ホワッツ・ゴーイング・オン

 
 BSの『SONG TO SOUL』(2017年)という番組で、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン(What’s Going On)」が取り上げられていた。
 「歴史に残る名曲」といわれる作品である。
 

 この曲が制作されたのは、1971年。
 シングルは一躍全米2位に上り、R&Bチャートでは1位に輝いた。
 続くアルバムは、ポップ・チャートの6位を記録し、R&Bチャートでは9週連続1位をキープしたという (Wikipediaより) 。
 
 まさに、ソウル・ミュージックの金字塔のような曲なのだが、自分にとっても、これは忘れられない曲なのである。
 なにしろ、一生の音楽の好みを決めたような曲であったからだ。

 ある暑い夏の深夜、突如、FENから夜明けの冷気のように、この曲が流れてきた時に感じた戦慄は、いまだに身体の記憶として残っている。
 そのとき、「自分は、生涯こういう曲を聞いていくような人間になろう」と決意した。
 このことは、もうくり返し、このブログでも書いた。

 いったい、その曲に、自分は何を感じたのだろう。
 英語のヒアリングが得意でない自分は、最初に聞いたとき、歌詞の内容まで掘り下げたわけではなかった。
 すべてはサウンドだった。
 ただただ美しい旋律と、たゆたうようなグルーブ感に生理的に酔いしれたにすぎない。
 
 この曲が、ベトナム戦争への抗議や、黒人差別を問うた社会派ソングであったことは、後から知った。
 そして、そのとき、タイトルの「ホワッツ・ゴーイング・オン」の意味を改めて考えた。

 マーヴィン・ゲイは、なぜこの曲に「ホワッツ・ゴーイング・オン」とつけたのか。
 「どうだい? 元気かい」
 というような、アメリカ人が日常会話で交わす挨拶のニュアンスとは遠い。
 文字どおり、
 「いったい、どうなちゃっているんだ?」
 という戸惑いを表現した言葉であることは明白だ。

 では、いったいマーヴィンは何に戸惑ったのか。 
 
 一般的には、この曲は、彼の実弟がベトナム戦争の帰還兵として、マーヴィンに、戦場での体験を語ったところから生まれたといわれている。
 
 ベトナム戦争は、1961年から始まっている。
 本格化するのは、63年からだ。
 1967年には、50万人を超えるアメリカ兵がベトナムに投入されたが、戦況の好転は全く見られなかった。
 
 最終的には、およそ300万人近くのベトナム人が死亡し、400万人のベトナム人が負傷。5万8千人以上のアメリカ兵が死亡したと伝えられている。
 そこに投入された兵力や武器弾丸の規模からいえば、第二次大戦をしのぐ史上最大の戦争であったという。

 それだけ甚大な被害をベトナム・アメリカの両国に与えた戦争ながら、ほとんどのアメリカ人には、この戦争の意義が分からなかった。

 アメリカ政府は、
 「ベトナムに共産主義勢力が及んだら、次はビルマ、タイ、インド、日本、そして当然ながらラオスとカンボジアが、共産主義の危機にさらされるであろう」
 と国民の危機を煽ったが、そのようなことが現実的に起こりうると信じた人々は世界中にほとんどいなかった。

 しかし、アメリカ政府は、地球上からベトナムという地域を根こそ抹殺するような勢いで、恐ろしい化学兵器を投入した。

 「枯葉剤」である。
 これは、ジャングルに隠れて抵抗を続けるベトナム解放戦線軍に対して、ジャングルそのものを無くしてしまおうという意図で投入した薬剤兵器だった。
 有毒物質として知られるダイオキシンを含む枯葉剤がまかれた量は、7,500万リットル。
 それが、ベトナムの森林、田畑、農村にばらまかれ、ベトナムの大地は荒廃した。
 
 マーヴィン・ゲイの実弟が見た世界は、こういう世界である。
 マーヴィンはその話から、戦場の光景を想像し、そこでたくさんの人間の生命と自然が喪失していくことに胸を痛め、「ホワッツ・ゴーイング・オン? (何が起こっているんだ?)」と叫んだのだ。

 この曲の想像を絶するような美しい旋律は、彼が胸を痛めたピュアな気持ちの純度の高さそのものを物語っている。
 だから、この曲は、当時の一般的な黒人音楽を意味する「SOUL MUSIC」を超えたのだ。

 当時の黒人アーティストの誰もが到達できなかった「奇跡のサウンド」。
 こんな音が実現されてしまうと、もはやこの延長線上に音を作っていくことを誰もが諦めざるを得なくなる。
 「金字塔」というのは、そういう意味である。
 “頂点” のことをいう。

