五木寛之 「下山の思想」

 
 通勤電車の中で読む本が途切れた。
 電車は、私にとって、唯一ともいえる 「読書室」 なので、本がないと手持ち無沙汰になる。
 そこで、駅の構内の書店に寄り、入り口に平積みになっている五木寛之の 『下山の思想』 を買った。


 
 昨年の12月に発売されて評判となり、今年の 2月には、売り上げ首位を記録した本であるという。
 多少は気になっていた本だった。
 なにしろ、タイトルが見事だ。
 
 しかし、タイトルがうまいということは、逆にいうと、読まずとも、ある程度その本の趣旨が予想できるということでもある。
 
 「失われた20年」 といわれる停滞期を経験しても、いまだ復調する気配を見せない日本経済。
 国内企業の収益率の悪化。
 格差社会の広がり。
 少子化の進行による先細り感。
 
 このような “下り坂” をゆっくり転げ落ちていくような今の日本社会は、まさに 「頂上を極めた国」 の下山過程を連想させる。
 
 この下山には、意味があるのか?
 そこに希望はないのか?
 
 「下山の思想」 とは、そう感じた人が、ふと手に取ってみたくなるようなタイトルなのだ。
 
 で、手にとってみて、電車の中で読み始めると、まさに予想したとおりの内容が展開していた。
 ガッカリしたわけではないが、もうちょっと (いい意味で) 予想を裏切ってほしかったという気持ちが、なくはない。

 著者のいわんとしている下山とは何か?
 
 それは、「成長期」 から 「成熟期」 への移行であるという。
 
 人が登山について語るときは、おうおうにして、その頂上を極めるまでの話が中心となる。 
 しかし、山に登ったからには、必ず降りなければならない。
 むしろ、下山が安全に確実に行われることによって、ようやく 「登山」 という行為が完結する。
 
 なのに、「下 (げ) 」 という言葉の響きの悪さを嫌い、人々は 「下山」 という行為を語ることもなければ、考えることもしなかった。
 
 しかし、「もう見て見ぬふりをしてはいられない」 と著者はいう。
 
 「私たちは、すでにこの国が、そして世界が病んでおり、急激に崩壊へと向かいつつあることを肌で感じているのではあるまいか。
 もちろん、いま現に進行しつつある事態を、直視するのは不快であり、明日を想像するのは恐ろしい」
 
 そのため、誰もが、知っていても知らぬふりをしてきたが、「私たちは、もういつまでも目を閉じているわけにはいかない」
 … というのが、この本に掲げられた問題提起である。
 
 では、どうせよと五木氏はいうのだろうか?
 
 「頂上を振り返るな」 という。
 
 「戦後60数年、私たちは上をめざしてがんばってきた。世界第 2位の経済大国といわれ、ニューヨークのロックフェラーセンターを買い、ハリウッドの映画会社を買い、ハワイのホテルを買うほどの成功を手に入れた。
 しかし、世界を見下ろす山上の饗宴を終えて、そろそろ “下山” に向かわねばならない時が来た。
 かつて世界 2位と謳われた経済大国の頂上から降りるのだから、再びそこに戻ることはできない」
 
 そのことをしっかり認識することが、すなわち 「下山の思想」 を手に入れることになる。 
 
 著者が思い描く、「下山」 のイメージとは、どんなものか?
 
 「下山するときでなければ、見えないものがある」
 という。
 「下り坂では遠くの海を眺めることもあるだろう。平野や町の遠景を楽しむこともできるだろう。こんな山肌にも花は咲くのかと驚くこともあるだろう。
 私たちは、実りの多い、豊かな下山を続ける必要があるのだ」
 
 要は、あせらず、あわてず、ゆっくりと 「下山」 を楽しもう … というようなことであるらしい。
 ある意味で、それは、「あきらめ」 を知る心の育成であるかもしれず、また、郷愁世界に遊ぶことであるかもしれない。
 
 ふ~ん ……。
 
 ま、そういう思想に共鳴するかしないかは別にして、取りあえず、途中まで読んだところの感想を述べる。
 「内容を深化させるよりも、内容を解りやすく伝えることの方に神経をつかった本」
 だと感じた。
 
