ファイアー&レイン

 
 「自分は年をとったなぁ … 」
 という感慨が人間に訪れるのは、いったい何歳ぐらいのときなんだろう。
 
 予想に反して、意外と若い時にこういう感慨を持つ人は多い。
 テレビを観ていたら、
 「もう、今の若い人たちの感覚には着いていけませんね」
 と、なにかの街頭インタビューで答えていたのは、25~26歳ぐらいの若者だった。
 
 ちょっと前だったけれど、若者向けのキャンピングカーをデザインした人とショー会場で話したことがあったけど、「今の若い人たちって、突拍子もないものを求めて来るんですよね」 と話す人がいた。
 「 … 突拍子もないことを求めてくるんだけど、よく考えてみるとすごく合理的なんです。僕らではそこが思いつかないんですよ。感性が違うのね。(自分は) 年とったなぁ、と思いましたよ」
 そう答えたのも、やっぱり20代半ばから後半ぐらいの人だった。

 分かるような気がした。
 20代半ばというのは、いちばん自分の衰えを感じる年齢なのだ。
 
 まず、体力的に、特別に鍛えている人でない限り、10代の頃に比べるとガクッと力が落ちている。
 疲労の蓄積度も大きい。
 徹夜で飲み明かして、そのまま翌日も寝ないまま夜まで元気で過ごすなどという10代の体力がもうない。
 
 そして、それ以上に自分の衰えを感じるのは、先ほどの25~26歳ぐらいの人がこぼしたような 「もう今の若い人たちの感覚には着いていけませんね」 という、時代との感覚的なズレを意識したときだ。
 たぶんそれが、若い人が 「年をとった」 ことを悟るときの根幹に居座っているものではなかろうか。
 
 たとえば、現在の人気のあるタレントの名前はみな知っている。流れるヒット曲も分かる。
 しかし、そのことを語っている10代の人たちと比べたときの奇妙な違和感。
 同じ対象を論じながら、その見方や語り口が微妙に違っているという戸惑い。
 「情報」 としてではなく、「感覚」 として、すでに自分が取り残されているという気分。
 
 20代中頃というのは、そういうことにものすごく敏感になる年まわりだ。
 
 私のように老人になってしまえば、若い人たちが眺めている世界と、自分が把握できる世界というのはズレていて当たり前。時代の空気のようなものがつかめなくても、そこに焦りもなければ、迷いもない。
 むしろ、「アンチエイジング」 などということにこだわって、自分の身体を若く見せようとしたり、時代の先端をいく衣服やアクセサリー類を身につけようとしているジジイたちの方が気持ち悪い。
 
 しかし、20代中頃の人たちはそういうわけにはいかない。
 時代の流行にも敏感で、情報摂取量も多いから、自分の感性はまだ 「10代のまま」 でいるような気分になる。
 
 そのようなときに、自分の感性が、すでに 「時代に取り残されている」 と悟るときの寂しさは、とてつもなく深い。
 ましてや、現代社会のように、情報の消費スピードが幾何級数的に上がってきた時代になると、時代に取り残されてしまうという感覚は、あっけなくやってくるだろう。

 自分のことを思い出すと、やはり、24~25歳ぐらいのときに、「もうオレは時代に着いていっていない」 という感慨が訪れた。1970年代の中頃のことだ。
 
 いろいろな意味で、時代が変わっていた。
 コミックにしろ、文学にしろ、映画にしろ、それまで、「自分がいいな」 と感じていたものが、次第に世間から遠ざけられ、いつのまにか、自分にとっては異形のもので埋め尽くされていた。
 いちばん強く感じたのは、音楽の分野においてだった。
 
 すでに何度かブログで書いているけれど、そのくらいの年齢のときに、大好きだったソウル・ミュージックの世界がディスコ・ミュージックに変わった。
 ロックの世界では、パンクが大きく台頭していた。
 どちらにも馴染めなかった。
 
 一方、日本の歌も 『22歳の別れ』 や 『いちご白書をもう一度』 のような “政治の季節” が終了して日常に復帰していく若者たちの歌が溢れるようになっていた。
 でも、それにも馴染めなかった。
 
 「流行歌というのは、その時代の人がもっとも求めている “快楽” が音として集約されたものだから、その音を受け入れられないという人がいたら、その人はもう時代を降りた方がいい」
 