 この曲以降、SOUL MUSICのみならず、ポピュラーソング全域で、これほどの政治的メッセージと哲学性を秘めた曲はもう登場することなく、マーヴィン自身も作り得なかった。
 そして、アメリカのSOUL MUSICシーンは、以降、徐々に享楽主義的で軽佻なディスコサウンドに移行していく。
 
 南ベトナムのサイゴンが陥落し、ベトナム戦争が終結したのが、1975年。
 「What’s Going On」が生まれた4年後であった。
  
 

 

 
  
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ホワッツ・ゴーイング・オン への6件のコメント

  1. 磯部 より:

    この曲は大好きで、いまでも聴いていますが、私はてっきり愛を囁いでいる歌と思っていました。
    スローなタッチ、流れるようなメロディのなかに、そうしたメッセージがあったとは…

    そうした流れでは、C・C・Rの「雨を見たかい」(邦題名)も同じですね?
    当時、たどたどしい訳で、晴れた日に、君は雨を見たかい? との歌詞に、ちょっと不思議な印象でした。後、この雨が、ベトナム戦争の爆弾との事と知り、驚きました。

    アメリカという国は、良くも悪くも振り幅の大きい国と思います。とても悪であるし、とても善である人も暮らしている。

    過酷な現実主義とヒューマニズムが絡まったような印象を受けます。

    とにかく、この展開を紡ぎ出した町田さんに拍手です!

    • 町田 より:

      >磯部さん、ようこそ
      ああ、やっぱりそうですかぁ!
      これは、僕たちの世代の曲なんですねぇ。
      美しい曲ですものね。
      ホント、飽きないです。

      でも、内容はナパーム弾の降り注ぐ戦場の悲惨さを示唆しているといわれたCCRの 「雨を見たかい」 と同じメッセージなんですよね。

      アメリカという国は、ヨーロッパと比べて、とても歴史の浅い国で、国家としての歴史がまだ200年ぐらい。
      だから、ヨーロッパの因習にとらわれない自由な発想を持った国でもあるんですよね。
      そういった意味で、昔、司馬遼太郎さんが、「実験国家」 というようなことを言っていました。
      「人間が幸せに暮らせるようなことは、なんでも一度は実験してみる。だから、危なっかしいこともいっぱいやる。代わりに、今までの人類がやってこなかったようなものも創りあげる」

      磯部さんがおっしゃる 「良くも悪くも振り幅の大きい国」 という意味もよくわかります。
      >「過酷な現実主義とヒューマニズムが絡まった …」 という表現は、言い得て妙ですね。
       

  2. Sora より:

    SadeのSmooth Operatorもそうでしたが、町田さんは、たるい、いや失礼、ゆったりした、ムーディな曲がお好きのようですね。お酒に合いそうで雰囲気満点。

    What’s going on この曲は音楽通でない私も知っています。
    よく聞くと、間奏の中で後ろの聴衆かが、小さく“Right on” と何回かつぶやく声が入っているでしょう。これについて、書くことをお許しをください。

    私が機会あって69-70年に米国の高校に通っていた時ですが、同年の子が他の誰かの話の後に、この“Right On!” をよく言うのです。状況からして同意を表わす言葉だろうとは推測できましたが、はやり言葉のように使うようでもあり、なんとなく記憶に残っていました。そのあと、帰国してからだと思いますがマーヴィンゲイのこの曲で、Right on..と何度も言っているので、「ああやはりこれは, はやっていて、やつら真似てたんだ」と自分の推測に感心した覚えがあります(笑)。

    今回思い出して調べてみると、やはり70年代頃から使われ始めた言い回し、とありました。「そう、そのとおり、そうでなくっちゃ」といった具合に、相手の主張に、積極的に同意、同調を表現する言葉のようです。
    おそらく言語的背景には、70年前後のアメリカは政治的にはベトナム戦争をかかえ、文化的にはヒッピー、ウーマンリブの対抗文化隆盛の混沌状況で、若者はティーチインとかで、権威へのプロテストを、主張を声高にする機会が多くなってきていました。その集会の中で、「そうだ、そのとおり」と連帯的同意を確かめ合うように“ Right on!” が好んで使われ始めたのだと思います。 マーヴィンゲイのメッセージも、right onの挿入もその流れの中にあったのでしょう。
    (興味深いのは、同時期の日本の若者が誰かのアジ演説に「異議、ナシッ!」と叫んでいたのとRight on が似ていることです。)

    ひるがえって、現在の状況はいかに、What’s going on? 。日本には若者が連帯して高揚感あふれるように主張し、それにright on! と応じるイッシューがあるか。被災地支援活動をする若いボランティアの方はもちろんいるが、それは戦うべきとかの問題ではない。
    アメリカにはあるのか?ウオール街を占拠する反格差行動も、本質的には自分の分け前を要求する自己利益行動。70年代の社会的正義、公平を求めて、連帯感をもった運動とは質的に違うような気がします。どれも個人単位の行動。
    これって、(中東と違って)とにかく平和で、いいことなんでしょうか?

