ニール・ヤング的哀愁

 
 ニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』が発売されたのは、1970年だった。
 
 その年、日本では学生運動が各地に広がり、よど号ハイジャック事件があり、三島由紀夫の割腹自殺があり、社会は騒然とした雰囲気に包まれていた。

 その一方で、「人類の明るい未来」を謳う大阪万博が開催され、ケンタッキーフライドチキンの 1号店が日本に上陸し、東京の銀座では歩行者天国が生まれ、 “楽しくウキウキした (?) 時代“ の到来も告げていた。

 未来を呪詛するような「混沌とした現代 と、それとは関係なく進んでいく「明るい未来」。
 今から思うと、なんとも奇妙な時代だった。

 そんな時代の中に、そぉっと忍び込んできたニール・ヤングの歌声には、「この世の終末の影」があった。

 苛立ちを隠せないようなギターサウンドを持つ「サザン・マン」や「アイ・キャン・リアリー・ラブ」にも「すべてが終わった」という諦念が潜んでいたし、「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」や「テル・ミー・ホワイ」のような静謐な歌には、「貴重なもの」が失われていく姿をじっと、見守るような喪失感が漂っていた。

 その22年後に発売された『ハーヴェスト』になると、ニール・ヤングの「消え行くもの」への挽歌は、より一層鮮明な形を取る。
 大ヒットした「ハート・オブ・ゴールド(孤独の旅路)」や「オールドマン」などは、もう涙なくしては聞けない。


 
▼ ニール・ヤング 『ハート・オブ・ザ・ゴールド』

 あれほど、繊細な哀しみを音として表現できたアーチストは、あの時代ニール・ヤング一人だった。 

 あの頃のニール・ヤングの哀愁の正体が、今になって、よく分かる。
 
 彼は、はっきりと、アメリカから失われていくものを見ていたのだ。
 アメリカ人から見れば “外国人” であるカナダ人として。

 これは、同じカナダ出身のロックバンドである「ザ・バンド」においても同様なのだが、彼らは、アメリカ人以上に、アメリカの伝統的国民歌謡であるカントリー・ミュージックのエッセンスを身につけ、そして、それを追求した音に「滅び行くもの」への哀悼を込めた。

 ニール・ヤングにもザ・バンドにも共通して「カントリー・ロック」への志向がうかがわれる。
 しかし、それはすでに、アメリカから失われたカントリー・ミュージックなのである。
 彼らの音から伝わる “何やらカントリーっぽい雰囲気” というのは、実はアメリカ本土で流布している現実の「カントリー&ウエスタン」とは別物である。
  
 アメリカ人たちのカントリー&ウエスタンが、トラックドライバーたちが眠気覚ましに口ずさむBGMのように消費される音楽だとしたら、ニール・ヤングやザ・バンドの音は、そこから100年昔の空気を伝える。

 西部開拓時代に、幌馬車隊が、馬車の円陣の中で、1日が無事に終わったことを神に感謝しながら食後を終え、食後のひとときに、誰ともなく歌いだすような歌。それが、ニール・ヤングやザ・バンドの歌の根底にある。

 それは、アメリカ流のグローバル資本主義が、世界中に猛威を奮うような時代に失われてしまったもの。
 世界を「アメリカ流の価値観」で統一するという、アメリカ人の傲慢さによって、かき消されたもの。
 それを偲ぶような形で、彼らの「カントリー・ロック」がある。

▼ ザ・バンド

 カナダ人にとって、アメリカは微妙な国だ。
 人種的には、ほぼ似た民族であり、建国の歴史も似通っていながら、カナダはアメリカのように、世界をリードしたこともなく、世界を混乱に落とし込めたこともない。
 そして、自らその国家を批判する “声” を上げたこともなかった。
 
 それは、言葉を変えていえば、カナダには、アメリカが持っていた「物語」が欠けているということなのだ。

 だから、カナダ人は、アメリカ人が引き起こす戦争や、人種差別や、傲慢な経済政策は憎むが、アメリカが持っている「物語」には憧れるというアンビバレンツ(二律背反)な立場に置かれる。
 ニール・ヤングやザ・バンドのアメリカ観には、それがある。
 彼らは、アメリカの持っている「物語」を愛するがゆえに、だからこそ、それを平然と打ち捨てていく今のアメリカをも憎む。

 ニール・ヤングが昔から(そして今も)一貫して、アメリカ政府に対する抗議の姿勢を失わないのも、そこに起因する。
 彼にとって、アメリカは、グローバル資本主義を推進させて世界市場を独占し、さらに世界の文化の多様性をも抹殺する非人間的システムそのものなのだ。

 ニール・ヤングは、デビュー直後の作品を評価するリスナーを挑発するように、めまぐるしく自分の音楽スタイルを変えていく。
 テクノポップやパンクに接近したかと思うと、トラディッショナルなカントリー・ミュージックに回帰したり。

 彼は、そのつどそのつど、彼のスタイルで、ロックの最前線に踏みとどまろうとする。まるで、その時代の “コンフォートな音” に対して、徹底的に戦おうとするかのように。
 
