GOLD ☆ RUSH (キャロルと矢沢永吉)

 
 家の近くにあった一軒のスナックが、この夏ひっそりと店を閉めた。
 店の名前は『GOLD ☆ RUSH』 。
 
 どういう店かは、分かる人にはすぐ分かるはずだ。
 矢沢永吉がソロになってから発表した4枚目のアルバム『ゴールドラッシュ』がそのまま店名になっているからだ。
 表に向かって張り出した窓に、「E.YAZAWA」のロゴを刷り込んだステッカーが貼ってあったようにも記憶している。
 
▼ 『GOLD RUSU』

 
 「一度入ってみようか … 」
 と、何度かドアの前にたたずんだことのある店だった。
 でも、結局「まぁ、この次にでも … 」と気後れして、とうとう店の様子を知ることなく、年月だけは過ぎていった。
 
 もっとも、オーナーはそうとう気まぐれな人らしく、夜になっても店を閉めたままであることが多い。
 さらに、矢沢永吉のコンサートが近くづくと、必ず張り紙を表に出して、前日あたりから休んでしまう。
 
 「◎日まで、矢沢永吉の武道館コンサートのため、お休みいたします」
 
 お客に「詫びる」という風情ではなく、誇らしげに貼ってあるところに、そのオーナーの、矢沢に対するハンパじゃない “愛とリスペクト” が感じられた。
 
 そういう “こだわり” のある店には好奇心が湧くほうなので、「一度入ってみたい店」のリストには入れておいたのだが、踏ん切りのつかないまま時は過ぎて、ある日、店の看板が降ろされているのを見たとき、やはり軽いショックを受けた。
 どんな店なのか、入ってみればよかった … と、閉店してからそう思った。
 
 音楽の匂いのする喫茶店、BAR、スナック、居酒屋などを見つけたら好奇心に駆られて即座に入ってしまう自分を、その店に限って「ためらわせたもの」とは、何だったのか。
 
 それは、矢沢永吉という人間のあまりにも大き過ぎるキャラと、そのコアなファンたちが醸し出す熱気への “畏れ” のようなものだったかもしれない。
 
 もし、そのスナックが “キャロルの店” だったら、なんのためらいもなく飛び込んで行ったと思う。
 
 「矢沢永吉のファンですか ? 」
 と、もし誰かに訊かれたら、
 「いえ、それ以上にキャロルのファンです」
 と私は答えるだろう。
 なぜなら、矢沢に対する思いと同じくらい、ジョニー大倉の歌声とギターが好きだったからだ。
 
▼ ジョニー大倉

 
 ビートルズの音楽が、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの2人の異種の才能の「衝突と融合」から生まれてきたとしたら、キャロルだってそうだ。
 そこには、ジョニーの存在を抜きにしては語れない “音” があった。
 
 彼らが『リブヤング』にはじめて生出演したのを偶然見たとき、自分の中で何かが弾け飛んだ。
 
▼ キャロル ファーストアルバム

 
 リーゼントと革ジャン。
 当時、すでに “流行遅れ” と見なされていた “オーソドックスな (!) ” 不良ファッションで登場した彼らは、
 「テレビの向こう側でそっくり返っているボンボンたちよ、見てろよ! これからオマエラの脳髄と心臓を食いちぎってやるからな」
 とばかりに、ガゼールに襲いかかるライオンのような勢いで、スピード感あふれる獰猛な演奏を開始した。
 
 “テレビのこちら側でそっくり返っていたボンボンの私” は、その灼熱の豪速球に心臓を射抜かれ、思わずソファーから転がり落ちそうになった。
 翌日、レコード屋が開くのを待ちかねたように、彼らのファーストアルバムを買いに走ったことはいうまでもない。
 
▼ キャロル 「グッド・オールド・ロックンロール」。大好きな曲のひとつ

 このファーストアルバム『ルイジアンナ』は、ほんとうによく聞いた。
 カセットテープに落として、これをかけながら、よく夜の西湘バイパスを走った。
 
 A面(レコード時代のなつかしい響きだ!)の『ルイジアンナ』から『ヘイ、タクシー』へ移るあたりの軽快なオリジナル・ロックンロールもいいが、『グッド・オールド・ロックンロール』から始まり、『トゥティー・フルティー』、 『ジョニー・B・グッド』あたりにかけて盛り上がっていく “洋楽路線” は、いま聞いても鳥肌が立つ。いろんな人から異論が出そうだが、個人的にはこれが最高傑作アルバムだと信じる。
 