 無類に読みやすいのである。
 フォントも大きいので、老眼ぎみの人であってもスラスラ読める。
 使われている言葉も平易。
 ときどき引用される哲学的なテキストも、これ以上易しく解説することは困難ではないか? と思えるくらいこなれている。
 
 ただ、 “心の海” めがけて、ズシリと碇 (いかり) を垂らしてくるような言葉がない。
 
 普通、どんな本でも、10ページに 1行ぐらいは、蛍光ペンなどで線を引き、「この言葉の意味を後でもう一度考え直してみよう」 というフレーズが出てくるものなのだが、この本には、 “心の井戸” を掘っていきたくなるようなフレーズがない。
 
 どこを取り出しても、一様に 「使える言葉」 は並んでいるけれど、胸の奥まで染み込んでくるような一言がない。
 ジャーナリストの言葉はあっても、詩人の言葉がないのだ。
 
 五木さんが書かれるものは、小説においても、そう感じることがある。
 ファンの多くは、彼の小説に、哀切感や叙情味や、弱者に共感する姿勢などを感じるらしいが、私には、それらの小説が、時代のトレンドを上手に採り入れ、社会を上手に解説する、ジャーナリストの書いたもののように思えるのだ。
 
 少し難しくいうと、そこには、「不条理感」 がない。
 
 「不条理感」 とは、異様な一行にぶち当たり、言葉を拾ってから、それがイメージとして広がるまでのタイムラグのことをいう。
 この微かな 「抵抗」 が、文学のダイゴ味となる。
 
 五木さんの小説には、この 「抵抗」 がない。
 どんな難しそうな思想も、上手に噛み砕かれて、すんなり頭に入ってくる。
 哀しみを表現する言葉は、ストレートに心臓に達し、怒りを表す言葉は、瞬時に血管をかけめぐる。
 
 レスポンスがいい。
 しかし、それは、詩人の文章ではなく、モノを分かりやすく書く訓練を積んだジャーナリストの文章なのである。
 
 もともと、この著者は、小説家というより、ジャーナリストとしての天分に恵まれた人だったような気がする。

▼ 「蒼ざめた馬を見よ」 を書いた当時の五木氏
 

 彼は、まさに、私たち 「団塊世代」 から熱狂的な支持を受けた作家であった。
 デビュー当時の 『さらばモスクワ愚連隊』 (1966年) 、および、『蒼ざめた馬を見よ』 (1967年) などは、誰かのアパートを訪ねれば、必ずどちらかが、本棚か机の上に転がっていたし、そこで酒宴が始まれば、誰かが、この作家の作品を論じた。
 
 それらの作品に描かれた、行き場を失って世界を放浪する若者たちの姿は、当時、家庭や学園の拘束を嫌って、街頭に流れ出した若者たちの “気分” をたくみに捉えていた。
 また、主人公たちがさすらう場所が、アメリカのニューヨークでもなくウエストコーストでもなく、「凍土の地」 であるソ連であったことも、悲壮感を盛り上げるのに一役買ったかもしれない。
 
 まず、そこからして、私は、五木さんのジャーナリスティックなセンスの鋭さを感じる。
 
 ジャーナリストとは、ある意味でマーケッティング・プランナーでもある。
 人が、現在、何にお金をつかおうとしているのか。
 そのことに敏感であることが、ジャーナリストにもプランナーにも要求される。
 
 この両者は双子みたいなものだ。
 アンテナ感度を高めて、「世のお金の流れ」 を見極め、情報を収集し、それをビジネスプランに仕立てるのがマーケッティング・プランナー。結果を報道するのがジャーナリスト。
 
 「ジャーナリスト」 といえば、自分の利害とは関係なく、 “ペンの力で正義を訴える人” というイメージを持つ人が多いが、正義を訴えるのは 「自分の理念」 というものを売り物にする思想家の仕事である。
 優れたジャーナリストは、お金の流れに敏感であってこそ、的確な時代分析も未来予測もできることを知っているものだ。
 
 で、五木さんという作家は、このジャーナリストの才覚に恵まれたモノ書きではなかったのか、という気がするのだ。

 彼は、徹底的に、団塊の世代というメインマーケットに狙いを定めた。
 初期作品で、まず若者であった団塊世代に 「青春小説」 を送り、彼らが社会人としての道を歩み始めると、今度は、革命のロマンに敗れた男と人妻の恋愛小説 (変奏曲 1973年) などを用意して、彼らを大人の恋愛に誘導していく。
 
