『 銃・病原菌・鉄 』

 
 ジャレド・ダイアモンドの 『銃・病原菌・鉄』 (草思社) を読んでいる。
 文庫本で400ページを超える分厚い上下巻に分かれている本で、けっこう読み応えがある。
 その上巻の途中あたりを読んでいるところだ。

 単行本はずいぶん前に刊行されていたが、1冊手に取ってみたとき、そのズシリとした重さに気分が萎えて、そのときは買わなかった。
 しかし、今年の 2月に、ついに文庫本化されたので、ようやく買う気になった。
 
 人類の壮大な歴史が描かれた本である。
 猿と枝分かれした人類が、いかに現代のような 「文明」 を持つにいたったか。
 それを、歴史学、遺伝学、分子生物学、生物物理学、行動生態学、疫学、言語学、文化人類学、技術史、文学史、政治史などの知見を総動員して解き明かしているのだが、むずかしくはない。
 面白い小説を読むように、抵抗なくスラスラと読める。
 
 本書が、他の類書に比べてユニークなのは、次のような視点で描かれていること。
 
 すなわち、人類史において、地域の異なる場所に住んでいた人たちの 「文明格差」 はどうして生まれてしまったのか?
 言葉を変えていえば、人類を月にまで運ぶ宇宙船を開発した国がある一方で、近年まで狩猟採集のような原始生活を営む地域があったりしたのは、なぜか?

 単純な疑問だが、この 「文明の不均衡」 を解析する理論というのは、さんざん言い尽くされているようでいて、実は、そのほとんどは何も答えていないことに気づく。

 この問は、次のように置き換えられる。
 すなわち、欧米人はアフリカ諸国を植民地化し、大量の黒人奴隷を使って産業社会のいしずえを築いたが、なぜ、その逆は起こらなかったのか? 
 つまり、アフリカ黒人国家が人類の文化をけん引し、高度な政治社会を築き上げ、ヨーロッパに攻め込んで、白人たちを奴隷にするような歴史はなぜ生まれなかったのか? 
 あるいは、スペイン人は銃器の威力でインカやアズテカという中南米のインディオ文化を滅ぼしたが、なぜ、その逆は起こらなかったのか?
 
 歴史学の多くは、これをヨーロッパで起こった兵器の改良やら、遠洋航海を可能にした船舶技術など、近世・近代のヨーロッパ社会で起こった技術革命にその解答を求めるが、著者のスタンスは少し違う。
 
 もっともっと、古い時代。
 すなわち、紀元前 1万1000年前くらい。地質学的には、最終氷河期が終わり、現在に至る新世紀が始まった時代までさかのぼって、その原因究明に当たる。 

 たとえば、こんな感じだ。
 
 世界中にある野生のイネ科植物のうち、人間が栽培できる種類は56種。
 そのうち、西ユーラシア大陸に分布しているのは36種。
 いっぽう、アメリカ大陸のカリフォルニアや南アフリカに自生しているのは 1種。オーストラリアの南西部には 1種類もない。

 このデータは何を意味しているのか。
 人類の 「文化」 を形成する意味できわめて重要な農業が発生する率において、西ユーラシア大陸と、その他の大陸では最初から環境的格差が存在していたということなのだ。

 人類が最初に農業に手を染め始めたのは、ユーラシア大陸の西、 “肥沃三日月地帯” といわれるメソポタミアあたりだということは分かっているが、この地は、人類の大切な食料源の一つであるムギの原種となった野生ムギが育ちやすい土地だった。

 その地に住む人類は、長い試行錯誤を繰り返した後、その野生のムギを栽培に適した現在のムギの姿にまで品種改良を進める。

 ムギの収穫量はどんどん増え、それにつれて人口も増加していく。
 さらに、貯蔵も可能になると、いつも農業ばかりに追われなくてもすむ新しい職域の人間たちを誕生させることなる。
 すなわち、生活用具を専門につくる職人。僧侶階級、王侯貴族、軍隊。
 国家を形成する原初の組織が生まれてくるようになったため、そこに 「文化」 が芽生えてくる。

 いっぽう、野生種の植物のうち、栽培できる品種が少ない地域においては、あいかわらず狩猟採集生活に頼らざるを得ない。そのような生活では、食料を長く貯蔵できる方法を編み出せないから、余剰人口を抱える余裕もなく、「文化」 形成も遅れる。
 
 著者は、このような形で、人類の間に生まれた 「文化格差」 の秘密を解き明かしていく。
 
 話は多岐に渡っていて、茫漠たる広がりを見せるが、その中で、個人的にちょっと興味をひかれたところだけ紹介する。
 どっちかというと、本筋から少し離れた枝葉の話になるのかもしれない。

 それは、なぜオーストラリア大陸やアメリカ大陸には、象とかサイみたいな大型動物がいないのか。
 また、それらの地には、なぜアフリカにたくさん見られるライオンや豹みたいな獰猛な肉食獣がいないのか (中南米にはピューマが残っているけれど) 。
 