 たぶんそれは、矢沢永吉とジョニー大倉の (いい意味での) 緊張関係が白熱の火花を散らすほどに拮抗していたからだと思う。
 キャロル解散後のジョニーは、矢沢に対する恨み節ばかり連発して、矢沢ファンの多くを失望させたけれど、それでも、キャロル時代のジョニーの輝きだけは本物だった。
 
 キャロルは、誰のバンドだったか。
 そう問うならば、まぎれもなく、すでにそれは矢沢永吉のバンドだった。
 ステージ上におけるキャラを、「リーゼントと革ジャン」にするように提案したのがジョニーであったにせよ、音楽コンセプトを決めたのも、バンドの方向性を決めたのも矢沢であったし、何よりも、ライブでのパフォーマティブなテンションの揚げ方において、彼の才能が突出していたのは言をまたない。
 
 ジョニー大倉の歌とギターが、キャロルのサウンドに独特の色気を与えていたのは間違いのないことだが、ステージを見る限りにおいて、バンドの “顔” は、まぎれもなく矢沢永吉だった。
 
 だから、矢沢がジョニーと袂(たもと)を分かち、ソロになったとき、矢沢の魅力、個性、その音楽性が “全面開花” した、と考えることは間違ってはいない。
 だけど、「サウンド」ということに関していえば、私は “キャロル” と “矢沢永吉” の間に、ひとつの「切断」を見る。
 
 「キャロル」と「矢沢永吉」を分けるもの。それはジョニー大倉の存在だけではない。
 音楽表現を通じて追い求めるものが、根本的に違う。
 
 キャロルが追求したのは、音楽としては、ロカビリーから初期ビートルズへ至る(なつかしい)「ロックンロール」の再構築(ないしはパロディ)だった。
 
 しかし、ソロになってからの矢沢永吉が追求したのは、もう「音楽」というものにとどまらない “生きざま” そのものだった。
 どういう生きざまか。
 「ビッグになる ! 」という生きざまだった。
 
 矢沢が「ビッグを目指す」ときの精神風景は、まさに彼の半自伝である『成りあがり』という著書のタイトルそのものが示している。
 
 「成りあがり」。
 それは、世の上品ぶった紳士淑女からは軽蔑的な表現として使われる言葉だ。
 なぜハイソな連中が、この言葉を侮蔑的に使うかというと、そこに、「下層の者が上層の者にとって代わる」という “下克上” の恐怖を感じるからだろう。
 そういう言葉を著作のタイトルにしてしまう矢沢のふてぶてしい挑発性は、確かに強烈なインパクトを放った。
 
▼ 『成りあがり』

 
 実際この本は、独特の “矢沢語” のニュアンスをうまく拾い上げた糸井重里の言語感覚の冴えもあって、表現そのものがピチピチと粒だっているし、読むと不思議なパワーが湧いてくる。
 文章を書く人間にとっては刺激的なテキストでもあり、私も何度も読んで、こっそり言葉を盗んだりもした。
 
 ここでは、キャロルという「サナギ」から、矢沢という「蝶」が飛び立っていく過程が、まさにステージの上を飛び跳ねる矢沢、楽屋に戻ってその汗をぬぐうときの矢沢そのものを見ているかのように、リアルに活写されている。
 
 そういう本を読み、あるいはステージの規模をどんどん拡大していく矢沢の姿を目にし、さらにアルバムを通じて次々と発信されるメッセージを聴きとって、その “生きざま” に共感できないファンはいないはずだ。
 
 しかし、生きざまに共感することと、その音楽を愛することは別だ。
 私は、矢沢永吉の「ビッグになる ! 」という姿勢そのものには関心を抱きつつ、その音楽を愛する気にはなれなかった。ジョニー大倉と二人で、チャック・ベリーの作った『ジョニー・B・グッド』をカバーしていた頃の矢沢のほうが数段好きだ。
 
