、同じメキシコ国境近く町や村を描いても、みな貧相。お金をかけないB級映画のチープ感が濃厚に漂う。
 エキストラも少ないから、町はみなゴーストタウン状態。
 そもそもロケ地には、スペインや昔のユーゴスラビアなどが選ばれていたというから、アメリカ的な “荒野” とはまた違った寂寥感があった。
 

 
 人間の描き方も違う。
 主人公も含め、登場人物たちには「正義」も「理想」もなく、ただ貪欲にカネを稼ぐため(もしくは女を手に入れるため)だけに生きている感じ。
 その主人公たちのすさんだ精神と、荒涼とした町や村の様子がぴったりと重なりあって、それが、SF映画における「核戦争後の地球」のような不思議な終末感を漂わせていた。
 
 だから、マカロニ・ウエスタンには、西部劇(時代劇)でありながら、むしろ近未来的な匂いがした。無慈悲なバイオレンスや裏切りが描かれても、それが過去にあったものではなく、むしろ、これから起こりそうなリアルさを持っていた。
 それが怖かったけれど、「怖いもの見たさ」という言葉があるように、 “覗き見” の興奮がそこにはあった。
 
 もちろん最初に接したのは、セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』(1964年)、『夕陽のガンマン』(1965年)、『続・夕陽のガンマン』(1966年)など、みなクリント・イーストウッドが主役の映画。
 小学生時代にテレビで『ローハイド』を観ていた世代だから、そのドラマに準主役として登場していたクリント・イーストウッドに対する印象は強く残っている。
 
▼ 『ローハイド』 時代のイーストウッド

 
 しかし、その後イーストウッドの活躍を日本で知ることがなかったので、「消えた役者」ぐらいにしか思っていなかった。
 もちろん監督としてもかずかずの名声を獲得した今のクリント・イーストウッドなど想像することもなかった。
 だから、当時彼がイタリア製の西部劇に出たことを知って、「都落ち」とか「出稼ぎ」という言葉がすぐに浮かんだ。
 
 実際、薄汚れたポンチョを身にまとって、とぼとぼと荒野をさまようイーストウッドの姿には、まさに「賞金稼ぎ」に身を落とした “食いつめ者” の雰囲気が漂っていた。
 
 でも、そのやるせなさが、逆に不思議な存在感につながっていた。
 『ローハイド』でにやけた二枚目を演じていた名残はすでになく、食うためにイタリアまで流れていった男の悲壮さが、そのニヒルな立ち居振る舞いに横溢していた。
 

 
 このクリント・イーストウッドにはしびれた。
 生活のなかに「笑い」を感じる時間を失ってしまった男。
 境遇の悲惨さに、内面まで侵食されてしまった男。
 そんな男が漂わす、飢えた肉食獣のような飢餓感。
 そして、そういう生活が、もう骨の髄まで染み込んだことを自分で悟ってしまったことへの虚無感。
 
 一言でいうと、「ハードボイルド」。
 非情の美学。
 描き方としては、主人公の内面描写をいっさい省き、ひたすらその行動のみを冷徹な “カメラの目” で描ききるというクールさに尽きる。
 そのときの無表情な眼だけが、主人公の心を推測する唯一の手がかりとなる。
 イーストウッドがそういう主人公を演じた瞬間に、「西部劇」は変わった。
 

 
 クリント・イーストウッドがアメリカに帰った後も、マカロニ・ウエスタンはフランコ・ネロやジュリアーノ・ジェンマのようなイタリア人の人気スターを次々と輩出させた。特にジュリアーノ・ジェンマは、日本でも女性人気が高かった。
 
 しかし、私が好きだったのは、そのような美男系の主役たちよりも、たいてい準主役のように登場するリー・ヴァン・クリーフ。
 あの猛禽類を想像させる鋭い眼で見つめられたら、相手が敵意を持っていないことが分かっても、自分などは膝の力が抜けてへなへなと崩れおちていくように思えた。
 
▼ リー・ヴァン・クリーフ

 
 さらに好きだったのは、『荒野の用心棒』と『夕陽のガンマン』で、悪役として登場したジャン・マリア・ヴォロンテ。
 彼の表情や演技には、人間としての常軌を逸した、一種 “神がかり的” な悪役を演じていて鬼気迫るものがあった。
 
▼ ジャン・マリア・ヴォロンテ

 
 彼が、部下に火をつけさせたタバコを吸うシーンがある。
 普通、タバコを指にはさむ場合は、人差し指と中指を使う。
 しかし彼は、タバコを中指と薬指ではさみ、口全体を手のひらで覆うように吸った。
 それが、その男の常人とは異なる性癖を描いているようで、いたく印象に残った。
 

 
 とにかく、主人公も悪役も、マカロニ・ウエスタンに出てくる人間はみな、どこか壊れていた。
 
 で、またエンニオ・モリコーネの音楽が、そういう登場人物たちの心情を見事に表現していた。
 いま聞くと、マカロニ・ウエスタンのテーマ曲は、みなひたすらチープで、通俗的。
 しかし、頼れる者を周りに持たない荒野の住人たちの、ヒリヒリするような孤独感だけはしっかりと伝わってくる。ときに音楽が、自分を語る言葉を持たない登場人物たちに変わって、その内面を語り尽くす。
 『荒野の用心棒』も、『夕陽のガンマン』も、「あの音楽があったから、あの映画が成立した」と思えるような名曲に恵まれたと思う。
 
 特に『続・夕陽のガンマン』で使われた「黄金のエクスタシー(The Ecstasy Of Gold)」は、映画音楽を離れて、… つまり映像画面の助けを借りなくても観賞できる傑作であるように思う。
 
▼ 「黄金のエクスタシー」 ソプラノで歌うスザンナ・リガッチの声が特にいい 

 
▼ 『続・夕陽のガンマン』

 
 マカロニ・ウエスタンのブームは、数年も続かなった。
 一説によると、60年代中期から70年代初期にかけて、500本近い本数が撮られたともいうが、後半になると粗製濫造となり、人々が飽きるのも早かったという。
 
 今では完全に過去の遺物である。
 しかし、一度魅せられた人たちにとっては、永遠不滅のジャンルのようである。
 その証拠に、マカロニ・ウエスタンを論じたネット情報は、みな驚くほど緻密で、しかもレベルが高い。それぞれが、さまざまな情報を取り込みながら、読ませるに足る独自の見解を披露している。
 
 映画としては駄作も多いといわれているのに、これだけ秀逸なレビューを集める映画のジャンルがほかにあるだろうか。
 そのことが意味するものは、まだ私にも十分に分からない。
  
  

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マカロニ・ウエスタン再考 への50件のコメント

  1. スパンキー より:

    ローハイド、懐かしいですね?
    というか、うっすらしか記憶がないのですが、まさかクリント・イーストウッドが出ているとは
    初耳。知りませんでした。
    彼はダーティーハリーの印象が強くて、いまでも監督として頑張っている。
    「マディソン郡の橋」もあれはあれで良かった!

    マカロニウェスタンもよく観ていましたが、確かにおっしゃるように、
    チープだったんですね。が、私はそんなことも知らず、十分に楽しんでいました。

    ハードボイルドって、ある意味アメリカの男の格好良さの究極。
    これって、もしかして、日本の武士道に近いものを求めていたのかな?