 そんなことを村上龍が何かのエッセイで書いていた。
 それを読んで、深夜の終電を逃して無人のホームにぽつりと立たされているような自分を感じた。
 
 そんなとき、ふと耳を澄ました自分に届いてきた曲が、ジェームス・テイラーの 『ファイアー&レイン』 だったのである。
 

 
 この曲自体は、私が知るようになる4~5年前に発表されていた。
 アコースティック・ギターをメインに、シンプルなバックだけで演奏される地味な曲。
 たぶん、どこかで耳にしていたのだろうけれど、当時の自分の興味はまったくそっちには向かなかった。
 
 同時代の音楽として話題になっていたのは、ビートルズの 『レット・イット・ビー』 であり、サンタナの 『アブラクサス』 であり、マーヴィン・ゲイの 『ホワッツ・ゴーイング・オン』 であり、アイザック・ヘイズの 『黒いジャガー』 だった。
 
 音作りも派手で、メロディーラインもキャッチーなロックやソウルのヒットナンバーに耳慣れてしまっていたから、若いのに枯れた声でボソボソと歌うジェームス・テイラーの曲など、「眼中にない!」 というぐらいの気持ちだったかもしれない。
 
 が、いつしか華やかなロックやソウルがステージを飾る “祭り” が終わり、周りを見回して、秋風に枯れ葉が舞うような風景が広がっていることに気づくと、地味なアコースティックな音色が、とてつもなく心に染みた。
 
 なんとなく、「待っていてくれた」 という気がしたのである。
 
 “祭り” が終わり、人の足に踏まれた紙くずだけが地面を埋めているがらんとした会場で、どこに帰ろうかと途方にくれている人間に対し、「まぁ、一緒に歌おうよ」 と、こちらを向いて笑っているギター弾きを見つけたような気分だった。
 
 ジェームス・テイラーは、うなだれて隣りに座る私に対し、ギター一本でもけっこう玄妙な音が出せるだろ? と弾きながら、そう語り、
 「ひとつの “祭り” が終わるたびに、人間は少しずつ大人になっていくものさ」
 と、唇をかすかに歪めて、笑っているようにも思えた。


 
 そのあと、私はレコード屋に行って、彼の 『マッド・スライド・スリム&ブルーホライゾン』 というLPを買い、『ファイアー&レイン』 のシングル盤を買った。
 そして、休日には、部屋のガラス戸を通して差し込む午後の光を眺めながら、何度も何度もターンテーブルに針を落とした。
 
 透き通るような日差しの中で、ジェームス・テイラーのギターの調べは、光のなかに漂うホコリですらきらきらした輝きに変えて、がらんとした部屋を満たした。
 
 今は、もうほとんど聞き返すことがない。
 ジェームス・テイラーの音は、私の記憶の中で、古い写真を眺めているような、くすんだセピア色に染められている。
 でも、「そのとき自分は救われていたんだな」 と、今になると、そう思う。
  
▼ James Taylor 「Fire and Rain」

   
   
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ファイアー&レイン への2件のコメント

  1. オクラの花 より:

    キャンピングカーを乗り換えようかと思いをめぐらせる中で
    いろいろと調べている内にここに来てしまいました。
    発投稿しますが失礼の段はお許し下さい。

    自分は、町田様とたぶん同年代だと思います。
    懐かしいですね~!  と言ってもこの「FIRE&RAIN」は
    Blood,Sweat&Tearsで聞いていました。
    本家も渋いですね。 CD買ってみようかな、なんて。

    当時はROCK一辺倒でそれもBluesRockばかりで頭ん中が
    埋め尽くされていたんで、このような軟弱な歌は心に
    入って来ませんでしたね。
    年取って聞くとまた違った爽やかさが分かり、聞き惚れます。

    ブログの更新を楽しみにしております。 では・・・・・

    • 町田 より:

      >オクラの花さん、ようこそ
      はじめまして。
      コメント拝読し、まさに同年代であることが伝わってきます。
      私もまったく同じで、>> 「ROCK一辺倒で、それもBlues Rock」 が大好きでした。
      だから、オクラの花さんと同じように、当時はジェームス・テイラーに軟弱なものを感じていました。
      しかし、よく聞いてみると、あのアコギの音色もなかなかいいんですよね。
      シンプルなようで、なかなか奥が深い。
      自分が転換点に立っていたことを教えてくれたような音でした。

      コメントありがとうございます。
      また、気楽にお立ち寄りください。
       

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