 後に、そのことを「オマエの音楽観そのものがエリート主義だ」と、私はある矢沢ファンから指摘されたことがある。
 彼は、「矢沢がビッグになれたのは、洋楽もどきのロックンロールから決別して、日本の土壌に合ったドメスティックな音楽を志向したからだ」というわけである。
 
 「そうかもしれない … 」とも思った。
 だが、「 … だとしたら、矢沢をビッグにしたその “日本の音楽土壌” とやらに馴染めない自分がいる」とも思った。
 
 では、矢沢永吉は、「日本の音楽土壌」にどのような “根” を植えようとしたのか。
 
 それは、「演歌に代わる日本のワークソング」だったように思う。
 (※ 参考記事 「演歌の時代は終わったのか」 )
 
 彼の歌は、貧乏であったり、あるいは家庭や学校で虐待を受けたり、さらには「族」に入って喧嘩ざんまいの日々を送ったり、単純肉体労働の下積み生活を送ってリアルに苦労してきた若者たちに「めげずに頑張って稼ごうぜ」と気合いを入れるような、応援歌の機能を果たしたと思っている。
 矢沢本人が、そのような境遇から立身出世をしてきたからだ。
 
 逆にいえば、私自身が、そのような境遇を経験していないボンボンだったからこそ、矢沢永吉の音楽活動を通じて発信されてくるメッセージに馴染めないでいるのかもしれない。
 
 ある意味で、ソロになってからの矢沢永吉は、キャロル時代にははっきり掲げられなかった自分のビジョンを確立した。
 何度もここで書いた「ビッグになる ! 」というやつ。
 それは、具体的にいえば、「音楽で億万長者になりたい」というビジョンだ。
 
 精神分析学者の斎藤環は、『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』という著作の中で、「ヤンキー系音楽」について、音楽評論家の近田春夫の言葉を借りて面白い指摘をしている。
 
 「近田春男は、ヤンキー系の音楽が、その市場性においては爆発的なマーケットを形成することはあっても、音楽性そのものが他の音楽に対して与える影響はそれほど大きくはないという。
 (なぜなら)『ヤンキー(系ミュージシャン)にとっては、音楽は目的というよりむしろ手段であることが多いからである。平ったく言えば、それは表現である前にまずビジネス(シノギ)だからだ』」。
 
▼ 『世界が土曜の夜夢なら』

 
 「ヤンキー」という言葉が、矢沢永吉の音楽においても妥当するかどうかは分からない。
 しかし、矢沢が、音楽を 「ビジネス」 として明確に捉え、原盤権や商標権をしっかり確保し、グッズ販売にまで徹底した管理体制を確立したことだけは確かだ。
 
▼ いい表情だ。いわゆる 「目力 (めぢから) 」 が感じられる

 
 伝説となった有名なエピソードがある。
 彼が、あるレコード会社の幹部と喧嘩したときのセリフらしい。
 
 「お前がどんだけ良い大学入って、どんだけ良い会社に就職しても、お前が一生かかって稼ぐ額は、矢沢の2秒」
 
 確かに、胸がスカッとするようなセリフだが、ここで語られているのは音楽のことではない。矢沢の “生きざま” だ。
 つまり、彼は、「そういう発言をする矢沢」を頼もしく感じる人たちへ、限りなくメッセージを送り続けることを自分の仕事にしたということだ。
 
 これが、社会に対してなんとなく不満を感じていた若者たちに、ある種のカタルシスを与えたことは想像にかたくない。
 彼らは、自分たちが矢沢のいうような 「ビッグ」 になれなくても、少なくとも、生まれたときからエリートコースを用意されたボンボンたちの作る社会に風穴を開ける爽快感を得ることはできただろう。
 
 彼らにとっては、「音楽」そのものよりも、コンサートの会場などで、矢沢の吐き出す熱い「魂」に触れることのほうが大事だったのである。
 
 矢沢はいう。
 「コンサートは、音を聴くだけのとこじゃない。何か気持ちをもって歌ってる男に会いに行くものなんだ」
 
 ある意味で、これもシビれる発言である。
 矢沢ファン層は、こういうメッセージを共有することで、コアな「矢沢共同体」を結成する。
 ただ、それは排他的な匂いのする共同体である。
 そこには、
 「僕はジョニー大倉のいたキャロルの音楽のほうが好きです」
 などと、うかつに言えない凝集性の強い結束力が感じられる。
 
