実は演歌が好き

 
 実は、演歌が好き。
 それも、メジャー系コードを主体とした朗々と歌い上げる酒場演歌が好きだ。
 たとえば、平和勝次とダークホースの『宗衛門町ブルース』とか。

 後は、小林旭の『昔の名前で出ています』とか、増位山太志郎の『そんな女のひとりごと』など。
 
 要するに、カラオケのマイクを通さずとも、風呂に浸かって鼻歌で唄えるような歌がいい。
 湯煙が共鳴板となって、自分がいつのまにか歌がうまくなったと錯覚できるような曲を口ずさんでいると、いつも「幸せだなぁ」と思う。
 

 
 そして、こういう歌には、もう一つ共通した性格がある。
 そこには、
 「飲み屋には、いい女がたくさん待っている」
 という、嘘のつき方がうまいという共通性がある。
 
 たとえば、私が風呂に浸かっているときにいちばん歌う『宗衛門町ブルース』。
 
  きっと来てぇねと、泣いていたぁ 
  可愛いあの娘は、ウブなのかぁ 
 
 バカこくんじゃねぇ!
 お客の前で、「きっと来てねぇ」と泣く女なんか、どこにいるんだ?
 いたとしたら、ぜったいウブなんかじゃなくて、百戦錬磨のツワモノに決まっている。
 
 こういう見え透いた嘘によって、男を気持ちよくさせる演歌のジャンルというのが、日本には昔からある。
 それも、嘘の世界を、嘘と感じさせない巧妙なディテールで隠すものが多い。

 小林旭の『昔の名前で出ています』なんて、まさにその代表例だ。


 
  京都にいるときゃ、忍と呼ばれたの
  神戸じゃ、渚と名乗ったの
  ハマの酒場に戻ったその日から
  あなたが探してくれるの待つわ
  昔の名前で出ています

 
 … だってよ。
 バカこくのもいい加減にしろ!
 源氏名を元に戻す前に、さっさと「あなた」に電話でもすりゃいいじゃないか。

 3番の歌詞もすごいぞ。
 「流れ女の、最後の止まり木に、あなたが止まってくれるの待つわ
 こんなふうに言われたら、なけなしのカネを貢いで、通いつめる男だって出てくるわな。 

 こういうのを「捏造された男のロマン」という。
 現実世界から絶滅した「耐え忍ぶ女」「そっと横を向き、涙をぬぐう女」「恥ずかしくて、男の目すらまともに見られない女」。
 そんな女が、酒場に行くとまだいるかもしれないという幻想を振りまく歌が、いまだに一部の演歌の世界には立派に生き残っている。
 
 あれだな。
 ジェラシックパークみたいなものだな。
 特殊な環境の中で、古代の恐竜がよみがえっているというロマンだな。
 
 バー・キャバレー組合と、歌謡曲業界の間に、いったいどんな取り決めが交わされたのだろうか。
 表沙汰にはなっていないけど、絶対そういう「闇の談合」があったに違いない。 
 
 だって、巧妙すぎるよ。
 カネと欲だけが渦巻く「夜の酒場」という場所を、あれだけ華麗なロマン空間に仕立てるなんて、ぜったい歌をつくっている連中だけではできない芸当だ。
 これほど、巧緻な嘘を描いた歌をたくさん世に送り出した国は、おそらく日本だけではあるまいか。
 
 増位山太志郎の『そんな女のひとりごと』なんて、まるで週刊誌に掲載された「高級クラブホステスA子の回顧録」みたいなリアルさがあるもんな。
 
 ▼ 『そんな女のひとりごと』
 http://youtu.be/FSYqC8Bk7Ak 

  お店の勤めは、はじめてだけれど、
  マキさんの紹介で、あなたの隣りに座ったの
  遊び慣れている人みたい
  ボトルの名前で分かるのよ

  
 分かるわきゃねぇだろ!
 そんなこと。
 
 だけど、
 「あなた遊び人でしょ? ボトルの名前で分かるのよ」
 なんておとなしそうな女の子に言われちゃうと、遊び心むき出しで行った男なんか、コロリと転がされちゃうよな。
 
 この歌のすごいところは、次のような歌詞にもうかがえる。
 
  身体に毒だわ、続けて飲んじゃ
  ユミさんは、来ないけど、10時に電話が入るわよ
  あなた歌でも、唄ったら、
  少しは気持ちも晴れるでしょ
 
 
 リアル!
 気に入った店ができて、何度か通いつめた人なら、指名したい女の子が店に現われないという経験をいくつかは持っているはず。 
 そんな情景を、ものの見事に 4行ほどの歌詞に集約した作詞家の造形力はすごい!
 
