センターに立つ

 
 AKB48の前田敦子が卒業するというので、「誰が次のセンターに立つのか?」 という話題がしきりだ。

 「センターに立つ」

 この不思議な表現に、戸惑っている。
 私などは、「AKBの ○ ○ がセンターに立つ」 という言葉を最初に聞いたとき、AKBが、芸能人の野球大会にでも出るのかと思った。

 ま、そういうわけではなく、要するに舞台やらポスターなどで、常に真ん中のいちばん目立つところに立つ女の子という意味で、「ナンバーワン」 とか 「エース」 という言葉に置き換えられるものだとすぐに分かったけど、いったいいつ頃から、こういう言葉が生まれてきたのだろうか。

 もちろん “真ん中” というくらいだから、少なくとも3人以上のグループでなければ、この表現は成り立たない。
 昔のキャンディーズは、いつも伊藤蘭が真ん中にいたけれど、「センター」 とは言わなかった。
 やっぱりAKB48ぐらいの大所帯にならなければ、「センター」 という言葉の重みが出てこないんだろう。

 もっとも、二人しかいなくても、いつも “センターを張っている” 人というのもいる。
 うちのカミさんがそうだ。

 買い物なんかで、私と二人で歩いていると、それを見た人は、どうもカミさんがセンターに立っているように見えるらしい。
 二人だけなのに!

 つまり、これは 「存在感」 という言葉に言い直すことができる。
 従えているのは、私一人だけなのに、大勢の下僕を従えているという 「存在感」 があるようなのだ。

 つまり 「貫禄 (威圧感?) 」 ということか?

 「貫禄」 というと、何やらでっぷり太っていたり、上背があったり、顔が大きかったり … というイメージがつきまとうが、カミさんの場合は、絶対そんなことはない。
 私より小柄だし、痩せているし、小顔だし、美人だし、奥ゆかしいし … (ああ、苦労する) 。

 なのに、ステージでいちばんスポットライトが当たる真ん中の位置に堂々といるという印象をみんな受けるらしい。

 つまり 「神々しい」 ということなのかもしれない。

 人のなかには生まれながらにして、センターに立てる人というのがいる。
 「総選挙」 とか、じゃんけんとか、そんなこととは関係なく、「神々しく」 て、「貫禄」 があり、「存在感」 のある人がいるのだ。

 そういう女性を娶ってしまうと、旦那は一生 「うだつの上がらない男」 と見られるようだ。
 実際そうだから、仕方がない。

 カミさんが 「卒業」 しないかぎり、夫婦間で、私がセンターに立つ機会は永久に回ってこない。

「奴隷と女主人」

 
 

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センターに立つ への2件のコメント

  1. スパンキー より:

    カミさんが 「卒業」 しないかぎりって、コレ問題発言ですね?
    まるでいなくなる、とも解釈できますぞ!
    で、この記事の関連記事が「奴隷と女主人」。
    これは、思うに町田さんのオーバートークに違いない。
    でなければ、ヤバイ夫婦だな。
    ご愁傷様…

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      テヘヘ … ですね。
      ま、われわれは “チーム” ですから、それぞれ役割が決まっていて、なかなかそこから抜けられないんですよ。
      「奴隷と女主人」 という役割分担は、これ、生きているかぎり、永遠に続くんでしょうね。
       

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