 『GOLD ☆ RUSH』というスナックに入っていけなかったのは、そのことに怯えたからだ。
 

 
 矢沢永吉が、なぜそれほどコアのファンに支えられるカリスマ性を獲得できたのか。
 そこには、彼の生きてきた軌跡が関係している。
 
 矢沢が幼少期からとんでもない苦労を重ねてきたことは、有名な話だ。
 Wikipediaによると、
 「実母が家を出て、実父は原爆後遺症で早逝したため、幼少期は親戚中をたらい回しにされる。
 その後は祖母に育てられ、極貧の少年時代を過ごした。
 この頃、近所の裕福な家の子供に『お前の家は貧乏でケーキなんか買えないだろう』とケーキの一部を顔に投げつけられるなどの屈辱を受けた」
 と、書かれている。
 
 自伝『成りあがり』によると、ケーキを投げつけられた矢沢は、そのあまりのおいしさに、「うめぇ ! 」という言葉を呑み込み、舌を伸ばして、頬についたクリームをなめたことになっている。
 
 そのような貧乏と屈辱にあえぐ体験が重なり、中学生になると、もういっぱしの「不良」。
 
 前述した斎藤環の『世界が土曜の夜の夢なら』という本には、その頃の矢沢永吉が「音楽に求めたものが何であったか」ということに関する興味深い叙述がある。
 
 「中学時代に不良だった矢沢を変えたのは、ラジオで聞いたビートルズと、デール・カーネギーの『人を動かす』であった。
 ポップミュージックに革命をもたらしたバンドと、古典的な自己啓発書とが同列に置かれること。つまり、矢沢は、『過酷な現実を慰撫する道具』として音楽と出会ってしまったのではなかろうか」
 
 ここで斎藤環が、「刺激」ではなく、「慰撫」という言葉を使っていることに注目したい。
 
 そうなのだ。
 幼少期から少年期にかけて、ある程度満ち足りた生活を享受できた人間にとって、青春期に音楽に求めるものは「刺激」でしかない。
 それは、「満ち足りた、でも退屈な青春」から自分を引きずり出して、別の世界へ連れ出してくれるものだ。
 
 しかし、思春期前に、すでに “過酷な現実” と向きあってしまった矢沢にとって、実生活はそのものが、もう十分に「刺激」であった。
 
 そうならば、彼が求める音楽が、“過酷な現実” に拮抗できるくらいに自分を「ビッグ」にしてくれる応援歌であって、何が悪い。
 
 「慰撫」とは、何も優しい言葉で癒してやることだけではない。
 ときに矢沢はファンに対して、「(自分の)生き方を人のせいにしちゃダメ」と自立をうながし、「20代で苦労した者だけが30代で夢の世界を見ることができる」と励まし、「たったひとつでいいから、何かやれるものを持っているというのは幸せ」 と、自信を持たせる。
 それこそが「慰撫」。
 

 
 矢沢は、そういう「慰撫」を自分の音楽活動のコアにし、そしてファンは、その矢沢のメッセージに共感して、矢沢を中心に据えた熱い「共同体」となって膨張する。
 コンサート会場に詰めかけたファンは、「BIGになった永ちゃん」 の姿に自分を仮託し、そこから 「元気」 をもらって、自分の実人生の中でもそれを生かそうとする。
 だからこそ、全国に、矢沢永吉をリスペクトするBARやスナックを開業する人間が後を絶たず、そこからまたリアル世界での横のつながりが発展していく。
 
 そういう「矢沢共同体」の美しさを認めつつ、でも、私はその中に入っていけない自分を感じる。
 
 たぶん、自分は、「メッセージ」でなく、自分にとって( … だけかもしれないけれど)心地良い「音楽」を求めているのだと思う。
 ビッグな矢沢が慰撫してくれるメッセージより、ビッグになる前のキャロルが出していた音楽のほうが、私には大事。
 だって、ジョニーも交えたキャロルでやっていたロックンロールの方が、矢沢個人の音楽よりも、私には数倍 “心地よい” からだ。 
 そういうことに関しては、私も、悲しいほど頑固だ。
 
