高倉健の存在感

 
 雑誌などのメディアにおける高倉健の露出度が高まっている。
 6年ぶりの映画出演になる 『あなたへ』 の公開が間近に迫っているからだ。

▼ 『文藝春秋』 9月号グラビア

 
 高倉健は、現在81歳。
 そのくらいの年齢で、現役として活躍できる役者は他にもいるだろうが、その多くは 「老人」 として登場し、話の彩り (いろどり) を添える役柄に収まっている場合が多い。
 
 しかし、高倉健は、その年で主役を張る。
 年齢にかかわらず、彼にしかできない “役” というものがあるからだ。
 
 『あたなへ』 は、妻を失った刑務官が、亡き妻の遺言に従って妻の故郷までおもむき、そこで妻の希望どおり、海に散骨するまでの 「旅の過程」 を描いた映画だ。
 富山から長崎の平戸まで、約1,200㎞に及ぶキャンピングカーの一人旅が始まる。
 
 妻を偲びながらの孤独な旅路。
 並の役者が演じれば、 “お涙頂戴” の甘ったるいセンチメンタリズムで終わるような映画になりかねない。
 
 しかし、高倉健がその役をやると、凛とした “男の覚悟” がにじみ出る。
 すでにこの世にいない妻に対して、その最後の望みを叶えることに全身全霊を打ち込む、律儀で ( … ある意味、不器用で) 、責任感の強い男のすごみが伝わってくる。
 
 それは、たぶんに 「人間 高倉健」 がこれまで歩んできた実人生の重みそのものが反映されたものと見るべきだろう。
 

 
 高倉健は最愛の妻を亡くした後も、再婚することもなく、一生に一人の妻しか娶らない姿勢を40年間貫き通した。
 妻とは、歌手・俳優の江利チエミ (45歳没) のことである。
 
 一度離婚はしているが、それは二人の不仲が原因になったからではない。
 自分の親族の不祥事をかぶった江利チエミが、金銭的なトラブルに高倉健を巻き込ませたくないばっかりに、最愛の高倉健に泣く泣く別れ話を切り出したという経緯がある。
 
 その不幸な事件がようやく解決したあかつきに、チエミは世を去る。
 以来、高倉健は、毎年チエミの命日には早朝にひっそりと墓前を訪れ、花を手向けているという。
 
 『あなたへ』 という映画に一本の筋を通したのは、この 「人間 高倉健」 の、男の誠実さを貫く美学である。
 
 それが画面からもにじみ出る。
 最愛の妻と日本一周をするために作ったハンドメイドのキャンピングカーの車内で、一人で夕食の調理を始める高倉健の表情には、妻を失ったさびしさと、妻の遺言を忠実に守ろうとする決意が入り混じった、なんとも切ない感情が浮かぶ。
 
 それを 「涙なし」 で演じきれるのが高倉健だ。
 キャンピングカーの小さな調理スペースで、もどかしい手つきで野菜を切るときの、その “手さばき” だけで、彼は主人公の境地を表現してしまう。
 

 
 寡黙であることが、饒舌であることよりも “豊かなメッセージ” を伝えられることを実証した役者という意味で、彼の存在感はひときわ大きい。
 それは、役者としての演技力を超えた、「人間」 の厚みのようなものが成せるワザかもしれない。
 
 『あなたへ』 2012年8月25日より公開
 
 
関連記事 「高倉健主演キャンピングカー映画 『あなたへ』 」
 
参考記事 「高倉健主演映画 『幸福の黄色いハンカチ』」
 
関連記事 「健さんの美学」
 
   

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高倉健の存在感 への10件のコメント

  1. Sora より:

    町田さん、今日観てきましたよ。映画館なんて、もう何十年ぶりでしょうか。けれど、町田さんの有難いあおりを受けて(笑)、朝9時からの最初の開演で。

    富山から見る雪景色の立山連邦をはじめ、自分も見た、行った風景ですので、なつかしい思いがしました。

    ビートたけしの論じる、山頭火を引いての、放浪と旅の違いなど、自分も得意げに言ったことがありそうな、内容で気恥ずかしくなりました。
    クレソンに乗って、車上荒らしをしていたという設定は、ちょっと気に食わないですけどね(笑)。