    音楽も、いわれてなるほどと思いました。
    うーん、こうなるとB級とはなんぞやと。

    だって007シリーズも、最初はB級といわれていましたから。

    とにかく楽しませてもらいました。

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      コメント、ありがとうございます。
      『ローハイド』 などという固有名をお互いに知っているとは、やはり私たちも年をとったということなのでしょうか (笑) 。なにしろ50年ぐらいまえのテレビドラマですものね。
      クリント・イーストウッドはその劇の中で、「ロディ」 という名前で登場していました。準主役ですね。子供心にも 「イケメン」 だなぁ …と思ってみていました。

      『ダーティー・ハリー』 で完全にハリウッドスターとして返り咲いたイーストウッドでしたけれど、あれはマカロニ・ウエスタンで確立したニヒルなアウトロー像に、ある種の “正義感” を加えた人物像であったわけですね。そこがアメリカらしいな … という気がしました。

      「ハードボイルド」 というのは、アメリカで完成形が確立されましたけれど、もとはいろいろな国の “男の文化” が混ざったものかもしれませんね。そういう意味で、ご指摘のとおり、武士道もなにがしかの影響を与えたかもしれません。特にハードボイルド作品によく描かれる主人公のストイシズムというのは、武士道に近いような気もします。

      >> 「B級とはなんぞや」

      そうですよね。B級の定義は案外むずかしいかもしれませんね。
      私は、単純に、「低コストで作られたもの」 というぐらいの解釈をしています。
      「B級」 であることは決して悪いことではないかもしれませんね。
      スタッフ、キャストのやる気とアイデアさえ揃えば、コストをかけたものを軽々と凌駕するようなものも生まれているようです。私は好きなんですよ (笑)。
       

  2. ジャッカル より:

     中学生の時に家に帰ってはTVつけローハイドを見ては ”カウボーイは、格好良えなぁ!” 等と思い乍…。突然、荒野の用心棒、夕陽のガンマン!ロディからモンコになり段違いにハードな格好良さに(まばゆそうな眼差しと脚長で背の高いベッカムよりイケ面のガンプレイ、ファニングスタイルも洗練されていて)又圧倒されそれから忘れかけた大学時代に又、忽然とダーティーハリー役で世界中をアッ!と言わせたイーストウッド。マックイーンや、ジェイムズコバーン、ロバートボーンを超えた存在感に痺れました。エルボウーパッチ付きのツイードジャケに赤ベストを着こみ三つボタン段返りのアイビースタイルが全然似合わないハリーを真似た輩が沢山、街を闊歩していましたね。アイビールックを知らずにツイードのエルボウパッチ付きジャケを着てる人も居ました。あの時代には、ゴッドファーザーや、地獄の黙示録ほか、反戦運動やら安保闘争等なんやら分からんものが蠢いて反体制派主義的なニヒルなダンディズムが僕の中にも忍び込んでいました。怖い時代や!

  3. 町田 より:

    >ジャッカルさん、ようこそ
    “あの時代” が彷彿とします。

    今の時代にないもの。
    それは、おっしゃるように 「ニヒルなダンディズム」 でしょうね。今ではもうギャグとしても通用しないものかもしれませんが、あの時代、確かに “反体制 ”的な気分が街にも溢れていた頃は、ニヒルなダンディズムって、とてもカッコよく見えたものです。

    私も 『ローハイド』 をTVで観ていた世代ですが、あの ただのニヤケた二枚目でしかなかったロディが、イタリアまで都落ちして、マカロニウエスタンで独特のポジショニングを獲得し、ダーティー・ハリーで凱旋帰国するってのは、ちょっと痛快でした。
    『夕陽のガンマン』 も 『ダーティーハリー』 も、バイオレンスが洒落ていたなぁ。
    法治国家のルールが通じない世界に生きる男たちの覚悟の美しさみたいなものがあって。
    今のドラマのバイオレンスは、ただ残酷なだけのような気もします。
     

  4. ジャッカル より:

    ニ回コメントを送らせていただきましたが、全く送信出来ずに、書いた内容は全て白紙になりました。ショックで寝込みそうです。
     

  5. ジャッカル より:

    4月15日にコメントしたのは全く送れず白紙になり、先程の失意のどん底を記したのは送れるなんて…。最悪です。

  6. ジャッカル より:

    又、コメント出来る気持ちになりましたら拙いコメントをさせていただきます。さようなら。

  7. 町田 より:

    >ジャッカルさん、ようこそ
    せっかくのコメントが消失したとのこと。
    もし、こちらのサイト上の不備でしたら、誠に申しわけありません。
    ただ、今のところ普通に入力すれば、コメント欄に記事が反映されるようです。

    一度テキストだけ別に用意して、そのあとコメ欄にコピー&ペーストすれば大丈夫かと思いますが …
    懲りずに、折を見て、またコメントをお寄せいただければ幸いです。
     

  8. ジャッカル より:

    済みません。町田様がお悪いのではございませんので。

     以前PCをやり始めの頃(もう20年も前ですね)ロータス123が在りし頃、データーをバックアップするのを忘れうっかりダウンさせて中のデーターが白紙に戻った時の、取り留め様の無い苛立ちを覚えた感覚の苦い思い出が沸々と湧いてきた感じでしょうか・・・。
      昨夜調べると15日に送信不能の時間が在ったみたいです。それでアップしダウンロードするとデーターが残っているかも・・・と言う回答でした。
     チャレンジしたものの駄目でした。何だかこのネット世界はアナログ世界とは違う異次元の世界みたいです。少し遠巻きから見ていた方が私には正解なのかも知れません。
     又、コメントさせていただきます。  ではでは。 失礼いたしました。

    • 町田 より:

      >ジャッカル さん、ようこそ
      パソコンには、“魔物” が潜んでいそうですね。
      私も始めたばかりの頃は、苦労して作ったデータをセーブすることを忘れて消去してしまい、2~3時間の作業 が魔法のように宙に消えて、途方にくれたことが何度もありました。

      「あれは、パソコンの中に潜む魔物が食っちまったのか?」

      あの狐につままれたような不思議さ、いまいましさ、徒労感…。
      今でも、あの時代の悔しさを忘れません。
      確かに、アナログ世界とは違う異次元の世界です。
       

  9. keiko より:

    あまりのタイミングにお便りします
    おととい従兄の家に寄ったら PCの得意なかみさんの横で従兄が所在なさそうに犬を抱いて西部劇を見ていました えっ ジョンウエイン? うん このころ一番いいね 
    ひょっとして これ リオブラボー? そう
     うわあ大変見る見る、、えっこれデイーンマーチン?これリッキーネルソン?
     きゃあー 大騒ぎにかみさんも加わりました なんとかいうじいさんが最高でした

    勿論私もイーストウッドが好きですが クーパーもリチャードウイドマークもオーデイマーフイも良かった
    今あんな風に立ってるだけで哀愁や香りや畏怖感を出せるひとが少なくなった
    好き嫌いは抜きでジョンウエインはいいです
    男臭い、、でかく見せようとしてガンベルとや弾丸をひとまわり小さくし逆にライフルを持ったり工夫してると昔聞きましたが何のことかわからなかったけど今回はよくわかりおかしくなりました
    美貌で小粋だったリッキーもビートルズの頃から全くどこかへ行っちゃったようでしたね これに出てたんだとすっかり忘れていました 大変楽しみました

    時代が進んですべてが貧相になってる気がします 気がついたらマカロニではなくすみません 懐かしくて、、、

    • 町田 より:

      >keiko さん、ようこそ
      もしかして、ご覧になられた 『リオ・ブラボー』 は3月ぐらいにBSでお昼頃に放映されたものですか?
      そうだとしたら、私も観ていました。

      悪人には強いけれど、女は苦手 … みたいな無骨な西部人を演じたら、やはりジョン・ウェインの右に出るものはいないですよね。
      ディーン・マーティンも歌手のくせして演技もうまいし、リッキー・ネルソンもいかにも古典的な二枚目できれいだし、古き良き時代の西部劇でしたね。