 特に、電話が入るのが10時という、まさに絶妙な時間感覚。
 10時前というのは、客が、もう一軒遊びに行くか、それとも、ここで延長して飲み直すかという選択を迫られる時間帯でもあるのだ。
 そこで、「歌でも唄ったら?」と誘いかける女の言葉は、魔女の呪文だ。
 
 このリアルさは、体験を重ねたからって生まれるものでもないように思う。
 作詞家としての直感力が創り上げたリアルさだ。
 
 最後の歌詞もすごいぞ。
 
  グレーの背広に、ラークの煙草。
  ママさんのいい人ね。
  身の上話をしたいけど。
  渋い笑顔に、どことなく、悲しい昔があるみたい …
 

 「ママさんのいい人ね」という、女の洞察力の鋭さを浮かび上がらせるような歌詞が、もうこの隣に座った女をタダモノではないと思わせるのに成功している。
 
 そして、
 「渋い笑顔に、どことなく、悲しい昔があるみたい
 という安っぽい表現が、逆に深い観察力の結果であるかのように唄われるところが、この歌の凄みだ。
 
 この「悲しい昔」というのは、占い師の言葉と同じように、どんな人間にも当てはまる言葉なのだ。
 100人の男がいれば、100通りの「悲しい昔」がある。
 
 しかし、隣りに寄り添った女に、そうつぶやかれただけで、もうその男は、「あの … 」と特定できる一つの悲しみしか思い浮かべない。
 だから、それを見抜く女には、悲しみを癒す力があると期待しちゃうわけじゃないか。
 
 ね、酒場に行ってみたくなるだろ?
 女のいる酒場に。
 
 で、私は、なぜかこういう「男を騙す」歌が好き。
 カラオケでも、そういう歌を好んで唄う。
 
 だって、メルヘンじゃないか。
 たとえ、虚構の世界だと分かっても、いっとき酔いしれることができるじゃないか。
 虚飾に満ちた危険な飲み屋と、危険な歌が大好き。 
  
 
 参考記事 「本当はエッチな昭和歌謡」
 
 参考記事 「歌謡ブルースの謎」
   
 参考記事 「演歌の時代は終わったのか」
 
 参考記事 「70年代に女の歌が変わった (昭和歌謡雑感 2)」
 
 

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実は演歌が好き への2件のコメント

  1. routine より:

    町田さん こんにちは♪ また笑っちゃいました。それも大爆笑です。実は私も演歌が大好きです。同級生がマッチ トシちゃん ヨッちゃんにキャーキャー♪黄色い声援を送っている時、私はその横で五木ひろしの夜空を熱唱していましたから、心から五木ひろしの大ファンだったのです。歌詞の意味は、それほど深く考えたことは、ありませんが、そこに登場する女性は、いつも甘くて良い香りのする女性が浮かんできます。色っぽくて粘着質で、それでいて線は細いみたいな…。アハハ、同性から見ても魔性って感じで魅力的だけど少しだけ怖いかな(笑)カラオケでも演歌はよく歌いますよ。歌うだけなら大きい声を張り上げて、とっても気持ちが良いですから。幕張のショーではゆっくりお話も出来なくて残念です。なので、なので、もし町田さんが名古屋のショーへお越しになるのであれば、私は仁王立ちで待ち構えていようと思います(笑)それでは また。

    • 町田 より:

      >routine さん、ようこそ
      コメントありがとうございます。
      ちょっと、意外。
      好きな歌い手として、ミーシャなどを挙げていらっしゃったことがあったので、てっきりディーバ系の歌手が好みなのかな … と思っていたら、五木ひろしさんですか。
      渋いぞ!
       
      ま、五木さんに限らず、演歌歌手の歌に出てくる女性は、妖艶ですよね。
      「男に騙され、じっと耐えている」 ように見える女性だって、どこか 「一度食らいついたら、離さないからね」 という凄みを感じさせる人が多いですものね。
      石川さゆりさんの 『天城越え』 なんかに出てくる女性なんか、まさにその典型ですね。

      幕張のショーではほんのちょっとしかお話できませんでしたけれど、(… あ、エアストの田中社長のギターは良かったよね) 名古屋ショーではまた好みの音楽の話などお聞かせください。
       

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