    出てくる、出会う登場人物は、皆淋しい。皆心の底に生きる哀しみを背負って生きている、生きざるを得ない、というのが一つのテーマでしょうね。妻を失った、健さんの演じる主人公も、その一人。
    しかし、健さんは決して愚痴らない。寡黙のまま、話の流れをがっしりと受け止め、支えていくという、ストーリーの構図。確かに、いいですねー。

    田中裕子もいい。どんどん日本人的な顔になってきましたが、ほほえみの中で、最後に健さんへ残すメッセージが、「さようなら」のみ。
    ものすごく大きな「余韻」。。 あなたは私を忘れて、生きてください、ありがとう・・・

    いやあ、よかったです。映画の感想など柔いものは、ブログに私はアップしませんが、今日は思わず貼ってしまいました(笑)。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ
      Soraさんのブログも拝読しましたよ。
      素敵な感想文だと思いました。

      >> 「平戸まで来させて、最後のメッセージは 『さよなら』 だけ」 …
      ここは映画のキモなので、ネタバレにならないように、あえて自分のブログでは書きませんでしたけれど、Sora さんの解釈はまさに的を射ているように思います。

      手紙を受け取った建さんが、海の見える崖の上で、それを宙に放りますよね。
      そのとき、二つの手紙が、まるで生きている二羽の鳥のように、ずっと空高く舞い上がっていくように感じられました。
      あそこに、 「二人の魂が永遠に空を舞う」 という監督の思いが込められているように思いました。
      そして、その手紙を空に放ることによって、Soraさんが感じられたとおり、「私への未練を断ち切って、残された自分の時間を生きてほしい」 という妻のメッセージを受け止めた建さんの気持ちも表現されているように感じました。

      Sora さんのおっしゃるように、>> 「もうキャンピングカーだけの映画ではない」 というのは確かですね。多くの方々に観てほしい映画であると思います。
       

  2. クボトモ より:

    高倉健さんの訃報を聞いて、真っ先に思い出したのが
    町田さんのこのブログでした。
    徳大寺さんの後にまた、憧れの男がこの世を去ってしまいました。
    なんとも寂しい。

    • 町田 より:

      クボトモさん、ようこそ
      うかつにも、高倉健さんの訃報は、このクボトモさんのコメントにより、はじめて知りました。
      徳大寺さんに続き、またなんとこの国は、日本の男たちの支柱になっていた巨大な人物を喪ってしまったのでしょう。
      お二方の冥福を祈るばかりです。

      健さんには、一度だけ、遠目でしたが、ご本人と同じ空間に居合わせたことがあります。
      ちょうど『夜叉 (やしゃ)』(1985年)という映画の初公開日だったでしょうか。

      健さんと一緒に、初日の挨拶に立ったビートたけしさんに取材する予定があって、映画館の中にある喫茶室で、たけしさんに若い頃の思い出話などを語ってもらっていたときでした。

      すると、話の途中で、いきなりたけしさんがテーブルから立ち上がって、誰かに最敬礼をしたんです。
      振り返ってみたら、入り口近くに立っていたのが、高倉健さん。
      健さん、たけしさんのことを見つけて、言葉には出しませんでしたが、あたかも、
      「いいから、いいから、最敬礼なんかみっともないから止めてくれよ」
      といった恥ずかしそうな表情で、でも、とても温かい表情で、たけしさんに挨拶を返されていました。
      そのときの照れくさそうな健さんの顔が忘れられません。
       

  3. クボトモ より:

    町田さん、こんばんは。
    そんな貴重なエピソードをお持ちだったのですね。
    しかもビートたけしさんの取材だなんて!
    健さんとビートたけしさんはとても仲が良かったそうですね。
    お互いを尊敬されていたのではないかと思われます。
    心よりご冥福をお祈りいたします。