      映画の中で、『アラモ』 にも使われた 「皆殺しの歌」 が出てきます。
      メキシコ軍の葬送曲として有名になった曲らしいですけど、いかにも西部劇的な哀愁があっていいです。

      BSで、また 『仁義なき戦い』 (東映)をやってますけど、(正月はさんざん観ましたけど…)、ジョン・ウェインが登場する正統派西部劇が、日本では高倉健が主役を張る正統派ヤクザ映画だとしたら、マカロニウエスタンは、日本では 『仁義なき戦い』 に当たるようにも思います。
       

  10. Get より:

    ジャッカルさんは私の同類です。
    各云う私も送信コメントを勝手に抹殺されています。
    一度ならず二ド、三度どころでは有りません
    コメントをどうぞにある ”コメントを送信ボックス”、どうも此れが曲者です。
    ”コメントを送信ボックス” はこの中でスティタス形成をしているようです。
    ”コメントを送信ボックス” をクリックすると血と汗の結晶コメントが瞬時に空欄に。

    抹殺されて4次元辺りに送り込まれたコメントは全て優良印を貰える程の名文です。
    何とか賞受賞ものレベルです。
    そして二度と同じようには書けないのです!喪失感とショック故。
    、、、まぁ、逃した魚の大きさを誇ると解釈されるかも知れませんが。

    結局、町田氏の仰るとおり別にコメントをキープして置く事にしました。
    これにより、”コメントを送信ボックス” と私は真っ向勝負が出来るようになりました。
    私は進化を遂げた自分自身を誇ります。

    ジャッカルさん、投稿のRSS、とか コメントのRSS クリックされてみてください。
    ウゥ~ンとうなってしまいますよ。
    多分PCが一度ウイルスにやられた経歴がある事が原因か、あるいは自分が何時かどこかで間違った設定をクリックしてしまった結果なのか判りませんが、いずれにせよ町田氏のブログ側とは無関係の原因と思われます。

    ダーティー・ハリーの名台詞 ” You, punk!” これは暫くの間メチャクチャ流行りました。
    送信コメントが成功した時にハリーの名台詞を”コメントを送信ボックス”に浴びせて溜飲を下げています。 

    • 町田 より:

      >Get さん、ようこそ
      送信コメントが 「抹殺されてしまった」 というのは、このブログへのコメントのことですね?
      実は、Get さん、ジャッカルさん以外にも、以前に同様の事態を訴えられた方がいらっしゃいまして、もしかしたら、このサイト特有の不備があるのかもしれませんね。
      私の責任ではないのかもしれませんが、申し訳ないです。

      他のブログ主へのコメントって、けっこう緊張しますよね。
      自分のブログ以上に、文章を推敲したり、書き直したりして、けっこう手間取ります。
      だから、それが喪失してしまったときのショック。
      お察し申しあげます。

      それを取り戻す手っ取り早くてシンプルな方法は、おっしゃるように、やはり一度テキストとして制作しておいて、後からコピペするのが一番いいようです。
       

  11. ジャッカル より:

     町田様、スパンキィー様、keiko様、Get様、有難うございます。何が?って言われそうですが・・・。
     いやはや何とも、私のみならずGet様も同じ思いをされてたのを感じ入りました。
    何故か感動を胸に秘めたまま言葉に表し、文章にし、尚且つ校正をしつつけだしそれは、やはりそれは名文に違いないと同感致しました。それがワンクリックで泡の水泡へと化す様に何だか自分を拒否され完膚なきまでに何処かへこの秘めた熱情を遠い誰も居ない宇宙空間へ放り出された感が有りますよネ。
     今から仕事に出ます。又、時間を見つけて投稿致します。   ではでは
       

    • 町田 より:

      >ジャッカルさん、ようこそ
      実は、昨日パソコンを買い替えました。
      ハードディスクが満杯になったので、ついでに、外付けでディスク容量も増やしました。
      データの移植などで3~4時間機能がストップしていたので、もしかしたら、その作業中にいただいたコメントが飛んだのかも…。
      … だとしたら、もうしわけないです。

      やっぱりパソコン本体を変えると、周辺機器なども微妙に使い勝手が変わってしまい、けっこう慣れた使用環境に戻すのに手間取りますね。辞書ツールもパーになってしまったし、スピーカーの設定がうまくいなかくてYOUTUBEの音がうまく拾えなかったり…。
      さっき、ようやく馴染んでいた以前の使用環境に戻りました。
      … 疲れたぁ。
       

  12. ジャッカル より:

     町田様 お早うございます。  
     
     何だか今朝早く迄?(3時過ぎ)大変でしたネ。って言うところでしょうか。
    設定を再構築すると言う作業は本当に大変ですネ。
     お疲れ様でした。

  13. ジャッカル より:

     マカロニウエスタン再考

     私めの好きに書かせていただいている物がマカウエ再考に値するものかどうか・・・。甚だ疑問に持たれる方もいらっしゃるかと思いますが。御容赦の程を。
     イーストウッドが夕陽のガンマンで一番強さを見せているのがアグアカリエンテでの腕試しのシーンではないでしょうか?私め一番大好きなシーンですが・・・。
     やおら馬から降り対戦相手への射程距離へ歩みながら仕事の前に只何時もと内面的に何ら変わりもなく葉巻に火をつけ(およそ自分が負ける等と言う事を全く考えてもいない風)相手の強さを値踏みしながら、踵を交わすと腰のガンベルトからラトルスネイクの象嵌入り銃把のコルトCAAフロンティアモデルをドローしながら逆回転させハンマーをコッキング・・・何と手慣れたガン捌き!!ダーティーハリーでもランチ時にハンバーガーを頬張りながら銀行強盗にシューティングの際もうすらバカでかいSWコンバットマグナム44をショルダーホルスターから抜き取りリバース回転させながら、ハンマーコッキングのシーン。 刑事役も賞金稼ぎ役も銃器の取扱では、全く手慣れ過ぎみたいな銃器の捌きに感動!!

    • 町田 より:

        >ジャッカル さん、ようこそ
      さすが、マニアックなこだわりが発揮されたジャッカルさんの名文ですねぇ。
      なんだか昔の大藪晴彦とか、矢作俊彦の小説でも読んでいる雰囲気ですねぇ。

      ダーティー・ハリーの扱うSWマグナム44は凄いですよね。
      あれだけ口径がでかいと、撃った時の反動も凄いだろうに、クリント・イーストウッドはこともなげに扱っちゃうんですよね。
      タフ&ワイルド
      あの時代のアメリカン・ヒーローでしたね。
      マカロニ・ウエスタンの影を帯びていて、正統派のアメリカン・ヒーローとは一味違った “ダーティーさとダークさ” が魅力でしたね。
       

  14. ジャッカル より:

      今晩は。 町田さん。
     何だか流石とか云われると一寸気恥ずかしい心持になってしまいます。そこまでマニアックでは無い中途半端さが自分でも分かる丈に尚更です。でも誉めていただき有難うございます。 
     ここで訂正します。銃器のコメントでCOLT SAAレボルバーをCAA等と・・・。後で見て、思わず早く訂正しなくては、特に良く知れ渡っている名銃なだけに誰ぞ他の読者に注意される前に・・・焦る気持ちでした。
     子供時分に白黒のTVでみていたボナンザ、アニーよ銃を取れ!チャックコナーズのライフルマン、ララミー牧場等の頃に作られたのでしょうか?リオブラボー・駅馬車、黄色いリボン?ジョンウエイン主演のシネマだったかな?ウイードマークは個性派俳優で、ボガードの頃?マーロンブランドはもっと後の時代なのかなぁ?  マカロニウエスタン再考が知らぬ間に、古き良き時代の懐かしい銀幕の思いだせるハリウッドスター達!?みたいになりました。済みません。脱線しっぱなしで。
     この時代のアナログぎらぎらのシネマは僕らを感動の世界へ。
    そして中学時代には、3本立てでめちゃ安い映画を腰の痛くなるシートの映画館へ行き必死で見てました。ホンマに懐かしい時代でもう思い出の中ではセピア色になってしまい今では、本当にあんな頃が有ったのか?と不思議な気持ちに襲われます。
      又、面白い話題を見つけて投稿させていただきます。  では 又。