 
関連記事 「紅白の矢沢永吉 (60歳のツッパリ) 」
 
関連記事 「世界が土曜の夜の夢なら (ヤンキーの美学) 」
 
参考記事 「ゴーストライター」
 
 

カテゴリー: 音楽   パーマリンク

GOLD ☆ RUSH (キャロルと矢沢永吉) への6件のコメント

  1. 磯部 より:

    矢沢の音楽を聴きに、東京のボンボンと私とで、一度武道館のコンサートへ行ったことがあります。元ヤンの私ですが、あの総立ちのコンサートにはついて行けず、一人椅子に座って終わるのを待ち侘びていました。
    が、ボンボンの彼は矢沢の大ファンなので、興奮しっぱなし。みんなと一体になってタオルを振り回していたのをいまでも覚えています。
    私も矢沢の音楽が好きですが、あの会場の雰囲気にはついていけませんでした。思うに、町田さんの同じく、キャロルが好きだったのかも知れないと思いました。
    そしてボンボンの知り合いですが、彼は矢沢のなにが好きだったのかと考えるに、きっとあの成り上がりのような生き様だったのでしょうか?
    いまもってよく分かりませんね。

    元ヤンで私みたいのもいる。ボンボンでそういう奴もいる。
    変遷、趣味、生き方、ポリシー。

    町田さん、このあたりになってくると、一筋縄ではいかなと思いませんか?
    だから、人って面白いし、興味津々なものなのかも知れませんがね?

    • 町田 より:

      >磯部さん、ようこそ
      なるほど! 興味深いレポートでした。
      確かに音楽の好みとか、どのような “生きざま” に共感するかというのは >> 「一筋縄ではいかない“ 。
      もちろん、生活環境だけで左右されるものでもないし、若い頃にどのような音楽を聞いてきたかも、あまり関係ないかもしれませんね。

      それよりも、何かハマってしまう共通のテーマを “共有する” っていうことの感動の大きさが、人間を動かすのかな。
      矢沢永吉のコンサートで総立ちになるのも、AKB48の総選挙や握手会に熱狂するのも、「対象」 そのものよりも、「場」 に対する思い入れなのかもしれませんね。

      そっちのテーマで、もう一回考えなおしてもいいかな … とも思いました。
      コメント、ありがとうございます。
       

  2. frictionreck より:

     うわーこれも 「自分が 矢沢に感じていた 夢中になれない何か?」 尾崎豊以上に自分が感じる違和感、説明できない何かについて これを読んで 答えが導き出せるかもしれない気がしました。 ぞくっとくる切り込みにくらくらきています。 また来ます。

    • 町田 より:

      >frictionreck さん、ようこそ
      >>「ぞくっとくる切り込み」 … だ、なんて。
      frictionreck さんのような、日本のロックについて相当な知識と卓見を持っていらっしゃる方にそう言われると、恥ずかしさも覚えますが、光栄の至りです。
      御ブログを拝読し、こちらも学ばせていただくことがたくさんあることを知りました。
      どうぞ、これからもよろしくお願い申しあげます。
       

  3. frictionreck より:

     今日もう1回こちらに来て、こちらを何回も読んでみました。あの違和感はなんなのか? わかるために。
     ひと言、矢沢や尾崎に対した感じたもの、それは、ただの 「ひがみ」「shit」であったのではないか?と 気付きました。 男として腹が立つのだろう(笑)。 
     http://blogs.yahoo.co.jp/frictionreck/5677015.html

     自分が絶対にいいと思った 泉洋次(今回名前をはっきり出しました)氏はブレイクしなかった。悔しかったです(笑)。 

     また、このB級耳に 苛立ちながら、向き合い生きていかねばなない。
     http://blogs.yahoo.co.jp/frictionreck/11597482.html
     http://blogs.yahoo.co.jp/frictionreck/11642722.html

