日本の就活の現状

 
 2012年は、大学生の就職活動の解禁が例年より 2ヶ月遅れたとかで、ちょうど今の時期が、来春卒業見込みの大学 3年生がしきりに就活に励む季節に当たっているという。
 
 それに合わせ、「就活必勝法」 のようなタイトルを掲げ、就活を乗り切った先輩たちの体験談やアドバイスを掲げているメディアが目立つ。
 さらに、「企業はどんな人材を選ぶのか」 という採用側の視点を紹介する報道も目にする。
 
 そういうのをチラチラと見ていると、つくづく今の若者たちは大変だなぁ … という感慨が湧いてくる。
 時代は変わったのに、企業はちっとも変わっていないということがよく分かるからだ。


    
 ある雑誌では、こんなことが書かれていた。
 企業側からみて、「内定など出せない」 と思えるダメ学生たちが口にする質問の例だ。
 
 「仕事と育児を両立できますか?」
 「残業はないですか?」
 「休日出勤はないですか?」
 
 ある企業の採用担当者が語るには、就職希望社から受ける質問の大半が、その手の質問だというのである。
 雑誌の取材を受けたその担当者は、そういう学生たちを見て、次のようなため息を漏らす。
 
 「労働者が労働条件を確認するのは当然のことだが、自分が何をしたいのか話さず、ただ仕事を見つけたいだけという様子がありありの学生には 『ハローワークで求職すれば?』 といいたくなる」
 
 ま、そうだろうな。
 確かに、少子化などの影響によって国内マーケットが縮小し、必死にグローバル戦略に生き残りをかけている各企業から見ると、こういう学生は、「甘えている」 という一言で片付けられてしまうだろう。
 
 だから、そのような “甘えている日本人学生” よりも、もっと真剣な海外留学生を雇おうとする企業も増えている。
 そういう企業の採用担当者は、こういう。
 
 「外国人留学生は、たとえば質問を発するときも、『中国市場をどう攻め落としますか』 などと、会社の海外戦略について、流暢な日本語で質問してくる。
 勉強熱心で語学力もある中国や韓国の学生と同じ土俵で戦っているという事実を、日本人学生はまったく理解していない」
 
 それを補足するように、ある教育評論家は次のようなコメントをつける。
 
 「厳しい国際競争で生き残ろうとする日本企業が求めるのは、日本語能力、英語力、プレゼン能力、協調性、ハングリー精神。
 この五つの資質を併せ持つ人となると、やはり日本人ではなく、留学生になってしまうだろう」
 
 もちろん、日本の学生たちを就職戦線に送り出す大学側も、そういう企業のニーズに不勉強なわけでない。
 各企業ごとの採用基準をデータ取りして、エントリーシートの添削や、模擬面接などを行い、さまざまな学生支援を展開している。
 
 ところが、そこで何が起こっているかというと、学生の受け答えの画一化だという。
 
 特に、企業側から見ると、最近は 「自分の指導力を強調する自己PR」 が増えているのだとか。
 たとえば、
 「僕が在籍したサークルでは、最初はメンバーのまとまりがまったくなかったのですが、私はそのメンバーを苦労してまとめ、最後はみんな一つの意志を持つ強固な集団に仕立てあげました。
 そのように、僕の強みは責任感です」
 
 ある時期、これとまったく同じ内容を語る学生が、次々と現れたというのである。
 企業サイドから見ると、就活戦略のマニュアル化がそうとう進んでいることが分かるという。
 
 ここまで読んでいると、ダメな若者が増えているという印象が強くなる。
 企業側の真剣さに対し、学生の方が一方的に 「甘い」 という感想が生まれてくる。 
 
 しかし、雑誌の取材に応じて採用担当者が語った 「求める人材像」 というものを読んで、ちょっと唖然とした。
 
 企業と学生。
 どっちが悪いんだ?
 にわかに、そんな気持ちがこみ上げてきた。
 
 ある家電メーカーの採用担当者の弁。
 「主体性を持ち、論理的に考え、自身の言葉で表現し、自ら行動する人」
 
 ある旅行会社の担当者の弁。
 「自ら課題を見出すことができ、解決のために行動し、新しい価値を生み出すことができる可能性を秘めた人」
 
 ある製菓メーカーの担当者の弁。
 「チャレンジ精神あふれる個性豊かな人材、自ら課題を設定し、やりぬく人」
 
 ある航空会社の担当者の弁。
 「スマートな優等生よりも多少泥臭くても生き生きと輝いている人」
 
 あるリゾート開発会社の担当者の弁。
 「企業使命実現のために日々行われていることを理解した上で、新鮮な発想を生み出すことができる人」
 
 お前たち、ほんとにそんな答しか用意できないの?
 手短に要約するため、多少は抽象化された答弁なのだろうけれど、この古色蒼然とした言葉の羅列を見ていて、日本の企業に未来はあるのか? と、ふと激しい危惧を抱いた。
 