    • 町田 より:

      >ジャッカルさん、ようこそ
      メールの文面拝読し、ジャッカルさんと私はほぼ同世代人ですね。
      私もまた、幼少期にモノクロテレビで 「ララミー牧場」、「ボナンザ」、「ライフルマン」、「ローハイド」、「拳銃無宿」 などを観ていました。
      そのほか「反逆児ユーマ」 とか、「ローン・レンジャー」などもあったかな…。
      とにかく「拳銃無宿」に出てくるライフルをカットしたランドルフ銃というのが欲しくて、おもちゃ屋さんを探し回りましたね。

      好きな役者はバート・ランカスター、リチャード・ウィドマーク。
      マーロン・ブランドもほぼ同じ時期でしたね。「片目のジャック」という西部劇に出ていたので観に行ったのですが、なんと海の出てくる西部劇で、不思議な味わいでしたね。

      日本では克美しげるが、その主題歌を歌っていました。
      「♪ 片目のジャックは行くよ、夕陽に照らされて…」
      という歌詞だったので、マーロン・ブランドが片目で出てくるのかと思っていたら、ちゃんと両目を開けている。
      後から知ったのですが、克美しげるの歌は、映画とはまったく関係なくて、作詞家が映画のタイトルから勝手に想像して作った歌のようです。
      “片目のジャック”というのは、トランプで、スペードのジャックが片目(つまり真横を向いている)…ということを意味しているところから取ったタイトルらしいです。
       

  15. keiko より:

    リオブラボーは確かに録画だったと思います 次はこれ見る?とか言って又西部劇が始まりかけたから帰って来てしまいましたから、、、確かめようと電話しましたが 連休前にコソボに行くとか言ってましたからもう出かけたのかも、、、
    云うところによると質素に暮らして 年2、3回は海外に行く感心な従兄夫婦です

    おかげさまで本当に時間を忘れてjazzを聞いて過ごしました新しくボビーウーマックが加わりAcross 110th street lyics は自然に体が揺れるよう、、、
    25年前頃兄妹の旅行に付いて行きサンフランシスコからNYまでをレンタカーで走破しました 繁栄していたデトロイトで念願のデイエゴリベラを見れたのは一生の宝もの、、昨今の荒廃のニュースは胸が痛みます 社会が貧すると真っ先に切られるのは芸術の世界、、、なんとか暴徒の手に落ちませんように、、、
    NYではビレッジバンガードに出没しました妹とレースのかかった帽子をかぶり手袋をして最前列で聞きました アホだったと思いますが5千何キロを2週間で踏破しての下町は夢のよう、、、7月14日の独立記念日に交差点にとまったタクシーのドアがあいて撃たれた運転手が崩れ落ちて 物陰に何十人かが悲鳴を上げてしゃがみこんだなど思い出すと枚挙にいとまがありません
    それらを鮮やかに想起しながら110thを聴きました 皆様のいろいろも伺えてふと開いてみる私です ご自愛ください

    • 町田 より:

      >keiko さん、ようこそ
      アメリカ横断の話、ニューヨークやデトロイトでの見聞、興味深く拝読いたしました。
      ニューヨークには行ったことがありませんが、まさに 「Across 110 Street」 のような音楽が皮膚感覚としてぴったり合うような街だということなんでしょうか。
      黒人街ハーレムというところは怖いところだと聞いていますが、かつて『ブラックの朝』 というSOULミュージックの本を書かれた詩人の白石かずこさんは、案内人の制止をふりきってハーレム探索に出かけ、SOUL好きであることが理解されて、黒人たちに大歓迎を受けたという話を聞いたことがあります。
      ま、ラッキーな体験としか言いようがないのかもしれませんが…。

      ボビー・ウーマックの歌に漂うリズム感はほんとうに心地よいです。
      体が自然に揺れてくる感じ。
      やはり、SOUL、JAZZ といった黒人音楽は、理屈の世界の音ではなく、体が波動を受け止める音楽だという気がしますね。
       

  16. keiko より:

    私の時期外れの話しに耳を傾けてくださりありがとうございます
    あのころ毎日NJの借家からバスと地下鉄で乗り継ぎNYの 美術館、ギャラリーを片っ端から見て歩いたのです
    滅茶悪評だった落書きだらけの(実は本家のはなかなかアートでしたが)悪臭ふんぷんの地下鉄でいきなり20人程の黒人少年ばかりの真ん中に乗り込んでしまいました 事情通の妹は多少青い顔をしていましたが私は近くの幼な顔の子と目が合いにやっとしたと思います 何の合図だったのかカッかっかっとリズムが聞こえギター ハモニカ トライアングル ペットなどで私たちが降りるまで 全員で演奏してくれたのです 他の乗客は遠くで知らん顔でした
    はじめは仕方なく見てみないふりでしたが そのうち体が揺れてきました降りる時1ドルをその子に渡したら全員がにこにこバイバイしてくれました
    何だったのか 私達がどう見えたのか、、、久しぶりに生々しく思い出しました
    そんな日が確かにあったのです 何となく聴いたことのある聴きやすい曲で ひとつは朝陽のようにさわやかに、、、だったような
    爆撃された2本のタワーはアメリカそのもので健在でした 箱の中にはあのときのドレス帽子絵葉書チケット作家と交換した作品までもひっそりと入ったまま、、、
    こんな懐古的なことばかりで ごめんなさい 今日も感謝です

    もっと旬なことを書かないとね 連休1日目の今日も東名ほぼいつもどうりでした
    後ろから見ると猫の目のようなライトのベンツだらけでした お元気で

    • 町田 より:

      >keiko さん、ようこそ
      いい話ですねぇ !
      まさに 「音楽は、人種も文化も超える」 ということを象徴するようなエピソードだと思いました。
      黒人の少年たちが、地下鉄のなかで 「Softly As In A Morning Sunrise」を演奏するなんて、彼らの音楽的の素養の深さを物語る格好の例でしょう。

      今の日本にも、「落書きを放置することは、町の美観を損ねるだけでなく、犯罪をも誘発する」という風潮が強く、“善意ある” 人たちが丁寧に消しとったりしていますが、もちろん気色の悪くなるような落書きが多々あるにせよ、中にはアートを感じさせるものも交じっています。
      それを一緒くたに、原理主義的に消していこうとする態度が 「善し」 とされる風潮を見ていると、「お前たちアートってものの感覚がわからないの?」と疑問を呈してしまうこともあります。

      >>「爆撃された2本のタワーは健在…」
      貿易センタービルのタワーが映っている映像をみると、今では不思議な気がします。
      以前、セックスピストルズのシド・ヴィシャスの短い人生をドラマ化した映画(シド&ナンシー)をその後録画で観たことがありましたけれど、最後のシーンに貿易センタービルの映像が出てくるのですね。

      それは死を迎えるときのシド・ヴィシャスの最後の幻想を描いたシーンでしたけれど、暗いこの世の果てみたいな荒涼とした無人の町で、二本のタワーもさびしそうに建っていました。
      その映像を、その後の惨劇を知った後で見ていると、まさに “死後の世界” を描いているという印象がより濃厚になりました。