     甲斐よしひろは聞くけど、ハマショウを聞けないのも理由が今もわからない。
     http://blogs.yahoo.co.jp/frictionreck/5981410.html(これはファンのみ閲覧可なんてね )
    井上陽水はokですけど。 「一貫性」と言う意味では長渕やチャゲ&飛鳥には背を向ける。泉谷はok。サザンには、嘘は感じない(cdを聞いたりしないけれど)。
     
     なかなかこの感覚は説明できないですね。説明すると ウソになるので。

     町田様は、宇崎竜童はどうでした?ファイテイング時代からソロ時代 1980年~1985年
    が好きでたまらいのです。 思春期、自分に向き合ってくれたから(笑) ではでは。
     http://blogs.yahoo.co.jp/frictionreck/4513213.html
     http://blogs.yahoo.co.jp/frictionreck/6719844.html

     すいません自分のブログの宣伝になってしまったみたいで あれー 

    • 町田 より:

      >frictionreck さん、ようこそ
      上記に張られたリンクをたどって、ブログ記事拝読しました。
      どれもみな読み応えがありました。

      私はfrictionreck さんのように、“ロック寄り” で活躍している日本のミュージシャンのことをほとんど知りません。
      しかし、文面をたどらせて頂いた限りでは、かなり自分の感覚 (問題意識) と重なる部分があることを感じました。

      たぶん矢沢永吉、尾崎豊、長渕剛などの 「音楽」 に対する感じ方というものに、詳しく接していらっしゃる frictionreck さんと同様に感じているなどと言えばおこがましいのですが、お気持ちはストレートに伝わってきます。

      浅薄な見方かもしれませんが、矢沢永吉、尾崎豊、長渕剛といったミュージシャンは、基本的に、リスナーに 「音楽」 を伝えようとしているのではなく、「自分」 を伝えようとしている方々ではないかと思っています。
      もちろん、それは歌詞としてのメッセージや、音作りや、プロモーションの仕方まで、すべてを含んでのことですが、基本的に、リスナーの共感を得る 「核」 のところに、「自分」 を置いている。
      それはそれで大事なことで、そこから伝わってくるミュージシャンのメッセージ (生きざま) がリスナーに感銘をもたらせることは大いにあるわけですね。

      だけど、私の場合は、それ以上に、そこで鳴らされる 「音」 が大事。
      「個人の生きざま」 のようなものは、その人の話や書いた文章からだって伝わってくる。
      音楽というのは、そういうもんじゃないだろー。
      … そういう聞き方しかできない自分がいます。
      たぶん (英語の意味など分からない) 洋楽をずっと聞いてきたからかもしれません。
      だから、キャロル時代の 「音」 には興奮したけれど、矢沢永吉の 「音」 には乗り切れない。
      自分の場合は、そんな感じです。

      ただ、frictionreck さんの場合は、もっと真摯ですね。
      私は 「音」 として簡単に割りきってしまったけれど、frictionreck さんの場合は、>> 「この違和感はなんだろう ? 」 という根源的な “手触り” のようなものを決して手放そうとはなさらない。答を出す以上に、 「問い」 そのものの方にこだわっていらっしゃる。
      ある意味、それは凄いことのようにも感じます。
      そっちの方が、本当に 「音楽」 にこだわる姿勢なのかもしれませんね。

      だから、「 HIKAL GENJI 」 の音楽が脳性麻痺の方々を喜ばせ、元気を与えている状況に接し、「HIKAL GENJI に共感する自分」 と、「それを素直に容認できない自分」 と分裂してしまうという話は、とても大事なテーマとして受け止めました。
      自分にも、まったく同じような気持ちになることがあり、ここで指摘された問題意識を共有したことがあります。

      宇崎竜童氏に関しては、(ごめんなさい) 本当に初期の時代、『スモーキンブギ』 とか 『港のヨーコ … 』 の頃のことしか知らないのです。

      彼の場合は、阿木燿子の存在が大きいと思っています。
      彼女の作り出す歌詞は、先ほどの矢沢、尾崎、長渕といった方々に比べ、「自分」 を主張しない。
      ある意味、エンターティメントとしてドライに割り切った “凄み” があると思っています。
      別の言葉でいえば 「物語性」 がある。
      それはそれでまた素晴らしいのかな … と。

      あまりご期待に添えるような返信でなくて、申し訳ないです。
       

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">