人類の滅亡まであと 3日

  
 今年も、「人類の滅亡」 まで、残すところあと 3日ほどになった。
 いまさらジタバタしてもしょうがないし、ことさら準備することは何もないので、わが家の場合はコタツにでも入って、ミカンでも食べながら、テレビで滅亡の風景を眺めて過ごすことにした。

 以前、人類が滅亡したのは1999年だったかと思う。
 当時、「ノストラダムスの予言」 というものがあり、それによると、その年の7月に 「空から恐怖の大魔王」 というのが降りてきて、人類はみな滅ぶということだった。

 記録を読み返してみると、その日、わが家では家族マージャンをやりながら 「人類の滅亡」 を迎えたと記されている。
 勝ち負けの記録はないが、無事マージャンが終了したところを見ると、ゲーム中に滅亡は訪れなかったようだ。

 今回の滅亡は、マヤ族の残したカレンダーによって告知されたものらしい。
 なんでも、古代マヤ文明では現代天文学もびっくりするほど精度の高い天体観測を行っており、その研究をもとに正確無比な暦を作っていたと聞く。
 で、その暦が、2012年の12月23日で終わっているというのだ。

 それをもって、「マヤ人たちは、この12月23日という日が人類最後の日だと分かっていたのではないか」 という説が、いま巷で話題となっている人類滅亡の根拠であるとか。

 で、わが家でも、この人類最後の日をどう迎えるのか、少し真剣になって討議した。
 テレビを見ていたら、なんでも中国ではこの日に備え、シェルターやら防災グッズなどがネットで大安売りされ、みんな買いあさっているとかいう話だったが、「どうせ滅亡するんだったらシェルターなんか持っていても無意味なので、もったいない」 というカミさんの提案により、シェルターを買うのはやめにした。
 考えてみれば、置く場所もなかった。

 問題は、滅亡が訪れる時間帯である。
 人類最後の日なのだから、できれば床屋に行っておきたい。
 また、滅亡でアタフタしているときに、食事の準備をするのは大変なので、あらかじめ昼ご飯と夕ご飯のメニューを考えておかねばならない。メインの料理を昼に持ってくるか、夜まで取っておくか迷うところである。

 「人類滅亡の日を迎える前に、何を食べたい ? 」
 … というのが、よく飲み屋などで話題となる。
 これは、その人にとって 「いちばん好きな食い物は何か ? 」 を尋ねる設問とみなしていいと思うが、こういう質問は愚問である。

 だって、「人類最後の日の食事」 というのは食い納めということだから、誰でも多少欲が出る。
 金額でいえば、普通の食事の2倍から3倍程度の値段の食い物を脳裏に描くことになる。
 … ということは、日頃牛丼を食べている人は、その2~3倍程度の 「すき焼き定食」 を頭に浮かべるだろう。

 しかし、その金額ベースだと、天ぷら定食という選択も生まれる。
 ならば、フレンチのフルコースとか、豪華なサーロインステーキという判断も出てくるだろう。
 つまり、こういうように選択肢が増えるということは、必ず、選択しなかったものに対して未練が生まれるということなのだ。

 人間の不幸とは何か。
 それは選択肢が増えすぎることだ。
 選択肢が増えれば、必ず選択しなかったものに未練が残る。
 こういうのを 「煩悩」 という。

 で、わが家の場合は、人類滅亡の日は、あらかじめメニューを決めておく。
 アジの開きか納豆だ。
 そのふたつのうち、どちらを昼にして、どちらを寄るに回すか迷うところだが、滅亡の瞬間が午後の早い時間に来てもいいように、昼のうちに好きなものを食べてしまう。
 で、今の気分だと、アジの開きだ。

 準備といえば、そんなところだが、問題は、どういう形で滅亡がやってくるかだ。
 いちばん想定されているのは、惑星と衝突するとか、殺人ウイルスが蔓延するかというものだ。
 あとは宇宙人の襲来。
 人類滅亡映画というものも、今までいっぱい公開されてきたけれど、大半はその手のもので占められている。

 惑星と衝突するというようなものならば、地球に近づいてくる惑星を眺めるための望遠鏡などが欲しいところだ。
 宇宙人が人間を襲って食べるというのはあまり考えたくない。
 でも、映画のエイリアンみたいな怪物に食べられたくはないが、美女系の宇宙人が優しく食べてくれるのなら、そのおっぱいを触りながら食べられたいという気がしないでもない。
 
 それにしてもなんで人間は、こんなに 「人類滅亡」 というテーマが好きなのか。
 SF映画やSF小説の半分は、このテーマが顔を出す。
 アニメやパソコンゲームでも、もうおなじみの設定。

 キリスト教圏に生きる欧米人たちがこのテーマを切実に感じるのは、やはり 「最後の審判」 というドラマが宗教の根幹にあるからかもしれない。
 だから、 “滅亡ストーリー” の大半は、聖書の 「ノアの箱舟」 のような体裁を取る。
 生き残った人間が、汚れのない新しい “世” をつくるというやつ。

 ことにハリウッド映画にこの手のテーマが多いのは、いろいろな意味で行き詰ってきたアメリカ人たちが、「リセット」 を求めているのかもしれない。
 
 とにかく、あと3日だ。
 今のうちにアジの開きと納豆を買っておくことにする。
 
 
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人類の滅亡まであと 3日 への2件のコメント

  1. Take より:

    いよいよですね(笑)ノストラダムスの時も気づけば過ぎ去ったあとで、「見過ごしか」感が残りましたが、今回はいいタイミングで思い出させてもらいました。
    老衰や病などでの死と違って、人類最後の日を迎えるにあたって最後に食べたいもの、というテーマの時、ぼくがよく言うのは「マリファナ吸ってみたい」です。
    もちろん麻薬と言う違法行為ですし、依存性や中毒性が強い事はよくよくわかっているつもりですし、普段煙草も吸わない人間ですから普通に生活している中では近づくつもりはありませんが、こと人類最後の日の最後の食事の後の一服になら『いけない』ことも許されるでしょう(笑)
    とは言っても23日が最後の日になる可能性が高くないから本気で探しもしないので、きっとその日はカレーか何かを食して終わるかな?と思います(爆)

    ところで12月23日が近づいて、その日が無事に終わりそうだという空気が漂ってくると、その保険のように、次の難問(?)が寄ってきますね。なんだか土星の温度が急激に高まっているとか…?
    さてさてあわただしい師走の最中のあわただしいニュース、楽しめる余裕を持って過ごしたいものです。

    • 町田 より:

      Take さん、ようこそ
      ああ、なるほど。マリファナですね。
      “最後の一服” ならば、分かるような気もします。
      依存性や中毒性は怖いと思いますが、アメリカでは、州によっては解禁されているところもあるようですので、実際のところ、どうなんでしょうかねぇ。

      ま、「人類の最後」 がSF映画などの格好のテーマとしてとりあげられるのは、そいう最悪の悲惨な日を想定することで、「生きていられるだけ、ま、いいか …」 と自分たちを慰める材料として使われているのかもしれませんね。

      今年も選挙なら何やらあって、あわただしい師走になりました。
      寒さもひときわ厳しくなっています。
      Take さんも、健康に留意され、「人類の最後」 ならぬ 「年の最後」 を無事にお迎えください。
       

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