      この映画は結構自分が好きな映画のひとつで、かつてそれを記事にしたこともあります。
       

  17. ジャッカル より:

    町田様 こんばんは。 Get様 お元気でしょうか? スパンキー様はいずこへ?
    keiko様のブルーノートレジェンドヒストリーが素晴らしいですね。
     大学時代に缶ピーを燻らしながら、薄暗い中に一条の光を受けながら地下に埋没してJazz喫茶でのうつろう時間を彷彿とさせていただきアリガタヤ! コルトレーンのうすらデカイポスターをアパートの狭い部屋に貼り、パネルにしたポールニューマンのハスラー モノクロポスターが何だか薄ら寂しい四畳半のアパートが一気にモダンな感覚にしてくれていました。 

    • 町田 より:

      >ジャッカルさん、ようこそ
      コルトレーンのポスターと、ポール・ニューマンの「ハスラー」のパネルですか。
      ひとつの時代が彷彿としてきますよね。

      おっしゃるように、「ハスラー」はモノクロ映画だったし、コルトレーンもモノクロジャケットの印象が強い人ですね。
      どちらも、あの時代の “モダンなタッチ” というものはモノクロ映像をベースにして生まれていたように思います。

      思えば、当時のジャズレーベルの「ブルーノート」が、シンプルなレイアウトの単色のジャケットデザインで統一され、それがいかにもお洒落に感じられました。

      ジャッカルさんにも私にも共通して、モノクロ映像の文化に共感できる感性があるのかもしれませんね。
       

  18. keiko より:

    シド&ナンシーやっと拝見しました 私が Anarchy in the UKのメロデイを知っていたのがおどろきでした ぎゃあぎゃあ歌うなあと思っていました 車好きでいつもFMを聴いていたのが原因と思います 今回こんなに飛び上がってばかりの演奏スタイルだとは知りませんでした 見たら意外や好き!
    そうして映画の予告編の 終盤の2本の世界貿易センターの雲をいただいた映像、、、本当に今では墓石にしか見えませんが、、、、
    NYではエンパイヤーステートビルに登りましたが その日 雲か靄に包まれ視界ゼロ、、、管理人さんがすまながってくれましたが それさえも高さという意味では興奮したのです
    町田さんの セックスピストルズに対する分析の中で 彼らは作品を残すなどというさもしい根性にまみれなかったからこそ今でも爽やかさであり偉大でありつずけると
    言うのがありましたね    心に響きました
    ある意味純粋で自身の心の希求に従ったからこそ結果として世間から厳しく糾弾される場合が多々ありますがその例としてあげられていたオスカーワイルド、、、ここで私は巻き添えを食ったビアズリーを更に悲痛に思い出します
    ひとつの物事を本当に理解するということ、、理解したということは既に許容したことですね
    何を言ってるのかわからなくなってきましたが 私の世界が更に広がったことは確かです
    シド&ナンシー、、、 目にしたブログの中には こんな恋愛してみたい、、、というのがありました
    これは恋愛だったんでしょうか 冷たい言い方でしょうが依存でしかなかったようにも思います やさしい 目も虚ろな稚な顔のシド、、わざとひどい顔ばかりします
    どんどん化粧の派手になるナンシー最後には崩れて来るみたい
    その二人はお互いが居てはじめてそこに居るひとり、、、、愛に括れるのかもしれませんね

    そうしてブログの旅をした挙句にWho killed Nancy に辿り着きました
    私の判断(?)では犯人はシドでは絶対にないと思いました

    人生は一度きり、、、そうして生まれた時から決定的なことは死ぬことだけ
    その時を自分ではどうしてもわからない どうすることも出来ない
    だからこそ 大事に感謝して満足して生きること、、、それがこの世に出してくれた両親への最大の感謝のかたち、、、人として生まれるのも実は奇跡的なこと

    町田様みなさま 連休をたのしくおすごしくださいませ 感謝です

    • 町田 より:

      >keiko さん、ようこそ
      シド・ヴィシャスは後年ナンシーと一緒にNYに渡りますが、改めて調べてみると、21歳で死んでいるわけですね。
      今の日本の若者たちを見ていても感じることなのですが、本当に「子供」ですよね、21歳というのは。

      子供が大人に対抗できるものとは何か?
      社会経験も、人生経験も乏しい子供が、大人を超えることなんてできやしません。
      子供が唯一大人を沈黙させることができるのは、「夭逝」だけです。
      アートとか音楽とかを通じて、未来の可能性を永遠に凍結させたまま夭逝してしまうこと。

      「シド・ヴィシャスなんて、長生きしてたって結局なにもできなかったよ」
      というのが大半の人の印象で、そして、それはたぶん当たっているのでしょうけれど、しかし夭逝しなかったシドが、その後どんなすっごい業績を残したかどうかは、誰も確かめることはできない。

      だから人々は、夭逝した人間の、その永遠に訪れることのない輝かしい “可能性” に焦がれるのだろうと思います。
      シド・ヴィシャスという人は、そういう “夭逝伝説” の構造をしっかりなぞっているような気もします。

      オスカー・ワイルドの戯曲 『サロメ』 を通じて、その作品が知られるようになったビアズリーも25歳で夭逝した画家ですね。

      彼はほかにも挿絵を描いていますが、やはり 『サロメ』 の挿絵が白眉であるかと思います。
      ベタ塗りの黒と余白の白がくっきりと織りなすコントラストの妙。緻密な描き込みと、意表をつく省略による大胆な構図。
      そして、「どうしたらこんな禍々しい雰囲気が生まれるのだろう?」 と考えこんでしまうような文学性、演劇性。
      そこには、あらかじめ夭逝が宿命付けられた人間の悲劇としか言えないようなものが潜んでいそうです。

      彼の絵は、流行った頃は見飽きてへきえきとしていましたが、ブームも去って改めて観ると、そのデザインセンスは抜群ですね。
       

  19. ジャッカル より:

     こんばんは。 マカウエ再考もスポットストリーで相済みません。語らうべく姿勢が天網に漏れちゃうばかりで・・・。

     またまたハリウッド至上主義のレデ-ィファースト(女性を能力不足?!と看做す)をモットーの水戸黄門様みたいな?真っ直ぐなストーリーに、全く面白味を見いだせなかったアンチヒーローな馬鹿な私めがのろりと目が覚めれたら是非是非参加させていただきたいなぁ~!等と・・・明日から五月になるんや。憂鬱な日が始まりますけど、皆様方ありがとうございました。

    • 町田 より:

      >ジャッカルさん、ようこそ
      >> 「ハリウッド至上主義の……真っ直ぐなストーリーに、全く面白みを見いだせなかった……」

      まったく同じです。
      ハリウッド映画から、アンチヒーロー的なヒーローがいなくなりましたね。そもそも最近の男性ヒーローはみんなコスチュームに姿を隠さなければ (スパイダーマン、バットマン etc.) やっていけなくなったようです。

      70年代あたりはアンチヒーローの全盛期。
      ボニー&クライド、キャプテンアメリカとビリー( 『イージーライダー』 )、ダーティー・ハリー、パイクとソーントン( 『ワイルドバンチ』 )、ブッチ&サンダンス( 『明日に向かって撃て』 )、他に 『バニシング・ポイント』 とか、『タクシー・ドライバー』 とか。
      基本的に、アメリカン・ニューシネマの時代は、アンチ・ヒーロー全盛期で、いい映画もたくさんあったように思います。
       

  20. ジャッカル より:

