梅ちゃん先生とカーネーション

 
 NHKの朝ドラ 『梅ちゃん先生』 がスタート以来、ずっと高視聴率を続けているという。
 前作 『カーネーション』 の評判によって、今まで朝ドラに関心のなかった人たちも興味を持つようになったためかもしれない。

 あるいは、これまでの朝ドラの常識を外れた 『カーネーション』 に違和感を持っていた人たちが、朝ドラらしい作りを取り戻した 『梅ちゃん先生』 にホッと一息ついたからかもしれない。

 勝手な想像だが、『カーネーション』 と 『梅ちゃん先生』 は、それぞれ別のファン層が支えているという気がする。

 極端にいえば、
 『カーネーション』 = 脱 朝ドラ
 『梅ちゃん先生』 = リターン・トゥ朝ドラ (朝ドラ回帰)

 で、我が家では、『カーネーション』 以来、習慣的にNHKの朝ドラにチェンネルを合わせているのだが、正直にいって、もう熱心に観ていない。
 … というか、最近は 『梅ちゃん…』 が始まると、民放の方に変えてしまう。

 自分にとって、主人公が面白くないのだ。

 堀北真希が演じる下村梅子は、「けなげ」 、「純真」 、「真面目な使命感」 、「多少のおっちょこちょい」 という朝ドラのヒロインに必要なキャラクターをすべて身につけている。いわば、視聴者が “見守ってあげたい” ヒロインである。つまりは、NHKの朝ドラの定番キャラクターといえよう。

 それに比べ、尾野真千子が演じた 『カーネーション』 の糸子は、放っておいても、勝手に成長していくヒロインだった。
 “守ってあげたい” 要素がないのだ。
 でも、そこがNHKの朝ドラに対する自分の先入観を吹き飛ばした。

 このドラマに興味を持ったのは、ヒロインの糸子が、昔同級生だったどうしようもないヘタレ男の首根っこを捕まえ、ハンマー投げ選手のように小突き回すシーンをたまたま見たからだ。
 「この女、こわ~」
 と、びっくりしたのがきっかけだった。

 糸子は、自分の親父に対しても、仕事に絡む周りの男たちに対しても、怯むことなく 「自己」 を主張する。ときには対等に悪態をつく。
 一言でいうと、 “生意気な女” なのだ。

 しかし、その生意気さには 「男女平等思想」 「女性の解放」 「性差別撤廃」 などというイデオロギーの匂いがしなかった。
 もっと動物的なもの。
 自分のやりたい仕事に対する “飢え” のようなもの。

 尾野真千子の糸子には、アフリカのサバンナで、腹ペコのまま草むらにじっと身を伏せてエモノの動きをうかがう肉食獣の気配があった。

 何がそのようなものを伝えてきたのだろうか。

 脚本や演出の力もあるだろうが、やはり主役を演じた尾野真千子という女優の存在感がそれを可能にしたのだろうと思う。
 NHKのBSプレミアムで、『外事警察』 の再放送を観ていて、あらためてそう感じた。

 『外事警察』 とは、日本に潜伏する国際テロリストを逮捕するための秘密の公安組織のことだが、尾野真千子は、犯人逮捕のためにはどんな冷酷な手段をも辞さない上司 (渡部篤郎) に対し、最初は激しく反発する。
 しかし、仕事を継続していくうちに、最後はその上司の冷酷さに自分も染まる。

 その精神が変転した瞬間の、心が凍るような怖さと美しさ。
 そういう陰影のある複雑な役柄を、尾野真千子は見事にこなす。
 堀北真希には、無理だろう。
 「背徳」 と 「快楽」 を身をもって理解しているような女優でないと、ああいう表情はつくれない。

 そのような暗い役柄が似合う女優が、NHKの朝ドラのヒロインを務めていたということが、あの 『カーネーション』 の奇跡だったのだ。

 『カーネーション』 は、ドラマとしては成功したが、おそらく、今までの朝ドラ支持層のなかには、最後まで違和感を払拭できなかった人もいたのではなかろうか。
 
 そしてNHKも、明るい表情でドジなキャラクターを演じる尾野真千子の、その底に隠し持っている女優としての本性、すなわち 「暗さのオーラ」 のようなものを途中から持て余したのではないか。
 番組途中の主役交代には、そんな事情が隠されているような気がする。

 通常のドラマとしてなら、あのキャスティングは大成功だったかもしれないが、「朝ドラ」 に限定していえば 「ミスキャストだった」 という判断が、もしかしたらNHKにあったのかもしれない。

 そして 『梅ちゃん先生』 。
 NHKは、ようやくこれで、朝ドラとしての健全・健康路線を復活させた。
 既定路線に戻ったというべきか。

 確かに、このドラマの進行は、朝にふさわしい “爽やかな” 空気に満たされている。
 「今日も一日、元気に働くぞー!」 という意欲を奮い立たせる。

 でも、尾野真千子のファンとなった私には、もう退屈なのだ。
 
 
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梅ちゃん先生とカーネーション への4件のコメント

  1. ヨシムラ より:

    ご同慶の至り!
    委細合切がお書きの通りと膝を叩いておりますぞ。(^^ゞ

    そうなんですよ、NHKは彼女のことをよく知ってた筈なんですがね・・・
    NHK広島が制作した『火の魚』以来のファンとしては、連ドラ制作陣の
    日和見精神を見せつけられ鼻白む思いでしたよ。

    • 町田 より:

      >ヨシムラさん、ようこそ
      ご賛同いただき、恐縮です。
      ありがとうございました。

      そうなんですよね。
      NHKは尾野真千子さんという役者さんのことをよく知っていたはずなんですがね。

      ま、私は彼女のファンなので、朝ドラの主役を張ったことで知名度がアップしたなら、それは喜ばしいことかもしれません。
      とにかく大型女優として育っていくのを楽しみにしています。
       

  2. ぴーこ より:

    ドラマ「カーネーション」の魅力に引きずり込まれ、いまだに抜け出せないでいる者です。町田編集長さまの、糸子に「脱・男尊女卑」的イデオロギーの匂いが全くしない、というご指摘には目からウロコの思いでした。確かに、あれだけ女性の社会進出を真正面から描いたら、凡庸な作家であればどうしてもそこら辺のテーマにも少し寄りかかってしまいそうなものですが、全くそんな気配もなかったですもんね。やはり渡辺あやさんはすごい、とあらためて感じたところでございます。またひとつカーネーションの魅力の謎が解けました。どうもありがとうございました。

    • 町田 より:

      >ぴーこ さん、ようこそ
      実は私もまた、あの 『カーネーション』 の魅力に捕らわれ続けている人間の一人です。
      『カーネーション』 以降、現在の朝ドラもときどき見てはいるのですが、やはり何かが違う。
      同じように、一人の女性が自立して、社会進出を果たしていくというドラマなのですが、やはりどこかで、「脱・男尊女卑」 的な、こわばったテーマ性が匂ってくるようで、『カーネーション』 の糸子のような自然さが感じられないんですよね。

      おっしゃるように、渡辺あやさんの脚本の力も大きかったのかもしれませんね。
       

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