 そして、団塊世代がいよいよリタイヤするような時代が来ると、精神世界へ大きく舵を切った一連の “仏教もの” を手がけるようになる。
 『蓮如物語』 から 『親鸞』 へ至る過程がそれ。
 テレビでは 『百寺巡礼』 のような各地の寺を回る番組のレポーターを務め、またそれを本にまとめる。
 
 このあたり、トレッキングや旅行に関心を深め、かつ精神性の高いものにも興味を覚え始めたシニアの嗜好と、ピタリと重なる。
 このような “団塊ニーズ” の掘り起こしのうまさには、脱帽する思いだ。
 
 そして今回の 『下山の思想』 である。
 これこそ、まさに、日本経済の上昇期に青春を送り、その衰退期に老境に入ろうとする 「団塊世代」 に焦点を合わせた企画の最たる例である。
 シニア層から見れば、この本は 「日本の下山」 を語ったものであると同時に、自分たちが下山するときの道案内を務めてくれる本でもあるのだ。
 
 そういうタイミングを適切に捉えるところに、ジャーナリスト (マーケッティング・プランナー) 五木寛之氏の真骨頂がある。
 
 この本のターゲット層は、団塊世代に限らない。
 現在40代くらいの人たちをも射程距離に入れている。
 この世代の人たちは、まさに自分たちの青春がバブル期そのものであったから、若い頃から 「頂上から眺める風景」 を知っている。
 だから、現状に行き詰まり感を抱いたバブル世代の一部には、この本で説かれたメッセージは届くかもしれない。
 
 ただ、生まれたときから登山を知らず、「頂上」 があったことすら分からない今の若者たちに対し、この 「下山の思想」 は通じるのだろうか?
 
 自著のメインマーケットを、常に団塊の世代に据えてきた五木さんにとっては、それは、どうでもいいことなのかもしれない。
  
 

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五木寛之 「下山の思想」 への4件のコメント

  1. 磯部 より:

    若い頃、私の本棚にも五木さんの本はありまして、この人は凄いなと、いろいろ手本としたものです。私は、団塊世代ではありませんが、やはり彼の影響大です。
    で、私もマーケ関係の仕事ですが、彼をこうした見方で考えたことはありませんでした。
    言われてみれば、町田さんの言うとおりでして、彼はある意味、鉱脈を持っている?ような気がします。枯れない鉱脈。
    が、五木さんがそこを意識しているのかどうかは不明ですが、これも天性でしょうね?

    ただ、町田さんのいわれるように、彼は若い人に冷たく映る人かも知れません。
    山なんぞ登ったこともない人に、下山の楽しみやその方法を教えたってね?

    市場が違うと言えばそれまでですが、山の頂の良さを存分に知った人間に、今度は下山の楽しさを教えて。
    要するに、良いとこ取り世代に、更に知恵を授ける…みたいな

    ある意味、エゴに思えてきましたよ。腹立つな!

    若い人には、地下への潜り方でも教えるのかな?

    そこをクリヤしない限り、この人はつまんないと思えてきてしまいました。

    • 町田 より:

      >磯部さん、ようこそ
      さっき本棚の奥を覗いてみたら、けっこう私も五木寛之さんの小説やエッセイを読んでいたんですね。『蒼ざめた馬を見よ』、 『風に吹かれて』、 『日ノ影村の一族』、 『艶歌・海峡物語』、 『雨の日には車をみがいて』、 『五木寛之×野坂昭如 対論』 … その他文庫本多数。
      しかし、読み返した形跡がない。つまり、みな一回こっきりの読書だったようです。
      司馬遼太郎とか、吉行淳之介、塩野七生などは、もう何度も読み返している本がたくさんあるんですけど。
      だから、私はあまり五木さんの良い読者ではないのかもしれません。
      『下山の思想』も、全部読みましたけれど、いろいろな意味でちょっとさびしい本でした。
      磯部さんが、ここに書かれた >「若い人には冷たく映る人 …」 というのも分かる気もします。確かに、自分と、自分の昔からの読者だけを見ている人かもしれない、という気もしますから。
      そのへんは、磯部さんがいみじくもご指摘されたとおりなのでしょうね。