    余談ではありますが。
    町田さんの言葉に僕が深い魅力を感じるのは、
    こうして多くの「日本の男たちの支柱」と出逢い、対話し、
    ご自身を磨く一助とされている方の言葉だからなのでしょう。
    …と勝手な解釈をしています。

    今宵もありがとうございました。

    • 町田 より:

      >クボトモさん、ようこそ
      「取材」といっても、そんなにだいそれたものではありません。
      当時、私は大手自動車メーカーのPR誌の編集に携わっていて、そのCMに出演されたタレントさんたちにちょこっとお会いして、CMを出た車の印象をうかがったりするだけのものです。

      ただ、そのなかでビートたけしさんへのインタビューは特に印象に残ったものでした。
      一度、その記事をこのblogで書いたこともあります。
      もし、よろしければご笑覧ください。

      「素顔の北野武さん」
      http://campingcar.shumilog.com/2007/08/31/%e7%b4%a0%e9%a1%94%e3%81%ae%e5%8c%97%e9%87%8e%e6%ad%a6%e3%81%95%e3%82%93/
       

      • クボトモ より:

        ご紹介ありがとうございました。拝読しました。
        偉大でありながら尊大では無い男。
        高倉健さんも北野武さんも、人として立派な方なのが伝わってきました。
        今の社会、例えば鉄道で、乗客と駅職員の間で起きる暴力事件など、
        「自分は客だ。駅員の分際で…」という態度が原因の大半を占めていると思われます。
        「自分より相手は下」と見下したとたんに、人として失うものは大きい。
        このお二人には大人としてとても尊敬できるように思います。

        ところで余談なのですが、高倉健さんの「あなたへ」について町田さんが書かれていた記事。
        あの頃に僕は町田さんのブログの愛読者になっているのです。
        あの映画が上映される前の町田さんの考察、
        「いずれにせよ、あまり派手なデカールの入った外装で、設備も豪華なキャンピングカーは合わない感じがする。
        少し古めのワンボックスカーをベースにしたバンコンを想像しているんだが…。」
        この言葉が僕の中でなんとなく残っていて…
        2013年の春に入手したのが、あのエルグランドと同じ型の日産ピーズクラフト製バンコンなんです。
        町田さんに影響されている様です(笑)

        • 町田 より:

          >クボトモさん、ようこそ
          愛車が日産ピーズフィールドクラフトのエルグランドベースのバンコン !!
          クボトモさん、一度どこかのフィールドでお会いしたいですね。
          日産ピーズさんのイベントには、お声をかけてもらったこともあり、もしかして、すでにお会いしているかもしれませんね。…いや、2013年というと、それはないかな…。

          とにかく、高倉健さんも北野武さんも、なかなか素敵な人々であったことは確かです。特にたけしさんは、テレビで見るときの自由奔放で破天荒なキャラとは異なる照れ屋で優しい人柄に接することができて、とても印象に残っています。

          「人を見下さずに、優しく、公平に接する」ということは、思えば、なかなか難しことかもしれません。しかし、それができている人というのは、はたから見ても爽やかに見えます。少なくとも、上記のお二人からは、それを感じました。
           

  4. クボトモ より:

    町田さんこんばんは。
    はい、キャンカー初心者なもので、
    イベントなど一度も訪れた事がありません。

    >クボトモさん、一度どこかのフィールドでお会いしたいですね。

    それはもう是非!どうぞよろしくお願いします!

    ところで、ジョニー大倉さんも亡くなられましたね。
    今月はなんて月なんでしょう。

    • 町田 より:

      >クボトモさん、ようこそ
      ピーズクラフトの畑中社長とは、いつもイベント後に飲み合う仲間なので、今度クボトモさんが同社のイベントなどに出られるときは、畑中社長に頼み込んで、同席させてもらいます。
      よろしくどうぞ !!

      ジョニー大倉さん、亡くなりましたね。27日の昼のニュースで知りました。私はソロになった矢沢栄吉よりも、グループの「キャロル」の方が好きだったので、ジョニー大倉の死は悲しいです。
      徳大寺有恒さん、高倉健さん、そしてジョニー大倉さん。
      ほんとうに、今月はなんていう月だったのしょう。
       

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