     スリムなリーバイストラウス氏のジーンズに足許からパンすると私達日本人には全く馴染みが無い拍車が鈴の音みたく主人公にはならない程度のトーンで鳴りジャステインかノコナかのヒールがアングルドカットされた薄汚れたカウボーイブーツ(牛に引っ張られても楔みたくヒールが地面に食い込む様にデザインされている。)
     まるでハードボイルドタッチなマカウエのビッグバン的なイーストウッドの出で立ちと咥え煙草の葉巻スタイル。ポーカーフェイスの表情から無精ひげが目をひそめると少し強面。  まるでジョンウエインのメタボ的な腹まわりやらニヤケタディーンマーティンにはおよそこのスタンスとポスチュアは真似の出来そうもない真っ正直さが、とんまな私めには全く肌が合わず気持ち悪くさえある。

    • 町田 より:

      >ジャッカルさん、ようこそ
      相変わらず登場人物のファッションや持ち物に対するジャッカルさんのこだわりが利いたコメントで、面白く拝読しました。

      マカロニ・ウエスタンの代表作といわれるセルジオ・レオーネの 『荒野の用心棒』 は、黒澤明の 『用心棒』 を下敷きにした映画ですが、主役を張った三船敏郎とクリント・イーストウッドとの一番の違いは、ポーカーフェイスがあるかないか、だったような気もします。

      クリント・イーストウッドは、ジャッカルさんが指摘された通り、終始内面を表に出さないポーカーフェイスで通します。
      また、そこがジョン・ウェインやディーン・マーティンらの正統派アメリカン西部劇との違いであるようにも思います。

      ポーカーフェイスとは何か。
      それは、人間の表情のなかで、一番恐ろしい表情だと思います。
      怒った顔や恨む顔よりもなお怖い。
      血の通っているはずの人間が、ポーカーフェイスであることによって 「物」 になっているからなんですね。

      人の愛も、憎しみも、同情もすべて跳ね除けてしまう 「物」 になった顔。
      それは、人間の存在原理を超えた世界があることを暗示していそうです。
      たぶん、イーストウッドのマカロニ・ウエスタンシリーズが他の同様の映画と一味違うのは、この人間の心を寄せ付けない彼のポーカーフェイスの凄味が利いているからでしょうね。
       

  21. より:

     こんばんは 葵と申します。
    宜しくお願い致します。 マカロニウエスタン最近CS放送のシネマで放映されていますネ。

  22. より:

     続・コメントです。ジャッカルさんのご指摘通り、夕陽のガンマンの主人公(モンコ様)のコルトのSAAフロンティアモデルのグリップにラットルスネイク、右手のファストドロゥ-用には、リストカフを装着!愛馬の馬具の鐙には鐙用のカバァーが付いていましたネ! モーティマァー大佐のバントラインスペシャル、愛用のSAAキャバルリーモデル。 続・夕陽のガンマンでは、ブロンディの愛用のコルトネィビィーのパーカッションモデルを改造版のレボルバーの充填式にする拘り!
     セルジオレオーネ監督の銃器に対しての拘りは、時代考証をきっちりと押えたスピルバーグ監督に負けじ劣らずの感が窺えますネ。  まあこういった所もマカロニウエスタンの観客を惹きつける要素なのでしょうネ!
      ジャッカル様の所見は、セルジオ様の意図を充分に汲んだものだと思いました。

    • 町田 より:

      >葵さん、ようこそ
      面白いコメントありがとうございます。
      いやぁ、葵さんもジャッカルさんも、見ているところが凄いですねぇ !
      感心いたしました。

      私は銃器のことはそんなに詳しくはないのですが、セルジオ・レオーネのこだわりに敬服する人間の一人として、興味深く拝読しました。
      彼の撮った西部劇は、正統派アメリカ西部劇にはない不思議なリアリティがあって、そこが気になっていたのですが、葵さんのご指摘により、細部まできっちりこだわって描かれていたということが分かり、納得した次第です。

      それにしても、この “マカロニ・ウエスタン” の記事に関するコメントはこれで35件です。
      もう40年以上も前にブームになったマカロニ・ウエスタンに対して、これだけのコメントをいただけるなんて、ブログ主冥利につきます。
      やっぱり、あれは “男の子”の世界なんですね。
      あのカッコ良さは永遠不滅のものだったということなんでしょうね。
       

      • より:

         いやあ・・・何だかテレちゃいますネ!そんなに言っていただけるとは・・・。有難うございます。
         若干、ジャッカル様の意図するところを皆様に少しでも理解していただければ・・・そんなには意図することを理解出来てないと思いますが。
         何故、マカロニ製西部劇が一時期に麻疹みたく日本中はおろか世界中を席巻したのかな?等と拙い頭でヨイショ! わたくしなりに考えてみると、必然的に男の人が大好きな銃器類が盛り沢山!
         それもあり得ない事をしてやらかす業、例えば 続・荒野の用心棒では、ジャンゴ(ネロ様)がラストでは口でコルトピーメーのキャバルリーのトリガーガードを外す!(絶対出来ないしドライバーでビスを4ヶを上手に外す作業をこなさないと・・・)
         尚且つ、墓標にトリガーを引っかけファニングで複数人をやっつける!? でもその両手は酷く拷問で傷つけられて指が動かない!
         ガンマン無頼では、背面でのドローシューティング!!(こちらもフランコ・ネロ主演!)
         どだい荒野の用心棒で防弾鉄板を身に纏いウインチェスター銃にコルトSAAのフロンティアモデルが勝つなんて!
         射程距離と破壊力でウインチェスターに勝てる訳無いのですが至近距離からのレボルバーの弾丸一発をローディング後にレブォルバーをロシアンルーレット式に回転させて(ラチェットの噛む音が又小気味良い!ですね)やおら見事にシューテイング! 次回作の夕陽のガンマンでの酒場での賞金稼ぎの仲間を振り向き様に一気にシューティングアウト! 身体が転がりながら最後に銃がハイサイド的に飛んでいくシーン、また横向きにシューテイングした際にブッ飛ばされた賞金稼ぎが倒れざまにこれも又後から銃のトリガーが引かれ銃声が倒れた後から・・・! そこから銃を扱うのみだけのリストカフの入ったライトハンドでのヒップホルスターへのバック回転での静かな収めのシーン!
          そして観客を一気にマカウエに引き込むモリコーネ様のBGM!
          田村正和主演の眠り狂四郎的な神業とハリウッド製西部劇には無い凝りに凝ったウエポンの数々!まるで主人公になりえたかの様な気にさせるモリコーネ様の観客の気持ち鷲掴みのバックグランドミュージックが男の人の羨望の眼差しを集めるワケさ!! と思いました。イーストウッド様のベッカムもたじろぐイケ面と身長192cmにあれだけ脚長で格好良さ過ぎでは、俺もナリタヤ!!的に男のハートを擽りますよね!
         私自身が観たシネマの男優であれだけカッコの良い俳優様は見た事がありませぬ! 背がひょろ高いのだけどマッスル的にはガッシリしてる!! でも肩幅が狭くてイカツクモないそして身のこなしがダルそうだけどカブいていてヤサ男!!
         こんな男を誰がほっときましょうか?? チャンチャン!
         バカみたいなコメントご容赦有れ!! 
         