      ただ、やっぱりこの人は、われわれの時代を代表する作家であったことは確かです。名前を目にするだけで、やっぱり愛着が生まれます。
      特に、五木寛之が大好きだったという若くして死んだ友だちがいたので、そいつの思い出なんかとダブったりします。
      そんな個人的な思い入れも混ざる作家なので、評価するときも複雑な気分になる人なんです。
       

  2. Sora より:

    「下山の思想」には、平安末期に流行った今様「遊びをせんとや生まれけむ」の引用が2度も名歌として紹介されますよね。
    実は私も昨年末に「下山」を読んだあと、年初の自分のブログに、もじって自分のクルマ遊びを正当化するために孫引きさせていただきました。すると初回の平清盛大河ドラマから、この今様がドラマモチーフとして繰り返し流されるので、これじゃ大河ドラマのミーハー真似ととられるジャンと、がっかりしました(笑)。

    五木もNHKのディレクターも、お互いパクッたわけではないでしょう。共に不機嫌・不安な時代の風の流れ、ニーズを読んで「生を受けたからには、精一杯楽しく生きていこう」という励まし本をドラマを、シンクロ的に作ったのでしょう。
    この例でも、五木の時代を何気なく読みとる才能は、神がかり的、抜群だと私も思いました。

    ただ、団塊の世代のニーズを五木がうまくマーケティングした(笑)とまでご指摘すると、五木先生は怒るでしょうね。
    彼のスタイルは、「風に吹かれて」「他力の力によって」「時代の巫女・シャーマンとして」突き動かされるようにして書くだけです。少なくとも本人はそう言っています。2度も長い休筆の時期がありますが、其の時を振り返って、彼は書くことが無い時は書かずにじっとしている、そのうちに時代に書かされるのだと。

    なぜ団塊世代の若かりし頃、五木に惹きつけられた方が多かったのか?
    想像ですが、声高に「ワレワレは~」「キミたちは~」とがなるヤツが居る中で、それについていけない大多数の方は、五木の「無理することはないんだよ~、風に吹かれていればいいんだよ~、どこでも好きなところへ行けばいいんだよ~」調の文章に「これでいいんだ」と癒されてたのでは。
    私なんかは、何もわかないくせに大江健三郎派で、「実存的には。。」とやっていて五木なんぞは大衆小説だと馬鹿にしていましたが。

    その後、五木は団塊の世代のニーズを掘り起こしが上手かったというより、五木自身はご自身の年齢にそって自分の関心テーマを採り上げていっただけ、ということではないでしょうか。
    仏教・精神世界の先導者風になったのも、彼が年齢的に団塊より10歳ちょっと常に先行しているためでしょう。彼が仏教大学に入学するのはマーケティングのためというよりは(笑)やはり、ご自分の年齢テーマへの取り組みがそれだけ真剣だった表れだと思うのです。

    五木はなぜ時代の風に吹かれるのか?
    おそらく、彼のピョンヤン時代の過酷な幼少体験に帰来するでしょう。確か「大河の一滴」だったと思いますが、母が父と子の前でロシア兵に陵辱される経験を告白してました。自己生存本能丸出しで帰国を急ぐ同胞たち。自分の力ではどうしようもない、時代の流れ。あがらってもどうしようもない、それこそ限界的な「不条理」の現実。そこから後年、法然、親鸞の他力本願の生き方へ傾いていったのだと思います。

    「胸の奥まで染み込んでくるような一言がない」「詩人の言葉がない」という感想は、私も持ちました。
    ベストセラーにはなったけれど、その後文壇批評にもあがらない(と思うのですが)のは、案外多くの読者も今後の生き方の目新しい解答が得られずがっかりしたからではないかと思います。
    なぜ不満足に感じるのか。それは、彼が思想のベースにしている「他力本願」を我々がもはや素直に受け入れられない、状況から来るのではないでしょうか。

    ここで町田さんが何度も採り上げたところの、戦後の個人の開放・肥大化した自我等の問題が出てくる様に思うのです。端的にいえば、「個人の自立した生き方が何よりも大事」という戦後ドグマからは、念仏を唱えてただひたすら他力(仏でも神でも)によりかかればオーライという生き方は許容しにくくなっていると思うのです。