 著者によると、オーストラリアには、かつては巨大なカンガルーや体重が180kgもあるダチョウのような鳥や、1トンもある巨大なトカゲ、陸生のワニなどが生息していたらしい。
 いっぽうのアメリカ大陸には、象、馬、ライオン、チーター、ラクダまでいたという。
 
 それらの大型動物が姿を消したのは、その地に人類が入植を開始したときと同じタイミングだという。
 つまり、人間が捕食して絶滅させてしまったという推論が成り立つ。
 彼らは、人間の怖さを知らなかったから、バタバタと簡単に狩られた、と著者は推測する。
 
 いっぽう、アフリカにはいまだに、象やライオン、カバ、サイなどの野生動物が絶滅せずに残っている。
 
 著者によると、その違いは、その地域に人類が住み始めた歴史の長さの差だという。

 オーストラリアに人が住み着いたのは、紀元前 4万年頃。
 アメリカ大陸に人類が到達したのが、およそ紀元前 1万1,000年。
 しかし、アフリカに人類が誕生したのは、それよりももっと古く、紀元前700万年頃だといわれるから、人類がアフリカにいた時代はとても長い。

 その間に、アフリカの動物たちは、人間が恐ろしい武器を開発して、100万年という単位で狩りの精度を上げていくことに、時間的に対応することができた。
 その間に、人間の怖さを学び、武器の威力を知り、その手を逃れて生き延びる知恵を身に付けていくことができたからである。

 それに比べて、アメリカやオーストラリアの動物たちは、無邪気すぎた。
 人間の特性を学び、それを警戒する知恵を身につける間もなく、人間が恐ろしい狩人であることを知らず、好奇心にそそのかされて、のこのこと人間に近づき、簡単に捕捉されてしまったという。

 反論する余地もいろいろありそうで、ほんとかいな? … と思えるところもあるが、一応の筋は通っていて、それなりに説得力はある。
 
 こうして、アメリカやオーストラリアに住み着いた人たちは、簡単に野生動物をしとめられるという恩恵に浴したが、代わりに、動物たちを家畜化するというチャンスも失った。
 家畜化する前に、生かしておけば人類に有用な動物たちがいなくなってしまったからである。
 
 動物の家畜化は、人類に多大な文明を残すきっかけを与えた。
 まず、それは食料品を備蓄する知恵を人間に与えた。
 肉を直接食べるという意味だけでなく、牛、羊、ヤギなどの乳製品が人間の腹を満たすようになった。
 また、その糞は燃料となり、皮は衣服にも変わった。
 
 特に、馬を家畜化したことは、人類の生活を大きく変え、戦争のやり方まで変えてしまった。
 それまで想像もできなかった遠隔地まで、迅速に行動できる手法を知った人間は、はじめて 「征服戦争」 という概念を身に付けた。
 
 1532年、スペインのならず者将軍のピサロは、わずか168人の暴力団のような兵士を率い、8万人のインカ軍をやぶって、皇帝アタワルパを捕虜にし、金銀を奪った上で彼を死刑にし、インカを滅ぼした。 (スペイン人たちが残した文献によると、これは 「戦闘」 というより、だまし討ちによる惨殺といった方が適切なようだ) 。

 ピサロたちが勝利を得た直接的な要因は、鋼鉄製の剣や武具、銃器などの近代兵器の力もさることながら、50人程度の騎兵だったという。
 
 スペイン騎兵は、木製の棍棒ぐらいしか武器を持たなかったインカ歩兵に突入して、相手をさんざん混乱させ、さらにインカ人が遠方にいる味方に伝令を差し向けようとしても、馬で追いつき、殺戮した。 

 要するに、馬だ。
 もし、インカ帝国側にも騎兵があったなら、戦闘は違ったものになっていたかもしれない。
 ところが、アメリカの馬ははるか昔に絶滅してしまい、その後のインディオたちは、そんな動物がこの世にいることさえ知らなかった。
 人間が家畜を持つことの優位さを端的に語る話のようにも思える。
 
 この家畜の話も、「文明格差」 のほんの一例にすぎない。 
 そのような例をたくさん引きながら、著者は、異なる大陸、異なる地域の間に広がってしまった 「文明格差」 の原因を追求する。
 
 もちろんすべて 「仮説」 だという。
 状況証拠を積み重ねていけば、そういう推論も成り立つけれど … という含みがどのような記述の中にも散見される。

 しかし、(… だからこそというべきか) その壮大な仮説には、人間の想像力を限りなく刺激する 「SF小説」 のような妙味が備わっている。
 「真相はどうであったか?」 と堅苦しく考えるよりも、「一級品のエンターティメント」 と割りきって楽しんだ方が、著者も喜ぶかもしれない。
 日々の通勤電車の読書が待ち遠しくなった。
 
 
 参考記事 「馬に乗る文化」 
  
 

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