『平清盛』 に日本人が期待するもの


 
 いよいよNHKの大河ドラマ 『平清盛』 がこの 8日 (2012年) から始まるけれど、あっちこっちでかなり期待する声が高いみたいだ。
 すでに、昨年末に街の本屋を覗いてみたら、新刊書コーナーにも、芸能雑誌コーナーにも、新書版コーナーにも “清盛本” が山として積まれていた。
 ネットでも、「期待したい」 という書き込みを多く見た。


 
 で、思うんだけど、平清盛に対する期待って、いったい何だろうと考えた。

 だって、この人、吉川英治の 『新・平家物語』 で、主人公として取り上げられるまでは、平安末期の “大悪人” を代表する人物だったのだから。

 『新・平家物語』 によって、ようやく千年に及ぶ汚名から解放されたけれど、それでも、日本人が好む信長、秀吉、家康という戦国の人気 3英傑ほど、くっきりとした個性というものが伝わって来る人ではない。
 戦いに臨んでも、圧倒的な大勝の記録もなく、起死回生の反撃を成功させたわけでもなく、戦術家としての見せ場にも乏しい。
 
 かといって、源義経のような悲劇性があるわけでもなく、幕末の坂本龍馬みたいな、底抜け陽気なハチャメチャエピソードの持ち主でもない。
 
 そのように、具体的な人物像がにわかに浮かんで来ないのは、ひとえに、前記のヒーローたちに比べると、平清盛という人物像に対する資料が乏しいことに由来する。
 
 かろうじて、清盛の人となりについて、いちばん触れているのが、鎌倉時代に成立したといわれる 『平家物語』 である。
 しかし、これは 「奢れる平家が滅びる」 話を描いたものなのだから、当然その棟梁である清盛をよく書くわけがない。
 むしろ、傲慢で威張りくさった、極悪非道の独裁者として描いている。
 
 吉川英治の 『新・平家物語』 が生まれる前までは、こういう評価が長年日本人の意識に深く浸透していたため、私なんかも小さい頃は、平清盛といえば、昨年亡くなったリビアのカダフィ大佐か北朝鮮のキム将軍のような人物だと思い込んでいた。
 
 だから今から40年前、NHKの大河ドラマで、清盛を主人公にした 『新・平家物語』 (1972年) が放映されると聞いたとき、ヒットラーでも主人公にしたドラマをやるのか! ぐらいに驚いたことがある。
 
 このような、かつて流布した清盛のダーティーヒーロー像に対して、作家の中村彰彦氏は、ある雑誌の鼎談にて、次のように語っている。
 
 「 『平家物語』 の作者たちは、いわば旧世代の仏教的な道徳観でもって、清盛の悪虐ぶりを描写し、新興武士階級の野卑さを描こうとしているわけだけど、清盛の非道さを語れば語るほど、読む側は、そこに全く新しい、何か畏怖すべき人間が存在しているという印象を受ける」
 
 これを受けて、東大准教授の本郷和人氏が話を続ける。
 
 「同感です。武家政権という新しい統治のかたちを生み出したパイオニアは、鎌倉幕府を開いた源頼朝ではなく、清盛ではなかったかと。
 そして、清盛とそのブレーンたちは、清盛のやり方をじっと見ていて、そこから多くを学んだのではないかと思う」
 
 この見方はちょっと面白い。
 今までの学説では、平氏の政治システムは、武家政権といいながらも、実質的には平安貴族的な権力システムをそのまま踏襲した政権であって、本当の武家政権は源頼朝の鎌倉幕府から始まる … というのが定説であった。
 しかし、お二方は、平清盛にむしろ先見性を見出す。
 
 確かに、もし源頼朝が、平清盛の政権構想を研究した上で鎌倉幕府をつくったのだとしたら、清盛の頭の中にあった国家運営システムというのは、完成していれば、平安貴族的なシステムとも違い、鎌倉幕府的なシステムとも異なる、まったく新しい政治の形だったかもしれないのだ。
 
 今回の大河ドラマは、志ざし半ばで潰 (つい) えた、清盛の壮麗なる国家運営ヴィジョンの可能性を探るという面白さに支えられて、進行するような気がする。
 
 もしそうならば、2年前の 『龍馬伝』 に近い。
 あれも、結局は、実現しなかった龍馬の “幻の政権構想” をテーマにしたドラマであった。
 
 こういう未完成ながら壮大な政権構想を打ち立てたヒーローたちのドラマに視聴者の関心が集まるというのは、逆にいえば、今のヴィジョンなき与野党の政治運営に対し、人々がうんざりしているからかもしれない。
 
 歴史上のヒーローは、時代によってどんどん変わる。
 半世紀ぐらい前には、織田信長人気も、坂本龍馬人気も存在しなかった。
 
 信長人気は、高度成長期に日本人が味わった “膨張感” のようなものに支えられて押し上げられてきた。
 龍馬も、日本企業が世に羽ばたくための技術革新やイノベーションの創造が謳われ出した時代に発掘されたヒーローである。
 
 歴史上のヒーローは、現代を生きる人々の価値観やら期待感によって “お色直し” をさせられて登場する。
 はて、平清盛に、今の日本人はどんなヒーロー像を期待するのだろうか。 
 
 
 関連記事 「平清盛の海洋国家構想」
  
 関連記事 「実は平家が好き」
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ, 映画&本   パーマリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">