        • ジャッカル より:

          こんばんは。 頷きながら葵様のご意見御拝読させていただきました。
           誠に吾輩の言いたい処を隈なく代弁していただいたみたいに細かなデティールまで表現有り難き幸せ!
           そうなんです。セルジオレオーネの作品は、全てに韻をもたせていますネ。 
           夕陽のガンマンでのモーティマー大佐の御出陣の折に顔をバイブルで隠しそして愛馬と共に手綱を引きながら貨車から降りて来たのと、モンコ様が酒場へ行くシーンも何故か手綱を引きながら降りしきる雨の中を悠然と歩きながら葉巻に火を付けるまで顔をアップにはしません。何処かにリピートさせて行くシーンとモリコーネの音楽のメロディーにも楽器を変えながらサウンドをリピートさせていく作流が感じられます。何故かサウンド的にも心地良い感覚に落ち込んでしまいます。凄いですね。スピルバーグ監督の時代考証をきっちり踏まえたワードローブとその時代の銃火器の類の細かさと個々の銃火器類の発射音にまでこだわった凄さには感銘致します。プライベートライアンを観た時には、鳥肌物の感動を覚えました。
           ノルマンディー上陸のディーデイイベントを未だに同じコスチュームで101空挺部隊も参加させてやると言う合衆国には記念すべきメモリアルディーなんでしょうね。等と横道にそれましたが監督個人の持った研ぎ澄まされた感性がジャンルを超えて世界的なヒットを呼ぶのではないのでしょうか? マカロニウエスタンがここまで奥深いとは!!!  では又。

          • 町田 より:

            >ジャッカルさん、ようこそ
            葵さんとジャッカルさんのやりとりは、大雑把な印象でしか語られることのないマカロニ・ウエスタンから、その細胞の一部を切り取り、プレパラートに載せ、それを顕微鏡で覗きこむような作業だとお見受けしました。
            そこで見えてきた映像は、私などが感じるに、肉眼で見るときのマカロニ・ウエスタンとまったく異なる新しい映像であるかのように思われます。
            すごい作業ですね !!
            現在ネット上で語られる “マカロニ・ウエスタン論” で、これだけ顕微鏡的な作業をしているサイトはほかにないのではないでしょうか。
             

          • 町田 より:

            >ジャッカルさん、ようこそ
            おかげさまで、この「マカロニ・ウエスタン再考」というエントリー記事は、ジャッカルさん、葵さんたちのお力をいただき、まさに “マカウエ文化論” のような密度を高めることができました。
            本当にありがとうございました。

            これが blog の楽しみの一つですね。
            自分一人で記事を書いていれば、最初に考えたこと以上の内容を盛り込むことは不可能ですけれど、いろいろご意見をいただければ、新たな発見も出てきて、内容も一層濃くなっていくように思われます。

            このマカロニウ・エスタンの記事は、ジャッカルさんや葵さん、それとkeiko さん、Get さんら、スパンキーさんたちとの共同執筆だと思っております。

            それにしても、マカロニ・ウエスタンが、これほどまで60年代後半から70年代にかけての政治・文化、風俗、思想状況を端的に反映するものだったとは……。
            感無量という気もいたします。

            後半に述べられた70年代を象徴するスターたち。
            自分もまた、これらの人々に共感したり、励まされたりしてきました。
             

        • 町田 より:

          >葵さん、ようこそ
          いやぁ、すごいですね !!
          マカロニ・ウエスタンのただの映画感想記に過ぎなかった本エントリーが、葵様らのコメントによって、ディテールの検証ここまで突っ込んだ本格的なマカロニ・ウエスタンの魅力を掘り下げるサイトになるとは思ってもみませんでした。
          いちいち勉強させてもらっています。

          いろいろなご指摘ありがとうございました。
          ジャッカルさんとのご連絡に、どうぞ当コメント欄を十分にご活用ください。 
           

          • ジャッカル より:

             こんばんは。町田様の独り言の中のマカウエにコメントさせていただけるだけで感謝です。
             別に顕視眼的な意向性が強ければ善いとかいう事は有り得なく思います・・・。でもコメントが一極集中していくのは、何だか文化が生まれる感覚に似てる様に思われます。葵さまも私の妙に拘った意見にフォローをしていただき有難うございます。
             マカウエはエポックメイキング的にレオーネ監督様の作品の思わぬ世界的なヒットに後の他の監督のマカウエ作品があの手この手と趣向をこらしてウエポンやらスタイルをどんどん激化し、故ジュリアーノジェンマ様は元体操選手ゆえアクロバティックなシーンやら甘いマスクが女の人の人気を集めたりしましたネ。でも時代考証が可笑しい銃器類(彼の名銃:モーゼル銃等)が画面上でアップになると私も苦笑をせざるを得なくなりますし興味も半減し監督自身の考察資料の薄っぺらさが観客の気持ちをアメリカンコーヒーみたく味気が無くなり量だけで満腹させるだけみたいに思えます。
             でもセルジオレオーネ監督とエンニオモリコーネ様、イーストウッドこの空前絶後の三者の取り合わせの奇跡が無ければ私のシネマへの熱、音楽への興味はこれ程ヒートアップしてなかったでしょうネ!   イタリア製西部劇以外にもボガードやらラクエルウェルチ、クラウディアカルディナーレ、エルケゾマー、ナタリーウッド、キムノバク、ミレーヌドモンジョ、アステア、ジーンバリー、デビッドマッカラム、ベルモント他忘れ得ぬスターの人達が他フレンチポップのフランスギャル、シルビィーバルタン(この御二方が強烈過ぎて未だにこの方々の楽声を愉しんでいます。)ウオーカーブラ、反戦歌手のジョーンバエズ、PPM、ブラフォ-etc。
             僕なりにやっぱり米国の朝鮮戦争からナムへの参戦そして泥沼化してゆく戦いに本土の米国民のメンタルな疲弊が深くなるのと同時にパラレルな世界で自分は無関係みたいに考える三無主義が知らぬまに蔓延っていったのを薄ら馬鹿な頭ながらに覚えています。
             何だか取り留めも無くなってしまいました。
             私自身のマカウエ再考もこの辺りでそろそろ・・・。  では又  

  23. より:

     こんにちは。マカロニウエスタンが遥遠く懐かしい時代になりましたが、これだけ鮮明にその時代を取り巻く背景がそしてJFKの暗殺からきな臭い冷戦時代を経て、嘘か誠かアポロの月面着陸成功!(本当かしら??)
     ボクシング界の藤タケシのストロングパワーに度胆を抜かれ、日本中が高度成長期だらけで皆が今日の暮らしより明日がザンマッチベラァー!! カラーTVから冷房車のステッカーがタクシーの後部窓ガラスに貼られ、兼高かおるのワールドツアーコンダクターに魅入られながら知らぬ間にGNP世界一位?GDPでは、ございませんことヨ!(兼高かおる口調になりました。ゴメンナサイ!)
     でも、一番興奮出来た時代、モガ・モボからミユキ族そして街のアイビィーリーガース、クロスオーバーなメンズビギやら二コルがホコテンを闊歩して神戸ニュートラから横浜のハマトラへとトラバーユ!! 貧乏な安っぽい○○荘みたいなところからルイス・ビトッ-ネ(LV)の馬鹿高い分不相応なショルダーバッグを抱えたOLぽいお姉さまが御出勤されているのを横目で垣間見ながら・・・どこかオカシクね~!って呟いたのは、私お一人だったのでしょうか?
     ゴメンナサイ!取り留めも無い独り善がりな随筆口調になっちゃいました。
      又、続きは後で!