    それとも私は、単にアナクロニズム、回顧主義に陥っているだけでしょうか? 
    Right on! (笑)

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ
      びっくり!
      私の音楽の好みをずばり指摘されて、「なるほど、そういうことか …」 と自分でようやく気づきました。
      >「たるい、ムーディーな、お酒に合いそうな雰囲気の曲」 ということですよね。
      ずばり、当たりですね。
      「たるい」 というのは、一番大事な要素かな … と自分で思っています。

      「Right On」 という言葉の雰囲気。
      日本語のニュアンスでいうと、70年前後の学生運動の集会などでよく使われた 「異議なし!」 が最も近いんでしょうね。
      … というか、「意義なし!」 の方が、米国のプロテスト文化やフラワームーブメントなどの 「Right On」 の直訳だったのでしょうか?
      そう考えると、この歌もやはり70年前後の世界の若者文化に共通した文脈で語られるべき歌であるのかもしれませんね。

      Soraさんがご指摘されたように、70年前後というのは、アメリカの学生運動、フランスの5月革命、日本の反戦運動や全共闘運動などのように、世界で同時多発的に若者の間から対抗運動が巻き起こった季節だったように思います。

      たぶん、その“同時多発“ の意味は、当時の若者が 「世界の変わり目」 を見たからではないかという気がするのです。つまり、今に続く 「グローバリゼーション」 の最初の兆候を見たのでは? という気がしないでもありません。

      そして、今、ウォール街を占拠する若者とか、中東の独裁政権を倒そうとしている若者とか、彼らの意識の中にも 「グローバリゼーション」 の次の形が見えているのかな? という気がしないでもありません。

      私たちの世代が昔を回顧すると、「アナクロ」 になりがちですけど、なんか昔も今も、“若者” であるかぎりは、時代の変化を敏感に捉えるように思ったりもします。
       

  3. カップス より:

    よく見ている番組です。
    ご当人が登場することもありますが、関わりのある人のコメントや由緒ある場所を案内してくれて音楽好きにはたまらない番組ですね。

    ホワッツ・ゴーイン・オンが弟の経験したベトナム戦争のことを歌ったものだと言うことは知っていましたが、若すぎたのか心動かされることはありませんでした。

    理由のわからないベトナム戦争の反省から多くの素晴らしい映画が生まれた。
    マービン・ゲイに惹かれる原因になったのも映画「再会の時」からでした。
    友人の葬儀に学生時代の仲間が集まり満たされない現実を語り学士時代を回顧するといった内容で好きな音楽がたくさん使われていた。
    オープニングに喪服を着るシーンでマービン・ゲイの「悲しいうわさ」が流れていたのがとてもよかった。CCRもカバーしていましたね。
    葬儀のシーンでは友人の弾くオルガンが途中からストーンズの「無情の世界」に変わっていく、参列した友人たちがほくそ笑むシーンも格別だった。

    素晴らしくヒューマンな映画を作ることに関してはアメリカ人は本当に素晴らしい国民なのに、また同じ過ちを中東で起こしてしまった。

    2度目なので通りすがりの冠を外したカップスでした

    • 町田 より:

      >カップス さん、ようこそ
      確かに 『Song To Soul』 はいい番組ですね。
      この 「ホワッツ・ゴーイング・オン」 の前は、オーティス・レディングの 「ドック・オブ・ザ・ベイ」 を取り上げていました。あれもいい企画だったように思います。

      カップスさんも、さすがに 「カップス」 を名乗るだけあって、音楽にお詳しいのですね。
      マーヴィン・ゲイの 「悲しいうわさ」 を、CCRがカバーしているなど、ちょっとした通でないと知りえない情報ですよね。
      私はどちらのバージョンも好きです。

      アメリカ人は、おっしゃるように、ヒューマンなものに対して、ものすごく価値を置く民族だと思います。本当にそれは素晴らしいですね。
      でも、自分たちが感じる 「ヒューマンな価値」 を害するものに対しては容赦しない。
      その振幅の激しさが、あの国の国民性を個性的なものしているのでしょうね。
       

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