「うでまくら」 (日暮し) で歌われた世界の終わり

 

 人間にとって、いちばん恐ろしいのは 「恋愛の終焉」 の場に立ち尽くすことである。

 もちろん、戦争や災害、食糧難による飢餓は恐ろしい。
 「今は細々と食っていけるけど、明日は食えなくなるかもしれない」 と、人を不安に陥れる経済危機や雇用危機は 「失恋」 より深刻かもしれない。

 しかし、世の文学者や心理学者がいうように、恋愛が 「自我の投影」 であるならば、自我を投影した相手が自分から離れていくことは、すなわち自我の崩壊であり、いってしまえば 「この世の終わり」 である。

 一人の人間が、薄暗い部屋の中で、電灯もつけずに 「失恋」 を噛み締めるとき、金融危機も、雇用不安も、それこそ原発汚染も、身の周りの社会的事象が、すべて頭の中から消えている。
 
 そして、そのとき沸き上がる妄想は、ときに、相手を殺そうという意志に発展するかもしれず、あるいは、自分の生を、自分で絶つ決意につながるかもしれない。

 だから、失恋をテーマにした歌は、時として、鬼気迫るような 「怖さ」 を宿すことがある。

 もう何十年も、ずっと気になっている曲がある。
 70年代に活躍していた日暮しというフォーク・グループの 「うでまくら」 という曲である。
 
 日本語で歌われた曲のなかで、これほど怖い歌を、私はほかに聞いたことがない。
 ここには、恋愛の終わり、… いわば 「この世の終わり」 が、それらしい言葉など一言も使わずに歌い込まれている。

▼ 日暮し 「うでまくら」 (1979年)

 歌詞は、次のようなものだ。

  ねえ、あなたの話は寂しくて
  雲の切れ間から、雨さえポツン
  ひとつここらで、話題を変えて
  昔のことでも話しませんか

  不意に巻き起こる、遠い日の影
  忘れられない、あの暑い日に
  あなたの腕枕で見た空の青さ

  あなたの心がもう見えない

  ひとつここらで、指切りはいかが
  あの頃のふたりに戻れるように

  さっきから話は、尻切れたまま
  流れる人波、あなたはうわの空
  水しぶき上げて、車が通る
  飛びよけた私から、あなたがこぼれた

  あなたの腕枕でもう一度だけ

  夢を見させて、愛の眠りで
  あなたの心が見えるように

    作詞・作曲 武田清一
 
 
 日暮しのサウンドの特徴は、透明度の高い叙情性にある。
 ヴォーカルを務める榊原尚美の声質に依るところが大きいのだが、高原の林の隙間から眺める湖のような、純度の高い清涼感が彼らの持ち味となっている。
 
 それは、時として、望郷の念に人を駆り立て、時として、異国の空の下を旅するような新鮮なときめきを呼び覚ます。
 彼らの歌には、常に前方に向かって開かれた世界が描かれている。

 だが、この 「うでまくら」 で歌われた世界は、見事に閉じられている。
 
 聞いて分かるとおり、これは、男の気持ちが分からなくなった女性の立場をうたった歌だ。
 かつてあれほど愛しあった二人の記憶は、今はどこにいってしまったのか … という 「絆の喪失」 がテーマになっている。
 
 しかし、二人の関係は、まだ終わったわけではない。
 あくまでも、「相手が去りつつある」 という予感だけが、影のように漂っているにすぎない。
 だが、実は、こういう状況がいちばん苦しいのだ。

 相手は、まだいる。
 自分の目の前に。
 しかし、その相手は、声は出しても、語ってはくれない。
 瞳はあっても、自分を見ていない。
 触っても、冷たい彫刻のようになっている。

 主人公の女性は、たまりかねて、言う。
 「ねぇ、あなたの話は寂しくて」

 何が寂しいのか?
 それは、彼の話が、コミュニケーションとしての会話ではなくて、沈黙を埋めるためのモノローグになっているからである。
 声だけは発しているが、そこには、語るべき相手に気持ちを届けようという意志がない。
それは、女にとって、ラジオから流れ出るアナウンサーの声を聞いているようなものだ。
 
 それでも彼女は、 “人の形をしたラジオ” に向かって、必死に語りかける。
 「ひとつここらで、指切りはいかが?」

 何を誓うために、指切りをしようというのか。

 「あの頃のふたりに戻れるように」

 しかし、彼女には、自分が求めている 「指切り」 そのものが、すでに空しいことに気がついている。

 … 流れる人波、あなたは上の空
 水しぶき上げて、車が通る
 跳びよけた私から、あなたがこぼれた

 こぼれる … とは、もはや人間の存在を示す動詞ではない。
 男が、ついに 「物」 になった瞬間が、そこに描かれている。
 ここには、血のぬくもりを失った “異形の物体” が、じわっと浮上するときの 「不安」 が歌われている。

 かつて愛した相手が、ただの 「物」 に変わる。
 「世界の終わり」 とは、このことを指す。

 日暮しにしては珍しい、いや、日暮しだからこそ表現できた、哀しく、恐ろしい歌であるように思う。
 
 

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