リドリー・スコット 「プロメテウス」

 
 鮮烈なる映像美。
 リドリー・スコットの映画を語るには、その一言で足りる。
 
 古今東西の絵画や彫刻からのまばゆいばかりの引用。
 大自然の荘厳なる風景のコラージュ。
 
 かつてどこかで視たような … 、
 だけど、どこにも存在しないシュールな映像美を創造する手腕にかけては、やはりこの監督をおいて右に出る者はいない。

 そんなリドリー・スコットのヴィジュアリストとしての力量がふんだんに発揮されたSF巨編ともいうべきものが、この 『プロメテウス』 である。

 美術大学に入学し、絵画や舞台美術を学んだ人間として、リドリー・スコットは芸術一般に関する相当な基礎的教養を学んだはずだ。その上に、古代遺跡のモニュメントやら歴史的建造物に対する好奇心が加わる。
 それらがどの映画にも、おびただしく 「引用」 される。

▼ 『プロメテウス』 に登場する巨大神像は、あきらかにイースター島のモアイからの 「引用」 である

 
▼ エイリアンの宇宙船のデザインには、古代中国の青銅器、日本の縄文式土器、さらにマヤの象形文字などのビジュアルイメージが投影されている

 
 だから、彼の創りだす映像には、それらの原始時代からギリシャ・ローマの古典、マヤやアズテカなどの古代中南米芸術、さらに中世・ルネッサンス絵画など、人類の残した芸術のあらゆるエッセンスが凝縮している。
 それらを現代グラフィックアートの手法でアレンジしたものが、彼の映像美の骨格をなす。
 
 そして、この 『プロメテウス』 では、リドリー・スコット自身が制作した過去の映画からも多くの引用がある。
 ずばり、それは 『エイリアン』 (シリーズの1) だ。
 いってしまえば、この映画は、『エイリアン』 で、観客がもっとじっくりと観たいと思ったような映像を心ゆくまで堪能させてくれる映画だともいえる。
 
 たとえば、『エイリアン』 では、ほんの数カットしか現れない異星人の宇宙船。
 それは、高度な工学理論に基づいた精密機械であるはずなのに、有機生命体のような不思議なデザインと素材感を持つ。
 観客は、そのデザインの異様な美しさが生まれる秘密と、その作動原理の謎を知りたいと思う。
 『プロメテウス』 では、そういう観客の期待に応えるように、その宇宙船内の秘密をじっくりと描ききっていく。
 
▼ 『エイリアン』 に登場した異星人の宇宙船と乗員のミイラ

 
▼ 『プロメテウス』 に描かれた異星人の宇宙船内には、彼らなりの原理で構成された 「睡眠ポッド」 がある

 
▼ 異星人の宇宙船で作動したホログラムによる立体星図。彼らはこの立体星図を使いながら、地球を目指していた?

 
 『プロメテウス』 のテーマは、「人類の起源」 であるという。
 ここでは、「人間はどうして “人間” になったか?」 という問いが、「誰が人間をつくったのか?」 という問に変換されている。
 科学的には、ダーウィンの進化論で説明のつくはずのテーマを、この映画では、もう一度 「神学的な次元」 に引き戻しているともいえよう。
 
 ユダヤ・キリスト教的な思想では、人間をつくったのは 「神」 ということになる。
 だから、この映画は、「神とは何か?」 を問うた映画ともいえる。
 
 ネタバレ的にいえば、その神こそが、ここでは 「高度な知性を持った異星人」 ということになる。
 エジプト、マヤ、メソポタミアなどの古代遺跡からは、地球外生命体が地球に飛来して、人類に 「文明」 を教えたのではないか、と推測させるようなレリーフや絵画のたぐいがたくさん出土するという。
 そこから、人間の文明は、地球外生命がもたらしたものではないか、という説がいっときかなり流行した。
 
 そのような説を最初に唱えたのがエーリッヒ・フォン・デニケンであるが、映画はそのデニケン (のトンデモ) 説をほぼ踏襲する。
 これに関して、リドリー・スコット自身が、デニケンの文献を参考にしていると語っている。
 ただ彼は、その疑似科学的な説を信じているわけではない。あくまでも、エンターティメントとしての骨格を整えるための “素材” でしかないようだ。
 
 それ以上に、ここではキューブリックの 『2001年宇宙の旅』 との類似型を見るべきかもしれない。
 人類に 「知性」 を授ける象徴的な存在として登場する黒い石版 (モノリス) が、ここでは 「異星人」 という具体的な生命体に置き換えられていると考えられるからだ。
 