    「詩人の言葉」とは、私はよく判らないのですが。「幸福は自分の心が決める、ミツオ」的な言葉のレトリックを駆使した、人生の真実の断片表現でしょうか。
    それは従来の文学の役割でしょうが、人生は白黒つけられない、全てをそのまま受容すれば、うまくいくという五木のスタンスからは無理でしょう。五木は、しかしそれが私の人生です、と切り返すでしょうけど。

    私の場合、切りがないのでここで休筆です。長々とすみませんでした。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ
      コメント拝読し、Sora さんの方が、私などよりもはるかに五木さんの著作を深く読み込まれていることを感じ、いろいろと感慨深い気持ちにさせられました。
       
      五木さんが、「マーケティング」 などという発想にとらわれることなく、巫女・シャーマンとして、心に舞い降りてきた思いをそのまま筆にしているとしたら、確かにご指摘のとおり、彼の 「時代を何気なく読み取る才能は、まさに “神がかり的“ 」 と言わざるを得ないかもしれません。
       
      ただ、ここから先は、読者のそれぞれの “好み” の問題に帰着してしまうかもしれませんね。私の場合、いままで読んできた五木さんの著作 (あるいはメディアを通して発言されてきたもの) からは、正直にいって、それほど深い感銘を受けたものがなかったのです。
      この 『下山の思想』 においても、Sora さんがおっしゃるように、「胸の奥まで染み込んでくるような一言がない」 という思いは変わりませんでした。
       
      それは、なぜなんだろう? と思ったことが、上記のような感想文にたどり着いたわけですが、もし、これが 「作家」 ではなく、プランナーのようなお仕事をされる方が書いたとしたら、鋭く時代を捉えたものといえるかもしれない … と腑に落ちたような気がしたのです。この本が、あまりにも 「団塊世代」 の “余生の過ごし方” を巧妙に説いているような気がしたものですから。

      >「多くの読者が、今後の生き方の目新しい解答が得られずかっかりしたのではないか」 という理由として、五木さんの 「他力本願」 の思想が、「個人の自立を奨励する戦後ドグマ」 と相容れなかったのではないか、というSora さんの省察は、なかなかの説得力を感じました。鮮やかな分析かと存じます。

      最後の 「詩人の言葉」 という表現で、“ミツオ的” (相田みつをさんのことですよね?) なものを連想されたとしたら、こちらが少々言葉足らずであったかな … と反省しています。
       
      私が言おうとした 「詩人の言葉」 というのは、ミツオ的なものの対極にあるものです。それは、むしろ 「私が来たのは、地上に平和をもたらすためだと思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。人を、その父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに敵対させるために来たのだ」 (マタイ伝) というキリストの言葉のような、身の毛がよだつような、不条理な戸惑いを感じさせるものをイメージしていました。 (上記の言葉は、戦争やいさかいを奨励したものではなくて、 “見せかけの平和に安住しているような家族共同体をひとまず出よ” ということの寓意だと感じます)

      つまり、人をいったん混沌の中に落とし込むことによって、今まで視野に入らなかったものを掘り起こさせる言葉。それを 「詩人の言葉」 という言い方をしてしまったのですけれど、説明足らずでしたね。ごめんなさい。

      私は、「文学」 の役割が今もあるとしたら、それは 「人間を荒野に連れ出すこと」 だというふうに感じています。「荒野」 とは、『青年は荒野をめざす』 などと言葉にしてしまうと消えてしまうようなもので、言い換えれば 「言葉を失う場」 だと捉えています。
      「ノウハウ本」 とか、「ハウツー本」 とか、「自己啓発書」 というのは、「言葉を得る場」 を提示するもので、そこで 「文学」 と 「非文学」 の境界線が引かれるのではないでしょうか。

      『下山の思想』 は、どちらかというと、「言葉を得る場」 を提示しているような気がして、そこに 「自己啓発書」 に近い軽さを感じてしまいました。
      特に、最終章の 「ノスタルジーを楽しもう」 というようなくだりは、(自分もまさにそのとおりに生きているのですが)、「それでいいの?」 と自問を繰り返しながら苦慮していることもあって、こうもあっけなく言われてしまうと、脱力感を感じてしまいます。あくまでも個人の感想にすぎませんが。

      それにしても、Sora さんのコメントは、いつも読み応えがありますね!
      今回も十分モノを考える契機をいただきました。
      ありがとうございます。
       

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