 「主体性」 、「新しい価値」 、「チャレンジ精神」 、「個性豊か」 、「新鮮な発想」
 自分が文章を書くとき、絶対使いたくない言葉ばかり並んでいる。
 
 たとえ、雑誌の取材に、言葉短く答えなければならないから選んだ用語にせよ、こういう言葉を臆面なく使える神経の人間に、まず絶対 “創造性” なんかない。
 クリエティビティというものは、こういう言葉から限りなく離れようとする意志の中にこそあるのだ。
 
 仮に百歩譲って、「新しい価値の創造」 でも 「新鮮な発想の提示」 でもいいけれど、一人の人間と向かい合ったときに、そのような才能をどんな受け答えの中から探し出そうというのか。
 ありきたりの言葉しか使えない採用担当者には、そんなことは至難のワザであるかのように思える。
 
 ダメ学生の受け答えとして、こんな例が紹介されていた。
 
 ある女子学生が、面接管たちに、こう語ったという。
 「私は、アメリカ留学中にバイトでいろんな国の人と仲良くなりました」
 それを聞いた一人の面接官が、「では、そのバイトから学んだことは?」 と尋ねた。
 ウケを狙ったのか、彼女はこう答えたという。
 「皿洗いを手を抜いて早く終わらせることです」
 
 それは、採用担当者たちをザァーっと白けさせる答の代表例のように紹介されていた。
 
 おそらく、彼女に対して、その次の質問が投げかけられることはなかったのだろう。
 その記事は、「企業はそんな人を雇いたくないだろう」 という一言でしめくくられていたからだ。
 しかし、担当者は、「どういうことに気づいて、手を抜くことを覚えたのですか?」 と、なぜ聞かないのだろう。
 
 確かに、直感的に 「こりゃダメだな」 という気もするけれど、でも、もしかしたら、そこにものすごいアイデアが潜んでいたかもしれないではないか。
 あるいは、そういうことを、異国の友達から “学んだ” 彼女には、ものすごいコミュニケーション能力があったかもしれないではないか。
 
 チャレンジ精神を失っているのは、企業の採用担当者たちである。
 彼らは、そういうところには目を付けず、面接が終わった後に、
 「余計なものですが、お時間があったら読んでください。仮に私を採用しなくても、この企画はぜったいどこかで実現させたい」
 などといって、企画書を提出するような学生に対して 「即戦力」 という評価を与える。
 そんなもの、どこかのネット情報からパクったものかもしれないのに。
 
 面白い人材を見抜く人間がいない限り、この世に 「面白い人材」 など現われるはずがない。
 学生たちの甘えや画一化を嘆く前に、企業側が、甘えや画一化から脱することの方が先決だ。
  
 

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日本の就活の現状 への2件のコメント

  1. solocaravan より:

    採用する企業側の甘さこそ問題である・・・むずかしい問題だと思います。

    じつは私の勤めている会社では、だいぶ以前にご指摘されたこととほぼ同じことが議論されたことがありました。そして型破りで非常識とも思える人材が採用される結果となりました。海外生活がながく日本語に自信がないことを自負?する人や、勉学はともかく、格闘技が自慢で面接官のまえで実演してみせる人など。

    しかし、残念ながら期待した創造性やチャレンジ精神を職場で発揮することなく、大半が会社を去っていきました。かれらを受け入れることができなかった職場にも問題があったかもしれませんが、あまりに協調性のない人や規律を無視する人たちを雇うのは勘弁してほしい、というのが正直な感想です。

    スティーブ・ジョブズではありませんが、そういう人たちが真にチャレンジ精神を発揮して会社に貢献するようなことはじっさいには非常にまれなことではないかと思います。

    • 町田 より:

      >solocaravan さん、ようこそ
      おっしゃるとおりですね。企業組織の人事の問題は、そう簡単に外側から通りいっぺんの感想を述べるほど、なまやさしいものではないのかもしれません。
      ご指摘のとおり、>「協調性のない人や規律を無視する人たちを雇うのは勘弁してほしい」 というのは、採用する側のきわめて当然の意見であるように思います。
      やはり、あまりにも突拍子もないことを訴求する採用希望者は、おうおうにして、自己顕示欲だけが強く、周りとの協調性を欠いた人間が多いように思います。
       
      ただ、採用基準の判断は、職種によってかなり異なるのではないでしょうか。
      私も、30代くらいの頃に、面接担当官として、応募してきた若い人からの話をよく聞きました。そのとき、「編集者として最適」 であることを強調する人たちの、あまりにも “紋切り型” の返答に辟易としたことがあります。
      「創造性」とか、「クリエイティブ」とかいう言葉の使い方と使いどころが、まさに判を押したように同じ。それでいて、返答を用意していなかったような質問には、ほとんど何も答えられない。
      私には、そのときの印象が、だいぶ強く残っているのかもしれません。
      だから、相手が答を用意して来なかったような領域で、しかもそのことで相手の人間性を知る手がかりになるような質問を、いかにその場で考えつくかということが、企業側の勝負どころだと思っていた時期があります。

      でも、solocaravan さんのおっしゃることは、よく理解しているつもりです。
      どの企業にも、いい人材が登用されることを、心から期待したいと思っています。
       

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