▼ 『2001年宇宙の旅』 に登場するモノリス

 
 それにしても、欧米人はエンターティメントとしてのSFでも、そのテーマを突き詰めていくと、ユダヤ・キリスト教的な問題にどうしてもぶち当たらないとならないようだ。
 『2001年宇宙の旅』 におけるモノリスは、ある意味で、モーゼがシナイ山の山頂で神から授かる 「十戒」 を書きしるした石版を連想させる。
 
▼ 映画 『十戒』 (1958年) で、十戒を掲げてユダヤの民を指導するモーゼ

 
 この 『プロメテウス』 では、その “神” 自体が物質的存在として登場する。
 
 ただし、その物質的な “神” である異星人は、人間に 「善」 や 「幸せ」 を与える神ではない。
 早い話、この映画では、人類をつくった “神” は、同時に、人類に災いをもたらす存在でもあったという話になっている。

 そこには、旧約聖書に登場する 「ノアの箱舟」 や 「バベルの塔」 の寓話が引用されているという見方もできる。
 驕り高ぶって神への畏敬の念を忘れた人間に洪水を与えたり、天国に近づこうとして塔を建設した人間たちに、彼らのしゃべる共通言語を分断して塔の建設をあきらめさせた “怒れる神” の面影がそこから読み取れる。
 
▼ 地球から遠く離れた惑星で、プロメテウス号の乗員は、ついに地球外生命の残した痕跡と出遭う

 
 旧約聖書によると、「神は自分の似姿を人間に投影した」 といわれているから、神もまたその姿を現すと 「人間」 に似た形を取るはずだ。
 この作品の中でも、“神 (?) ” はそのように描かれている。
 実際に、 “神” に近づこうとして接触を図る人間に対し、無慈悲な制裁を加える異星人の面影は、人間のフォルムにきわめて近い。
 
 ただ、そのこと自体は、あまり重要ではない。
 それよりも、人間とは似てもに似つかぬ異形の生物としてシリーズに登場してきた、あのグロテスクな “エイリアン” の方は何者であったのか、という秘密が解き明かされることの方が興味深い。


 
 暑い夏を紛らわす “都心の避暑地” である映画館にこもりながら、ホラーに近いエイリアンの登場に肝を冷やすのも、ひとつの夏の過ごし方かもしれない。
 蛇足だが、映画を見終わった後、しばらくタコが食べたくなくなった。
 
 
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リドリー・スコット 「プロメテウス」 への2件のコメント

  1. 吉村恭二 より:

    とても参考になる考察でした。かなり期待して観た作品でしたが、人類を作った異星人が余りに暴力的で遥々やってきた人類に対して全く取り付く島もないという事に、失望しました。これ続編を作られるそうですが、あまり期待感が湧いてくる感じがしないですね。哲学や宗教問題の一つの答えを求めるような意図は、監督にはないのですかね。

    エーリッヒ・フォン・デニケンという方の説によっているのですね。ちょっと知れべてみたいと思います。でも町田さんの考察は本当に面白かったです。有難うございました。

    • 町田 より:

      >吉村恭二さん、ようこそ
      どういたしまして。こちらこそ、ありがとうございます。
      リドリー・スコット監督は、独創的な映像美を追求することにかけては “超” が付くほどの天才だと思えるのですが、あまり宗教や哲学というものをテーマにするのは得意じゃないのかもしれないですね。

      マニアが「哲学的だ ! 」と感心している『ブレードランナー』 においても、監督そのものは “哲学” といえるほどのものを狙ってはいないように思えました。
      しかし、あの映画が(監督の意図を離れて)「哲学」に成りえたのは、あまりにも膨大なディテールを詰め込み過ぎて、その収拾がつかなくなってしまったからだと思います。
      いわば、偶然に生まれた「哲学」。
      だからこそ、汲めど尽くせぬ「謎」が次から次へと現われて、観客はその知的な意匠に幻惑されてしまうのでしょう。

      エーリッヒ・フォン・デニケンの一連の著作は、たとえば縄文人の作った土偶が宇宙飛行士が惑星探索に向かうときの宇宙服に似ているなどということを例証にしながら、かつて地球には宇宙人がやってきたことがあって、人類に「文明」を教えたという説を展開したものです。
      上空から見下ろさなければ全体像を把握できないナスカの地上絵なども、「あれは宇宙船を誘導するためのシグナルとして機能した」というような説明になるわけですね。
      地中海に沈んだとされるアトランティス大陸の記述に出てくるオリハルコンという謎の素材で作られた剣も、宇宙人が開発した「合金」だというような説で補ってしまうわけです。

      今では “トンデモ本” の類(たぐい)に入るものだと思うのですが、少なくても並みのエンターティメント小説などを読むよりははるかに面白い。私もだいぶ夢中になりました。
      ただ、今では現代人が想像する以上に、古代人の英知というものは優れていて、なにも「宇宙人」を持ってこなくても、古代文明の謎は解明できるという考え方が主流のようです。
       

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