アイドルはジュディ・オング

 
 「女性アイドルで、最初に好きになったのは誰?」
 と尋ねて、答えが返ってくるのは、最もさかのぼっても、男は50代ぐらいからかな。
 それ以上の世代になると、この質問自体が届かなくなりそうな気配がある。

 「アイドル」 という言葉が一般的に広まり始めたのが1970年代。
 だから、「アイドル」 を意識するようになった世代というのは、南沙織とか天地真理などがデビューした頃に、中学生だったり高校生だったりした男の子たちからだろう。

 それ以前の男性は 「アイドル」 なんて知らなかった。
 そういう言葉がないからね。
 「清純派女優」 とか 「可愛い子ちゃん歌手」 なんていう呼び方はあったかもしれないけれど、みな 「アイドル」 と呼ばれるような突出した存在ではなくて、あくまでも 「女優」 「歌手」 というジャンルの中での、若くて容姿が可愛いという位置づけにすぎなかった。
 
 だけど、いま60代だったり、あるいは70歳ぐらいになったおじいちゃんでも、やっぱり若い頃 “胸を焦がした” アイドルというものを持っている。

 俺たちのちょっと上の世代だと、吉永小百合なんていう人はもう神聖不可侵の超アイドルだった。
 彼女が高校生の頃に主演した大ヒット映画 『キューポラのある街』 (1962年) なんて、よく年上の男たちが話題にしていたな。
 「映画がいい」 なんていうんじゃなくて、「吉永小百合かわいいなぁ」 って感じで。

 ま、確かに俺から見ても、可愛い子に見えたけど、「マリリン・モンローの方が美人だな」 なんて思っていた小学生だったから、吉永小百合にはそんなに心を動かされなかった。 (お婆ちゃんになった今の方がきれいに見える)

 日本人だったら、『おひまなら来てよね』 なんて歌っていた五月みどりの方が色っぽいと思っていた。
 年増好みだったんだね。

 そんな俺にも、テレビを観ていて、ギューッと心臓をわしづかみされた若いアイドルがついに登場したんだ。

 それがジュディ・オング。
 NHKドラマの 『明日の家族』 だった。
 確か、放映されたのが1965年頃。

 伊丹十三や伊東ゆかりなんかも出ていたお医者さんの一家を描いたホームドラマで、当時中学生だったジュディ・オングはセーラー服のまんまの年相応の役をやっていた。
 
 俺も中学生。
 彼女の着ている濃紺のセーラー服が俺の通っていた中学のセーラー服と同じ形だったんだよね。
 もう、その姿で彼女が出てくると、こっちは、好きになった女の子と学校の廊下ですれ違いになったときのようにドキドキ。
 初恋のようなものだ。

 で、ドキドキしながらテレビを観ているのを、親に知られたくない。
 だから、ジュディ・オングが画面に登場すると、
 「あ、いっけねぇ、明日英語の試験だった」
 なんて、わざと顔をしかめてつぶやいたりする。

 すると、親から、
 「だったらテレビなんか観てないで、さっさと勉強しなさい」
 と言われて、よけいアセったりする。

 「早く台所で洗い物でも始めろよ」
 と、横目で母親をにらみながら、わざと退屈そうに頬杖を突いたりして画面をジトッと覗きこむ。

 可愛い!

 ちょっとハキハキと言葉をしゃべる生意気な中学生。
 でも、笑うとまだあどけなさがあるし、ふと黙りこくったときの表情には憂いも漂うし、すでに成熟した女の色気すら匂ってくる。
 そして、そこに南国台湾生まれのエキゾチシズムがプラスされる。

 やぁすごいぞ! ついに 「100年に一度の逸材」 が現れた、と思い込んだ。
 

 もし、こんな女とデートしたら、いったい何をしゃべればいいんだろう。
 「ソフトクリームとアイスクリームはどっちが好き?」
 … いや、そんなんじゃダメだろうな。

 「俺、走り高跳び得意だけど、君は?」
 … いや、スポーツウーマンって雰囲気でもねぇしな。
 ドラマのセリフなんてろくに聞いていない。

 ある日、彼女が住んでいるのが同じ町であることを知った。
 見えない “運命の糸” で結ばれているんではないかと狂喜した。

 住所を頼りに、休みの日、さっそく自転車に乗って家を探しに行く。
 といっても、見つからない。
 ジュディ・オングの本名を知らなかったから、表札なんか探しても分かるわけがない。

 でも、それで良かった。
 自転車を漕いでいるだけで幸せだった。 

 ま、そのうち、同級生を相手に本当の初恋が始まってしまったから、やがて、彼女の存在も遠のいていった。

 それから14~15年して、彼女は 『魅せられて』 の大ヒットで、大ブレイクする。
 持って生まれたエキゾチックな美貌に、妖艶さが加わっていた。

 「相変わらずいいオンナだな」 と思った。
 だけど、もう家まで探しにいこうというほどの情熱は湧かなかった。
 今のカミさんとデートするようになっていたからだ。
 そして翌年、結婚した。
 
 
 参考記事 「胸キュン美女図鑑」
 
 
 

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アイドルはジュディ・オング への4件のコメント

  1. べあ より:

    こんにちは、ずいぶん前に「あの車に逢いたい」で書き込んで以来です^^
    ジュディー・オング良いですよね! 学生時代の新宿の先輩宅の近所に住んでいたらしく、白いTシャツにジーンズ姿でN360に乗って出かけていくのを当時小学生だった先輩は見ていたそうです。
    その話、想像するだけで更にもの凄いいい女に思えたものです^^

    • 町田 より:

      >べあ さん、ようこそ
      お久しぶりです!
      私以外にも、ジュディ・オングのファンがいて、うれしいです。

      >> 「白いTシャツにジーンズでN360」 …
      いかにも彼女に合いそうですね。きっと彼女が二十歳頃なのかな。
      彼女は顔があでやかなので、白いTシャツみたいなシンプルな衣装の方が、かえって引き立つような気もします。
      私もその姿を想像して、さらに 「いい女」 に思えてきました。
       

  2. HABAちゃん より:

    本日二度目のびっくりです。
    ジュディ・オング がアイドルだった人を初めて知りました。何を隠そう、私も芸能人という人種を意識した最初の人がジュディ・オング でした。当時小学生だった私は世の中にこんな綺麗な人がいるんだって思って見ていました。子どもの時の1年は今の10年に匹敵するほど長かったためかその後、「魅せられて」で再びジュディ・オング がテレビに出てきたときにはいったいこの人はいくつなんだろうと狐につままれたような感じがしたものです。ちなみに私のアイドルは「日野てるこ」さんでした。その後はなんと言っても百恵ちゃん・・・でした。

    • 町田 より:

      >HABAちゃん様、ようこそ
      いやぁ、うれしいです。
      まさかジュディ・オングに関心を抱いていらっしゃる仲間が私のほかにもいようとは。
      こちらも驚きです。

      彼女は、歌手としてだけではなく、役者としてもなかなかいい仕事を残してきたんですが、どうしても “中堅どころ” というイメージを最後まで払拭できなくて、『魅せられて』 以外の仕事では、あまり人々の記憶に残っていないように思います。
      残念です。

      でも、あれだけの美人はいなかったなぁ。
      特に、若い頃はほんとうにチャーミングでした。
      頭も良かったしね。
      その知性を売り物にせず、ドラマなどでも準主役級のところでこらえていた感じが、なんだか健気 (けなげ) で、それも魅力になっていましたね。
       

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