    • 町田 より:

      >葵さん、ようこそ
      このコメントの前のジャッカルさんへの返信欄にも書きましたが、このマカロニウエスタンのエントリー記事は、まさに葵さんやジャッカルさんたちとの共同執筆であるように思います。
      おかげさまで、マカロニ・ウエスタンそのもの対しても、テーマがより分厚く、より深くなりましたし、あの時代を検証する貴重な資料になりました。

      思えば、葵さんが書かれたとおり、マカロニ・ウエスタンが世界を席巻し、日本でも大きな反響を呼んだ時代というのは、世の中がドラスティックに変わろうとしていた時期だったんですね。

      >> 「一番興奮できた時代」
      まさに、そうかもしれません。
      熱い時代でしたね。
      「重工業社会の時代」 という気がします。
      今は、溶鉱炉の熱い炎がおさまり、コンピューターと金融を中心に回るクールな時代になりましたが … 。

      こういうふうに、いろいろな方が一つのテーマを巡って思いのままを語り合う blog は、本当に幸せな blog であると思います。
      コメントありがとうございました。
       

  24. keiko より:

    ワオ 皆様男の子でした 目くるめく片仮名の連射にわけわからずではありますがこちらも興奮いたしました 過日出合った従兄にブログの話しをしたら うん そうだよ 例えば怒りのガンマンなんか西部劇にありえないMG42、、、これさあドイツ軍が使ったライフル銃だよ有り得んだろう、、(知らんわ、、)
    しかし このいつも静かで何か耐えてるような従兄の目が活き活きと、、、かみさんの呆れてるのもそこのけでトリガー(?)がどうしたやら 1分に1200発、、
    、、,20/秒だよね   (ふうん)

    あとは聞こえず ひとつの話題と言う磁石に向かってそれぞれの知識や好奇心や経験という素晴らしい砂鉄が層あつく集まるという、、、いつもは見えないひとびとの底力を熱く見せていただき この時勢の中でとりわけうれしく感じました
    西部劇は男の世界のひとつを見せてくれていたので ですから多数の女が見てもいたのです 女性の役はほとんどが添え物でしたが 絵のように外国人男性の顔つきや汗や怪我や必ず一度は痛めつけられることなどを見ていたと思います

    リーバンクリーフを若い頃は 黒ずくめの狡猾そうな目付きの役者で脇役としては必要かと思っただけでしたが 最近夕陽のガンマンをあらためて見るとその品の良い渋さが すばらしい 、、もう25年も前に失意の中亡くなっていました 
    弁えず お門違いの所に顔を出しましたが 心躍る刺激はしっかりいただけました ありがとうございました 今日は夏日とのことです

    • 町田 より:

      >keiko さん、ようこそ
      男の子はみな武器が好きなんですよ。
      零戦とか大和も含めて。

      特に、戦後の昭和中期に子供時代を送った男の子は銃器が好きで、まず最初に少年誌の特集などに組まれた「リボルバーとオートマチックのメリット・デメリット」みたいは話から入っていくんですよね。
      そういう仲間が集まってくると、それこそ >> 「磁石に向かって砂鉄が集まる」かのように話題が盛り上がっていくわけです。

      >>「西部劇は女も観ていた」……
      ああ、そうなんですか。
      確かに、男臭い世界ですけれど、そこには現代劇では見られないハングリーで研ぎ澄まされた男たちが出てきますものね。
      特にマカロニ・ウエスタンに出てくる男たちは、リーバンクリークにせよ、イーストウッドにせよ、「精神の贅肉」 を削ぎ落として荒野に立っているというストイックな美しさがありましたものね。

      そういえば、うちのカミさんなんかも、いまだに 『荒野の七人』 は良かった、『大いなる西部』は良かった、などと昔の西部劇の話題を出してきます。
       

  25. 月兎 より:

    https://www.youtube.com/watch?v=QtI1KECVOUw

    こんなの観てました。
    トップ10、ウェスタン・ムービー、ガン・ファイト。
    あぁ、そうきたか。
    そういう順位かぁ、そうかねぇ、、、って感じです。

    見逃した映画もあります。
    一昔前は劇場上映を見逃したら、数年後に場末の劇場でキャッチ・アップするチャンスがあればいいほうで。
    しかし今は家庭でみられる世の中になりました。

    第9、ハイ・ヌーン。
    今観ると、エンディングがとても平和で和やかですね。
    正午に刻一刻と進む時計の針の描写。
    当時はこちらの心臓にも秒単位でクライマックスへ導いてくれました。
    現在はナノセカンドの世の中で、状態の変化はクリック一発。
    だからこそ、刻一刻の進行を演出したこの映画がくい込んだのでしょうか。

    要するに!
    漫画ほどに、撃たれざまの賑々しさが勝負どころのようでして。
    あなたのトップ・10は何でしょうか?と、言っています。
    皆様、それぞれのトップ・10がおありでしょうね。
    どんなもんでしょう?

    • 町田 より:

      >月兎さん、ようこそ
      YOU TUBEの 『トップ10、ウエスタンムービー・ガンファイト』、拝見しました。
      面白いものをご紹介いただき、本当にありがとうございます。
      また、個人メールでいただいたお見舞いのお言葉、胸に沁みました。この場を借りて御礼申し上げます。

      で、ハイヌーンに描かれる時計の描写。
      それが、現在のナノセカンドで刻まれゆく時間感覚では得られない緊張感をもたらすという意味がよく分かりました。デジタルな時間感覚では得られないアナログの時間感覚というものが、昔の映画には確かにありましたね。それが、「どちらが先に銃を抜くか」 という、西部劇のガンファイトシーンを盛り上げる大事な要素になっていたような気もします。

      月兎さんに示唆されて、私もまた 「自分の西部劇ベスト10」 というものを考えてみました。
      もちろん、観ていない映画の方が多く、“ベスト10” なるものを掲げるのは気恥ずかしい限りですが、自分にとって一番というのは、『ガンファイト・ベスト10』 には選ばれなかった 『ロングライダース』 なんですよ。淡々と描かれるジェシー・ジェームズ兄弟やならず者たちの哀しい最期が胸に沁みます。

      その次ぐらいが、『ワイルドバンチ』 かな。
      こちらは、YOU TUBEにアップされている“ベスト10”には必ず入っていますね。

      3番目あたりが、 『明日に向かって撃て』 。
      どうも、ならず者たちが悲しい結末を迎える話が好きなようです。

      オーソドックスな西部劇としては、やはり『荒野の七人』は見逃せないような気もします。黒澤明の『七人の侍』の方が、映画としては緻密で面白いのだけれど、粋さとか、洒落っ気では断然 『荒野の七人』 の方に軍配が上がりますね。

      『3時10分、決断のとき (3:10 to Yuma)』 のリメイク版も好きです。これはチャーリー・プリンスという悪役に魅せられました。

      忘れられないのは、ゲーリー・クーパーとバート・ランカスターが共演した 『ヴェラクルス』。野生味たっぷりのバート・ランカスターと、ジェントルマンを貫くゲーリー・クーパーの描き分けが鮮やかで、西部劇の面白さを堪能しました。

      ジョン・ウェインものでは、やはり 『アラモ』 のスペクタクルシーンには圧倒されました。それと、そうとう昔の映画ですけれど、『駅馬車』 も良かったと思いました。

      マカロニ・ウエスタンでは、『荒野の用心棒』 と 『夕陽のガンマン』ですね。

      もちろん、見逃している映画の方が多く、“ ベスト10” なんておこがましいのですけれど、西部劇でいうと、とりあえず浮かんできたのは、以上です。
       

  26. ジョン・マーストン より:

    僭越ながら、ジャン・マリア・ヴォロンテが吸っているのは煙草ではなくマリファナではないでしょうか?
    椅子に腰かけたままいつの間にか寝てしまっているという描写から僕はそう推測しています。

    • 町田 より:

      >ジョン・マーストンさん、ようこそ
      そうとう古いエントリーなのにもかかわらず、貴重なご指摘をいただき、本当にありがとうございました。

      確かに、ただのタバコを口にくわえるよりも、マリファナであった方が凄みが出ますね。ジャン・マリア・ヴォロンテの狂気を説明するにも、その方が説得力が出ます。
      実際に、この映画のこのシーンをそういうふうに解説しているサイトもあるようですね。
      ありがとうございました。

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