生物は目を持つことで進化した

 
 エッセイストの中村うさぎさんの書くものに、非常に共感することが多い。
 きっと、うさぎさんがモノゴトを捉えるときの “アンテナ” の向きと、私のアンテナの角度が同じ方向を向いているのだろう。
 そして、好奇心を抱くテーマを探り出すときの “心の波形” が同じ波長を描いているように思えるときがあるのだ。
 
 彼女が 『サンデー毎日』 に掲載した次のようなテーマとその語り口は、自分もどこかでこっそり使ってみたいと思えるほどに、自分の “アンテナ” を刺激した。
 
 実力のある本物のエッセイストを前に、「自分とアンテナ角度が同じ」 などと思うこと自体が不遜であることは分かっているのだが、やはりこの話は、自分好みのネタとして紹介したい誘惑に駆られる。
 
 どんな話なのか。
 古生物の進化をテーマにした話だ。
 
……………………………………………………
 
 地球の太古の海に生まれた生物には、最初 「目」 というものがなかった。
    
 そこのところを、彼女はこんなふうな語り口で書く。
 
 「生物って、原始の海の中のアメーバみたいなものから進化したわけだけど、もちろん最初は 『目』 なんかなかったのよね。アメーバに目はないじゃない? 光も届かない深海に住んでりゃ、目なんか必要ないわけよ」
 
 ところが進化するにつれて、それらの古生物もだんだん陸に近づいていき、光を感知するようになった。
 その結果、彼らははじめて 『目』 という器官を獲得するようになった、という。
 
 この話は、私も昔どこかで聞いたことがあり、そのときは、確か地球に降り注ぐ太陽光が強くなり、海中の光の透過率が高まったとかいう話だったように記憶している。(たぶんカンブリア紀の “生物の大爆発” を説明したテレビか本だった)
 
 とにかく、ある時期を境に、海の中で暮らす生物たちが、いっせいに 「目」 を持ち始めたのだ。
 
 彼女は書く。
 
 「 … でもね、彼らは最初、その 『目』 を 『モノを見る』 ことにしか使っていなかったの。敵を視認したり、エサを見つけたり、そういうことだけに使ってたわけよ。
 しかし、ある時、彼らは気づくの。自分が相手を見てるってことは、相手も自分を見てるんだってことに。
 そう、ここで生物ははじめて 『見る存在』 から 『見られる存在』 になるのよ。つまり、『自意識』 の誕生ってわけ」
 
 うまいなぁ! … と思う。
 言葉の配列とか、間の取り方が。
 
 文章が会話体になっているのは、マツコ・デラックスとの書簡のやりとり (サンデー毎日 『うさぎとマツコの往復書簡』 ) という形式になっているためなんだけれど、この文体の柔らかさが、ともすれば固くなりがちな古生物の話を、読みやすいものにしている。
 そのあたりに、多くのファンを持つエッセイストとして技量と戦略眼を感じる。


 
 「目」 の話を続ける。
 で、太古の生物は、この 「目」 を持つことによって 「自意識」 を持つようになり、それが、彼らの 「知能」 の発達をもたらせることに繋がったという。
  
 彼女は書く。
 
 「自分が 『見られる存在』 であることを知った途端に、生物の形が一気に多様化したの。生殖のために、敵の目をくらますために、あるいはエサを惹きつけるために。
 それだけじゃない、あらゆる行動様式や、生活形態も進化したの。
 生物は、そこで 『思考』 するようになったのよ。
 私にこの話をした生物学者は、それを 『知性の誕生』 と呼んだわ。自意識の獲得によって、『知能』 が 『知性』 へと進化したんだと」
 
 さらに彼女は続ける。
 
 「 (要するに)、 生物は、自分が 『見られる』 ことを知ったとき、はじめて 『自己』 を獲得したわけ。
 すなわち 『自己の発見』 こそが、思考を促し、『知性の発生』 へと繋がったの」
 
 科学的に捉えるならば、こういう解析は成り立たないかもしれない。
 あまりにも、ブンガクっぽい … というか直感的すぎるというか。
 
 しかし、 “読み物” として読む限り、こういう記述は刺激的だし、想像力を膨らませてくれる。
 書かれている内容が、科学的に正しいかどうかということよりも、レトリックの妙が人を楽しませてくれるという格好の例が、ここに展開している。
 
 そこから先は、彼女がずっと考えていた一つのテーマと、この 「古生物の目」 の話がリンクしていく。
 
 「 ( 『目』 を高度に発達させた) 人類は、そういった意味で、自意識を究極にまで発達させた生き物といえるわけよね。
 自己実現欲望しかり、承認願望しかり。
 現代人の欲望は 「見られる欲望」 そのものに根差している。
 人は、他者から 『見られる』 ことによって、はじめて存在できるのよ。本人の自意識を支えるには、他者の承認が不可欠なの。
 現代人が重篤な自意識の病にかかっているのも無理はない。
 だって、それが知性の進化の行き着く場所なんだもの。私たちの不幸は、進化を究め過ぎたことなのね、きっと」
 
 鮮やかな着地点というべきか。
 古生物の 「目」 の話を、見事に現代人の “自意識の病” に結びつけている。
 
 たぶん、こういう考察を科学的に論証することは不可能だろう。
 しかし、そんなことはどうでもよいのだ。
 人間が心をときめかせるのは、科学上の仮説が実験によって裏づけられたときではなく、それまでの人類が思いもしなかった新しい仮説が提出され、そのことによって、自分の想像力が刺激されたときなのだから。
 
 そこのところで、中村うさぎさんは、モノ書きとして、読者の心をうまく捉えるツボを心得ている。
 
 
 参考記事 「アノマロカリス (目を持つ生き物の時代が始まった時の最初の王者」
 
 参考記事 「イカのミステリー (イカの目はなぜあれほど大きいのか ? 」
 
 

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