 ライク・ア・ローリング・ストーン

 まさに、とどまるところを知らない、転がる石である。
 そこには、確かに、 “ロック魂” とも名づけられるような不屈の精神が感じられる。

 しかし、私は、自分の青春と照らし合わせてみても、あの「身を切られる」ような寂しさを秘めた『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』と『ハーヴェスト』のアルバムに、 “自分のニール” を感じる。

 何かが終わったときの音楽。
 草原を渡る風のように、とりとめもない寂しさを宿したあの2枚のアルバムは、いつまでも頭の中に鳴り続ける。
 
▼ クレイジーホース時代の名曲 「カウガール・イン・ザ・サンド」

   
 参考記事 「ザ・バンドの 『ウエイト』 」
 
 参考記事 「オールドマン」
 
  
 

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ニール・ヤング的哀愁 への4件のコメント

  1. solocaravan より:

    恥ずかしながら、ファンであるのにニール・ヤングがカナダ出身だとは知りませんでした。カントリー的な曲調からしてアメリカ人だとばかり思い込んでおりました・・・。

    しかしご指摘のとおり、カナダ人であるからこそアメリカ人以上にアメリカのエッセンスを体現していると考えるとたしかに腑に落ちるものがあるような気がします。ちょうど同じころにイギリス人のエルトン・ジョンもカントリー・ウェスタン的なアルバムを発表し、「アメリカ人以上にアメリカ的」という評価を受けていたような記憶があります。

    その意味も、やはり失われていく貴重なアメリカにたいする哀愁にあったのだと思います・・・アメリカにたいするイギリスの関係も、カナダと同様微妙なものがあることに今気づきました。

    • 町田 より:

      >solocaravan さん、ようこそ
      そうですねぇ。“アメリカ的なもの” に対して、むしろイギリスやカナダのような周辺国の方がよく理解しているというのは、音楽に限らず、よくあることなのかもしれません。日本もそういう国に入るかもしれませんね。
      世界でよくみる 「反米的な感情」 というのは、半分はアメリカに対する素朴な憧れみたいなものがあって、素直にシッポを振っているのに、当のアメリカ自体がそれをいいことに “傲慢な主人” みたいにふるまっていることへの反発なのかもしれません。

      ニール・ヤングの 「サザンマン」 という歌は、アメリカでも最後まで人種差別が強く残っていた南部を批判した歌でしたが、カナダ人であったニール・ヤングは、そこに 「自由と平等」 を謳うアメリカ人たちの矛盾点を鋭く見たのだと思います。

      ザ・バンドやニール・ヤングのカントリー志向というのは、「アメリカ人が失ってしまったもの」 としてのカントリーミュージックであり、今はもう世界のどこにもない “カントリーソング” なんだという気がしています。

      そういった意味で、エルトン・ジョンのカントリー的なアルバムというのも、きっと同じ精神で作られたものだったのではないでしょうか。

      アメリカに対する世界の人々の感情は、いつも二つに引き裂かれているという気がしています。好きな国だけど、嫌な国 … みたいな。
      それが、アメリカ人以外のミュージシャンたちに独特の緊張感をもたらし、その楽曲に複雑な陰影を帯びさせるのでしょうね。ビートルズがそうであったように。
       

  2. カップス より:

    ニール・ヤングを初めて聞いたのは映画「いちご白書」だったと思う。
    最近リバイバル上映されていたようですが見てはいない。
    その時代に見た空気を大事にしたかった。
    学生運動に興味を示す年齢ではなく、むしろスーパーのカートを動かすシーンや若者らしいポスターが貼られた部屋が脳裏に焼き付いている。
    催涙ガスが飛び交う大学の講堂でスローモーションになり主人公のサイモンがジャンプするシーンに主題歌の「サークル・ゲーム」が被るシーンは感動的でした。
    映画ではバフィ・セントマリーが歌っていましたが、作ったのはジョニ・ミッチェルで同郷のニール・ヤングに捧げた歌だった。

    スイマセン、自分の思い入ればかり書いてしまいました。

    ニール・ヤングにブルース・スプリングスティーンが今でも引っ張っていくアメリカが羨ましいですね。

    • 町田 より:

      >カップスさん、ようこそ
      「いちご白書」 の衝撃はあの時代大きなものでしたね。
      私たちの世代はみな話題にしていました。

      日本にも、荒井由実が作ってバンバンが歌ったフォークソングまであるくらいですから、やはり、ひとつの時代の空気を伝える象徴的な映画だったのでしょう。

      でも、実はこの映画、まだ観たことがないのです。
      だから、コメントの詳しい部分にまでお話を噛み合わせることができなくて、申し訳ありません。
      その代わり、日本語の歌の方に、妙に感慨深いものを感じています。

      ニール・ヤングにブルース・スプリングスティーン。
      確かに、この2人がいまだにアメリカの良心の牽引力になっているということは素晴らしいですね。
      日本人にこういう人たちはいるのだろうか … とも思ってしまいます。
       

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